血色の剣 1

 アグリアスの回復は早く、翌日には一番に起き出していた。アグリアスの体調次第と踏んでいた一行は、生真面目な顔を穏やかに伏せて剣を磨く彼女を見て早速の出発を決めた。付近の地理に明るいジャッキーが道案内に立った。
 二日間、山を迂回しながら森を抜けた後に、処刑場にほど近い教会を中心に広がるライエス市に行き当たった。処刑場で決着するという作戦に変わりはないが、残り一日の間取れるだけの情報を掴むために何人かが街に出る事になった。辺りに自分達の噂を蒔かないよう最も武人に見えない者が偵察に行くことになり、選ばれたのはムスタディオとジャッキー、彼らは戦火で焼け出されて落ち着き先を探している夫婦を装ってこの町の住み心地を聞いて回った。住む人々は寡黙で打ち解けない性質だったが、幾つかの情報を得て戻った二人を囲み、一行は町外れの廃墟で円陣を作った。
「本当にこの町にオヴェリア様はいないのかねえ」
 二人が持ち帰った情報のひとつに、『三日前に偉い人の行列が通った』というものがあった。しかし教会の門は開かず、行列は町を通り抜けてツィゴリス方面に去ったという。アグネスはこの情報に不審を言っていた。
「ここの教会は、聖職者の修行場兼、住まいとして機能しているの。だから滅多なことでは門は開かないって」
 ね、あなた、とジャッキーがからかえばムスタディオは素直に顔を赤くする。
「ゴーグの教会は結構サバけてたから俺も驚いた。でもまあ、開かない門が開いたらきっと噂になっていると思う。だから本当に通り抜けただけかもなあ」
「色々なんだな。俺んとこの教会もゴーグと似てる。言ってみりゃ慈善施設だからよ、閉まるって事が少なかったぜ」
「隠し道から入ったのかもしれない」
 崩れた階段に座っていたアグリアスが立ち上がった。遠くに見える尖塔を振り返り、その先端に光る領主の紋章を眺めている。
「今は寂れているようだが、かつては高僧の集まる重要な教会だったらしい。ライオネルが栄える前の話だが」
「へー、この町に詳しかったの?」
 だったら、とジャッキーが言いそうになるのを手を上げて止めた。
「アカデミーで教会史を学んだ。貴族のたしなみ、とやらだそうだ。そのような教会には往々にして抜け道や地下空間が存在することが多い。王族を保護・監禁するにはうってつけだと思う」
「なるほどねー。それじゃ、助けに行くの?」
 思案顔のアグリアスの後ろでは、アグネスとラムザが、あんた覚えてる? そんな授業あったっけ? あったわよ! と小声でやりあっている。
「いや。我々の存在は当然危惧されているはずだ。今突入しても逃げられるか、下手を打てばその場でオヴェリア様を処刑されてしまう可能性もある。もちろん、我々がそれをやった事になるのだろうな」
「へえ、教会の事、分かってきたみたいだね」
 アグリアスが弄んでいる髪先を見ながらラムザは言った。あの夜以来、自分は笑ってしまう程アグリアスを目で追ってしまうのに、彼女は至って平静だ。それが悔しくて彼女をねめつける代わりにその髪を睨む。
「身に染みた」
 アグリアスは唇だけで笑った。浅い海を泳ぐ大きな魚のような影が碧の目を一瞬よぎり、しかし彼女は真っ直ぐラムザに顔を上げた。つられて目を合わせたラムザの方が痛いような気がした。
「どうする、アグリアスさん」
「処刑場に向かいたい。駆けつけられる程度の距離で、警備の状況を確認しながら策を練る方が具体的で良いだろう。我々は刑場の規模さえ知らない」
「……そうしよう」
 周りを見回し、それぞれが頷く様を確認してラムザは荷物を持った。



