Unlimited Skies 3

 一呼吸、オーランは呆けた。ラムザと馬が消えた緩やかな丘は、彼らの軌跡が光の道筋を残したかのようにきらめいていた。黄色い花が、揺れているのだ。
「追わないと……」
 無意識に漏らした自分の声に気を取り戻して彼は自分の馬を振り返った。賢い瞳でオーランを見つめる馬は、ぶるるん、と頭を振った。
「急ごう」
 跨ると、鞭をくれるまでもなくスターはだっと駆け出した。



「……ここは」
 野生の馬は速かったが、スターはやすやすと追跡してくれた。親もそうだったということだが、スターは馬らしくない程に嗅覚が発達しているのだ。ひたすら駆けていくとラムザ達の姿がちらりと見え、オーランは速度を落とさせた。気づかれない距離を保って追うこと半時間、ヘザーは次第に姿を消し、牧草じみた下草が薄く地面を覆うようになった。時折アザミの紅が目に入る。
 民家がぽつぽつと前方に姿を見せ始めた。もう、ベオルブの土地ではなかった。いや、正確にはベオルブの領土の一部ではあったが、ここは独立地域だ。イヴァリースに何箇所か存在する、少数民族の居留地だった。その真ん中の道をギャロップしているラムザに、通りすがりの住民が笑って声を掛けるのが見える。
「こんなところに来ていたのか」
 今まで、馬を伴わなかったためにラムザを追えなかったこともあったろう。馬がいても、あの速さでは見失って当然だ。そして、見失ってあてずっぽうに駆けたところで、この土地を捜索することはしないだろう。少数民族に対する偏見は特に貴族間で根強い。下手をすると言葉すら通じないこの土地に貴族の子弟が出入りするという発想は、同じ貴族には無いのだ。偏見を持たないオーランでさえ、いらぬ騒ぎを起こさぬように居留地の外側を囲む木立の中を進んでいる。
 
 ――いちいち驚かされる……。

 苦笑を浮かべるオーランの前で、ラムザは馬を下りた。石を平らに並べた広場のような地面の上、作業着から出したブラシでもってラムザは馬の毛並みを梳いてやっている。ちらほらと住民がラムザに寄って行くのが見えた。黒い髪を勇ましく刈り込んだ精悍な顔つきの青年が、ラムザと指を組み合わせて独特の挨拶を交わす。その彼に良く似た風貌の少女がそれに続いた。フードを赤い輪で頭に留めている。オーランの記憶では、それはシャーマンの装いだ。族長の家系からシャーマンを選ぶ、という習慣があるので、おそらくあの兄妹はこの居留地を統べる一族なのだろう。

「……珍しいな」
 思わず声に出した。二人、青年が寄って来るのを見たからだ。一人は怪我をしているらしく、同じ年頃の者の肩を借りている風だった。彼の肌の色は民族特有の琥珀色だが、くくり上げた髪は金色だ。肩を支える者は逆に、髪は黒で肌は白い。イヴァリースとのダブル(※)だろうか、とオーランは首を傾げる。二人共背を向けているので、顔つきで判断できない。金髪の青年は親しげにラムザと簡単な挨拶を交わし、肩を支える青年は挨拶すらなく、ラムザの髪をひっぱるようにしてからかい、笑い合っている。
 少なくとも、人による危害はないだろう。自分が侵入したところで歓迎されるどころか訳など聞かせてはもらないだろうと、オーランはその場を後にしようとした。
「……!」
 最後に振り返ったオーランは、息を飲んだ。黒髪の青年が横顔を見せたからだ。
「あれは、ディリータ、といったな」
 以前言葉を交わしたベオルブ家の馬番の青年だった。確かに今日は、屋敷の中では姿を見ていない。彼は居留地になじんでいるように見える。どこかへ歩いて行く一団を追う金髪の青年を叱るような仕草で引きとめたディリータは、かがんで解けかけた包帯を巻いてやる。

 ――なぜ、彼までが。

 ディリータは立ち上がり、肩を叩いて金髪の青年を促した。彼は一旦、ラムザらを追おうとしたが、踵を返してディリータに話しかける。一生懸命になっている様子だ。ディリータが何度か首を横に振ると、がっかりした様子で肩を落として離れる。それを見送り、ディリータはラムザが乗って来た馬に跨ると、ゆっくりと歩かせながら居留地の外へと出て行った。金髪の青年は、何度もディリータを振り返っていた。



