その夜は酷く冷え、食事で温まった体もすぐに寒さに震えた。竈の石を外し、板の間に近寄せて火を焚いても、温まった空気はすぐに壁の継ぎ目から抜けてしまう。体を膨らませて眠っている雌鳥を眺めながら、二人は眠ることも出来ずに並んで横たわっていた。
「……起きてますか、カカシさん」
「ハイ。寒いです」
「はあ、俺もです」
「昼間、かなり眠りましたからね。寝付けなくても仕方ないんですが」
「こう寒いとたまりません」
苦笑交じりで言い合って、顔を見合わせた。解いた髪をうるさそうに撫で付けながら、イルカはごそりと動いて腹這いになった。
「カカシさん」
「んー?」
イルカは頬杖をついてカカシを見た。
「この数日、ずっと考えていたんですけど、俺、以前にカカシさんに会ったような気がするんです」
え、とカカシはイルカと目を合わせた。居心地悪そうにイルカはもぞもそと身動きする。
「なんだかこう、二人でいるっていうのが、初めてじゃないような感じがします」
おかしいですね、とイルカは鼻の傷を擦った。
「いや、実は俺もそう思ってた」
カカシが言うと、イルカは素早く瞬きした。その目に火がちろちろと映る。
「そうなんですか」
「うん。俺達、以前に会ってる?」
「……記憶にないです、全然」
「そうなんだよね、俺も」
「なんだろう……」
壁を睨むようにして、イルカは考えている。そしてふっと顔を向けて言った。
「前世で会ったのかもしれませんね」
神妙な顔でそんなことを言うものだから、カカシは一瞬意味を図りかねて沈黙した。
「ふ、ははは! 前世、ね」
面白い、と腹の痛みを堪える。
「いや、はは……すみません」
イルカは困り顔で鼻の傷を引っ掻いている。
「そういう話、好きなの?」
「え、好きというか」
イルカは竈の火で橙色になった頬を更に染めて両手を振り回した。
「記憶の外にあるけど知っているってこと、あるように思うんです。そうならいいっていう願望なのかも」
「へえ。俺と前世で出会ってたら嬉しい?」
う、とイルカは口を閉じ、静かになった。
「はは、いいよ、答えなくて」
両手を枕にカカシは天井に向かって言った。
「嬉しいと言うか……。そういうことがあってもいいかなって。それって嬉しいんでしょうか」
語尾は小さく、イルカは唇を尖らせて考えている。
「俺は、イルカ先生と何かあったのかもしれないって思ってたよ」
助け舟のつもりで言った言葉に、イルカは敏感に反応してカカシの顔をまじまじと見た。
「何かって、何ですか」
「んー?」
カカシはイルカを見やって唇だけで笑った。
「何かな」
目を細めて見つめた。ほんの少し、先が見えてきた余裕がカカシに遊び心を起こさせていた。
「何だと思う?」
二人は、気持ちばかりの隙間を空けて横たわっていた。それをぴっちりと詰め、カカシはイルカの顔に自分のそれを近寄せた。
「カ、カカシさん」
「何だと思う?」
繰り返しながらカカシはそろりと腕を動かした。ばたばた動いているイルカの右手首を掴み、空いた手の人差し指で首筋から頬を撫で上げた。
「いや、あの、俺、」
「こういうこと、したかな、俺達」
「カ、」
「そうだね、したような気もするし、しなかったような気もする」
「あの、」
「もう一度してみれば、分かると思わない?」
息を呑むイルカを転がし、両脇に腕を突っ張ると丸く澄んでいる黒い目を覗き込んだ。片手を伸ばして額から髪に指を差し入れていく。
「俺、わりと上手いらしいから、すぐに思い出すかもしれなーいよ?」
イルカはびっくりした顔のまま、カカシをじっと見つめている。その表情にもまた、心当たりがあるように感じた。こうやってイルカを驚かせてからかって、自分は幸せだった。とても暖かで、幸せだった。
「イルカ先生……」
指が髪からうなじを辿って再び頬に戻る。鼻先に食むような口付けを落とし、するすると滑らせて頬から耳の側へ。なだらかな二つの山を持つ突起を唇に挟み、柔らかい産毛を塗らした。びくり、とイルカは震え、カカシの両肩に両手を掛けて遠慮がちに抵抗する。その手を掴んで床に押し付け小さな音を立てて耳たぶを吸い、首筋に降りていく。この肌を知っている、知っていると思いたい。イルカが言ったように、記憶とも願望ともつかない混乱がカカシを支配し、控えめに暴れる両手を離して深く背中を抱いた。イルカは呼吸を止めている。