 ゴルゴダルラ処刑場は、ライエス市からおよそ半日の距離にあった。ラムザらは刑場が見える位置にある、打ち捨てられた炭焼き小屋を拠点とすることにした。刑場から余りに近いが、安全であることはチョコボが保障してくれた。ラムザの腰辺り程の大きさに成長し、一度目の羽の抜け替えが終わった雛のジェリアが、まだ飛べない羽をばたつかせてここに突っ込んだのだ。荒れ果てた小屋はチョコボにも見分けがつかないほどに林と一体化していた。
 バリアスの谷でライオネルの兵士が告げた処刑の刻限は明日の丁度正午、こもった直後には刑場の周りの警備は敷かれていなかった。数時間後、兵士らしき者が数名うろうろし始めると、一行は息を潜めて密談を開始した。
「ここから様子が分かるのはジャッキーくらいか」
 取り分け目の良いジャッキーは、ずっと廃屋の壁の割れ目に顔を張り付けて刑場を観察している。
「あたしもこのままじゃあ疲れちゃうわ。辛うじて人がいるってことが分かるだけだし」
「それで上等だよ。あたしには首吊り台も見えやしない」
 どちらかと言えば視力の弱いアグネスは呆れて言った。
 顔を上げて腰を叩いているジャッキーに労う笑顔を見せ、アグリアスは腕を組む。
「刑場の周囲は草深い。側まで目立たぬように近づく事が出来れば夜陰に紛れるだろうな」
「交替で見張ろうぜ!」
 妙に張り切っているラッドが手を上げる勢いで言い、それを合図に皆が装備を点検し始めた。
「そうしても、構わないのか?」
 遠慮がちに問いかけられ、埃だらけのベッドに腰掛けてくしゃみをしていたラムザは、好きにしていい、と手をぶらぶら振った。
「……ではまず、私が行く。その奥の、床が腐っているところから出入り出来そうだ。草の中を通って近づいてみよう」
「一人はだめよ。あたしも一緒に行くから」
 ジャッキーの気遣いに苦笑しながらもアグリアスは頷いた。
「体調は良いみたいだけど」
「ああ、心配を掛けた。明日は存分に戦える」
「姐さんはかっ飛ばすからよう、それはそれで心配だぜ」
 にやにや笑ってラッドが言い、アグネスも大いに同意して頷いている。大人しく肩を竦めて見せてアグリアスは笑う。
「ラムザの指示に従うつもりだ。やり過ぎた時には止めて欲しい」
 誰が止められるんだ、と全員が思った。誰も口にはしなかったが。

 二人組みで見張りに出、戻れば火を使えないために固いパンをかじるだけの夕食を取る。ムスタディオが書いた緻密な刑場の見取り図を囲み、配置を検討して仮眠。
 戦いの気配が否応にも高まる中で、日の出と共に深い草の合間を霧が流れて景色を消した。何も見えない、と首を振りながら戻って来たアグネスとムスタディオに替わって、戦闘準備を整えたラッドとジャッキーが草の中に出て行く。気温が上がる頃、無駄を承知で小屋の破れ目から表を覗いたムスタディオが腕をぶんぶん振って皆を呼んだ。
「霧が晴れた! 警備が出来てる!」
「……よく見えない……」
「ラムザは目じゃなくて耳を使いな!」
 笑ってラムザは弓を担いだ。痩せた体に弓と大量の矢を負うと、彼は少しだけ斜めに傾ぐ。それを見てアグリアスは知られないように背を向けて微笑んだ。朝、宿やテントの前でラムザが装備をする瞬間を見ることが出来ると、アグリアスは運が向いたと感じる。剣にしろ弓にしろ、荷った重さに僅かに肩を下げ最初の一歩をそろり、と踏み出すラムザの仕草を、今では勝ち戦の前触れのようにさえ思っている。それくらい、好きだった。
「先に出るけど無茶しないでよ、アグリアスさん」
「承知した。ラムザも無事で」
 ごく短い言葉を挨拶代わりに、ラムザは炭焼き小屋の奥に向かった。腐って落ちている床の穴から降りて接近し、時間になったところで急襲を掛ける作戦だ。ラムザに続いてアグリアスが降りた。残ったムスタディオとアグネスはそれぞれ銃と黒魔法での後援、見取り図を見直す間にもムスタディオは落ち着きが無かった。予備の銃弾を五十持つか百持つか、それじゃ重いや、と荷物に戻してはやっぱり心配、と取り出している。
