宣告 1

「確かに不穏な動きは無いな?」
 腹心の部下が頷き、ザルバッグは足を組み直した。
 ルザリア城の一室、ザルバッグには王都侵攻の後処理が山と任されている。それらに目を落としたまま、彼は低く言った。
「通せ」
 黙して会釈をすると部下は部屋を出る。しばらく後の丁寧なノックに答えれば、きいっと乾いた音と共に固い気配を醸したラムザが入って来た。それを一瞥し、ザルバッグはまた書類に視線を落とした。ラムザはドアから数歩、兄の座る机に歩み寄ったが、その場で息を潜めている。

 城に入れて数時間、ザルバッグはラムザを応接室に待たせた。腕の立つ者を使って飲み物を煎れ替えさせながら監視し、おかしな動きを見せないものかと探っていたのだ。こうした監視は王城ではよく行われる事だ。イグーロスでも、不審な客はそうやって待たせて試していたからラムザにもその意図が理解出来、だからこそしおらしく振舞っているのだろう。ザルバッグはサインを綴ってペンを置き、ラムザを改めて見つめた。

「・・・どうした、座らないのか」
 ラムザの脇にはソファがあるが、動く素振りは見せない。ザルバッグは指でそれを示したが、ラムザは微かに首を横に動かしただけだった。
「まあいい」
 書類を繰り、足を組み直す。
「おまえからの連絡には驚いたぞ。ルザリアに来ているとは思わなかったからな」
「・・・突然、申し訳ありません」
「構わん。アルマもここに来ている、会っていくといい」
 アルマが、とラムザは呟いた。ザルバッグの眉が寄る。
「・・・兄さん」
「不義理を詫びるつもりなら結構だ」
 ぐっとラムザを視線で圧し、ザルバッグは溜息を吐いた。
「イグーロスに戻ってから相応の償いをしてもらう。今のおまえならば、分隊くらいは任せられるだろう。武功を尽してベオルブに還元しなさい」
「兄さん、」
「たくましくなったな・・・随分と背も伸びた」
「兄さん・・・」
 苦笑でラムザを見上げる。
「抱き締めてやりたいが、今はできん。おまえが正しくベオルブの者としての働きを見せてくれるならば、また以前のようになれるだろう」
 言いながら、ザルバッグは心中で舌打ちをしていた。

 全く、手の掛かる。

 ラムザは垂らした両の拳に力を入れ、ザルバッグを見据えている。かつてのラムザならば、俯いて泣く気配すらみせるだろうにと思う。
 その方が、マシだ。

「兄さん・・・」
「なんだ」
 訴え掛ける仕草すら、随分と大人びた。ラムザに話させるつもりなど毛頭無かったが、思わず答えてしまっていた。書面に戻り、手短にせよ、と無言で伝える。
「戦いを止めることは出来ませんか?」
「・・・ふん、何をばかなことを」

 これだ。何かと言えば平和主義、そのくせにこれはあの時。

 ラムザは、すっと机の前まで歩み寄って来た。ザルバッグは顔を上げない。
「この戦いにどんな意味があるというのですか。ベオルブは王家を守るためにではなく、民を守るために戦ってきました。300年間、そうだったのではないですか、今、それが私利私欲のために・・・」

 私利私欲。なんと単純なことか。

「おまえに何が分かるというのだ!」
 声を荒げてみせる。肩を竦ませ、ごめんなさい、と言わせたかった。
「兄さんこそ何も分かっていない!」
 反対に言い返されて、ザルバッグは本気で怒りを感じた。脆弱な、ベオルブ無しでは息をすることさえも出来なかった子供、それが自分の前で両手を広げ、浅はかな思考を力説するなど、ザルバッグは考えた事もなかった。考えた事もなかったからこそ、可愛がる事が出来たのだ。
「おまえに何が分かると言うのだ! おまえが出奔し、ベオルブがどれほどの恥をかいたか、兄上がどれだけ手を回さねばならなかったか、おまえが理解すべきはそちらの方だ!」
 ぐ、と一瞬ラムザは黙り、冷静になろうと唇を引き締めた。それすら見ていたくなく、ザルバッグは、すい、と顔を窓に向けた。
「・・・この争いは誰かが仕組んだものです。ラーグ公とゴルターナ公は何者かに利用されているんです・・・!」

 笑いそうになった。何が利用だ。もしや、正気ではないのか?

