完璧な調合4

 救出後、ラムザは速やかにイグーロス城に輸送された。ディリータを始めとする救出に携わった者は、ラムザ救出に関する全てについて守秘の義務を負った。
 ラムザの世話は長く乳母を勤めた後女中頭として住み込んでいるハンナ一人に任された。彼女の采配でラムザの様子一切は秘され、また充分な看護が与えられた。
 ただ、ハンナとすれ違う時、彼女が何かを言いたそうに見つめるので、ディリータは見舞うべきかを大いに迷った。だが結局、ラムザが起き上がる事が出来るようになるまでは、待つことにした。ディリータが救出に関わり、帰還後にダイスダーグから何が起こったのかを聞かされている事をおそらくラムザは聞き知っている。その自分が寝床に顔を出すのは今は控えた方が良い、そうディリータは思った。
 しばらく後、ラムザが随分良くなったとハンナから聞かされた。しかし、傷が塞がって立ち歩けるようになったという体の話であって、彼の精神状態は非常に良くないと彼女は落ち込んでいた。重厚な主棟の柱に隠れるようにして、ハンナは積もった悲しみをディリータに訴えた。ダイスダ−グ達と違ってどこか華やいだ雰囲気を持った気安く優しい少年をハンナはとても可愛がっていた。その彼が空ろに視線を漂わせ、かと思えば小さな音にも酷く怯えて泣く姿はとても見ていられないと彼女は言った。他の者に世話を任せたいとダイスダーグに請おうと思ったものの、自分の他に誰がラムザを守れるか、それを考えて介護を続けているのだという。
 ディリータは彼女の言葉に頷くしかなく、この後のラムザをよろしく、と頼まれた気がした。六十を超えた小さい女は疲れた顔に無理に笑顔を作ってラムザの私室に入って行った。



 ラムザはハンナの姿を認め、ほっとした顔になった。ハンナが側にいてくれる間は、恐ろしいことをせずに済むからだ。
 彼女がにこにこと寝巻きを取り替え、暖かい手の平で薬を背中に塗ってくれるのを本当に嬉しいと思ってラムザはそう言った。ハンナは涙ぐみ、一日も早く元通りにお元気になって下さいましねえ、と言う。うん、と頷きながら、それは無理だよ、とラムザは心で謝った。本当にだめなんだ、ごめんね、ハンナ。
 戻って最初のニ日は高熱と背中の燃えるような痛みで朦朧としていた。三日目には軽い食事を取れるようになったが、まだハンナが寝ずの看病をしてくれていて、ラムザもとりとめもない恐怖の波に翻弄されているだけの有様だったので、本当の問題には気付かなかった。四日目の夜、日中は上体を起こして過ごせるようになったラムザは、ハンナを自室で休ませた。四日間の看病に疲労の色の濃いハンナは、さすがにその申し出をありがたく受けてラムザの部屋を辞した。
 夜半過ぎまでラムザは必死で堪えようとした。何度ハンナを呼ぼうと思ったかしれないが、彼女に抱きしめてもらう事よりもしたいことがあった。そして邸内が寝静まって自分の息遣いしか聞こえなくなった真夜中、ラムザは震える手で寝巻きを脱いだ。汚さないように全て脱いだ。そして両手を性器に絡め、男達にしたように男達が自分にしたように動かして自慰をした。
 こんな恐ろしい、厭らしい行為をしているのが怖くて堪らなかった。ほんの僅かな時間だったが、その恐怖は永遠にも思えた。こんなに恐ろしいのに快感は全身を覆って激しく、鼓動は潮騒のようにうねって逆巻き、達した瞬間死んだと思った。射精直後の虚脱感が去ってぼんやり両手を見ると、べとつく精液が錯乱を呼んだ。物狂いのようになってハンナが汲み置いた水鉢に急いで手を突っ込んで洗い、窓から汚れた水を捨て、寝台に倒れこんで泣いた。
 異常は進み、翌晩にはそれだけでは収まらなくなっていた。泣きながら指を体に入れて数日をしのぎ、そしてそれでもどうにもならなくなった。私物の何かを体に入れて抜き差しを繰り返して何度も自慰をしたはずだが、あまりの醜悪さに吐き気がした以外、よく覚えていない。

   こんな体じゃあ、もう普通に暮らせねえなあ、ぼうや。

 男達がそう言った事を不意に思い出した。熱に浮かされ、何も分からず愚鈍に犯されながら聞いた言葉がやっと理解出来た。出来たところでどうすることもできず既に涙も出なかった。普通でなければどうやって生きていけばいいのか、ついでにそれも教えてくれればよかったのに。どこか知らない町で体を売って生きるのが相応しいのだろうか。
 ハンナが部屋から出て行く姿を哀しく見送って、ラムザは重く息を吐いた。



「ラムザ様、ダイスダーグ様がお呼びです」
 午後の光が和らいだ時刻、若い女中の声がノックに続いて聞こえた。ラムザは寝台から飛び起き、すぐに着替えるよ、と答えて大急ぎで服を手に取った。もう寝込んでいる必要はなかったが、かといってすることもなく、ぐずぐずといただけの寝台から離れる事に躊躇はなかった。ハンナが巻いた包帯が襟口から見えるのを気にしながら髪を括って扉を開けると、女中が嬉しそうに、お歩きになれるんですね、良かった、と言ってくれた。

