春の匂い 1

 王都ルザリア。
 王の住まいを中心に栄えるイヴァリース最大の都。国の威信を掛けた贅沢かつ重みある風情が溢れ、旅人の目を驚かせる事もしばしばの美しい街。
 その街並みは今、あちらこちらが煤けて崩れたままの建物も目立っていた。ゴルターナ公の進軍の痕である。

「ルーヴェリア王妃の捕り物の時に、随分と抵抗があったらしいぜ。王城の周りは丸焼けだった」
 それぞれが持ち寄った情報をまとめながら、ラムザ達は昼食を摂っていた。以前なら大男が満足出来る値段を払って彼らが得た昼食は、スープと小ぶりのパンが一つ。食事を出した店主自身がその値段に最も怒っている人物であり、くだらねえ、しようもねえと、かっかと怒りながら前払いで料金を受け取る彼を逆に客が慰める、という始末だった。
 彼らは王都からやや南に位置する市場にいた。上洛するゴルターナ軍の到着間際に、王都を警備していた南北の天騎士団が最初に衝突した地点だ。かつては繁華街として名高かった街は火攻めに合い、今は屋台やテントの密集した市場になっていた。ただでさえ、焼け出された市民が右往左往する街中には各地から流入する難民らしい姿も多く、路地のそこここに野宿同然の者が溢れていた。市場は食料を求める人々でごったがえして異常な賑わいだが、飢饉と流通経路の遮断による品薄のために物価が高騰し、実際に買い物が出来る者は少ない。 
「気の毒ね・・・」
 物乞いや怪我人の姿も見える。スープをすすりながらジャッキーは目を伏せた。
「王城への侵入を目的とした進軍だ、これでも被害は少なかった方だろう」
 パンを千切るアグリアスはそう言った。沈鬱な視線は手元には無い。すぐ側のテントで怒声が沸いているからだ。彼らの目の前で、果物をかっぱらおうとした子供が主人にぶたれて道に倒れ、もがくように立ち上がる。子供は泣きながら、潰れた果物をしっかりと抱き締めて路地裏に駆け込み、それを追おうとした亭主をおかみが止めた。子供を殴るんじゃないよ、と逆に叱るおかみは背に赤子を負い、疲れ果てた顔色だ。
「まだ人情があるだけマシかな・・・」
「それもいつまで持つか。戦が長引けば売るものさえも消えるよ・・・」
 顔を見合わせてアグネスとムスタディオも深く息を吐く。先ほどの亭主はおかみの肩を抱き、泣き喚いている背中の赤子をあやしている。疲れた母親は乳の出が悪いのだろう、売り物の果実の絞り汁を指に付けて舐めさせていた。
「王城の周りでも、この進軍で何が起こったのか分かってねえ奴らが多かったな。逃げるだけで精一杯だったらしい。王妃がベスラに護送されたというのは事実みたいだが、それらしいものを見たって奴にはぶつからなかったし」
 ラッドは足元で震えている痩せ細った野良犬に少しだけパンをやった。すかさず店主から、居付くからやめとくれ、と厳しい声が飛んで肩を竦める。
「さて、どうする隊長?」
「・・・場所を変えよう」
 スプーンを見つめてラムザが低く言った。皆が一斉に彼の顔を見て頷き、ささやかな食事の速度を上げた。



 王都に到着して1週間余り、彼らは戦乱に関する情報を集めていた。噂で流れ聞いた通りに、ルーヴェリア王妃の救出を目的とする北天騎士団と、それを阻止しようとする南天騎士団との間で戦は始まっていた。北はオリナス王子、南はオヴェリアが総大将に祀り上げられているため、この戦いは王位継承権争いであると市民には認識されているが、真実はゴルターナとラーグの権力闘争である。

