微笑み合って食事をして、もう少し一緒にいたいな、という所でさようなら。
それを何度か繰り返したある夜、イルカ先生が言った。
「ウチに、寄りませんか?」
すぐにもかぶりつきたい気持ちを抑え、俺はがりがり頭を掻いた。
「すいません、今日はちょっと」
ほいほいお誘いに乗る軽い男だとは思われたくない訳だ。
「あ、そうですか……」
「明日の任務がちょっと複雑で。色々と仕込みが必要なんです」
残念だなあ、とソコはもちろん本当の事なので顔に出して言うと、イルカ先生はほっとしたようだった。
「あ、それじゃ仕方ないですね」
「今度、今度ね、家に寄らせて下さいよ」
「はい、じゃあまた」
「お休みなさい」
ああ、焦らすのも焦らされるのも同じだよなあ。
小さくなっていく背中に俺は、今度ね、絶対誘ってね、と呟いた。
ありがたいことに一週間置かずに『今度』はやってきて、俺はしっぽ振った犬よろしく、イルカ先生の背中に従った。
今日は任務の準備は大丈夫なんですか、はい、明日は芋掘りですから、へー楽しげですねえ、あいつら遠足気分だからちょっと脅かしてやろうと思います、あははお手柔らかに、相変わらず心配症ですねえイルカ先生。
そんなことを話しながら夜は更けていく。帰りたくない俺にイルカ先生は帰れとは言わない。卓袱台の前で眠そうにしているので、一応礼儀として帰りましょうかと心にも無い事を言ったら、まだいいでしょう、と引き止めてくれるのが嬉しい。
「でも、このまま居続けるのはマズイですよ」
「だめですか」
「だめでしょ」
「どうしてですか」
「そりゃあ、もう夜遅いし」
こういうことになっちゃいますよ、と俺はイルカ先生の腕をずずいと引いた。畳を滑らせて引き摺り寄せたイルカ先生をあぐらを組んだ膝に乗せ、上を向かせてキスをした。掠るだけのキスで様子をうかがうと、イルカ先生は少し驚いてでも、へへ、と笑った。
いいんですか、いいんですね、よしいけ俺。
イルカ先生を羽交い絞めにしてひっぱって持ち上げた。そのまま寝室らしき部屋に向かう。たぶん寝室だろうと、閉まり切っていないドアをとん、と爪先で突付くと、案の定ベッドが見えた。
うん、ベッド、いいね。ベッドの方が何かと便利。布団を敷く手間が省けるし、しらけずに済む。まあ、畳の上でやっちゃうのもいいんだけどあれは尻や膝が擦れちゃって痛いんだよね。
「イルカ先生」
ぽす、とベッドに上げられたイルカ先生は目をぱちぱちさせて俺を見た。
「はい、カカシ先生」
真面目そうな言葉を出す唇に軽くキスをしてみる。少し不審げに俺を見ている顔はとても素敵だった。にやけてしまうのを押さえて深いキスに移行すると、目を見開いているものだから、間近で長く見つめ合ってしまい、いや、俺はそれで良いんだけれど、イルカ先生は、はっと気付いて目を閉じた。上品に、なるたけ厭らしい音がしないように、でも良いだけ舌を絡ませ、唾液をすすったりして少しだけ満足して顔を上げた。すぐにイルカ先生は目を開けた。長く瞑っていたから、ぱち、と小さな音がした。それで、なんだか殺したいくらいに好き好き好き、とこみ上げた。
「イルカ先生愛しています。セックスしていいですか」
「は、セックス、セックスですか?」
「はい」
引き続きイルカ先生はびっくりしている。びっくりしているイルカ先生も素敵、と俺は思う。
「……カカシ先生は上忍ですもんね、いいですよ」
イルカ先生は少し悲しそうに言った。俺も悲しかった。
「そうじゃなくって、愛の営みです」
「ええと、くんぐほぐれつ、ってヤツですよね」
「そうです、そういうヤツです」
「……カカシ先生は上忍ですもんね、いいですよ」
同じ事を言われて俺はまた悲しくなった。イルカ先生も負けてはいない、顔を背けて枕の端なんか見ている。
「そうじゃなくって」
「性行為でしょう? 俺の尻にカカシ先生のナニを入れるんですよね」
「……あからさまに言えばそうです」
「カカシ先生は上忍ですも」
「イルカ先生っ!」
とりあえず遮って俺はイルカ先生をじっと見た。
