華誘炎舞 2

「疑われてますよ、イルカ先生」

 日の出前の青い空気を割り、いきなりカカシがテントに入ってきた。彼の開ききらない目を眺め、眠いのはこちらだと思いながらイルカは頭を傾ける。
「はい?」
「工作員だって、疑われてるよ」
「は?」
 毛布から這い出て目を擦りながら、イルカはもう一つ首を捻った。
「なんの工作ですか?」
「そりゃ岩系の」
「はあ、抜け忍に情報を流してるってことですか?」
「そうそう。イルカ先生が怪しいからそっと嗅ぎ回っとけって言われたんだけど、イルカ先生バカだし正面から聞いちゃえって思ってさ」
「意味わかりませんけど、失礼ですねあんた」
「とにかくね、正直に言ってくれたら、全裸大開脚でそこの杉の木に縛り付けて、穴の横に『ご自由に』って油性ペンで書くのはやめてあげますから遠慮しないで話して話して」
「大開脚が流行ってんですか?」
「ちょっとね」
 にやにや笑っているカカシだが、気配は微妙に堅い。それなりに覚悟あってのことだと悟ってイルカは枕元に畳んでおいたベストを着込んだ。
「カカシさん」
 正座をして向き直ると、カカシは口布を下ろしながら顔を突き出す。
「イルカ先生、妙なニオイがしますね」
「そうですか? 昨日の生薬かな」
「なんか美味しそう」
 べろりと首筋を舐め、ひゃっと体を捩ったイルカを転がし乗り上げた。
「あっ! ちょっと止めて下さい!」
「イルカって食えましたよね」
「やですよ! せっかくお手紙書いてる最中なのに!」
「お手紙?」
「ヤらせて下さいカカシさんって」
「んー、あんたとはしないって言ったでしょ」
「違います違います、俺がヤるんです!」
「あはははは。バーカ」
 襟口を引っ張られ、露出した肌にがぶりと噛み付かれたイルカはいててと顔を顰めた。
「いえ、ホントに俺、工作員じゃないです」
「わかってます。相変わらず、壊れてるっていうかユルいっていうか。なんで疑われるようなことするかなー」
「してませんて……。あの、すごく痛いんですが」
「痛いようにしてますから」
 何度も同じ場所を噛まれ、イルカはぎゅっと目を瞑る。
「どうしようかなあ」
「うみのイルカは工作員じゃありませんでしたって、イビキさんに言えばいいんですよ」
「つまんないなー」
「も、もう噛まんで下さい……」
 げっそりと脱力するイルカの肩からつるつると血が伝って服に染みる。
「どうするかなー」
「他の教師も疑われてるんですか」
 そうですよ、とカカシは自分で開けた穴を舐める。
「上層部が教師の誰かと岩との繋がりを疑ってる。三代目と懇意のあんたが一番疑いが濃くて、その次は赤髪」
「コソネか……。あいつっぽいですね」
「んー? そんなヒトのせいにしちゃって。やっぱりイルカ先生かな」
「……いてえ、違いますって。俺そんな暇ねえですから」
「暇は作るもんです」
「血、美味いですか?」
「まっずいです」
 だったら噛まないで下さいよとぼやいてから、イルカは毅然と顔を上げた。
「カカシさん、俺はトウキさんを殺ってません」
「そうだよ、殺ったのはイビキ。知ってるんでしょ」
「……ああっあれ! イビキさんがエロい顔してたからテキトーに言っただけなのにっ」
「……」
「まずったな、いやほら、イビキさんてヤリ方もサディスティックって言うか、違うな、無造作を極めてるってヤツでしょうかね、死んでもしかたねーやって感じじゃないですか、ただでさえデカいのにごりごり入れるわS字結腸まで届きそうに長いわ、なんかこう、ああ死ぬなってフツーに思うって言うか。アレ絶対何人か死んでますって」
「……いつ、ヤったの」
「あれ? えへへ、そんな気がするって言うかー」
「バカだねえ、イルカ先生」
 疲れた笑いを浮かべてカカシは体を起こした。飛び起きたイルカが肩を触って出血の多さに嫌な顔をする。
「もーこんなに汚して! 最後の一着だったのに!」
「俺の、あげますよ……」
「それで俺の話は信じてもらえたんですか?」
