「カカシ先生……っ」
切れぎれにイルカは喘ぐ。
「ああ、ああ、ああ」
掻き回される感覚など本当は嫌いだ。
「イルカ、イルカ先生」
うなされるようなカカシの声が降り落ちる。イルカは仰け反りながら手を差し出し、それをカカシは柔らかく歯で受けた。
「カ、カカシ、先生……いく、ああ、」
「いいよ、いって」
「やだ、やだ、もっともっともっとああ、いきたくない、ああ」
カカシの腰に脚を絡めてイルカは自分から腰を振った。淫らに、これ以上ない程に乱れてカカシに縋りつく。
「カカシ、カカシ、カカシ」
ほとんど消えかけている意識の中でもイルカは叫ぶ。もっともっともっと愛させなければ。鮮烈に焼き付けて決して消えないように。
「ああ!」
突き抜ける衝撃に目を開く。カカシはじっくりとそれを確認してから叩きつけるように腰を波打たせた。敏感な内部に激しく打ち付けられる衝撃に悲鳴を上げながら、イルカはカカシを激しく抱いた。
ああ、もっと愛されなければ。どろどろになるまで愛させなければ。
それが、イルカの任務なのだから。
三ケ月前、まだ秋桜の頃だった。悪戯三昧の木の葉丸をさんざ叱った後、肩車して秋の空を見せてやっていたイルカの前に、不意に暗部が現れた。アカデミーに彼らが訪れる事は滅多にない。緊張するイルカの頭上で木の葉丸は無邪気に、誰だコレ? と言った。
暗部に従ってイルカは火影の住まいを訪れた。促されるままに部屋に入り、暗部の隣に立ったイルカに、窓の外を眺めていた火影は背を向けたまま、唐突に切り出したのだ。
「イルカ。おまえにSランク任務を依頼したい。話を聞いて無理ならば断る事も認めよう」
いきなりの事にイルカは動揺し、隣の暗部を見やる。長い黒髪の彼女は事の次第を知っているらしく、微動だにしなかった。
「S、ランクって、あの、俺には荷が重すぎませんか……」
舌がもつれた。Sランクと言えば、推定死亡率が明記された、極めて難易度の高い任務を差す。時に、死亡率よりも自己犠牲の凄まじさによってSランクに分けられるものもあった。Sランクが出れば当然受付では密やかな噂となるので、イルカもその依頼数を知っている。今年に入って十一件目だ。その内二件の担当者が任務後に半年の治療を余儀なくされた事も知っていた。
「まあ聞け、イルカよ。命令はせんと言ったろう」
はあ、と情けなくも溜息混じりに頷き、イルカは火影を見つめた。やっと振り返った里長はゆっくりとイルカに近づき、ちょい、と傘を上げて目を合わせた。
「おまえに頼みたいと思ったのは他でも無い。この依頼はワシの私情であり、任務内容はこの里のある上忍の護衛だからじゃ」
へ!?と イルカは間抜けな声を出した。護衛!? しかも上忍!? このヒト、とうとうボケちゃったのかよ、と内心で叫ぶ。
「……まだボケちゃおらんぞ。護衛、というのは建前の役名じゃ」
見透かされてイルカは鼻の頭を掻いた。その癖で図星だと見抜いた火影は苦笑しながら続ける。
「婉曲に言っても始まらんな、はっきり言おう。ある上忍の死期が近い。それが死ぬ瞬間までおまえに愛人を勤めてもらいたいのじゃ」
「あっ、あ、あいじん?」
イルカはよろめきそうになって必死で足の裏を意識した。あいじん、あいじん、ええと、それって。
しかし火影は固い表情でイルカを見ている。
「その男の最後の良い思い出になってやって欲しい。出来れば本気で惚れて、息絶える時に泣きわめいてやってくれれば大成功じゃが、そこまでは強制せん。最期の一瞬まで騙してくれればそれでよい」
「へあー、あのー、一体、え? 男ぉ?」
完全に呂律を怪しくするイルカに、火影は眉の間を指でぎゅっと摘んだ。
「……混乱するのも無理はなかろう。その上忍はな、密かにおまえに惚れておる。しかしおまえの今の反応から見ても、どうにもおまえに男の趣味は無い。じゃから言い出せずにおるようじゃ」
「当たり前でしょう! だって、俺は、」
言いかけたイルカはぎゅ、と唇を噛んだ。口にするのも勿体無かった。しゃべる、という労力をかける話じゃない。ふう、と息を吐いてイルカは気を取り直し、火影にしっかりと向き直った。
「三代目。幾つか疑問に答えて頂きたいのですが」
「何でもこいじゃ」
「まずはその上忍、死期が近いとはどういう事ですか」