「緊張しなさんな」
 ばんばん背中を叩かれてムスタディオは苦笑いをする。
「昨日の打ち合わせ通り、高い場所はあんたとジャッキーが頼りだよ」
 アグネスは見た目よりもずっと軽い魔術師のローブを着け、黒く重々しい出で立ちに似合う毒のロッドを持っている。
「うーん、とにかく死なないようにする」
 結局八十の弾丸を腰に付けてムスタディオは立ち上がった。
「こんな時に気にすることじゃないけど」
「?」
 ムスタディオは床の穴を覗いて言う。
「ここんとこさ、アグリアスさんがラムザを呼び捨てにしてるだろ、気付いてたか? なんかあったよな、アレ」
 にや、と笑ってムスタディオは床下に飛び降りた。その上から、気付いてるに決まってるよ、と楽しそうなアグネスの声が追いかけた。

 全員がそれぞれの位置に着く頃、刑場では処刑の準備が始まった。首吊り台に階段が設置され、太い荒縄が結ばれる。落とし穴の蓋の開閉を確かめている兵士らを、門上の見張り場である歩墻(ほしょう)に上がって一人の男が眺めているのが傭兵達の目を引いた。
 その男は目深までローブを被って風体は知れない。飄々と辺りを歩き回って若い女兵士達をからかっている。しかしそうしながら彼が、目を瞑っていてもこの処刑場を走り回れる程に歩幅や僅かな段差に至るまでを記憶しようとしているのだと傭兵組は気が付いたのだ。
「やっかいだわ……。キレる親玉がいるみたい。ライオネル軍の偉い騎士かしら」
 刑場の門に近い草むらに深く埋まり、腹ばいのジャッキーが呟く。
「傭兵みたいな奴らもいる。寄せ集めで連携が上手くいかないことを祈ろう」
 同じ格好で背後にいたラムザは腕で這ってジャッキーの隣に並んだ。そのまま忍耐強く待つ。万が一処刑が早まれば、すぐにでも飛び出さねばならない。足首や指を動かし体が固まらないように体勢を変えながら、彼らはじりじりとその時を待った。

 太陽が真上に輝き始める。
 刑場の真ん中で誰に向けてか刻限を告げるため、重装備をまとった男が片手を上げて声を張り上げる。
「これより、王女オヴェリアの処刑を執り行う!」
 その声と同時に、例の親玉らしき男がどこからともなくオヴェリアを引きずり出し、処刑台に押し上げた。その辺りに転がしてあったらしく、夕日色のドレスに枯草が沢山付着している。ベールを被っている上に髪が乱れて顔が見えず、俯く彼女の具合は分からない。
「何か言い残すことはあるか?」
 オヴェリアは首を微かに振り、一言も無かった。
「そうか。何も無い、か」
 男は太い荒縄を手に取った。殊更に乱暴に見える動きでオヴェリアの顔を上げさせる。激しい息遣いにベールが揺れるのが見えた。同時にラムザの正面、アグリアスが潜んでいるはずの草むらが動く。
「アグリアスさんが飛び出しそうだ、出よう!」
 ラムザとジャッキーは二人同時に立ち上がった。ムスタディオは打ち合わせ通りにその場に伏せたままだ。先に門の上に登るわ、とジャッキーは弓を握って走り出し、ラムザは可能な限りの大声を出した。
「その処刑、待て!」
 叫びながら刑場の門をくぐる。処刑台の前にいた兵士が剣を抜き、ラムザは素早く引き絞った弓をぐったりとしたオヴェリアを押さえつけている男に向ける。ラッドが素早くラムザの横で剣を構えて兵士と睨み合った。
「そこまでだ、オヴェリア様を返してもらう! 彼女には何の罪もない!」
「まんまと引っ掛かりやがって……」
「何……?」 
 男はゆっくりと顔を上げた。引きつったように唇が左に上がり、オヴェリアを乱暴に離すとぱっぱと両手を打ち鳴らす、その仕草にラムザの動きが止まった。
「……ガフガリオン!?」
「相変わらず素直すぎるンじゃねえか、おぼっちゃんよ」
 がば、とガフガリオンがローブを引っ剥がせば、足元のオヴェリアも立ち上がると、ドレスに似せたマントを脱ぎ捨てる。王女とは程遠い、弓使いの凛々しい女だった。