「あのね、俺はイルカ先生が好きなの。わかる?」
「はー」
「はー、じゃないです、わかる?」
「わかるような」
「わかってないじゃないですか。あのね、俺はアンタが好きだから抱きたいの。俺が下忍でも犬でも関係ないの、アイシアイタイの、わかる?」
「下忍と犬を並べるなんて、エリート上忍らしくってなんと申し上げて良いのやら」
「イルカ先生ー!」
「中忍なんてさしずめ猿ですか、猿とヤって楽しいんですね、カカシ先生の変態」
「訳分かりません、イルカ先生。俺は恋の話をしているのです!」
「恋、か」
溜息を吐いてイルカ先生は俺を通り越して天井を見ている。仕方ないのでキス。
唇を舐めながら様子を伺えば、イルカ先生はちょっと酔っ払った花見の席みたいに満足げな顔をしている。何かが違う。
「上手ですねえ、カカシ先生」
ということは比較対象がいるということで、俺は心中穏やかではない。もちろんこのヒトが童貞だろうが貫通済みだろうが、本当はそんなことはどうだって良いんだけど、この心臓のときめき、じゃなかった、締め付けは俺が傷ついている事を証明している。しかしここは強気でいかねばならない。踏ん張りどころは心得ている。
「キスだけじゃありませんよ、続き、試したいでしょう?」
「はー」
「はー、じゃないです、イ」
そこで俺は気がついた。さっきから、イルカ先生の両手がしっかり背中に回っている。どう考えても拒絶ではない。よしゆけ、カカシ。
「ということで、ヤります」
「どうぞ」
和姦が成立したらしいのでどんどんイルカ先生の服を脱がす。自分と同じ服っていうのはホント、助かるなあと思う。
「イルカ先生、肌キレイ」
「そうですか?」
「俺、なまっちろいのって苦手なんですよね、自分がそうだからかな」
適度に日焼けしたような美味しそうな色。乳首の色がまたイイ、と思って口に入れると、イルカ先生はじーっと俺の舌使いを見つめた。
「見ると興奮します?」
「そうですねえ」
イルカ先生は、痒いところを掻いてもらったみたいな顔をしている。やっぱりなんか違うなあ、と思いつつも、一応尖ってきているのでヨシとする。わき腹を撫でて腰骨をくすぐって、残念ながら全く反応していないモノを掴んでよしよしと擦ると、わりとすぐに勃ってきた。ちら、と窺うと、イルカ先生は目を細めて一言唸った。
「うーん」
極楽、極楽、とか言いそうな唇を慌てて塞ぐ。ねっとりと俺的には最強のキスで攻めるとイルカ先生も俺の口の中を舐めてくれた。背中に回っている腕はぎゅうぎゅう締めているし、足も絡んできたことだし、尻を撫で回していた手を奥に移動させても良さそうだった。
「ココ、使ったことあります? ないよね?」
「ありますけど」
「……そー」
「がっかりしましたね? アナタ今、がっかりしましたね?」
「滅相もない、ひーひー言わせますから問題ありません」
「言いませんよ」
「言います」
「言いませんよ、俺、いわゆる不感なんです」
「へー、そー」
くぼんでいるトコロを擦ってどう侵入すべきか真剣に考えていた俺の脳は、数秒間それを理解出来なかった。理解できたところで発声内容は決まっているが。
「えーーーーっ!?」
「はー?」
「はー、じゃないですっ! 不感症!?」
「だめでしたか?」
「だめとかじゃなくて、いやっ、百聞は一見にしかず!」
俺は先に進むことにした。そうですかー? とイルカ先生はのんきに言っている。なんにせよイルカ先生の体はあたたかくて、俺はとても幸せな気分で触りまくって舐めまくった。本当にこの人が好きなんだなあとせつなくなりながら、相変わらず元気のないモノを口に入れた。
「カカシ先生ー」
「あい?」
しゃぶり始めた俺に、非常に冷静な声が掛かる。かなりの重症の片鱗を見た思いだ。
「あなた、ホントに俺が好きなんですか」
「好きれふっ!」
俺は迅速に反応してイルカ先生の目の前に戻った。ここは大事なポイントだ。俺は踏ん張る覚悟でとりあえず猛烈キスをしてから次の言葉を待った。さあ、こい!