「任務上で受けた術が元となっておる。早ければ三ケ月、長くとも一年で心臓が止まる。最高の治療を受けさせ、ワシ自身も解呪を試みたがどうにもならんのじゃ。何の前触れもなくぱたりと死ぬのでな、あえて本人には知らせておらん」
「……そうですか。……では二つ目」
「うむ」
「俺に、ほ、惚れているって、どうしてですかっ!?」
「知らん。人の心というものは、」
「ち、違いますっ!そういう論議がしたいのじゃなくってですね、なんでそれを三代目が知っておられるかという、」
「ああ、なんじゃそんな事か。いや、アレはな、術以外にも大層な傷を負ってな。一時危篤状態じゃったので最期の望みを言わせたのじゃ。叶うものならと思ってなあ。そうしたら夢うつつで言いよった。イルカ先生に会わせて欲しい、とな」
「……俺、そういう方に会った記憶、無いです……」
「丁度おまえは隣国に任務に行っておったのじゃ。帰ってきた頃にはアレは持ち直しておった。簡単な事だしの、治療の助けになるかと、もう一度イルカを呼ぶかと聞いたがな、気持ち悪がられたら嫌だから、などと言って断りおったな」
「……うう……」
困惑と迷惑と等価に、イルカはその上忍に激しい共感を感じ、うめいた。確かに自分は男などまっぴらだが、忍にとっての恋がどれほどの意味を持つかは身を持って知っている。体も残らないような死を迎える事も充分に有り得る身の上、心を与え与えられる、そんな存在がどれほど実生活に必要か、生き残るために必要なのかを。
そして、その上忍同様に、触れられない恋、というものをイルカも幾つか経験している。せめてぶつかる事が出来ればと思いながら、言の葉に乗せられもせずに終わった恋もあった。
人生の最期にそんな思いを抱えるのは辛い。本人が知らないだけに、火影が哀れに思うのにも頷けた。
「……し、しかし、愛人、っていうのは……どこまで……」
「それはおまえに任せる」
「へぇ〜あ〜任せるっても、俺ぁ〜」
「という事は、受けてくれるんじゃな?」
はあともへえともつかない返事をして、イルカは俯いた。この任務は確かに自分にしか出来ない。Sランクというのも確かにそうだ。惚れる、という事は健康な成人男性ならまず、性的な現象も含む。何の感情も湧かない相手と寝所を共にし、自分の余暇やもしかすると教職にも影響するレベルで関わっていかなければならないのだ。期限付きとはいえ、草として他国の忍者と家庭を持ち子を成して、その国の内情を探る、そのタイプのSランクと同種の任務だ。多大な自己犠牲を目の前に、イルカはくらくらと足元を怪ぶませた。
「ええと、それでその人はどこのどなたで……」
「やってくれるのか? 事が事だけに、引き受けると宣誓してもらわねば相手は明かせん」
やや声を厳しくして火影は言った。
「……確かに」
イルカは暫し黙考した。そして背筋を伸ばし、右手の指を二本立てて宣誓の印を作った。
「了解致しました。うみのイルカ、三代目の勅命任務『上忍某氏の護衛』をお引き受けします」
「そうか……。やってくれるか……」
火影は何度も頷き、そして自分の言葉を待っているイルカに顔を上げた。
「では、申し渡す」
ごくり、とイルカは唾を飲んだ。知っている上忍でないことを祈った。むしろ、全く知らない相手の方がやりやすいだろう。愛せない責任を感じずに済む。そして終われば忘れる事も可能だ。
鼓動の速度を上げるイルカに火影は低く告げた。
「うみのイルカは、はたけカカシを護衛すべし。イルカがカカシに次回接触した時点を任務開始と見なし、カカシが絶命した時点を終了とする。任務内容詳細は、イルカの判断に一任する。ただし、任務を悟らせない事、カカシを幸せにしてやるという事が最低条件じゃ。「死にたくない」と言わせて逝かせてやってくれい」
頼む、と火影は言った。イルカは頷く事も声を発する事も出来なかった。代りに、隣の暗部が部屋に入って初めて発声した。え、と。
面で表情は分からなかったが、その声だけでイルカには充分だった。あの人が、死ぬ。火影が気にかけて当然の事だった。
「……アレは不憫な男での。やや子の頃に両親を失い、四代目が育てたようなもんじゃ。それが九尾の事件じゃろう、大事なものは必ず失われると思い込んでおるようなところがある。優秀じゃったのも『個人カカシ』には不幸な事、自分が里の宝であるという事をしっかりと自覚しておる故、アレは忍としてだけ生きてきた。他になーんもありゃせんのじゃ」