身を起こすとイルカは長く息を吐いた。その唇をそっと撫でて頬を両手で包み、カカシは舌を伸ばして口の端を舐めた。
「カカシ、さん」
「黙って」
まだ何かを言おうとする唇に唇を押し当てた。そうしながらイルカと呼べば、ばたついていた両手がぽとりと床に落ちた。尖らせた舌で歯列を割って上顎に辿り着き、さざなみのような襞を前後すると、イルカはくすぐったそうに身じろぎする。頭を抱えて深くへと進み、縮こまっている舌先を舐めて柔らかい肉を逃さぬように引き出した。
ふうふうと苦しげなイルカの息の音に、自分がそうさせているのだと当たり前のことを思ってカカシの体は熱くなる。唾液を混ぜ合う感覚が快感になるまでに時間はかからず、イルカの両手はカカシの背中をきつく掴んだ。ぬるぬると絡め合う舌が立てる音が直接神経を叩くようで、カカシは名残惜しさを殺して顔を上げた。
焦点を曖昧にしてぼうっとカカシを見つめるイルカの頬に口付けを与え、体を起こすと腰に手をやった。乱れている裾を捲り上げていく。胸までが外気に触れて、イルカは僅かに震えた。全部見たい、その欲求を抑えてカカシは手を止めた。胸筋に両手を滑らせてきつく押し上げ乳首を唇で挟んで吸い、一つ掠れた声が上がったところで衣服を元に戻した。そしてベルトに手を掛けた。
「カ、カカシさん!」
いきなりのぶつけるような大声に、ええ? と声を漏らしてカカシは身を引いた。
「無理です、今俺、滅茶苦茶汚れてますから!」
数拍置いてカカシは、は? と言った。
「イルカせん、」
「すみません、ちょっと無理です!」
行き場を無くして浮いた手を自分の頭に置いて、カカシは少し考えた。イルカは守るようにベルトを両手で掴んで壁までいざってしまった。
「汚れてるのは俺もだけど……。それじゃあ、汚れてなけりゃいいの?」
「は!」
「は、じゃなくて」
くく、と喉で笑ってカカシは額を手で押さえる。
「えと、あの、」
「無理無理、俺が無理。腹に力入んないのにナニが出来るっての、あいてて」
中腰の姿勢を崩し、手を腹に移動させながら床に座ってカカシは低く笑い続けた。
「そ、そうでしたね……」
「いや、まあね。抜いてあげようとは思ったけど」
「ええっ!」
また警戒し、イルカは土間の方に逃げていく。
「落ちるよ、イルカ先生」
「だめですだめです、絶対駄目です!」
「分かった分かった、しないから」
「本当ですか!」
何度も頷いてやり、笑いを収めながらイルカを見つめた。綺麗好きなんだろうか、それとも初心なのか。どちらでも良かった。自分は、イルカが好きなのだ。そしてイルカはされたくないのではなく、今は出来ないのだと言う。それがはっきりしただけで今夜は上出来としよう。
「イルカ先生、おいで」
手招きすると、イルカは板の間の端でぶんぶん首を横に振った。
「だーから、何もしなーいよ」
にやにや笑いながらカカシはイルカに近づいた。案の定イルカは後ろに逃げ、あっと言いながらバランスを崩した。その体を捕まえて抱き込めば、うわあと情けない声を出す。
「本当に、何も、しません」
元の場所にずるずると引きずりながらゆっくりとカカシは言い、はあ、とイルカは気弱な返事をした。
「一緒に寝ましょう、抱き合って」
そう耳元で言ってやると、またイルカは頬を赤くした。
「俺のキス、気持ち良かった?」
分かりきっていることを聞けば、知りませんと怒った声がする。
「俺は気持ち良かったよ。イルカ先生、好き」
思春期にも無かった程素直に告白し、カカシはイルカの肩に額を擦り付けた。呆れたように溜息を吐く気配がしたが、おずおずと指が髪を撫でてくる。
「……それで、何か思い出せましたか」
「残念ながら」
でもいいじゃない、とカカシは呟き、イルカの足を庇いながら体を伸ばした。頬にキスをし、ね、と畳み掛けると、苦笑と共にそうですねとイルカは言った。里で続きをしようと言ったカカシの言葉に返事は無かったが、握った手に少しだけ力がこもった。
しんしんと冷えるはずの小屋の中、顔を寄せ合う二人は互いの暖かさに包まれながら目を閉じた。
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