「あの」
ぼうっとした顔でイルカ先生は俺を見上げている。キスで垂れた唾液がセクシーだ。
「はいっ、なんですか、イルカ先生っ」
「俺もカカシ先生が好きです、いつの間にか目で追ってたり、任務から帰ってきた姿なんて襟のところにちょこっと血が付いててそれで心臓がどきどきして、ああ、俺、カカシ先生好きなんだなあって思う毎日で、それがこんな事になっているのはなんとも嬉しいような哀しいような、ともかくもカカシ先生が好きなのでもうなんだって良い訳で、アイシテルのかどうかはまだ分からないけどケツくらいいくらでも貸すんですが、でも感じないのもホントで、カカシ先生とならヤリたいのもホントで、だからといって感じない俺に幻滅されるとすごく悲しいな、なんて思うんですが、カカシ先生が気持ち良くなったらそれで良いような気もするしで、かといって熟練者の技巧もなく、さりとて初心者の初々しさもない俺はどうしたらいいんでしょう」
「……」
「……」
「あああああっ!どこにポイントを置いて反応すればいいのか分からないいいっ!」
「じゃあ続行して下さい」
「ううっ、では遠慮なく」
「はい、どうぞ」
俺はちょっと泣きながらイルカ先生の穴を探り始めた。しかし。
「イルカ先生」
「はい」
俺は真面目にイルカ先生を見つめた。
「えー、まとめると、イルカ先生は俺が好きなんですね?」
「はい」
「嬉しいですっ」
違う涙を浮かべてイルカ先生にキスしようとしたら、頬を押し返された。
「洟がくっつきます。やめて下さい」
「だーーーっ! ホントは俺が嫌いなんでしょっ!」
「好きです」
「う」
「ああもう、ハメましょうか。なんとかなるでしょうし」
「イ、イルカ先生、男らしい……」
そうして俺達は『結ばれた』。なんとかせねばならぬと、異常興奮状態の俺の下で、てきぱき指示する平常心のイルカ先生は本当に男らしかった。
イルカ先生との日常は恙無く過ぎた。一緒にいるというだけで心が温かくなる人は初めてで、俺は浮かれに浮かれていた。もちろん確かにイルカ先生は不感症というやつで、相当頑張らないとイっては頂け無いし、イったところで本当にイった訳でもないので非常に収まりが悪い訳だが、それは俺達にとっては大した問題ではない。ただ、俺は淡白ではないのでそれなりの頻度で求めてしまう。そしてイルカ先生はほとんど断らない。感じない、ということは気持ち悪いんじゃないか、俺はそれが心配で、ある時恐る恐る聞いた。
すると、イルカ先生はにこにこして、俺のイク顔を見るのが好きだ、と言った。一人で感じてイクというのは、それはもう、こっ恥ずかしいのだが、そう言われては後には引けない。では思う存分イカせてもらいます、と答えると、イルカ先生は嬉しそうに俺の頭を撫でた。
俺はイルカ先生とくっついているだけで自然と笑ってしまう。イルカ先生はそれをバカヅラと呼んで愛でてくれる。朝も昼も夜も、俺はただひたすらバカヅラを曝して幸せに酔っていた。そんな秋も深まったある日。幸せボケした俺は、何の予兆も見つける事が出来なかったアホ丸出しの俺は、受付の前で立ち尽くす事になったのだ。
「……」
「あのう」
「……」
「あのう、はたけ上忍?」
「あ?」
「えっと、報告書下さい」
「……イルカ先生は?」
俺に向かって手を出しているのは、イルカ先生の同僚の中忍だ。
「任務についてますよ?」
「……なんで俺が知らないのにアンタが知ってる訳?」
無駄に殺気を垂れ流して俺は低く言った。
「あわわわわわ、同僚ですからシフトくらいは知ってます!」
一瞬で三メートルほど下がった彼は壁にへばり付いて答えた。
「……そーね」
俺は机の上に報告書を置いた。
「間違ってたら明日言って」
「あーうー、分かりました……」
規則違反とかなんとかはどうでも良く、俺は部屋を出た。扉の向こうで盛大に安堵する気配がする。悪かったな、俺は一週間のイルカ絶ちですこぶる機嫌が悪いんだ。任務ってなんだよ、受付と教職以外に何やらせてんだよ、五代目が肩でも揉ませてるんなら今すぐ奪取だ。
俺はぶつぶつ言いながら廊下を歩く。まだ殺気が消えないらしく、すれ違うヤツラは皆目を合わせなように明後日の方向を見ている。そんな中、にこやかな男が一人。
「よう、カカシ、元気か!」
へし折りたいくらいの眩しい白い歯が、俺の殺気を反射した。
「あっち行って、ガイ」
「ははは! イルカがいないから拗ねてるな!」
「……なんでおまえまで知ってるんだよ!」
「そりゃ受付にいないからだな! それにしてもおまえの度胸は大したものだ。さすがは俺が認めたはたけカカシだ!」
「何言ってんの、いいからあっち行って」
青春を厚くまとった男はしたり顔で頷きつつ、何かに感動しているらしい。
「しかしこれも忍びの宿命か。情人が優秀なくの一というのは辛かろうな。黙って任務に向かわせるしかなかろうて……」
訳の分からない事を言って、ガイは逆光に表情を曇らせて見せる。
「あーもーいいからいいから」
「ははは! じゃあな、元気だせよ、カカシ!」
元気良く手を上げてガイは去った。そして次の瞬間、俺の脳にヤツの言葉が伝わった。
くの一?