苦しげに火影は言い、イルカはぐっと歯を噛み締めた。穏やかで掴み所が無いくらいに自然体のカカシ。受付越しの会話では、自分よりも数段の辛酸を舐めた人物にはとても見えなかった。ナルトの話では、彼は何よりもチームワークを大事にするという事だった。その意味をイルカは噛み締める。
他になーんもありゃせんのじゃ、火影の言葉がぐるぐる脳裏を回った。
心残りになる。カカシの人生を完結するに必要な、最後のピースになる。そういう任務なのだとイルカは理解し、顔を上げてしっかりと頷いた。
「……暗部を一人つける。もちろん、監視する訳ではないぞ。見えはしないが、電波が届く距離に常に待機するのみじゃ」
電波? と聞き返すイルカに頷き、火影は小さな黒い箱を暗部の女の前に突き出した。
「対象の名前を除いて、既におまえには仔細を説明したな、これが受信機じゃ。」
そしてイルカのために付け加える。
「先だっての治療の際にカカシの心臓の側に発信機を埋め込んだ。鼓動が止まればこの受信機に報せが送られるようになっておる。こやつは受信機の音を聞いたら速やかにカカシの側に現れる。そして死亡を確認し、その場から離れず犬を使ってワシに伝令に寄越す、という運びじゃ」
ほとんど恭しい、といった仕草で暗部はその箱を受け取った。胸ポケットに丁寧に納め、上から軽く撫でた。まだ若いこの女性は、暗部時代のカカシに多くを学んだ者なのかもしれない。イルカはそう思った。
「カカシには、これまで同様に下忍育成と個人任務を引き続き任せる事にした」
イルカよ、と火影は呼び、イルカは、はい、と切れよく答える。
「頼む」
火影はきちんと頭を下げた。イルカも同じように深々と頭を垂れた。
火影の居室を後にし、イルカはしばらく暗部の女と歩いた。彼女は行きと同じに言葉は無かったが、その背に満ちていた力が随分と小さく沈んでいる。
「……カカシ先輩は」
彼女が口を開いたのでイルカは立ち止まった。
「……あの人は、優しい、優しい人です」
面の中の表情は当然読めない。しかしイルカは彼女の目が濡れているのだろうと思う。
「そして淋しい人です……どうか、」
どうかよろしくお願いします。
頭を下げて彼女は言った。長く、その姿勢でいた。
「はい……。俺に出来る事は全て、いえ、それ以上をして差し上げたいと思っています……」
イルカは正直な気持ちを言い、そして自分も頭を下げた。顔を上げると彼女は消えていた。
行きに蒸し暑いと感じた風が急に冷えてイルカに吹き付けた。
「ん……」
イルカはもったりと重い瞼を上げた。夢をみていたようだ。あの、辛い任務を受けた時の夢。火影や暗部の女の苦しげな息遣い、それは昨日のことようだ。
イルカは引き絞られるような胸の痛みを覚え、うう、と小さくうなった。眠ったとは思えないほどにへとへとだった。
早朝の気配、きいんと冷えた空気が頬を撫でる。もう一度眠ろうとイルカは身を捩り、布団に潜ろうとして不穏な感じに気が付いた。
「……カカシさん、それ、よしてって言ったでしょう」
ふふー、と笑い、カカシはイタズラを続けた。朝故に半勃ちのイルカのモノをゆるゆるとジャージの上から撫でているのだ。
「もー、駄目ですって」
手を退けようとするが、カカシはまた、ふふーと笑ってイルカを抱き締めた。近づいて来る顔に目を閉じると、いかにもうっとり、といった感触でカカシは優しいキスを落とした。起き抜けのキスなど生臭いだけ、本来するべきものではないとイルカは思っている。しかし何の抵抗もなくカカシを許し、差し入れられる舌先をイルカは舐めた。カカシの舌は水のような匂いがした。何の不快も無いキスに今更ながら感心し、自分はどうなのだろうと少し恥ずかしい。
「あ、もう、夕べさんざん、」
片手でイルカを抱きながら、カカシのイタズラは本気になりつつある。押し付けられる感覚にカカシの興奮を理解してイルカは力を抜いた。拒む理由はどこにも無い。
「今日は二人共休みなんだから、ちょっとだけイチャイチャしましょ」
「あなたのはちょっと、じゃないでしょうが」
「じゃあ、沢山しましょ」
ふふーとカカシはイルカの耳をくすぐり、手早くイルカの寝巻き代わりのジャージを脱がす。外気に触れて身を竦ませるイルカを暖めるように抱き締め、カカシは丁寧なキスをした。