「僕は一度、北天騎士団陣営に行ってみる」
 繁華街を抜けた空き地でラムザは唐突に言った。途端、全員がざわめきアグネスが厳しい視線を送る。
「どうやらザルバッグ兄さんが残っているらしい。彼に戦況を聞くのが一番確実だと思う」
「それは・・・可能なのか?」
 アグリアスが荷物を降ろしながら問う。
「何が?」
「私が知っているベオルブの末弟は、家に背いて勘当されているはずだ」
「まあ・・・そうなんだけど・・・」
 ラムザは髪を煩そうに掻き上げ空を仰いだ。
「ダイスダーグ兄さんには、うかつに会えば幽閉されそうだけど、ザルバッグ兄さんなら・・・たぶん・・・」
「たぶん、で行動しないで!」
 アグネスが唸る。
「会いに行くったって、そもそもあんたが北の陣営に入れてもらえる? 傭兵なんて放り出されるのがオチだよ!」
 「・・・それくらい、考えてあるよ。手引きしてくれる人を見つけてあるんだ」
「なんですって!?」
 アグネスは半ば掴みかかり、おいおい、とラッドが二人を引き離して暴れるアグネスを羽交い絞めにした。
「そんな事をあたしらに黙ってしてたなんて!」
 喚くアグネスの肩をアグリアスが叩く。
「待ってくれ。では聞くが」
 向き直るアグリアスをラムザは見ようとはせず、うんざりと天を見つめたままだ。
「おまえとザルバッグ殿が会えたとしよう。そして情報を得たとしよう。それから、どうするんだ?」
「どうって、情報次第だよ・・・」
「何を、考えているんだ?」
 真っ直ぐに突き刺さるようなアグリアスの視線を避けてラムザは顔を背ける。
「これからどうするかなんて僕にだって分からない。今の硬直した状態を解決するためにザルバッグ兄さんに会う、それだけだよ」
「・・・本当だな?」
 低く問う声にいつもの苦笑を作る。
「明日の午後、北陣営に行く。僕が帰ってくるまで情報収集を続けていて欲しい」
「やなこった!」
 ラッドから両腕を取り戻し、アグネスは唾を吐きそうな勢いで吼えた。
「あたしも行くからね!」
「陣営に入る事が出来るのは僕だけだ」
「だから、あんたが戻ってくるまで門の前で待っててやるって言ってるんだよ!」
「お好きにどうぞ」
 ラムザは僅かに表情を曇らせ、アグネスはそれを素早く確認する。
「あーもー、言い出したら聞かねえからな、ウチの隊長さんはよ! まあ、相手がアニキならそうそう下手な事にはならんだろうって祈るしかねえか」
「うん、一人で行くっていうのが心配だけど・・・天騎士団に負われてる訳じゃないしなー」
 無邪気を漂わせるムスタディオにジャッキーが口を開いた。
「こんな情勢になったからうやむやになっているだけで、お尋ね者には変わらないわよ、あたし達は・・・」
 黙って聞いていたジャッキーは怯えていたらしく、声が震えていた。認識にズレがあるムスタディオは、え、そうだっけ?とラッドを見上げる。
「そういや、おまえは正面切って北天騎士団と戦ってねえな。確かに俺らは、姫さん絡みで北の奴を何人も殺っちまってるんだ。多少の追手はかかっていたと思うが、あちらさんもややこしい事になっちまったからなあ」
「その前にも、ザルバッグさんの部下と直接戦った事があるの。その一件でラムザは家に戻れなくなって・・・」
「へ、そりゃ初耳だぜ、それで「傭兵」なんてやり始めたのか?まあ、隠れ蓑には丁度いいかもな」
「隠れ蓑というよりは潜伏よ」
 断言するアグネスに、ラムザが不審の顔を向ける。
「ベオルブから身を隠すのは簡単な事じゃないからね。ラムザはベオルブにそりゃあ未練を残していたし、そう言われてみれば、よく、兄さんに会いたいって言ってたね・・・」
「な、」
 反論しようとしたラムザの言葉にアグネスは更に被せる。
「勘当はされたけど肉親、だもんねえ、こんな時だからこそ、兄さんに会って甘えたいっていう気持ちが出たって仕方ないよ。そろそろほとぼりも冷めてる頃合かもしれないしね」
 心にも無い事を言って首をひねって見せるアグネスの目配せにアグリアスは敏感に反応し、続いてラムザの口を縫いとめる。
「しかし、結果としてラムザを追い詰めたのはオヴェリア様の救出に絡むところが大きいんじゃないか? ザルバッグ殿に会うべきは私だ。確かに肉親への情は捨て難いだろうが、ラムザを危険な単独行動に走らせるくらいなら、」
「もういいよ、二人とも」
 嫌そうに口を開くと、ラムザは全員の顔を丁寧に見渡した。そして、覚悟を決めたように、すう、と息を吸った。
「おかしな事言い出さないでよ、全く・・・分かってるくせに」
 溜息同様のラムザの言葉に、ざまあみろ、とでも言いたげにアグネスは腕を組み、アグリアスも肩を上げて苦笑する。状況が良く分かっていないムスタディオとラッドが顔を見合わせる横で、事情を知るジャッキーは不安そうに自分の腕を抱いた。
「僕は、ただベオルブから逃げ出しただけだ・・・あの時は、それ以上は何も考えていなかった。第一、『ほとぼりが冷める』なんて言葉はベオルブには通じない。それが通じる人達なら、初めから逃げたりしなかった」
 ゆるゆる首を振り、ラムザは唇を一度噛み、そして続けた。