「待てーーーー!!!! 待て待て待て、ガイ!?」
「お、飯でも食うか? ヤケ酒でも構わんぞ」
「おまえ今、何つった? くの一? くの一ってなんだ!?」
「それはな、諜報活動を主とする忍の呼称であり、一般的には女忍者を指す言葉だ」
「それくらい知っとるわ!」
「そうか、じゃあな!」
「待てっ! 待て待て待てっ!」
きびきびと去っていくガイの襟足を捕まえ、胸座を掴んでぶんぶん振った。久しぶりのコミュニケーションだな、とガイは楽しげだ。
「なんだカカシ、カルシウムが足りないな、ニボシを食え」
「何でも食うから答えろ! どうしてイルカ先生がくの一なんだ!」
「そりゃ、そういう訓練を受けたからだろう? 男好みの的だっているさ」
沈黙。
「……おまえ、いつから知ってたよ?」
「以前から知っていたが?」
知らなかったのは俺だけ?
「……今回の任務はくの一の任務なのか?」
「なんだカカシ、イルカから聞いていなかったのか?」
「だから……何でおまえが知ってるの……」
「俺の任務に関係しているからだな! 里のためなら俺のケツくらいいくらでも差し出すと申し上げたが、火影様直々にイルカに引き継ぐように仰せつかった訳だ!」
「それはある意味正解だけどさ……」
へこんだ。見るも無残に俺はへこんだ。ガイが慌てて肩を揺するくらいには魂が抜けた。
「おい、カカシ? なんだ白目むいて、おーいカカシ、戻ってこーい」
イルカ先生の任務は数ケ月はかかる長期工作だった。俺は五代目と話し、事の次第を知った(五代目はだいぶ渋っていたが、二日ほど半径一メートル以内から離れずにイルカ先生への愛を語り続けたところ、俺の誠意が伝わった)。
この任務は、テロリストの殲滅が目的だった。ガイが取ってきた情報から、ターゲットのテロリストどもが意外な程の大規模なグループであると判明したため、リーダーを絡め取って一毛打尽にするという計画が練られたらしい。ガイはこの作戦の部隊長で、イルカが諜報班長という事になっていた。
そして、話が進むにつれてイルカ先生がくの一になった訳が明らかになった。理由はあの、不感症。
そもそもイルカ先生が十代の頃、手を出した上忍がソレに目を付け、大きな世話よろしく『くの一』として推薦したらしい。不感症であれば的に大した情も湧かずに仕事がこなせるという目論見だ。実際には念を入れ、イルカ先生に『恋人』を宛がって里心を忘れさせないようにさせていたらしいが。
「不感症でホントに的を落とせるの?」
紅が酷い事を言っている。
「そこは、内的変化で上手くやるらしいぜ」
アスマがもっと酷い事を言う。
「なにさ、内的変化って」
「よく分からんが、一見感じているように見せるそうだ。本人は感じなくても、感じている反応が出るというもんらしい」
「ふうん。器用な事をするのね。ていうか、むしろ面倒じゃない? ホントに感じた方がマシなような気がするけど」
「……るさい」
「ん?」
「煩いの、おまえらはー!」
俺は机をひっくり返した。目の前を冷奴が飛んでいく。紅とアスマは慌てず騒がず、全てを元通りに皿に受け止めると、冷静に机を直して配膳した。
「落ち着け、カカシ」
「ちくしょう、卓袱台返しくらいさせろってんだ!」
「もったいないじゃないの」
平然と冷奴を口に運びながら紅は店員を呼んだ。
「豚の角煮一つ。それとお銚子三つねー」
「あんまり飲むなよ」
「大丈夫、大丈夫ー」
なんて平和なカップルなんだ。俺を励ます会なのか、見せつける会なのか、そこのところをはっきりして欲しい。
「なんにせよ任務だから仕方ないわね」
紅の身も蓋もない言葉に続き、
「そもそも忍は国のものだしな」