 がくりと下がる銀髪をぱっちり開いた黒い目が覗き込む。目だけを上げ、カカシは大仰に溜息を吐いた。
「俺はね。イルカ先生がバカだって知ってるからね」
「あんた、ホントさっきから失礼です」
「イルカ先生はね、目がイヤラシイんですよ、そういう目でじいっと見ながらアヤシイこと口走るもんだから、疑われるんですよ」
「カカシさんは存在そのものがイヤラシイくせに」
「中途半端はいけないんです、いっそ全身十八禁の方がいいんです、気をつけて下さいよ」
 間近に顔を寄せ、気怠く睨み合いながら二人はしばし無言になった。
「ともかく」
 血の染みを嗅いで顔を顰め、イルカは諦め声で言う。
「残りの工作員、捕まえましょう。そうしたら俺の疑いも晴れますよね?」
「はあ、まあ、言われなくともそのつもりですが」
 真顔のイルカに生気なくカカシが笑う。
「俺の命がかかってますからね、協力します。あと一人なんですよね。とりあえずコソネを突付いてみましょう」
「んーそれ無理じゃない? 絶対コソネ、俺もイルカ先生のことも警戒してますよ」
「どうしてですか? 結構仲良いんですけど」
「もう一人の工作員であるトウキが企てを完遂せず死んだんです。その時一番間近にいたのはイビキ。コソネも工作員なら当然、トウキの素性がバレてイビキが殺ったと思っているはずだ。そんでもって、イルカ先生とお付き合いをしている俺が、副長になってイビキの隣にいるんですよ? 警戒しないはずないです」
「付き合ってましたっけ、俺達」
「そういう話になってるでしょ!」
「あ、そうだったそうだった」
「なんでそんなにユルイの、あんた……」
 それなら、とイルカは生徒を諭すように人差し指を立て、カカシをじっと見た。
「寝技でいきましょう」
「もうアナ塞がってるんじゃないの、イルカ先生」
「閉じる訳ないでしょう、って違いますよ、俺じゃなくてカカシさんですよ」
「……」
「全身十八禁なんだからいけます、おとせます」
「……なんか、話が逸れていってません?」
「全然逸れてませんよ、コソネ、結構ユルイですから」
「あいつも、イルカ先生にユルイとか言われたくないだろうなあ」
「ウルサイ、処理係」
「あーあーそうだったっけ……」
「俺、副長さん達がヌいてくれるのホントだってこと、しゃべり回っておきますから」
「あーありがたいありがたい」
「どういたしまして! そしてがんばって!」
 見送る笑顔をねめつけ、がんばりたくないよーと呟きながら上忍は出て行った。



  「で、結論は」
「いやあ、的外れだったね」
 まあアレだよ、とイビキのボタンを外しながらカカシはげんなりと呟いた。大木の下、薄闇に紛れる黒いコートに潜り込み、生暖かい肉を引きずり出す。
「コソネはどうも、白だなあ。ヤル気満々でさ、全然遠慮ないワケ。あんまりヤル気だから途中で面倒になっちゃって、いい夢見せて寝かせたよ」
「……毎度のことだがカカシ。噛むな。とにかく、噛むな」
「んー、ちっこくなんないかなーって思って」
「ならねえよ」
「ホントにS字結腸まで届くかも。なんなのコレ」
「だったらヤリに来るな」
 イビキは根元に残った歯形を触り、ちっと舌打ちしてからカカシの頭を掴んで放った。
「コソネのせいで妙に盛っちゃってー」
「だったら奴としてくればいい」
 やだよあんな粘着質そうなの、と言いながらもそもそと足の間に戻り、カカシは半ば立ち上がった性器を握って舌先で裏筋を舐め上げた。浮き立った血管をなぞり先端の穴に唾液を塗り込めてから、ふうっと息を吹きかける。
「先っぽだけ入れるってことでヨロシク」
「ケツ寄こせ。きっちり入るようにしてやる」
「やだー筋切れるー」
「切れねえよ、何度目だと思ってるんだ」
「言いたい時もあるんだって」
「処女ごっこか、バカバカしい」
「優しくしてねー」
 下半身を引き寄せ衣服を剥ぎながら、イビキは周囲に気を凝らす。背を預けた木の根元、長衣の懐から油の入った容器を取り出して指に絡めた。
「しっかりしゃぶってろ」
「ん、うー」
