この世の底 2

 赤い落ち葉は里にも降り積もっていた。鮮やかな色が敷き詰められた道を踏んでイルカはカカシの背後を歩く。任務の終点であったあの崖上からずっと、手首を掴まれたままだった。
「報告に行ってきます」
 自宅へ着くとカカシはそう言い、タオルと着替えを箪笥から引き出した。
「風呂にでも入ってて。飯は適当に買ってくるから」
 カカシが去り、袖を捲ると手首にははっきりと指の形が赤く残っていた。逃げ出そうと思えばすぐにも出て行く事が出来たが、その痕があるせいでどこにも行ってはならないような気がしてイルカはおろおろと部屋の中で足踏みした。
 こざっぱりとしたカカシの家は意外なくらいに生活臭があった。が、靴を脱がない造りと玄関を開ければいきなりベッドがあるという間取りに任務の激烈さとカカシの生き方を思い、子供っぽい柄の布団の上掛けを見つめてイルカは息を潜めた。
「風呂、風呂に……」
 呟き、奥に進む。脱衣場には洗濯機があり、小さな洗面台もあった。そこに映る自分の顔は酷く汚れて青ざめていた。目を背け、泥と血に汚れた任務服を脱ぎそろそろと風呂場に入る。薄い緑の清潔なバスルーム、シャワーの湯は充分に熱かったが手首の痕を眺めながらイルカは震えた。


「いたね」
 カカシは笑ってそう言った。
「逃げただろうと思ってたのにちゃんと風呂まで入っちゃって」
 言葉を返せずイルカは俯いた。
「妙だね、自分の服を他人が着てるのって」
 がさがさとビニールを慣らし、カカシは机に惣菜を並べた。
「……逃げても、良かったんですか」
「いいよ、別に」
 その程度のきまぐれなのかとイルカはプラスチックの容器を見つめる。カカシは機嫌が良さそうにハミングのような音を発しながら幾つかの容器を開けていく。中身は中華だった。
「まだあったかいけど、チンする?」
「……いいです、これで」
「付いてる割り箸でいいよね。あ、先割れスプーンもある」
 カカシの家は他人を招くようには出来ていないらしく、食事が出来るような場所はベッド脇の書き物机だけだ。イルカが机と揃いの椅子に座り、カカシは丸いスツールに座った。腹が減っていない訳ではなかったが食の進まないイルカを見上げ、カカシは首を傾げた。
「遠慮しないで食べてよ?」
「あ、はい……」
「もしかして箸苦手なの? ぽろぽろ落としてる」
「いえ、あの、」
「はい、あーん」
 八宝菜をタレごとスプーンで掬ってカカシはイルカの口元に持っていく。一瞬呆れたが、仕方なく口を開くとカカシは上手にぎゅっと詰め込んだ。そのスプーンで焼き飯を突付いてまたイルカに運ぶ。何度かそうやって食べさせられ、イルカがもういいです、と断るとカカシは少し困ったように笑った。
「だめ、もっと餃子食べて」
「はあ……」
「イルカ先生も臭い付けておいてくれなくちゃ」
 後でたくさんちゅーするんだから。
 そう言ってカカシは二個目の餃子を箸でぐさっと刺して、イルカの顔に突き出した。