 いつかどこかで戦うだろうと予感はしていたが、傭兵達の誰もがざわめいた気配を散らす。ラムザは眉を寄せ、狼狽を隠すためにやたらな大声を上げた。
「謀ったな! オヴェリア様はどこだ!」
「これくらいの芝居に引っ掛かる様な奴にゃあ、教えられねえな。それより宝石はどこだ?」
「宝石?」
「相手を間違えるな。私が伝えた情報だ」
 低く通る声が背後からラムザの舌打ちを消して通り抜け、慎重な足取りのアグリアスが重い装備の音と共にラムザの横に立った。透明なほどに冷静な表情で処刑台に向かうと高く顔を上げ、一気に抜いた剣をガフガリオンに向ける。
「オヴェリア様はどこにおられる!」
 ガフガリオンは処刑台から酷く楽しそうな顔で彼女を見下ろした。
「おう、久しぶりだな、姐さんよ。元気そうだな」
「答えろ、ガフガリオン。返答次第では生きては返せない」
 ふん、と腕組みをしたままガフガリオンはアグリアスを眺め、ラムザを睨んだ。
「六人か。新しいのがいるな。どこで拾った?」
「答えろ、ガフガリオン」
「ラッド!」
 アグリアスを通り過ぎた呼びかけに、門の前のラッドが飛び上がるほど過剰に反応した。向かい合っている剣士が一歩前に出るので奥歯を噛み締めて切先を上げている。
「戻れ! 俺と悪巧みしてる方がおまえにゃ向いてるぜ!」
 ラッドはガフガリオンを見上げた。遠く懐かしいものを見る目だった。ラムザはぱっと彼から離れ、矢を剣士に向ける。少しずらせばラッドに当たる、そんな角度だった。
「オヤジ、俺、」
「こっちに来い、ラッド」
「……行かねえ!」
 震えながら、ラッドは必死の努力で踏み留まっている。
「俺、やんなきゃならねえことが出来ちまったんだよ!」
「私が相手なんだがな」
 処刑台に手を掛けたアグリアスの唇は笑みの形になっている。素早い体重の移動で彼女は重さの無い羽のように台の上に飛び上がった。それに兵士らが気を取られた隙を付いてアグネスとムスタディオが飛び込むように門を駆け抜け対面になるように奥まで走った。それを確認してラムザも台に飛び乗る。自分がガフガリオンに対抗出来ない弓使いの装備である事は、この際関係無かった。かつり、と踵を鳴らし、アグリアスはラムザを庇うように前に進んだ。
「滝では世話になったな、ガフガリオン。今日は邪魔は入らないようだ」
 まだガフガリオンは腕を組んだまま、アグリアスに一歩寄った。アグリアスは切先を下げているから、ラムザは胸元に忍ばせた短剣に意識を凝らした。
「オヴェリア様はどちらだ」
「あんたの自虐性が理解できねえな。もう姫さんは諦めろ」
「オヴェリア様の居所を言え」
「ここにゃあいねえって事しか言えねえな」
「ならば言わせるまでだ」
「聞いても仕方ないぜ。おまえらをここで片付けるのが俺の仕事だからな」
「育て子を屠るか」
「なンのことだ」
「ラッドだ。そうなのだろう?」
「大きなお世話って知ってるか、姐さん」
「それは悪い事を言った」
 笑みを食む二人の様子は古い友人の立ち話のようだった。その間にはっきりと見えるほどの、覇気の塊さえ無いならば。
「無駄口はここまでだな」
 肩を竦めて側の弓使いをちら、と見る。その女は素早く頷くとぱっと走って台を降りた。それを合図に全ての兵が明確な意図を持って自分の位置に散っていく。
「さて姐さん」
 ガフガリオンはゆっくりとした動作で、腰の剣を抜いた。血のように赤い身を持つ、禍禍しくガフガリオンによく似合う剣だった。
「言いたくなるようにしてくれよ」
 満面の笑みに濃い翳りが落ちた。暑すぎるほどだった晩秋の空には、生き物のように速い黒雲が湧き上がっていた。ガフガリオンの闘気のようだ、とラムザは思う。
「残念だ、ガフガリオン」
「顔は綺麗に残して殺るから心配すンな」