「僕は、この戦いを止めたいんだ。からくりを知ってしまったからね・・・だから、ザルバッグ兄さんの態度によってはベオルブに戻るつもりだ。ベオルブの名の下に、僕に制裁が下される事は覚悟の上だよ」
「制裁・・・」
 ラッドが漏らし、まあ、殺されはしないだろうとは思うけど、とラムザは呟く。こんな時には真っ先に叫びそうなアグネスは沈黙を守っている。
「それに、絶対に戻れるとは思っていない。ガフガリオンが言っていたような戻れる状態なのかどうか、それを確かめたいんだ。兄さんに会うのは、それが目的なんだ」
「な、何も、あの家に帰らなくても、いい、じゃないの・・・」
 ジャッキーが喉を詰まらせながら掠れた声を出し、ラムザは目を伏せて首を横に振った。
「何万という軍勢の関わる戦いに対して、僕ら6人で出来る事はあまりにも限られている。もちろん、何も出来ないなんて思わないけど、その困難さはみんなにも分かっているはずだ」
「そりゃそうなんだけどね・・・」
 アグネスが疲れた言葉を投げ、ごめん、とラムザは何事かに謝った。
「内部から眺めれば、戦乱を止める方法が見つかるかもしれない。今言ったように、ベオルブに戻る、という『危険』は承知してる・・・でも、オヴェリア様が本当にベスラに連れて行かれたのか、それとも他の場所に居るのかさえ僕らには分からないんだ。分かったとしても、オヴェリア様を奪い返したとしても、そこで僕らに出来る事は終わるだろう。その後はやはり、何らかの力がある人を頼らざるを得ないよ。誰にも頼らない僕達は、ただの市民なんだ」
 誰にも言葉は無かった。ラムザは視線をさ迷わせ、遠くに揺らめく蜃気楼に目をやった。
「この『作戦』には僕が適任なんだ。分かって欲しい」
「あたしをどうするつもりだった・・・?」
 枯れた声でアグネスが言った。怒りを通り越して虚脱に近いようだ。
「ベオルブに戻ると決まれば、迎えを寄越すつもりだった。君が何故僕に付いて来たのか、その理由くらい知ってるからね。僕を受け入れられる状況だとすれば、君も大丈夫なはずだ。でも、他のみんなは無理だ。元の生活に戻れるように、出来るだけ手伝おうと思ってるけど・・・」
「まだ決まっちゃいねえよな?」
「だ、駄目ならすぐ、戻ってよね・・・?」
 おろおろとラッドとジャッキーは言い、それに頷きながらラムザは肩を竦めて足元を見る。
「何もかも・・・ザルバッグ兄さん次第だよ。僕の気持ちは固まっているんだ。僕が北の陣営から戻らなければ、この隊は解散だ」
 じり、と足元の小石を鳴らしてラムザはムスタディオに一歩寄った。
「ムスタディオには一人でゴーグまで戻ってもらうことになるね。一番きついかもしれない。ボコを連れて行ってよ」
「平気平気!」
