「やっぱり黄色かしら」
「そりゃそうでしょう、チョコボだし」
「あら、赤いチョコボもいるのよ」
「へー、なんか強そう」
「とっても強いのよ、チョコメテオって知ってる? 焼けた星を降らせるの」
「そんなの出すんだ、なんか怖いな・・・」
「大丈夫よ、可愛がってあげれば」
「うーん、俺、油の臭いがするみたいであんまり好かれない・・」
「そうなの?」
「うん、仕事でもチョコボは使ってなかった。油の臭いが嫌いだし、機械の振動音を怖がるから」
「えー、じゃあ穴を掘る時とかどうしていたの? 手でスコップを使って掘ったら大変でしょう」
「そこは機械で」
「便利なのねえ。一度ゴーグに行って、そんな機械を見てみたいわ」
「いつでも案内しますよ・・・あ」
「広がったわ!」
「なんか見えてる」
「くちばし・・・?」
「丸いのが先っぽについてるね」
「これで殻を割ってるのよ、きっと。あ! ちょっと羽が見えたわ、黄色だわ!」
「やっぱりそうかー。湿ってる・・・」
「触っちゃだめよ! ほら、ボコが怒ってるじゃない」
「いて、ごめんって、突っ付くなって」
「大人しく見ていましょう」
テーブルの周りに座った傭兵と騎士達は、のんびりと交わされるオヴェリアとムスタディオの会話を随分長い時間聞いてた。今、彼らはライオネル城を目前にして谷間の村に滞在してる。老婆が趣味で旅人を泊めている、宿とも呼べないような古びた民家である。この辺りは少し道を外れれば魔物が出没するような危険な地域で、降雨の際には凶暴な怪物が現れやすい。何度も戦いを繰り返しながらようやく谷を抜け、たどり着いたこの村で雨に降り込められた。不慣れな土地で戦いに明け暮れる毎日にムスタディオの疲労が目に見えるようになり、雨に濡れたオヴェリアが風邪をひいたこともあって、彼らはひとまずこの宿に落ち着いたのだった。
彼らに飼われるようになってすぐにボコは卵を産んでおり、一行はボコの腹の脇に皮袋を吊り下げ、そこに卵を入れて連れ歩いていた。元々野生のチョコボは卵を産んでもあまり面倒を見ない。産み捨てるようにして去ってしまうことすらあるという。暖かい時期なら草の上に放置しておいても孵るくらいの丈夫な卵であるし、チョコボの雛は孵化すればすぐに餌を探して走り回るような元気な生き物だから、それもまたチョコボの習性だろう。ただし、一行の所有するチョコボは雛を育てる気が満々だった。孵化が始まると側で見守って決して動こうとしなかった。人間二人の体調が整い、さあ、出発しようか、という段になっての孵化である。ボコは神経質になって卵に触ろうとする者を追い払うので、彼らは止む無く老婆に願って滞在を伸ばした。老婆は特別待遇だよ、としわがれた声で笑い、ボコと卵を部屋に入れてくれた。
彼らはボコを刺激しないように遠巻きに眺めていたが、かすかなヒビが入ったところで我慢できなくなったオヴェリアがじりじりと近づいて行った。始めから気合を入れて観察していたムスタディオも、オヴェリアが動いたのを合図にやはり少しずつ近寄った。呆れたのか慣れたのか、ボコは大して怒りもせずに接近を許し、現在二人は床に座り込み、卵を挟んで向かい合って孵化の瞬間を待っている。
「うわー、みしみしって音がする」
「すごい力ね! チョコボの卵ってすごく丈夫なのよね」
「大人一人くらい乗っても平気だってね」
「どうしてこのコは割ることができるのかしら」
「・・・腹が減ってるんじゃないかな」
「・・・それは切実ね」
始めはムスタディオのぞんざいな物言いに眉をひそめていた近衛騎士達も、今は二人の会話を楽しんでいるようだった。結局彼女らはオヴェリアが良ければそれでいいらしい。
「硬いのは外側の薄い層で、それを支えている内側の層は厚いけど結構柔らかいんですよ。だから、中から崩していけば雛の力でも割ることが出来るんだと思う」
ラムザが講釈すると二人してそうなのか、と感心している。
「でも、やっぱりお腹が減ってるのが一番よ。後で分かるわ」
くすくす笑いながらジャッキーも口を出す。
困難な状況に立たされているのにこんなのんきな事でいいのだろうか、と思わないでもないが、アグリアスはオヴェリアの笑顔にほっとしていた。どうにも無骨な戦士の集団、15の少女の気をほぐす事は戦いよりも難しいという輩の中にあって唯一、ムスタディオの単純さはオヴェリアを和ませていた。彼も彼なりに苦しい状況ではあるが、目の前の出来事を楽しもうとする気力はむしろ、荒くれ者どもよりも強い精神力を持っているという事かもしれない。そんなことを思いながらアグリアスはラヴィアンが注ぎ足したお茶を口に運んでいた。
「そういえばラムザ殿、この先のウォージリスに特殊な武器があると」