「ディリータ、だったね」
 居留地を出たところで回り込み、ディリータの馬を止めたオーランはそう声をかけた。ディリータは嫌そうな顔でオーランを見、溜息を吐いた。気が付いていたらしい。
「よく、追ってこられましたね」
「こいつは鼻がいいんだ。皆、信じないんだけれど」
 スターの首を撫でてオーランは苦笑した。曖昧に頷き、ディリータはオーランに並んだ。ぽこぽこと歩みながら屋敷への道を辿る。隣り合った馬は、警戒しながらも興味を惹かれ合っているらしく、歩みながら時折それぞれを窺う仕草を見せている。
「いつから、出入りしているんだい?」
「……二年ほど」
「二年、か。君がラムザを護衛している、と考えていいのか?」
「始めは……。今は、勝手にやってます」
「もうすっかり仲間になっているように見えたよ」
「彼らは基本的に、受け入れ型ですから」
「君達が礼儀を守っているからだろうよ」
「彼らのこと、よくご存知のようですね」
「なかなか理想的な文化だと思っているからね。興味があって調べてみたんだ」

 居留地の一族は、自らをガルテナーハと呼ぶ。族長が一族を束ねており、絶大な権力を持つ。しかし、子にその地位を譲ることは無い。族長が死亡したり、老いて次代に任せると宣言すると、実力のある者達が話し合って新たな族長候補を幾人か選ぶ。そして、一族にそれを示して多数決でもって一人を選ばせるのだ。族長の選抜だけではなく、様々な重大事に多数決を用いることが多い、という点が特色で、民主主義に似たシステムを持つ。しかしながらシャーマンが儀式を多用し、予言でもって一族を導く、という文化でもあった。
 かつて、入植者とも言えるイヴァリースの民との間で抗争が勃発しそうになった折にも、シャーマンがそれを止めた。彼らは元々幾つかの場所に分かれて住んでいたので、居留地を定めてくれればその外を侵すことはない、と当時の王に提案したのだ。当時の王は異種文化に理解があり、住み分けの案が法律として制定された、という経緯がある。ガルテナーハ一族はどういう訳だか、農地には適さない乾いた土地や洪水の起こりやすい土地を好む。本来、戦ってまで土地を奪い合う理由は無かったのだ。現在でも貴族達は居留地には関心が無く、住み分けは上手くいっている。

「ところで」
 声の調子を変えて、オーランは軽く笑った。
「ラムザはいいとしても、君は仕事を抜け出して来たのかい? お叱りを受けなければいいが」
「俺、私の妹があの近くで働いているので会いに行ったついでです。おつかいも頼まれていますし」
 確かにディリータは、小さな荷物を背負っている。
「へえ、じゃあオーボンヌ修道院かい?」
 オーランがさらりと言い当てたので、ディリータは益々渋い顔になった。それに声を出して笑い、オーランは穏やかに言う。
「ハーブの香りがするよ、その荷物。オーボンヌは薬草園が有名だからな。ベオルブの奥方はおふたりともあちらをよくご利用だったらしいと聞いているし、亡くなった俺の母もそうだったよ」
「……そうですか」
「どなたか具合を悪くされているのか? いや、出すぎたことだな……」
「いえ、馬のための薬です。ご心配なく」
「そうか。それで」
 オーランはディリータを軽く睨むようにして真面目に言った。
「ラムザはあの村で何をしているんだ? 随分と素晴らしい格好に着替えていたようだけど」
「それは……」
 ディリータは口ごもる。
「君とラムザはむしろ、友人のようだね。友の秘密を守ろうとする姿勢は評価するけれど、ダイスダーグ殿は本気で心配しておられる。下手に多勢でここを突き止められるよりも、俺に話した方が騒ぎにならないと思うが、どうだろう?」
「……危険なことではありません」
「ラムザの部屋に、鉱石のようなものがあった。あれに関係するのかい?」
「鋭いな……」
 ディリータは唇だけで笑う。
「確かに、関係しますがガルテナーハの重要な儀式に関わります。これ以上は俺の口からは言えません」
「へえ……。そんなところにまで一族でない者を立ち入らせるとは。一体どうやってそこまで深入り出来たんだ?」
 一人ごち、オーランは空を見つめた。雲が大急ぎで天を覆い尽くそうとしている。
「いいだろう、俺からラムザに聞こう。ともかく急いで戻ろう。ラムザは……」
「いつも村から馬を借りて戻ります。夕食までには帰るはずですから」
「よし、じゃあ、走るぞ。俺は先に戻っている」
 言ってオーランはどこかしら嫌がっている馬の手綱を引き、鐙を蹴った。
 