 先端を口に入れたままカカシは頷き、片目を細めながらイビキは指を押し付ける。
 その瞬間、ぴりりと空気が鳴った。イビキはわずかに眉を上げ、自分の首筋を目指していた千本を指先に摘む。その先端に塗られた毒液の臭いを素早く嗅いで捨てると同時に、転がされたカカシが小さく身を縮めた。
「上は俺に任せて」
 言うと同時にカカシは跳躍し、イビキの指先の油が炎の輪となって噴出す。三重の輪は大木の後ろに広がる藪を掴み締め、黒い煙の中から鋭い唸り声が上がった。頭上でカカシが何かを叫んだのを聞きながら、イビキはもう二つ火縄を飛ばした。
「確保」
 真上の枝から降りて来たカカシは男の喉笛にくないを押し当てている。
「……くだらん、この程度か」
 藪の中の死体を確認してからイビキは振り返った。
「カカシ、そいつを離して服を着ろ。みっともない」
「あんたが脱がしたんでしょーが」
 男の喉からするりと腕を解き、足元に散らされている服を拾いながらカカシはどす黒い声を出した。
「どう殺して欲しい? イルカ先生」
「すみません……」
 頭を掻くイルカはイビキとカカシの顔を交互に見上げ、ふっと笑った。
「ふざけてんじゃなーいよ?」
 再び突きつけられるくないに両手を上げ、イルカはへらへらと笑う。
「いえまあ、なんと言いますか……」
「抜け忍の居所を正直に言ったら、お尻の穴にくない十本差して大開脚で逆さ吊りして出血死させたりしないで、すっきり首落としてあげる。だから遠慮しないで言って」
「いやあ……。ちょっと興味があって」
 興味があった、で他国の抜け忍と結託されちゃたまらないよとカカシはイルカの向こう脛を思い切り蹴った。
「いってえ、すみませんってホントに!」
 逃げるイルカを追えば、イビキの背後に隠れようとする。
「バカだねえ。イビキ、俺が殺るからソレに触らないでよ」
「すいません、俺、処理に使われてるヒト見るの珍しくって! 次はちゃんと言ってからノゾきますから!」
 一瞬カカシは動作を止め、その両手に握られたくないをイビキがあっさりと取り上げて捨てる。
「カカシ、こいつは関係ない」
「はあ?」
「イルカはただ、見ていただけだ」
 えへへ、とイルカは頭を傾ける。
「ノゾキってやつです」
「……」
 すみません、ともう一度頭を掻き、イルカはイビキに隠れながら首を傾げて見せた。
「なんであんたはそういう紛らわしいことすんの!」
 眉を吊り上げて怒鳴るカカシに肩を縮め、イルカはちらりと背後にくすぶる煙を振り返った。
「結局、コソネでしたね。千本構えてたんで、ノゾキ仲間じゃあないなとは思ってたんですけど」
「見てないで捕まえなさいよ!」
「気がきかなくて申し訳ありません。少々調べてみたらどうももう一匹いるようなので、しばらくコソネを泳がせるのかもしれないと思っちゃって」
 ぎろりと片目を剥くカカシにイルカは微笑み、イビキはふん、と顎を反らした。
「諜報に向くようだな、おまえは。そのもう一匹とやら、頼めるか」
「はい、もちろん」
 それで許して下さいね、と人の好い笑みで囁き、イルカは二人の前から消えた。彼が起こした風を睨んでから、カカシはうっそりと目だけでイビキを振り返った。
「……ホントに、イルカ先生は関係なかった?」
「その方がいいか?」
「そりゃ俺は、木の葉の忍だから」
 にやりと笑って腕を組み、イビキはまだとげとげしい気配をまとっているカカシを見下ろした。
「イルカのお手並み拝見、といくか」
「気楽なこと言いやがって」
 背を向けるカカシにまだ笑いの気配が残る声がかかる。
「やらないのか? お望み通り、先っぽだけハメてやるぜ?」
「目的のネズミは殺ったでしょ。餌まきはもう終わり」
 低く呟きを残し、カカシはひらりと舞い上がった。
「なんにせよ、すぐに終わるさ」
 枝の間に見え隠れしながら去っていく銀色を追いながら、イビキはごりっと首を回した。



「こんばんは」
「手紙、笑わせてもらいました」
「あれ? イビキさんから書けって勧められたんですけど」
「本当に?」
