白い腕がするりと伸びた。ぱちりと小さな音でスタンドに明かりが灯り、細い裸体が浮かび上がる。
「ふうん。砂が動く、か」
うつ伏せた姿勢で両腕に顎を乗せ、ミナトは瞼を半分落として明かりを見つめている。
「あの抜け忍、覚えてる?」
サクモは気の抜けた背中を一瞥し、さあなと呟いた。
「あれから六年……だね、隊長」
しゅるりと布団を鳴らして擦り寄る体は、つい先ほどまでの熱さを忘れて温い。
「あなたは、変わらないね」
肩に回した腕がするりと胸に滑る。冷たいほどの指先が乳首を見つけて摘み上げ、サクモは舌打ちをしてその手を払った。
「話はそれだけだ。帰れ」
体を起こして寝巻きを手繰り寄せれば、くつくつと喉を鳴らす声が響く。いやに癇に障って睨み下ろすと媚びるような視線が明かりを映して緑に見えた。
「いやだよ。『長い話』だったから疲れた」
居座る様子を濃厚にする相手に何を言っても聞かないことはこの六年でよくわかっている。溜息を一つ、サクモは明かりを消すと布団を引き上げて眠る姿勢をとった。
「朝が来る前に帰るよ。明日も任務だし」
「他の男と寝に行く訳か」
そう呟いて直後にサクモは後悔した。六年という月日に何度この会話を繰り返したか、何度繰り返せば気が済むのか。己に呆れる思考に喉で笑う音が被り、腕がまた胸を辿る。
「そうだよ」
じりじりと黒くわだかまる感情が、ミナトの腕から灯し移されるように胸に染み広がった。それは下っていく指と共に下腹へと移動していく。昔はわからなかったそれの、名前をサクモは知っている。
「妬ける?」
――ああそうだ。
「行かないで欲しい?」
――縛りつけ、身動きもできぬように監禁したい。
「妬いてるって言ってよ」
――それでどうなるというのか。
腰骨をきつく撫でて足の付け根へ、指は遠慮無く侵食して性器に絡む。根元から一撫でされ首筋を舌が舐め上げ、サクモはぎりっと歯を噛み合わせた。
「他とできないくらい、満足させてよ」
これで、と強く握られサクモは跳ね起きた。
「波風!」
「ねえ」
ゆらりと起き上がるミナトは白い影だった。ぼうと滲んだ輪郭がじわりとした動きで足を開いていく。
「できなくなるまで、入れて」
唾を吐きたい気持ちでサクモは己の視界を憎んだ。熱く下腹部に溜まった焦げ付く感情が音を立てて逆巻くのは、これが欲しいからだ。もう、錯覚などとは思わない。自分は確かにこの体が欲しいのだ。誰にくれてやる気もない、手の中で握りつぶすように抱き尽くして殺してやりたい。
「……そうしてやる」
足首を掴み、低く唸るとミナトはゆっくりと唇を左右に引いた。何一つ理解しないその顔を布団に押し付け乱暴に体を裏返し、荷物のように腰を持ち上げて膝を突かせる。そして己の放ったもので濡れ緩み口を開ける窪みに熱を押し付けると一切の気遣い無しに押し入った。
「ひ、あっ、いた、い」
「黙れ」
突き入れて引き抜く、それだけを目的に、反射的に逃げる腰に爪を立てる。耳を汚すような粘着質な音が即座に結合部から漏れ始め、サクモは眉を顰めながら押さえ付けた体を犯した。
ひゅうひゅうと掠れた呼吸を繰り返すミナトは、それでも速やかに熱を帯びて喘ぎ始める。鼓膜を貫いて直接脳に刺さるかのような声を聞きながらサクモは肉の熱さだけに没頭した。まだだ、と本能が命じるまま、悲鳴に近い喘ぎを漏らす体を抱え上げて座位を取った。濡れそぼっている性器をきつく拘束し、がくがくと痙攣する体を揺さぶる。一度二度と硬直するようにミナトの全身は反り返り、もういやだ、と確かに聞こえた声に満たされるようにより深い場所に潜り込む。
哀願を四度聞き、ようやくサクモは握り締めていた場所を離した。途端にどろりとした感触が手のひらに落ちる。抜いて、とほとんど泣き声になった訴えを無視して一際激しく突き上げ、声も無く背骨を反り切らせる体を折れるほどきつく抱きしめ熱を吐き散らした。
木枯らしのような呼吸が二つ、絡まり部屋の中に満ちる。ゆるゆると硬直を解いて崩れたミナトは朦朧とサクモの腕の中でもがき、這い出し、しかし数歩もゆけずに突っ伏した。小さな痙攣を繰り返しながら全身で酸素を求めるように上下する背中を感慨もなく見つめ、サクモもまた体を投げだした。
強烈な疲労に狭まる視界の中、目尻に涙を溜めた顔が自分を見つめるのがわかった。それはやはり、嗤うようにサクモを眇め見ながら先にまぶたを落とした。
◇