「……参ったな」
 残されたディリータは、落ち始めた雨粒を顔で受けながら空を仰ぐ。また溜息を吐いた。



 夕刻、滑り込むようにして食事が始まる寸前の会食室に入って来たラムザは、次兄ザルバッグの顔を見つけた。このところ、国境付近の視察に忙しかった兄とは、およそ三ヶ月ぶりの再会だった。ダイスダーグよりも柔和でとっつきやすい性格の次兄に微笑もうとしたラムザは、その向かいの席に予想外の顔を見て一瞬硬直した。オーランである。
「やっとお出ましか」
 苦笑でザルバッグが迎える。
「ごめんなさい、お帰りだと知っていたらお迎えしたんですが」
「まあいい、座りなさい」
 笑ってザルバッグはラムザを促した。オーランの隣りを示す。ラムザは、眠っている赤ん坊の側を通り過ぎるように、足音も立てずにオーランの背後を歩き、執事に椅子を引かれて着席する。
「表に何かあるのか?」
 ザルバッグの含む言葉に、ラムザはごく自然な笑顔を見せる。
「よく晴れていたので、ちょっと散歩に。居眠りをしてしまいました」
 ラムザの顔を見つめるオーランが、その言葉に片眉を上げて見せた。そして唇だけで笑う。気が付かない振りで、ラムザはナプキンを広げる。
「のんきなものだな。まあ、おまえはそれくらいで丁度良いのかもしれんが」
 食前酒を片手にザルバッグは目を伏せた。その彼の仕草に、オーランは少しばかり胸を痛めた。
 雨宿りにベオルブ邸に戻ったオーランは、予定よりも数日早く戻ったザルバッグと鉢合わせた。是非に、と夕食に招かれ、それまでの時間をチェスで潰していたところ、ザルバッグはラムザの尾行についてなにげなく問うた。ダイスダーグから話が伝わっているだろうことは予想済みで、オーランが「まかれた」とだけ告げると、ザルバッグは「そうか、これからも頼む」とあっさりと引き下がった。ザルバッグは自分の言葉を信じていないのだと、オーランには分かったが、オーランを信じているからこそ、苦しい嘘への追求をしないのだろうとも思う。ラムザ本人に確かめるまではとオーランは口を閉ざしたのだが、ザルバッグもまた、ラムザを深く気にかけていることは誰よりもオーランが知っている。次男、という位置にあるザルバッグは、ダイスダーグよりも正確に、ラムザの将来を憂えているのだ。