とアスマが言ったので俺は再びキレかけたが、今度はひっくり返す前に机の上から皿一切が消えた。
「返さねえのか?」
「思う存分やっていいのよ?」
空の机を前に、俺はがっくりと畳に手を付いた。
「く、くそう……」
まあ飲めとアスマが勧める徳利を奪って一気にあおる。
「潰れても面倒見ねえけどな」
「もうおまえらはしゃべらなくていいから!」
今頃イルカはどこの誰とも知らないヘンタイに撫で回されている。今すぐ行って手っ取り早く首を取ってしまいたい。いや、俺はそうすべきなのだ。
「あんたも悪いのよ。内緒にしてればいいのに」
紅が謎の言葉を吐いた。
「なんだよ?」
「だから、あんたが手を付けたから、イルカにくの一の任務が来たってこと」
なんだそりゃ。
俺はよっぽど可笑しな顔をしたらしい。アスマが気の毒がった声を出す。
「知らねえのか、おまえ」
「なんで? 俺が手を付けたからって?」
「ここは紅さんが説明してあげるわ」
紅が猪口を振る。俺は徳利を傾ける。
「あのね」
くいっと紅は猪口を空け、また差し出す。なんかムカつくが、こいつらでなければこんな事は聞けやしない。俺はしぶしぶと注ぎ足す。
「家庭持ちが一番いいのよ、男のくの一は。まあ、女でも同じだけどね」
俺は首を傾げた。よく分からない。
「一人モンの忍ってのは寂しいでしょ。万が一、寝て情が移っちゃったら里の一大事。だから情人がいるか、家族がいるか、里に未練たらたらな奴に任務が降りるの」
だからある意味、イルカはあんたに惚れきってる、ってことでもあるのね、面白くないわあ、と紅はぶつぶつ言った。
「じゃあなに?」
俺はぶるぶると震えが立ち上ってくるのを感じた。
「俺が、イルカ先生をくの一にしたって言うわけ!?」
「そうなるわね」
紅のきっぱりした言葉に、おいおいとアスマが割り込む。
「ここ数年、イルカはくの一をやってねえ」
ソレ絡みの任務で一緒になって以来、イルカ先生とアスマは親しくなったらしい。
「くの一をやりたくないから情人を作らないって言ってたぜ。もっとオヤジになって、くの一なんざ出来なくなったら相手を探すって言ってたな」
頭を殴られたようにふらふらする俺に、アスマは留めを刺した。
「イルカの気持ち、分かってやれ。嫌な任務が来ると分かってておまえと付き合ったんだ。それっくらいにおまえに惚れたんだろう」
「ひどい……」
俺は唸った。
「イルカ先生は裏切り前提で俺と付き合ったの!?」
また一本、徳利から直接酒をあおった。
「おい、カカシ」
「だったら何もしなきゃ良かった……」
「止めなさいよ、カカシ」
「寝なきゃ良かった……ううっ」
もうなんだか分からなくなってきた。これくらいで酔うはずないのに。もうなんだか、なんだか。
「ううー、イルカ先生の裏切り者ー!」
「あーあー、泣き上戸かよ」
「イルカ先生なんて嫌いだー!!!」
「ええと、レシートはと、ちょっとアスマ、こいつ持って。表で捨てていいから」
「イルカ先生なんて、イルカ先生なんて、好きだー!!!」
「嫌だわー、なんなのコレ」
「いつもだろ」
「なのになのに俺のせいで嫌な仕事ヤラされてるー! イルカ先生ごめんなさいー!」
「……哀れだな」
「……仕方ないわ、送ってやってよ」
朝起きると酷い二日酔いで、いつもより地面が視界に近かった。
ボロボロのまま待ち合わせ場所に行くと、お子様達はいつも通り無邪気にけんけんと騒いでくれ、一層疲れて戻ってくるとアスマと紅に会った。
「あー、酷ぇ顔してるなカカシ、大丈夫か?」
「えーと、アレだわ、コーヒーでも奢ってあげるわよ」
なんとなく優しいアスマと紅が不気味だった。
NARUTO TOP・・・2へ