雨戸を擦って庭木がざわめく。
夜明けが近い青い空気の中、そろりと身を起こす影が畳に長く映る。
ミナトはじっと待っていた。眠りにおちたサクモの呼吸を聞いていた。眠りの深さを探りながら呼吸を合わせ、同化するのをじりじりと待っていた。
時はきた。
そろりと腕が上がり、青白い指が印を組む。それと時を合わせて大きく呼吸をしたサクモの体ががくりと傾いた。
脱力した体を仰向けに平らにし、口元に耳を当てる。昏睡に近い深い睡眠状態に陥っていることを確認し、ミナトは静かな呼吸を漏らす唇を一舐めした。
右手を上げる。それに左手を添える。
アカデミーに入ったばかりの子供のように、丁寧に一つずつ印を組み上げながらミナトは唇だけで笑った。
遠く、尾を引いて犬が鳴いた。
◇
「サクモさん、ご無事ですね!」
爆風に抗う大声が聞こえる。アマニだ。チャクラ刀を突き抜け手首まで貫き通した遺骸を振り捨て、サクモは黒煙を掻き分けながら跳躍した。一瞬開けた視界にいくつもの火炎が映る。地上の戦況を目に焼き付け、杉の大枝に舞い降りると、追いすがるようにアマニが真下の枝にへばりついた。
「テツマはどうしている!」
「先ほど無事を確認、うわ!」
「下だ、気をつけろ!」
どうん、と今度は白煙が上がる。承知、と叫んだアマニがその中央に飛び降り、サクモの白刃がその後を追った。
極秘任務を言い渡されたのは、自来也から砂の情報がもたらされて一週間後のことだった。
火影の住居に呼び出されてみるとサクモに遅れることわずか、窮屈そうに身を屈めて戸口から入ってきたのは自来也、二人は刹那に視線を交わし肩を並べた。
里の主の側にはご意見番のコハルとホムラが控え、彼らがそこで語ったのは、既に話し尽くされた感のある、各隣接国の様相であった。だが一つ違っていたのは、大量の忍具や武器が砂の里に運び込まれているという情報だった。複数の筋からもたらされたその情報によれば、武器の出所は雨と草である可能性が高い。
木の葉と砂の間に挟まるように位置する雨隠れと草隠れの二つの里は、過去、木の葉よりも砂との協力関係が密であった。そして木の葉とこれら小国との平和協定は、六年前の騒動以降危うい均衡の上にあった。彼らに命じられたのは、言うなれば砂に至る「前線」である二国に潜入し、武器輸送の現場を押さえ、可能ならば輸送経路を断つことだった。そこには、協定違反の証拠を突きつけることで以前と同じく雨と草を沈黙させ、砂の勢力を殺ぎたいという究極的な目的があった。
数日後、それぞれ二隊のフォーマンセルを伴った二人は、旅商人の姿を借りて国境を越えた。自来也は草、サクモは雨へ、正規の国道を通って潜入を果たした。
潜入から間もなく、情報はあっけなく集まった。風の国からの入国の容易さ、定期的に何かが運ばれてくるという証言、木の葉側国境線の緊張状態と、全て揃ったところで後は現場を押さえるだけとなり、サクモ達は出来過ぎの展開にむしろ警戒を強めていた。そして一度目は、現場の確認のみに留めて、積荷は見逃すと決めた。
積荷の受け渡し現場は雨と砂との国境線が交わる山中だった。雪混じりの風が小さく渦を巻く中、藁束を山盛りにして偽装した馬車が峠を下っていくのを見届けて数秒、騒ぎは起こった。農民の姿に身をやつした雨の忍がぐらりと傾き、その首から血飛沫が上がったのだ。それと同時に、木の葉だ、という叫びがあちこちから聞こえた。誰が命令を無視したのかとサクモは血を下げたが、目の前に現れたのは全く見知らぬ顔だった。しかし確かに木の葉の忍服を着ている。部下達が色めき立ち、罠だと確信したサクモが制止の声を出そうとした瞬間、積荷が爆発した。爆風に混じって大量のまきびしが飛び散る中、出るな、と大声を出した時には既に敵味方が入り混じった戦闘状態に突入していた。
白煙と見えたものは砂、息と視界を奪う細かい粒子の中にアマニの姿がおぼろに見える。サクモは咄嗟に防寒用のマントを被り呼吸を維持して一人を斬り捨てた。アマニも布らしきものを噛んでいるが目をやられたのか足元が危うい。背後に現れた雨の忍の腹を一文字になぎ払うとサクモは印を組んだ。
「はたけ隊長、どちらですか、ああ、目が……!」
「そこにいろ、水で砂を落とす!」
言ってサクモは眉を顰めた。何かが、おかしい。
「何だ……?」
一瞬、体の中が空洞になったイメージが沸き起こった。
――チャクラが回っていない? 印を間違えたのか?