 ――悪いな、ザルバッグ。

 胸の内で頭を下げ、オーランは隣りのラムザを盗み見た。ひんやりした空気を纏ったラムザは無心にスープをすくっている。そのように、見えた。



 食後、ザルバッグにカードを誘われたが、オーランは一時間程後に、と断ってラムザの部屋を訪れた。ノックに早い返事があり、部屋に入るとラムザは机の前にちんまりと座っている。
 ――ディリータに聞いたな。
 オーランは、どう切り出そうかとしばしラムザの横に立っていた。ラムザは俯いたまま、膝の上の指先を見ている。
「……叱るつもりはないよ」
 いつも使っている椅子を引き寄せ、オーランは溜息混じりに言った。
「僕はいいんです。ディリータは見逃して下さい……」
 そのままの姿勢で淡々とラムザは言った。
「彼については俺の範疇じゃないさ、安心しなさい」
 オーランは足を組み、ラムザを眺めた。彼は、脅えもせずくつろぎもせず、石になったかのように静かに座っている。
「どうやらガルテナーハの秘密に関わるようだから、答えてもらえるとは思わないんだけどね、君はどうしてあの村に通っているんだ?」
「どうしてって……」
「友達に会いに行く感覚かい?」
「ええ、まあ、そうですね……」
「はっきり言おうか。君が、あの村に恋人を持っているととても困る」
 ラムザはびっくりしたように顔を向け、かくかくと首を横に振った。本当に驚いたらしい様子にオーランは思わず笑う。
「はは、そうか」
「そういうことを心配していたんですか、兄さん達は」
「まあ、他にも色々あるけどね、重要なことではある」
「そうなんだ……」
 ラムザは元の姿勢に戻って俯いた。
「僕は、あの村が好きなんです」
 ラムザはうっすらと微笑んで言った。
「二年程通っているんだってね。きっかけは何だい?」
「アルマに、僕の妹に会いに行ったんです。行儀見習で近くの修道院に住んでいますから。ディリータの妹のティータが付き添ってくれているので、よく二人で行くんです」
「へえ、それは知らなかったな。ガリランドの寄宿舎におられると思っていたよ」
「確かに一年ほどはあちらで過ごしたんですが、アルマは少し体が弱くて。薬草を使った食事が体に合うんです。専門家が慎重に体調を確認しながら処方する必要があるので、薬草園のある修道院に住んで家庭教師に学ぶことにしたんです。ティータも一緒に。僕らの母が短命だったので……あまり吹聴すると婚期を逃すからと、兄さん達は隠しているようです」
「それは心配だね……」
「ええ、でも薬草のおかげで成長するにつれて健康になってきました。僕も、遠くの寄宿舎よりも側にいてくれる方が嬉しいんです」
 ラムザは苦しそうに優しい視線をさ迷わせ、オーランは黙ることで先を催促した。
「……その日は急に雷が鳴りました。僕の馬は雷に脅えて、僕を振り落として屋敷に逃げて行ってしまいました。仕方なくディリータの馬に二人で乗ったんですが、近くに雷が落ちた途端、滅茶苦茶に走り出してしまって。気が付いたらあの村に迷い込んでました。霙(みぞれ)まじりの雨で……冷えていた僕らを村人は暖めてくれました。それ以来です」
「偶然、か」
「はい。幸い僕は泥だらけで貴族だとは思われなかったみたいです。彼らは気のいい民族ですけどどうしても貴族とは折り合いが悪いので、村に行く時にはディリータの作業着を着て行くんです」
「イヴァリースとのダブルの子がいたようだね」
「ええ、最初から彼が通訳してくれました。今では簡単な会話なら一人でも出来ます」
「あちらはイヴァリース人を拒否しないのか……」
「互いに尊重出来るなら、誰も拒否しないんです」
 うっとりとそう言うラムザにオーランは眉を寄せた。
「君はあの村で、何をしているんだい?」
「……親しい人達と話して、」
「そう、ダイスダーグ殿に申し上げても構わないか?」
「オーラン!」
 ラムザは立ち上がって蒼白な面を歪ませる。座りなさい、と手を振れば、脱力したように腰を降ろす。
「で、何をしているんだ」
 オーランは淡々と言った。
「……丘を掘っています」
「丘?」
「それ以上は言えません」