 敷物の皺を引っ張って伸ばし、イグサはイルカをテントに招き入れた。二十歳そこそこの新米特別上忍とベテラン中忍、その上下関係を明確にするのは難しい。お互い穏やかに会釈をし合って向かい合った。
「不愉快でした?」
「いいえ。突然の来訪では困ることもありますから」
「それならよかったです。慣れました? こういうこと」
「おっと……」
 淡い茶色の髪を毛布の上に散らし、イグサは圧し掛かるイルカに、いきなりですねと肩を竦めた。
「まどろっこしいことは苦手で」
「無茶しないで下さいよ」
「経験者ですからご安心を」
「へえ……。やっぱり相手はカカシさんですか?」
 髪と同じ色の目を見ながらイルカはにこりと笑った。
「知らなくていいんですよ。もう大して時間はないから」
「……それは」
 ベストの下に負った隠し刀を下から押さえられ、もう一度イルカは微笑んだ。ぎり、と力比べの数秒、笑みを浮かべたまま二人は同時に相手を突き放した。
「あんたの時間、だ」
 イグサの手の一振りでテントが後方に吹き飛び、捲り上がった敷物の下から緻密に描かれた印が現れる。その真ん中に手が置かれた瞬間、イルカは跳躍した。


 閃光のように術の発動が忍達の間を伝わる。
 夜警の者が指笛を鳴らすまでもなく、テントから一斉に黒い影が抜け出し走る。
「回れ、俺が迂回路を開、」
「貴様ら待機、待機だ!」
 先頭に跳び出したアオバの襟首を太い腕が引き戻し、一喝が忍達の足を止める。
「大隊長!」
「うわ、でかい!」
「水を!」
 とうに沈んだ太陽を引き戻したように、テントの群れが赤々と染まる。四方に羽を広げるように、巨大な炎がイビキの眼前まで届いた。それは数人がかりで作った水遁の壁を薄紙のように舐め消す。
「イグサが抜け忍だったか。若さと前線帰りというのが煙幕になっていたな。どこかで本物と入れ替わったのかもしれん」
「なんだと!」
 燃え上がるテントの間を後退するアオバも、直属の部下達を手振りで引き留める。 「岩を抜けた者が数年前から木の葉に潜伏しているという情報が出てきたんだ。協力者も何人か存在する」
「では、トウキやコソネも……」
「イグサと外部の抜け忍とを繋ぐ連絡係だった」
 炎を睨むアオバの背後でイビキは片手を上げた。途端、忍達が頭上を仰ぐ。四つの白い面が星のように尾を引いて焼ける赤黒い空を流れた。
「暗部……」
「後はカカシがなんとかするだろう」
 とんでもなく必死にな、と胸の中で付け足してから、コートの襟を口元で併せ留めたイビキはたじろぐ部下達に更に怒号を飛ばした。
「残りの者は待機、付近への延焼を食い止めろ!」
 各班の隊長が了承の声を上げる。
「まだネズミが潜っている可能性がある。互いに油断をするな、だが無駄に殺し合いもするな。隊長ども、部下を強く牽引しろ!」
 そう言い置くとイビキは飛び散る炎の中へと突入して行った。


 丸い檻のように炎をまとい、イグサは暗部との間合いを計っている。頭上、黄色い煙を上げる大樹の枝の影を警戒するのか、更に傘のような焔を広げた。
「逃げ場は無いぞ」
「わかっているさ」
 鳥面の暗部に笑って見せ、猛炎を背に男は左右に揺れる。広げた両手、手のひらから放射状に細い火炎が生えた。
「股開いてイイ情報集まった?」
 イグサの真後ろで炎が途切れる。
「貴様をスカウトできなくて残念だ」
「へーえ、的は俺だったって訳」
 露出した写輪眼にイグサを映し、カカシは片手で熱を切り分けながら、右手にくないを構える。
「上忍を何人か手土産に、な。誰も寝所に来なかったが」
「そりゃそうでしょ。あんた、なんて言うか」
 消える速さで屈み、足元の呪円の端に手のひらを当てる。ざぶっと波のように炎を被ったカカシは薄く笑った。
「イヤラシくないんだよね、全然」
 イグサの両手がカカシの肩を掴もうと動いた瞬間、きいんと高く空気が鳴って破壊される呪の断末魔が飛び散る火矢となる。それぞれの獲物を掲げて突進する暗部の波状のチャクラ、崩れゆく焔の檻と熱気で膨らむ大気の圧力、その刹那、密度が高まり過ぎたが故の『目』を裂くように一筋の白い発光が天から降って来た。