「・・・利用されているだと? 一体おまえは何を言っているんだ」
「僕にも・・・分からない」

 俯くラムザの前で、ザルバッグは本当に笑みを漏らした。話にならない。
「もういい」
「いいえ・・・! 聞いて下さい」
 ラムザは顔を上げ、ザルバッグは手を振る。もういい、と。しかしラムザは咳き込むように言い募った。
「ダイスダーグ兄さんがゴルターナ公が摂政の座に就く事を阻止しようとして、オヴェリア姫誘拐の狂言を仕組んだ時のことです、暗殺されるはずだったオヴェリア姫をゴルターナ公の元にに連れ去った者を僕は見ました。あのままオヴェリア姫が殺されていたら、ゴルターナ公は国家に逆らう国賊として誅伐されていたでしょう! なんにせよ誰かがダイスダーグ兄さんのした事を知っているのです、ベオルブはこれから、」

「黙れ!」

 正気ではない、正気ではない。

 ザルバッグが立ち上がると椅子が派手に音を立てた。ラムザの前でぶるぶると震える拳を見せつけ、怒号を浴びせる。怯む様子を見せない事により怒りが募った。
「兄上が王女誘拐の狂言を仕組んだだと!? 」
「え、ザ、」
「ラムザ! おまえはそのような事を実の兄が企てたと言うのか!?」
「兄さんは・・・ご存知なのでは・・・」
「たわけが!」

 鎖に繋いで地下牢に置くしかないな。そうすれば大人しくもなるだろう。

「一体どこのマヌケに唆されたか騙されたか、おまえは今すぐイグーロスに戻り、兄上に性根を鍛え直してもらえ! さっさとここから立ち去るんだ!」
「兄さん、」
「うるさい!」
「兄さん、兄さん、あなたは僕を信じてくれないのですかっ!」



 あの雪の砦。
 ベオルブ家隆盛のきっかけとなった名誉の砦。
 ロマンダ軍は常に、まずあの砦で阻止され
 あるいは大幅に戦力を落とした。
 歴史ある誉れの砦、自分に任された砦。
 そこで子飼いの部下が幾人も斃れた。
 指揮官の「弟」が殺したなどと言えようか。
 語る者を残さない全滅だった事を喜ばねばならなかった憤怒。
 守れなかった事への屈辱。
 そして、何もかもが粉々になった。
 全ての責を負わせて良いとは思わない。
 しかし、どう許せというのか、何を許せばいいのか。
 おまえは黒こげの断裂した死体を数えて歩いたか。
 遺族に送るための髪が、切り取る先から粉になるのを見たか。
 全てを越えて許せないものは。



「勝手な行動ばかりを取るおまえの、何が信じるに値するというのだ!」

 おまえは逃げた。

「腹は違えど同じ血を分けた兄弟と思い、今日まで目をかけてきたが」
 
 おまえは逃げた・・・!

「所詮、下賎の血は下賎」

 おまえなど

「高貴なベオルブの名を継ぐには相応しくないということかっ!」

 豚にも劣る

「兄さん・・・」

 その音で呼ぶな、汚らわしい。



「た、大変です、将軍閣下!」
 扉がノックと同時に開く。顔色を変えた青年士官が飛び込んでくる。
「ドグーラ峠を雷神シドの軍勢に突破されたとの報せがたった今、」
 どか、とダガーが彼の頭上すれすれに飛んで扉に刺さった。
「ひ・・・っ!?」
「雷神、だと・・・? きさまは敵を褒め称えるか!?」
「も、申し訳ございません!」
 くそ、とザルバッグはラムザを突き飛ばして道を開けた。
「ヤツはベスラではなかったのか・・・! すぐに軍議を開くっ! 皆を集めよ、私もすぐに行く!」
「はっ!」

 青年は転がるように駆け出て行った。激昂しているザルバッグの背後、ラムザは穏やかに言った。
 
「本当のお気持ちを聞けて良かったです」
「・・・イグーロスに戻れ。すぐに世話係をここに寄越す」
「いいえ、僕は戻りません」
「ラムザ。これ以上の勝手はさせんぞ」
「イグーロスには僕の居場所はありません。僕の有るべき場所に行きます」
「それをわざわざ言いに来たのかッ!?」
「今、知りました」
「許さんぞ! おまえは留め置く。さもなければこちらにも考えがある!」
「僕は、行きます」



 ラムザはザルバッグを追い越し、開いたドアに向かう。ザルバッグの腹心らしき、ここまでの案内を務めた男が入れ違いに入室し、背後の怒鳴り声は遮られて追われる気配はなかった。廊下には慌しく兵士が走り回っている。次々と伝令の早馬が到着しているのだろう。王城の住人らしき、貴族も姿を見せている。
 
 抱き締めたい、などと言われなければ、きっとあんな聞き方はしなかった。血というものに、僕は、まだ。
 
 ラムザ、と最後の兄の声が廊下にこだまする。彼は振り返らなかった。前だけを見つめて固い大理石を踏む。こつこつと小さく刻む自分の足音だけを数え、廊下を抜け階下に降り裏口から退出すると、裏門に続く小道をたどる。平和にゆれる緑の木々が美しい形に刈り込まれ、まさしく作り物であると告げていた。

 あの時逃げなければ、あるいは。

 しかし僕は、とラムザは思いかけ、止めた。
 ここまで来ておいて言い訳をするンだな、と誰かの声が聞こえたからである。






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