 オーランは立った。ラムザの視線を引き連れて、すかすかの棚に向かうと綺麗に磨かれて埃一つ無い鉱石の塊を手に取った。肩を竦めてラムザにそれを示して見せると、彼はぎゅっと唇を噛んだ。オーランはゆっくりとラムザの背後に立ってそれを渡す。大切な玩具を取り返した子供の様に、ラムザは鉱石を抱き締めて身を縮めた。
「危ないことはしていないのだろうね?」
「大丈夫です……」
「命を失う、という意味だけじゃないよ。指を欠くような怪我や目に傷が付くような事故の可能性くらいはあるんじゃないのか?」
「……」
「こういうものを掘るためには、普通爆薬を使うよね。そうでなくとも落盤事故はよくあることだし、ガスの溜まりに突っ込んでしまうことだってあるだろう」
「……」
「ラムザ、君は貴族の生活を本当には知らないね?」
 オーランはラムザの座る椅子の背もたれと机に腕を突き、ラムザの顔を覗き込んだ。反対側の窓辺にラムザは視線を向ける。
「例えばカードをする時、乾杯の杯を空けるとき、君の指が欠けていればそれは目立つだろう。君が予定通りにベオルブの参謀になったなら、地図を見る目が見えなくては話にならないだろうね。それどころか仕事も出来ず、政略結婚にも使ってもらえず、この家の重荷になるだろう」
「……オーラン!」
「なんだい」
 オーランは厳しい目でラムザを見た。言葉に詰まってラムザは茫然とオーランを見つめる。
「俺だってこんなことは言いたくないよ」
「僕は……」
「ダイスダーグ殿の左耳がほとんど聞こえないのとは訳が違う。あれは、先のロマンダ侵攻の際にラーグ公を庇って砲弾の破裂音を耳の側で聞いたせいだ。ダイスダーグ殿のお立場では名誉の負傷であり、王家からも非常に評価されている」
「分かっています!」
 ラムザは強く息を吐き出しながら言った。初めて、ラムザの顔にはっきりとした訴えの表情が浮かんだ。こんな感情の解放など、オーランの望んだことではなかったが。
「オーラン」
 強くこぶしを握ってラムザはオーランを見上げた。
「僕が勝手にあの人達に混ざっているんです、どうか、彼らに咎が無いように……!」
「それは俺だって、」
 いいえ、とラムザはオーランの言葉を遮り首を振った。
「駄目です、兄さん達には言わないで……!」
「ラムザ、」
「僕は、あの村の人達が大好きなんです! 族長とその家族は大切にされるけど、それは選ばれた人とその家族への単純な尊敬で、身分は無いに等しい。ラファはシャーマンだからそれなりに地位はあるけど、才能だってちゃんとある。僕みたいなイヴァリースを受け入れてくれる心根が嬉しくて、通うのを止められなくなってしまって……」
 俯き、ラムザは白くなった手の平を広げた。
「僕が、悪いんです」
 オーランはそっと溜息を吐いた。ラムザは小さく震えている。
「……明日からしばらくはダイスダーグ殿がおられるから、大人しくした方がいいよ」
「オーラン、どうか、」
 部屋を出ようとするオーランの背に、ラムザがしがみ付いた。軽い、とても軽い感触だった。
「兄さん達には黙っていて……!」
 オーランは無言でラムザを引き離した。ラムザは肩を押すオーランの手にすがり、混乱してそれを唇に押し当てた。逆にオーランの方が動揺してその手を奪い返す。最後までラムザはオーランの体に触れては許しを請う言葉を続けた。
「ラムザ」
 開けたドアに体を割り込ませ、オーランは振り返った。水色の瞳を大きく見開き、ラムザは喘ぐようにしてオーラン、と呟いた。
「君は一度も、俺が跡をつけたことを責めなかったな」
 ラムザは何を言われたのか分からないというように、口を開けてオーランを見上げた。無意識のように自分のシャツを握ってくるラムザの指をほぐしながら、オーランは苦労して笑った。
「決して事故に合わないように。そして、村に行く道筋を変えなさい。ヘザーの丘は目立つから。林を抜けてその向こうにある川を迂回すれば、森を抜けたところで村の裏手に出る。それならば、滅多なことでは跡を追えないだろう。『クローディア』さえ、元気ならばね」
 ラムザは放心したようにオーランを見ていた。その額を軽く小突き、オーランはにっと笑った。
「秘密なんて、一つも二つも同じだよ」
 囁き、オーランは扉を閉めた。おやすみ、とひとりごちる。ゆっくりと一階にある、会食室に付随した遊興室へと向かおうと階段を降りようとした。

「オーラン」
 階段の踊り場にザルバッグがいた。
「家庭教師らしいな、食後の補習か?」
 にや、と見上げる目に肩を上げてみせる。
「ラムザはよく出来るよ。将来が楽しみだ」
「安心した、と答えるべきだろうな」
「違うのか?」
 ザルバッグは視線を外し、腕を組んだ。隣りに並べば僅かに見上げる位置にある目を捉えようとしたが、彼は暗い窓に眼を向けていた。
「まかれたんだな?」
「そうさ、まんまとね」
「馬の鼻など当てにならんということか」
「そういうことだ」
 ふ、とザルバッグは息を吐き、腕を解くと片手をオーランの腰に回した。
「客室に案内しよう。泊まるのだろう?」
「……帰りたい、と言えば帰してもらえるのか?」
「さあな、やってみればいい」
「ザルバッグ」
 促されて階上を再び目指しながらオーランは苦笑した。
「火遊びは止める、と聞いた記憶があるぜ?」
「気のせいだ」
「よくも言う……」

 階段を登って短い廊下を行くと別棟に繋がっている。それが丸ごと客室の棟だった。先にオーランを部屋に入れ、ザルバッグが当然の足取りで後に続く。
「おまえに火の粉は被らせまいよ」
「そう願いたいものだね」
 そんな会話がドアに巻き込まれて消えた。






※ ダブル・・・いわゆるハーフ。

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