 ラムザの謝罪の視線をぶるぶると首を振ってはじき飛ばし、ムスタディオは笑った。
「俺、無理言ってここまで来たんだし、気にしないでいいって!」
「心配しなくても俺が送ってやるよ。廃業しちまったら暇だし・・・次はあったかい国で仕事を探すのもいいな!」
 ラッドは気軽を装って言い、ジャッキーがそれに乗る。
「あ、あたしもあったかい方が好き! ウォージリスには帰る気無いから、ラッド達とゴーグに行くわ。機工士になる勉強をしてもいいわね、あたし結構力あるんだから!」
「ははは、機工士は別に力自慢じゃなくてもなれるって」
 しかし、3人が和らげた空気をアグネスがすっぱりと切り裂いた。
「アグリアスはどうすんのさ」
 ああー、とムスタディオが複雑そうに声を出す。アグネスは、納得してはいないようだが、ラムザの本質をよく知るだけに抵抗は諦めたようだ。しかし未だラムザを睨みつけながら噛み付くように言った。
「デュライ伯はああおっしゃっていたけど、こんな情勢不安な中に放り出す訳? 末端までオークスの娘が死んだ、と伝わる前に、功を焦った馬鹿に狙われたりするかもしれないよ!?」
「アグリアスさんはそんな馬鹿には負けない」
「ラムザ、本気!?」
「止めてくれ」
 アグリアスに背中を叩かれ、アグネスは、ぐ、と唇を噛んだ。アグリアスはこの場にそぐわない程に静謐な顔でラムザを見つめた。その圧力に、睨むようにしてラムザは視線を返した。
「本当に解散と決まれば、私はオークス伯に後見をお願いしようと思う。やはり私は少しでもオヴェリア様のお近くに位置していたい。・・・ラムザやアグネスとは反対の勢力に属する事になるが、そうなったならば私も内部から戦いを止める手立てを探す、と約束しよう」
 決して違えはしない、と言い足し、アグリアスは沈黙する面々に微笑んだ。
「ラムザを安全に北天騎士団陣営まで送ろう。そして我々は2日間、王都に滞在する。そしてラムザが戻って来ない場合には、それぞれの有るべき場所に行く」
「・・・それでいいよ」
 気落ちとも安堵とも取れる溜息でラムザは承諾し、アグリアスは一つ頷いた。
「明日の出発前にギルは公平に分けて渡すよ。装備の類はゴーグでやった時と同じだ。自分が今身に付けていたり運んでいる物をそのまま持って行って」
 そう言い、ラムザはしばし地面を見つめていた。花の匂いが混じる生ぬるい風が通り、ちりん、と荷物の中で何かが鳴った。それを合図のようにラムザは顔を上げると、珍しく苦笑ではない笑みで皆を見た。
「・・・これまでありがとう、みんな」
 頷くしかない面々からラムザは急いで背を向けた。
「僕はもうしばらくうろついてから戻るよ。皆は宿でゆっくりして」
 そして、半ば駆けるように南に向かって行った。