「……朝っぱらから……」
「はいはい、朝っぱらからね」
昨夜のオイルがまだ残っているらしく簡単に指が入ってきた。はー、と長く息を吐き、イルカは自分から脚を広げてカカシの腰に手を回す。
「やる気があるのは良い事ですねー」
「ふ……う……、カカシ先生……」
「うん、ちょっと待って」
早くも焦れるイルカに嬉しそうに答え、カカシは枕元を探ってゴムを取り出す。
「ゴム……や……」
「そう言わないで。後が大変でしょ」
「いいのに……」
イルカはあえて意識を危うくしながら、ふふーと笑って準備をするカカシを眺めた。カーテンから漏れる朝日に彼の髪は輝き、肩のあたりの産毛もオーラのように光っていた。膝を折りたたまれながらイルカはどきどきと鼓動を速くし、押し付けられる熱さに喉を反らした。
「……大丈夫?」
挿入しながらカカシは言う。必ず言うのだ。
「ん……平気」
生ぬるい朝のシーツ、温もった手のひら。全て納めて深く息を吐くカカシの首に、イルカは両腕を絡めて涙ぐんだ。
優しい。カカシは優しい。ひたすら自分を気遣って気遣って、快感と安息を幾らでも与えようとする。肌と肌が擦れる感覚すら術に掛かったように心地良く、カカシは一体どこまで自分を愛せるのだろうと不思議にすら思うのだ。
「痛い……?」
ちゅ、と音を立てて涙を吸われ、イルカは瞬きして首を振った。
「もっとして、もっと。沢山して……」
「ふふー、イルカ先生、とろとろ」
くったりと力を抜き、もそもそと腰を動かしているイルカは、シーツとカカシの間に辛うじて引っ掛かっている、すべらかな薄い布のようだった。
何もかもが溶けてしまいそう。
脳も半ば液体になってしまったようだった。繋がっている部分から徐々にとろけていく体は、カカシのためにあった。今のための出来事だったと思えば、男を知った辛い過去すらありがたかった。
「イヤラシイねー。立派なセンセイが、ベッドの上ではどうしてこんなになっちゃうの?」
興奮して上擦った声でカカシは言った。カカシさんのせいです、とイルカは責めたが音にはならなかっただろう。
温く長いセックスにイルカはカカシを呼び続けた。好きです、好きです、カカシさん、カカシさん、カカシ。
少しも、愛していなくてごめんなさい。
いつか言ってしまったらどうしよう、そんな掠れた思考に眉を寄せながら、イルカは達した。達した途端、カカシが打ち付ける音が酷く生々しく聞こえた。小さく喘いで吐精するカカシの顔はぞっとする程の色気を纏い、思わず喉を鳴らしてイルカは身を縮めた。それは、過ぎた刺激だったらしい。
「イ、イルカ、センセイ、締めないで……」
辛そうにカカシは言い、くう、と声を漏らしながら極ゆっくりと引き抜いた。そしてイルカを跨いで正座をし、はあ、と大きく息を吐いた。
「……ははは」
目が合って、同時に笑った。カカシはイルカに被さり、かり、と耳を噛む。
「そんなに良かったんですか?」
笑い含みで聞くイルカに
「そう、すごくね」
カカシはぐったりと体を投げている。そうっとその体を仰向けに寝かせると、イルカは丁寧にゴムを外して体を拭ってやった。その間もカカシは、う、とか、く、とか言っては身を捩っていた。
「俺の勝ちー」
ティッシュをゴミ箱に捨てながらイルカは高らかに宣言した。
「……負けっぱなしですー」
カカシは悔しそうに幸せそうに、イルカに腕を伸べた。その中に収まり存分に可愛がられながら、イルカはカカシの鼓動を確かめた。
いつ、止まってもおかしくないこの音。
じっと聞く。もっと長く、もっともっと、と。
「また、聞いてる」
笑ってカカシはイルカと共に横たわった。
「心臓の音、好き?」
「はい……」
「赤ん坊みたいだな」
「面倒を見て下さいね」
ふふ、とカカシは腕に力をこめた。完全に体を預ればきついくらいの抱擁は心地よい。イルカは心音を聞きながら短かったこの三ヶ月を思い起こしていた。
上手くやれただろうか。上手く愛させてやれただろうか。
……だめだ、もっと、ああ、もっとカカシを。
足掻くように思考は空回りし、鼓動が眠りに誘う。
「愛してます、イルカ先生」
染み入るように紡がれる。
「好きです。絶対に手放しませんよ……」
あの始まりの日にも聞いた、苦痛すら滲む極まった囁き。
涙を一つ流し、イルカは眠りに落ちた。
NARUTO TOP・・・2へ