言いかけたところで大きな破壊音がした。円周状にヒビが行き渡った卵がとうとう二つに割れたのだった。一見しょぼくれて見える、湿った羽を体に貼り付けた小さな雛が姿を現してオヴェリアは歓声を上げた。卵の大きさは大人ならば一抱え、という大物だが、羽がしぼんだ雛はその半分ほど、人間の赤ん坊くらいの大きさだった。
「生まれたわ! 小さいわ! 卵の中にびっちり入っているんだと思ってたのに!」
「殻が厚いからかな。それにしてもヘンな声・・・」
生まれたての雛は
「けー・・・」
と、か細く鳴いた。放心したようにぺたりと床に座っている雛を、ボコがくちばしを開いてせっせと舐め上げている。
「そろそろかな」
「そろそろね」
ジャッキーと顔を見合わせてラムザはにやにや笑った。
「なんだよ二人とも。何が、」
ムスタディオが言い終わらない内に、ひとしきり舐められた雛はやおらすっくと立ち上がるといきなり全力疾走を開始した。周りが見えていない様子で思い切りムスタディオに突進し、わあ、とひっくり返った腹の上を駆け抜ける。
「ど、どうしちゃったの、このコ!」
オヴェリアが慌ててムスタディオの手を引っ張って起こす。雛は止まらないまま壁にぶつかってころりと転がり、しかし起き上がると壁際を走り始める。そしてまた行き止まりの壁に激突している。
「小さいのにすごい力・・・おい、またかよ!」
雛が再びムスタディオに向かってきていた。少しもスピードが落ちておらず、ムスタディオは手を引っ張られたままのオヴェリアを逆に引っ張り返し、二人して黄色い弾丸を避けた。通りすがりにボコが首根っこををくわえ上げ、ジャッキーが足元に置いてやった餌箱に放り込むと、雛は休む間もなく小さな尾羽を餌箱から突き出し、果物や草を忙しく食べ始めた。
「ホントにお腹がすいていたのね・・・」
「重労働だったもんな・・・」
しみじみと言ってムスタディオとオヴェリアは顔を見合わせて笑った。
彼らは昼食後に宿を発った。どちらにせよしばらくはまた野営の生活であり、少しでも先に進もうということでアグリアスとラムザの意見がまとまったからだった。
なぜラムザとアグリアスが決めるかといえば、傭兵達のリーダーにはラムザが選ばれていたからだった。この先の事は成り行き任せではあるが、少なくともリーダーを決めなくてはならない、という話になってまず、ラッドの名が上がった。彼らの中では最も年長であり何より実戦経験を鑑みれば彼が長に付くのが順当だろう。だが、ラッド本人がそれを嫌がった。ガフガリオンの隊で1年を戦った経験から、ラッドは群れの中にあっては取りまとめよりも補佐に向いているだろうとラムザは密かに思っていた。ラッド自身も引っ張っていってもらうのが性にあってるよ、と言い、気兼ねをするラムザを進んで隊長と呼ぶようになった。もちろん半分以上はからかっているのだが。
宿を出ると一行は荒涼とした青白い岩肌の谷底を目指した。迂回路はむしろ険しく、また平らで乾いた底を持つ谷を突っ切る方が魔物に会わないよ、と老婆に勧められたからだ。不思議なくらいに乾燥した空気、目を上げれば巨石しか見えない切り立った崖、ひょろひょろとした下草だけが装飾の殺風景な谷底の砂は、オーボンヌの修道院の屋根の色を思わせた。
その中に黄色い綿毛が跳ねている。ボコの足に紐を結わえ、その先に雛を繋いだのだ。羽が乾くと毛玉のような姿、ボコを懸命に追いかける様は愛らしく、オヴェリアだけでなく皆の目を和ませた。しかしつかの間の散歩の後、もう空腹なのか雛は歩みを止めがちになった。アグリアスは雛をつまみ上げてボコに騎乗しているオヴェリアに手渡した。餌を与えながら毛玉を抱えるオヴェリアの笑顔にアグリアスの唇も緩む。この先の王女の境遇を思うと、ライオネルまでの短い旅の思い出が笑顔で埋まるようにと心から神に願い、胸に手を当てる。
「そろそろ底の果てだね」
ラムザが方位計を見て言った。針がかたかたと揺れている。この辺りは山を形成する岩石に含まれるバスカ鉄鋼の影響で方位計が役に立たないのだが、谷底だけはその磁力を退けている。老婆によれば、谷底の砂はミスリル鉄鋼を多く含んでいるために乾燥を促し、魔物を退け、更にはバスカ鉄鋼の磁力を吸収するのだという。故に、谷底では針は安定し、底が終われば振れるようになる。丁度その限界点付近に彼らは到達したらしい。
そしてこのミスリルの砂は、先の50年戦争の初期に現れた偉大な大魔道士が、戦いを終わらせるために数々の武器を戦場から竜巻で運び去って粉にしたものだと老婆は力説した。あたしは子供の頃、沢山の剣がこの谷に突き刺さり、風で崩れて行く様を見たんだよ、そう言って老婆は一人頷いていた。肩をすくめる者もいたが、ラムザは老婆を笑わなかった。荒涼とした大地に屹立する無数の武器、さらさらとかすかな音を立てて風に舞う青白い砂。その想像はラムザを魅了した。
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