「お気遣い感謝する」
 言葉が終わらない内にアグリアスの周囲が白く霞む。薄い陽光にきらめき、彼女の信念を映して美しく燃え立つものに、ガフガリオンは一瞬目を細めた。しかし早かったのは暗い虹の稲妻、ラムザに飛び掛って共々に、アグリアスは台から転がり落ちた。
「早くなってる、詠唱が聞こえないくらいだ!」
「そのようだ!」
 折り重なって互いに助け起こし、そこに突進して来た剣士の喉にアグリアスの剣がめり込む。返り血を避けた勢いで走り始めながらラムザは矢を番えてガフガリオンに続けざまに放つ。処刑台を横断するガフガリオンに叩き付けたアグリアスの剣が、台を削って木クズを飛ばした。
「ラムザ!」
 アグネスが怒りを顕に叫ぶ。彼女は気を集めながら剣士の一人に視線を固定していた。
「ジャッキーが落とされた!」
 門に上がったジャッキーは、時魔に動きを封じられた上で突き落とされて、門の外に転がっていた。
「死んじゃいない、今はガフガリオンを、」
「避けろ!」
 ラッドが最大級の声で呼んだ。弓使いがラムザとアグネスを狙っている。動きの取れないアグネスが一矢を受け、残りを対面からムスタディオが撃ち抜く。ほぼ同時にサンダーが獲物を焦がし、アグネスが片膝を着いた。
「アグネス!」
「平気! 行って、あたしは時魔を狙うから!」
 ローブは黒、脇に刺さった傷の深さは血の色で判断できない。ラムザは返事よりも早く矢を番え、焦げてのたうつ剣士の心臓に埋め込んだ。
「弓師が面倒だ!」
 どの弓使いも矢避けの護符を持っているらしく、ラムザの矢は掠るだけだ。自身も護符を着けているラムザは狙われやすい位置に走り出る。
「ムスタディオ、弓師の腕を!」
「分かった!」
 門に登ろうとするムスタディオはしかし、矢が二つ足に生えている。葛藤を引き摺りながらも剣士を斬り捨てたラッドがムスタディオを門扉の石段脇に引きずり込み、矢を抜いてポーションを振り掛けた。その、ムスタディオの痛みを訴える声に被るように地を這う声が響く。
「ゴーグの職人か。なンでも拾ってンじゃねえよ」
 ガフガリオンはラムザの真後ろにいた。振り返るとぬらぬらと光る剣が突き出された。
「宝石はどこだ」
「宝石なんて知らない」
 胸の短剣を探るラムザの腕にガフガリオンの剣が沿う。動かせば血管が切れる位置の刃にラムザは動きを止めた。
「しらばっくれるンじゃねえよ。おまえらが枢機卿から奪い返したヤツだ」
「そんなもの無いね。そもそも何も差し上げ無かったよ」
「宝石を盗んだ野郎があの職人なンだろうが。いいからこっちに渡せ」
「知らないものは渡せない」
 僅かに皮膚が切れた。対照的に、ガフガリオンは呆れて子供を叱る親のような顔をしている。
「仕方ねえな、オヴェリア姫の居所を教えてやる。ライオネル城だ。ほれ、宝石を渡せ」
「欲しければ、力ずくでどうぞ」
「今すぐ殺せるがな……。まあいい」
 ガフガリオンは剣を引いた。ラムザは驚いて顔を見る。
「成長したところを見せてもらおうか。ほれ、あっちに走ってけ」
「……馬鹿にしてるだろ」
「悔しきゃその懐のもので刺してみろ」
 血塗れたような剣をひらめかしてガフガリオンは背を向けた。卑怯を承知でラムザは彼の言葉に従う。短剣を握った指が汗ばんで滑った瞬間、
「甘いってのはそういうのを言うンだってそろそろ覚えな!」
 きいん、と高い音がしてラムザの手は空になった。前髪が一房切れて目の前を流れ、二太刀目を振り上げるガフガリオンを避けてラムザは草に突っ込んだ。
「もう少しマシだと思ったンだがな!」
「そんなの、僕が一番思ってる!」
 間際の草が千切れ舞う。ラムザの肩に熱い痛みが走った。 






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