孵化 2

 魔物が寄り付かないのはありがたいことなので、この谷の果てで野営をする事が決まった。陽の射さない暗い谷の底は早々と夜を呈し始め、アグネスとラムザは硬い乾燥肉を叩き割ってスープの準備をしている。破片を追ってボコがその周りをうろつき、雛もごく小さな肉の欠片をつついている。チョコボは基本的に雑食である。草や果実を中心にしながらも、魔物の死体も啄む。個体差はあるが、少なくともこの2頭は肉が好きらしい。カビた部分をボコに放ってやりながら、チョコボは人も食うんだろうかと真剣に議論しているムスタディオとオヴェリアを二人は笑う。
 食事の後、ムスタディオとラッドは早々にテントに潜り、オヴェリアも火の側で雛を抱いたままうつらうつらし始めたのでラヴィアンに沿われてテントに入った。

 谷を抜けた先の林に行ってなにやら探していたジャッキーとアグネスが、大きな声で話しながら帰ってきた。アグリアスが振り返るとアグネスは手に持った袋を掲げる。
「紫石と天地草が沢山あったよ。あんた達は足りてる?」
「ああ、そういえば・・・」
 アリシアがテントに駆け戻ってごそごそやってから顔を突き出した。
「あまり数がないわ。分けてくれる? アグネス」
「一緒に作ってくれるなら」
「もちろん」
 言ってアグリアスは上着を脱ぎ袖をまくる。
「何? 何を作るんだい?」
 登る木もなく、ぶらついていた夜警のラムザが横に立って、アグリアスは意外な程困った顔をした。アグネスも露骨に嫌な顔をする。
「・・・知らないの? あんた」
 紫石は止血、天地草は化膿止めに使われる民間の薬だ。戦場では気休め程度にしか役に立たない代物である。混ぜれば特効がでるのだろうかと思い、ラムザは袋に手を伸ばした。
「知らない。手伝わせてよ」
「いやーっ! やめてっ触らないで!」
 ラムザは思わず両手を上げた。必死でジャッキーが袋を守るようにしてアグネスに抱きついている。
「男が触ったら促進薬になっちゃう! 絶対だめ!」
「そんな、気の毒よ」
 全く気の毒そうになく、アリシアが笑いながらラムザを見る。
「だめだめ! ラムザみたいなのがいっちばん始末に終えないんだから! 明日にでも妊娠しちゃう!」
 一瞬の間、ラムザはやっと思い出した。彼女達は、戦に出る女が常用している避妊薬を作ろうとしているのだ。元々は、辺境の村で使われていた民間の避妊薬で、それを見知った女戦士達が戦場に持ち込んだ。本来の目的は月のものを止めるためだ。それまでは女戦士は短期の戦に出るものだとされていたが、この薬の普及で慢性的な戦場にも女の姿を見ることができるようになった。50年戦争勃発前の話である。
「・・・ああ・・・そう・・・じゃ、僕は・・・」
「あっちへ行ってて!」
 アグネスとジャッキーに声を揃えられ、四人の笑声に追い払われて、ラムザはすごすごと彼女達から離れた。アグリアスがラムザを横目で見ながらジャッキーと話しているのがとても気に掛かるが、どうしようもない。真面目に夜警をすることにした。
「・・・なんだから!」
「いや、そうは思えないが・・・」
「皆そう言うのさ。」
「むしろそういう方面には疎そうに見える」
「うーん、縁がないってことかもねえ」
 ひそひそと女達は話しながら石を砕き、草を煮詰める。
「私はアグネスとラムザ殿はその、そういう仲なのだと思っていた」
「ああ、誤解される事が多くって嫌になるよ」
 肩をすくめて見せるアグネスの隣でジャッキーがくすくす笑う。
「ラムザは要注意よ。人嫌いで寂しがりやだから手に負えないわ。一人で町に降りていく姿を見るとすっごく気になるし悲しい気分になるけどね」
「町・・・」
 アグリアスがショックを受けているように見えて、アグネスは興味に眉を上げた。そういえば、アグリアスは何かにつけてラムザと話したがるのだ。リーダー同士であるから当たり前ではあるが、何という事もない話題の時にも彼女の視線は思い詰めるようにラムザに注がれている気がしていた。
 面白いというか、まずいというか。
 アグネスは、多少の情報を与える方が彼女のためだと思い、簡単に説明する。
「前もラッドとガフガリオンが色町に行ったじゃないさ。大抵ラムザも一緒に行ってたよ。別行動も多かった」
「・・・まあ、そういう事は普通なんだろうな」
「そうだね」
 アグネスの肯定には何か含むところがありそうだった。アグリアスはアグネスを見つめて次の言葉を待ったが、彼女は目を上げて笑って見せただけだった。