 逃げていいよ。
 そう言い残してカカシは風呂場に行った。イルカはまたベッドの側で足踏みをする。本棚の忍術書を手に取ってみるがすぐに戻す。手首の痕はまだ消えない。
「ナルト」
 ベッドの枕元の写真を見て呟く。植物の鉢に書かれている文字もナルトのものだ。
 不意に、なぜ、自分がここにいるのだろうとイルカは思った。外はまだ明るく青い空には小鳥が連なって飛んでいる。こんな日に自分は。
「……」
 そっと七班の写真を伏せた。隣の写真にも触れようとした時、
「やっぱりいるんだ、イルカ先生」
 カカシが楽しそうに言った。何も身につけておらず、濡れた体をバスタオルで拭いている。
「ホントにいいの?」
 嫌だ、と言う権利はあるらしい。しかしイルカは無言でカカシを見た。
「じゃ、しよっか」
 手を取られる。ゆったりした白いシャツの開いた袖から見えている指型を再び握ってカカシは笑った。タオルを放ると布団を床に落とし、シーツの上にイルカを乗せた。
「イルカ先生は白が似合うね」
 ボタンを外す上忍の指先は、滑稽なほど綺麗なピンク色だった。
「自分で、脱ぎます……」
「そう?」
 イルカは自分の手元だけを見つめて服を脱いだ。下着を取るのに酷い抵抗を感じたが、カカシが全裸なので少しだけ気持ちが救われる。全て脱ぎ去るとカカシは満足そうにイルカを眺めた。
「嬉しいな。イルカ先生とセックスできるんだ」
 そっと腹筋を撫でられ、イルカはびくりと震えた。
「ずっとね、したかった。子供達の前で勃ちそうになって焦った事もあったよ」
 つっと指が滑って胸筋に乗り、乳首を巻き込みながら円を描くように押し上げる。じりじりと尻で後退っていたイルカは、とうとうヘッドボードまで追い詰められた。小さい粒を指先でこね回され、う、と顎を反らすとかちゃりと音がした。伏せた七班の写真、そして隣の古い写真。イルカが眉を寄せるとカカシは耳たぶを吸いながら囁いた。
「俺は、先生に見られても平気」
 そしてカカシはイルカの腰をぐっと引き寄せ、すっかり自分の下に敷きこんだ。両足を広げて膝を立たせ、その間に体を入れてイルカを見下ろす。
「イルカ先生、男は初めて?」
 初めてだよね、と答えを求めずカカシは緩く縛ってあったイルカの髪を解く。
「黒い髪って憧れなんだ。俺の、ネズミ色でヘンでしょ」
 優しく髪をかき混ぜ、鼻の頭に口付ける。
「この傷も好き」
 舌先でちろちろと古傷を辿られてイルカはぎゅっと目を閉じた。カカシの手は再びイルカの胸をまさぐり女性にするように胸筋を揉み、乳首を摘んだ指を擦り合わせる
「う、」
「まだ気持ち悪い? 男だって気持ちいいはずだけど」
 喉に一つ真っ赤な吸い痕を付けてから、カカシはイルカの胸に顔を伏せた。尖らせた舌で一つずつ丁寧に乳首を刺激していく。やがて、ちゅ、と音を立てて吸い付かれ、イルカはあっと声を上げた。
「感度いいね」
 再び指がこねまわす。ぬるぬると濡れた部分が固く立つのが信じられず、イルカ顔を左右に振った。
「ん、あ!」
 両手で乳首をからかいながらカカシは膝で性器を押した。袋を柔らかく押し潰され、イルカの膝が閉じようとする。それを阻むためにカカシの手が胸を離れ、刺激が去った事に僅かな落胆を感じてイルカはぞっとした。それを敏感に感じ取って、カカシは目を細めて笑う。イルカの手を取り、膝の裏を持たせて離さないように言いつけると、また乳首をいじりだす。
「ね、気持ちいいでしょ」
 その通りだった。それまではある事すら忘れていたものだったのに、突然全く違う器官になったようだった。くすぐるように性器の先端を膝で撫でられると痛痒い感触が乳首に走り、がたがたと体が震えれば、それを知ったカカシにきつく摘ままれる。
「ふ、う、う」
「そうそう、もっと気持ち良くなってね」
「う、こ、わい、」
 自分で無いものになったような感覚に襲われてイルカの目尻に涙が溜まった。
「大丈夫。俺が、気持ち良くしてあげてるの。分かるでしょ?」
 それは、随分優しい言葉に聞こえた。今朝、夜明けの頃に見た人でなしは、本当にこの男だったのだろうか。
「イルカ先生は気持ち良くなってればいいからね」
 そっとカカシは口付けを落とした。ぺろりと唇を舐められて歯列を開けると、さっと舌が入り込んで口内をひとしきり舐める。それは唾液を引いて離れるとすっかり赤くなった乳首にべったりと張り付き、空いた片手がするすると性器を撫で上げた。
「ああ、勃ってる」
 囁くカカシの声は上擦り、イルカは凍ったように自分の足を開いたまま天井を見る。






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