 足を止める暗部の眼前で、体に巻きつけた両腕の先、細い羽のように二本の長刀をなびかせたイルカがイグサの真上に落ちて行く。回転を伴ったその落下物は何かを弾き飛ばし、止めるつもりなどまるで無いままに零れた太刀筋を、カカシのくないがみしりと受けた。
「……正気?」
「すみません、上の方ったらもう熱くて。暗部さん来たし、隠れてようと思ったんですけど我慢できなくって」
 上気した頬をひくりと笑ませたイルカのもう一本の刀も叩き落とす。がくりと崩れるイグサの体は焦げた地面に伏せた途端に燃え始め、カカシは草の残る場所までイルカを投げた。
「いって、乱暴だなあ」
 草で切った頬に血を滲ませ、イルカは半身を起こした。くるりと回って着地したカカシが、煙を上げるイルカのベストの背中をどしりと踏んで歯を剥く。
「どっちがよ、ああ? どっちが!」
「うげ、足どけてー」
「燃えてるから消してあげてるの!」
「そりゃどうも、って痛い痛い痛い!」
「ほんっとバカっつーかユルいっつーか!」
 彼らの背後、崩壊してなお燻り続ける呪を暗部が三人がかりで大玉の水で包み込む。転がったイグサの頭部を拾い上げ、鳥面の暗部がカカシに空いた手を上げた。
「後はよろしく、カカシ先輩」
「ああもう、わかったよ!」
 訪れと同じく暗部は流れるように消えた。ったく首取りゃ仕舞いかよとカカシはぼやき、それを見上げながらイルカが哀れっぽく言う。
「カカシさーん、痛いー」
「うるさい!」
 ばらばらと他の忍達が現場へと駆けつけ、暗部の残した巨大な水球を囲み始める。コートの裾を焦がした男が、二人に向かって大股で近寄って来た。
「終わったな」
「遅いよ『大』隊長!」
「おまえらの派手な食べこぼしを地道に消し回っていた人間に随分な台詞だな」
 イビキは這ったまま会釈をするイルカを見下ろし、にやりと笑った。
「他の抜け忍は岩が始末したらしい。連絡が入った」
 それは良かったです、とカカシの足の下から声がする。
「仕事は終わりだ。ご苦労だったな先生。暗部で良ければ上忍に推薦してやろうか」
「イエ、以前も申し上げましたが特に希望しません」
「駄目! こんなバカ、暗部にいらない!」
「だから希望しませんって。とりあえず今は足をどけてもらえれば嬉しいんですけど」
「人手が足りないんだ、どけろカカシ」
 渋々と動く足の下から這い出たイルカは、全身をばたばたと叩いて土埃や煤を払う。
「身食刀は健在だな」
「イエそんな、サビちゃってえへへ」
 まだ熱が残っているのか、赤くなった頬を軽く叩いてから、イルカは仲間の方へと一歩踏み出した。
「あ、そうだ」
 懐から折り畳んだ紙を取り出し、カカシに差し出す。
「何」
「後で読んで下さい。お一人で」
 イビキの視線に小さく笑い、イルカは駆けて行った。紙を指先で弄び、カカシはイビキを睨み上げる。
「で、ネズミ退治も完了?」
 いらいらとした気配にイビキは大げさに手を開いてみせた。
「トウキ、コソネ、イグサ、それからイグサに陥落した者が一名。そいつは術の影響が大だ。里で矯正医療でも受けさせればいいだろう」
「ふん。イルカ先生は?」
「なんだ?」
「だから! 関係無かったのかって」
 ああ、と思い出したようにイビキは声を出し、ゆっくりと口を開いた。
「全く無い。と言うより、始めから誰も疑ってない。上層部も俺も、な」
「……なんだって?」
「行動が怪しく見えたのはまああれだ、イルカってのはああいう奴だからな」
「おい」
「おまえが右往左往してるのが面白くてな。ちょっとからかってみた。退屈はしなかっただろう?」
「……殺すよ?」
「まあそう拗ねるな」
 先っぽだけハメてやるからとイビキは笑い、カカシはその腹に思い切り膝を蹴り入れた。








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