「・・・どこまで着いて来るつもり」
「私の行きたい方向におまえが歩いているだけだ」
「・・・・・」
「暖かいな」

 空き地を出た時から、アグリアスはぴったりラムザの跡をつけていた。隠す風情も無い淡々とした足音を背中に聞きながら、ラムザは随分と長く歩いた。次第に民家は減り、それでもラムザは足を止めず、アグリアスも諦めない。緩い傾斜を感じながら無言で丘を登り、炭焼き小屋を最後に人工物が途絶えた先には平らな土地が広がっていた。そこでようやくラムザは立ち止まり、呆れた顔でアグリアスを振り返ったのだ。
 
「アグリアスさん、僕、一人になりたいんだけど?」
「私もそう思ってここに来たんだ」
「・・・・・」
「美しい丘だな」

 草原とは言い難いが、丘の上とは思えない程度には広い。春を迎えたばかりの名も知らぬ若い草を、夕日には早く真昼の陽でもない頼りなげな黄色い光が照らしていた。
濃い、植物の匂いがする。ラムザは先に立って草を分けた。枯れて倒れた草が幾重にも積み重なり、乾いた草の匂いが生まれている。
 
「風が強いな」
 
 振り返れば、アグリアスは編んだ髪を解き、風に弄られるまま悄然と立っていた。ざわざわと不安の音を立てる草波、午後の日差しに憂いそのもののような影を頬に作って、アグリアスは何かを探るように遠景に視線を投げた。

 今、この女は喪失感に支配されている。

 急に、そんな思考が胸の内ではっきりと声になった。

 この女には帰る家は無い。そして、仕えるべきオヴァリアは即位し、まがりなりにも最も安全な地位を得た。この先戦う理由は、どれほど大儀を謳おうとももはや、彼女自身のためなのだ。
 今、この隊すら解散を目の前にして、足場の全てを奪われる、その喪失感。

 ラムザは身の内の声に耳を傾けずにはいられない。じんわりと精神を侵食する禍々しい声に心を奪われる。草の鳴る音が、太陽の翳が、ラムザを追い立てるように迫ってくる。

 つけいる隙があり過ぎるじゃないか。



「ラムザ」
 現実の声に、ラムザは身震いで顔を上げた。アグリアスは剣を鞘ごと腰から外し、柔らかい草にそれを投げた。アグリアスは未だ傭兵の姿のままだった。ローブを外し、髪に空気を混ぜ入れながら草の上に座ればその姿は無防備に過ぎた。
 彼女は自分の隣を指で示し、ラムザは無言でそこに座った。

「おまえがベオルブに戻ると言うのなら、私も行こう」
「・・・何を・・・」
 相変わらず正面から斬り込む言葉に、ラムザは目を見開いた。
「この間の話を受けても構わない。・・・まだ、おまえにその気があるのなら、だが」
 アグリアスは淡々と言った。注意して見ていれば、彼女が日頃ない形の緊張に囚われていた事が知れたろう、しかし、ラムザにはそれは見えなかった。
「この間の話?」
「私が合法的にベオルブ内部に入る策、だ」
 膝を抱えて座ったラムザは、少し考えた。そして、思い出すと同時に笑い含みで言った。
「ああ! 僕と結婚すればいいって誘ったあの話?」
「そうだ。そうすれば無理は少なくなる」
「引退したくなったの?」
 くく、とラムザは軽く笑い、アグリアスをちらりと見る。彼女は真剣な表情で前を見ており、どこまでも静かで澄んだ声を出した。
「・・・むしろ逆だな。おまえと共に、この戦いを最後まで見届けたいのだから」
「どうせ、オヴェリア様絡みなんでしょ。こっちの情報を掴んでオーランにでも流してオヴェリア様に便宜を図るとか? 兄さん達ほどラーグ公に近いところに有る人はいないよね。その彼らと最大限に懇意にする方法は、血縁になるのが一番だ」
 揶揄するようなラムザの声音にアグリアスは眉を寄せた。ほんの、僅かに。それはやはりラムザには見えなかったが。
「それもある」
 ラムザには随分と冷たい音だった。アグリアスは拗ねただけだった。
「それに、ラムザを一人で行かせる事は私には出来ない」
 そのアグリアスの本音は、ラムザには付け足しに聞こえた。
「おまえのような者を背かせる家に、おまえのような者が出戻るなど黙って見ていられない。私は、」
 続く言葉は音にならなかった。
 油断した訳でも気付かなかった訳でもない。しかし、アグリアスは指一つ動かさない無抵抗さで、ラムザに引き倒された。
「じゃあ」
 アグリアスの手首を捕らえ、四つ這いに覆い被さりながらラムザは微笑んだ。
「それじゃあ、アグリアスさん、今すぐ僕のものになってよ」






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