慌ててもう一度同じ印を切るが、体内が異様なまでに沈黙している感覚がよぎっただけだった。
「……アマニ! 風か水で砂を払えるか!」
「はい!」
生理的な涙を流しながらアマニが印を結び、小さな竜巻が上空に現れた。それが砂を吸い込み視界を晴らす様を見つめながらサクモは三度目の印をきったが、どんな変化も起こらなかった。背中一面に冷たい汗が流れ、何も起こせない両手を見つめた時、隊長、とごく近くから声が聞こえた。鳥肌さえ立てて全身で振り返れば、その勢いに壮年の忍が驚いた顔で両手を上げた。
「俺です、テツマです!」
ぎり、と唇を噛んだサクモは背中に戻していたチャクラ刀を手に取った。術が使えないならば、頼れるものはこれだけだ。
「テツマ、アマニを頼む。目をやられたようだ」
「隊長は……」
「俺は平気だ。他の者を回収し、一旦撤退して立て直す。おまえ達はC地点で待機しろ」
「……承知。どうぞご無事で」
アマニを背負ってテツマは跳躍した。それを見届け、サクモはもう一度きつく唇を噛んだ。そして両手で柄を握ると混戦の中へと跳躍した。
馬車の爆発から数刻後、サクモ率いる雨潜入部隊は打ち捨てられた古い民家の屋根裏に集まっていた。
「負傷者は四名、深刻な者はアマニとコザトです。それと、これが偽者が付けていた額当てです。粗悪な作りですから、偽造の証明にはなるかと」
「残ったのは半分、か」
サクモの地を這う声にテツマは身を硬くした。青ざめた頬で、申し訳ありません、と呟くように言うのはコザトだ。彼女の謝罪の意味には、爆発を攻撃と読み間違え最初に跳び出してしまったことも含まれる。その隣に寝かされていたアマニが顔を歪めて起き上がった。
「自分はまだ戦えます!」
まぶたが腫れ上がって完全に右目が塞がっているアマニは、真っ赤に充血した左目でサクモを見つめた。
「おまえには休息が必要だ、アマニ。テツマ、コザトの具合はどうだ」
「止血はしましたが、よくありませんね……。輸血か医療忍の治療が必要かと」
数年前の会合で、医療忍を各チームに組み入れよと提案した綱手の顔が脳裏に浮かんだ。今それを考えても意味はないと頭を振り、サクモは無事な四名の顔を見渡した。それぞれが強い視線を返す。
「このまま手ぶらで帰る訳にはいきません。次の荷の情報を掴み、今度こそ現場を押さえなければ」
長い黒髪を垂らしたチカゲが、冷水に浸した布をアマニの目に押し当てながら柳眉を寄せる。暗部出身の彼女の言葉に、残る三人も同意してサクモを見つめた。
事態は最も望まない様相を呈していた。
木の葉が潜入しているということは砂にも雨にも知られた。戦闘開始時の状況を冷静に分析するなら、情報収集の時点からサクモ達は罠に掛けられていたことになる。おそらくは、いつ潜入があっても良いように、罠としての情報が流されていたのだろう。そしてそれを辿る者が出てくると、ああして偽の荷が作られ、味方の命すら犠牲にした猿芝居が仕組まれるのだ。
荷の授受の情報は、これで極めて入手しにくくなったと言える。残った者の腕は悪くないが、この状況下での諜報活動においては数が足りない。
かといって、これで諦めて里に戻ることもできまい。このままでは、雨と砂に『一方的に木の葉に襲われた』という、小競り合いを超えた戦いへと繋がる大義名分を与えることになる。偽者の証拠はあるとはいえ、結局は自分達が跳び出したことで証拠の存在意味は薄まった。
「隊長」
穏やかにテツマが呼び、隊長の裁量を促す。目を閉じ、長く考えた末にサクモはまず深く息を吸った。そして全員の顔を見渡し口を開いた。
「今一度、荷の通過ルートを洗う。テツマとチカゲがその情報収集にあたれ。エンジとヒノキは最初の情報の出所を探ってみてくれ。偽を流すものを辿れば本物にゆき着けるかもしれない。各自変化を必須とし、慎重に進めるように。俺は自来也への連絡を試みてから先ほどの戦闘現場周辺を再確認してみようと思う。負傷者は待機、最も軽いユウショウが介護担当だ。報告はここで、八時間毎とする」
頷く者、唇を噛む者、反応を見回してサクモは聞こえないように溜息を吐いた。ある意味、一番の重傷者は己かもしれなかった。戦闘中にさんざん試したが、可能な術は下忍レベルの基本技が数種のみ、変化すらできない。ただでさえ悪目立ちする『木の葉の白い牙』がこれでは潜入捜査自体が不可能だ。疲弊している部下達に重い分担を振らざるを得ない状況に、怒りを通り越して虚脱しそうだった。
なぜこんなことになったのか。
どれほど考えようとも理由などわかりはしない。だが、一つの顔が否応なく思い浮かぶ。『はたけサクモ』をここまで無力化できる者など、そうそういるものではない。
唇を噛み切り焦げ付いたはらわたを吐き散らし叫び出したい感情をなけなしの理性で押さえつけ、サクモは解散を告げた。
しかし三日後、サクモ隊は撤退の途についていた。
軽傷と思われた者が遅効性の毒で重篤な状態に陥り、コザトが息を引き取ったことを受けてのサクモの決断だった。
隊は重傷者と一つの死体を抱え、里への道を沈鬱に走った。
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