 縁がない。その表現には、ラムザには年齢にそぐわない事情があるように思える。他の傭兵達もそれぞれ苦難の道の末に今の立場に居るとは思うが、ラムザの背後にあるものにアグリアスは惹かれてならない。これまでほんのわずかだが、ラムザから聞いた強烈な言葉にその背後が見え隠れしている。最も重要な要素の一つが、あのディリータという男であることも明白だった。
「さあ、仕上げてしまおうよ、明日の朝には乾くだろうね」
 煮詰めた草に粉にした石を混ぜ、冷めるのを待ってパン生地のようにこねる。充分混ざったら小さな丸薬にして乾燥すれば出来上がりだ。手分けして小さな玉を作っていく。オヴェリアを寝かしつけたラヴィアンも参加し、アリシアとジャッキー3人で話し始めた。貴族と庶民、という緊張感は拭えない。しかし、戦う女としての連帯感が彼女達を結び始めている。殊に若いアリシアの感情を懸念していたアグリアスは、安堵と同時にこの関係も長くはない事を認識して一つ息を吐いた。谷を出ればライオネル城は目に見える位置にある。この急ごしらえの隊を解散する日は近い。
「アグネス」
 アグリアスは声を落として言った。低い声に、手早く丸薬をまるめていたアグネスは手を止めた。アグリアスは紫色に染まった自分の爪を見ている。
「なに、アグリアスさん」
「呼び捨てでかまわない」
「ふふ、あんたが良くてもお嬢さん達が嫌がるよ、何?」
「これをアグネスに聞くのは残酷なのかもしれないが、許して欲しい」
「大げさだね、何の告白?」
「・・・ディリータとラムザ殿の事だ」
 アグネスが息を飲み、その指先で丸薬が潰れた。ふう、と溜息をつくアグネスは、意外と穏やかにアグリアスと目線を合わせた。
「何を知りたい?」
 アグネスは怒ってはいなかった。むしろ面白がっているようだ。恐らくアグリアスの心情をアグリアス自身よりも理解しているのだろう。彼女になら分かってしまってもいいだろうとアグリアスは思う。
「私達と関わったためにラムザ殿はディリータと再会してしまった。それは不幸なことだったのか?」
「不幸、ねえ」
「滝での出来事の後しばらく、彼は不安定になっていた」
「元からだよ。あいつは子供の頃から気を病んでいるのさ」
「ディリータが助けていたのじゃないか? そういう立場にいたと想像しているが」
「そんな時もあったね」
「今の彼らの関係は単なる対立ではなさそうだ。信頼し合っていたがために今の離別の冷たさがあるのならば、再会は不幸であったとしか思えない」
「固いね、あんたの言葉は。目敏いからより始末が悪いよ」
「・・・そうか」
「思ったよりもラムザは荒れなかったから、一安心してるのが本音よ」
「心が動かない程の動揺もあるな」
「暗い情熱ってのはそういうものかもしれないね」
「暗い情熱、か。ラムザ殿に似合うな」
「ふふ、酷い事を言うね」
「私も持っているものだから」
「あんたのは激しい波だよ。何にしがみ付いていても決して許さず押し流す激しい波」
「大したお褒めの言葉だ」
「どういたしまして」
「・・・元に戻れないのか?」
「元!」
「あの危うさには保護者が要る」
「あたしが面倒みるから。それともあんたが成ってみる?」
「私は王家に捧げられたものだ」
「ふう、すごいね」
「アグネスほどじゃない。やはりそういう仲、」
「だから! 違うよ、そういう意味ではラムザはあたしには手に負えないって」
 斬り込みどころをアグリアスは逃さなかった。
「ディリータならどうにかできると思わないか?」
「あいつには二度とラムザに触れさせない! ディリータがラムザを捨てたんだから! 拾っておいて捨てたんだ!」
 アグネスは言ってからはっとして口を結んだ。思わず漏れた言葉は、おそらく彼女がずっと言いたかったことなのだろう。アグリアスは自分の推測が当たったことを知る。
「アグネス。あなたはラムザ殿のために怒っていたのだな」
 敬意を込めてアグリアスは言った。否定しないアグネスはどこか照れた風に目を逸らし、丸薬作りを再開する。ずっと長く押し黙り、アリシア達の笑い声を聞きながら二人は熱心に作業をした。最後の丸薬をまるめながらアグネスは、あたしはただディリータがキライなんだよ、と言い、唇だけで笑った。






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