 ラムザが来訪を告げると、いつもの落ち着いた声で入りなさい、と返事があった。
 緊張しながら部屋に入ると兄は書き付けをしていた。顔を上げないまま指先が側に来るように動く。ラムザが机の傍に立つと兄は僅かにラムザを見上げた。
「酷い任務によく耐えたな」
「……勝手な事をして、本当に申し訳ありませんでした」
 ラムザは素直に詫びた。あれだけ止められて尚、自分は無茶をした。ダイスダーグは苦笑し、ゆるゆると首を振った。
「確かにおまえの行き過ぎた行動についてはいずれ叱らねばならない。が、ともかくも作戦は予想以上の成功を収めた。今は、おまえが戻って来てくれた事をただ嬉しく思っているのだ」
 ラムザは深く頭を下げた。分かってくれた、案じてくれた、そして褒めてくれた。それが堪らなく胸に熱い。
 幼い日に妹と二人、この豪華な屋敷に引き取られ、目の回るような環境の変化を経験してなおラムザは、ダイスダーグとザルバックを真実兄と思う事に戸惑いを感じていた。年が離れていることも兄であるという実感を薄れさせたが、知らぬ者は無いほどの余りにも偉大すぎる戦士達、しかも筆頭貴族が自分と血の繋がりのある家族であるとは、未だに思うことすら無礼な気がする。そんな兄達だからこそ却って弟として認められたくもあり、また役に立ちたくもあった。今回は無茶をやったが、これで自分が何かを成せると分かってもらえたならそれでいい。体の不安がこの時だけはラムザの頭から消えた。
 ダイスダーグは書面に戻ってサインを書き付けるとペンを置き、椅子を立った。ラムザの顎を指先で掴んで視線を合わせ、眺め眇めるように目を細めた。
「もう傷はいいのか」
 胸騒ぎのような、不可思議な嫌悪感がラムザを襲った。長身の兄は、今までもこうしてラムザの顔を上げさせて話を始める事が多かった。そんなことをするのはダイスダーグだけで、それが特別な何か、兄が自分を可愛がってくれる証のような気がしてラムザは照れながらも心地良いと感じていた。そんないつものことなのに、自分がおかしくなってしまったからだろうか、ラムザは兄の手を振り払いたい衝動を堪え、はい、兄さん、と言った。
「ご心配をお掛けしました。傷は塞がって随分良いです」
「そうか、それで安心した」
 兄の手が離れ、ラムザはほっとして体の力を抜く。ダイスダーグの強い視線が辛いが、それもまたいつものことだ。もっと自分に自信があれば、怖くはないはずなのに。
「呼び立てたのは、おまえに確かめねばならないことがあるからだ。少し話をしても構わないか」
「はい、兄さん」
 話。あまり多くを聞かれなればいいんだけれど、と思う。思い出すと恐ろしいことになりそうだから。
「事前に準備をした偽の情報を除いて、口にした事は無いか?」
 ラムザの肩を押してソファに座らせながらダイスダーグは言った。ラムザは少し安堵し、ありません、と答えた。任務の報告ならばやむを得ないし聞かれる事も限られる。気をしっかり持ってまともな報告をしたかった。一人の戦士として。
「正確に思い出しなさい。『獣の巣』はほぼ全てを取り押さえた。が、数名レベルで逃しているだろうと予想出来る。奴らが再び大きな問題を起こすか否か、おまえがもたらした情報が関わる可能性があるのだ」
「懸案外の詰問はありませんでした。型どおりに口を割らせるだけだったので」
 強姦の方が主であった、とは言わなかった。きっと兄は知っているだろうと予想はしていたけれど、それを言うのは辛過ぎた。
「ラムザ。残酷な拷問であった事はザルバッグの部下から報告を受けている。だがよく思い出してもらいたい、おまえが口にした言葉を、な。おまえはベオルブの中枢にいる。些細な情報でも、相手には有益かもしれぬ」
 心臓が跳ね上がった。自分がベオルブ家の中枢にいるなどとは思ったこともない。それに、やはり兄は知っているのだ。八つ当たりと思いながらもそれを知らせた者を恨めしく思った。冷静に勤めようと必死で自分を説得するが、何をどう判断していいのか分からない。呼吸が苦しくなって唇だけが動いたが何の音もしなかった。
「辛いだろうが、思い出してくれ。何を言ったのか」
「……記憶の限りでは……僕は……他には何も……」
 それだけが精一杯だった。兄がゆるゆると首を振り、苦吟に表情を歪ませるのが見える。その表情が嘘吐きのものだとは、まだラムザは気づかない。
「それでは困るのだ」
「兄さん、僕は、」
「事態は深刻だ……止むを得んな」
「兄さん……?」
「こういう場合、同じ状況を与えれば思い出す事が多いのだよ。堪えてくれ、ラムザ」
 なんの事だろう。思いながら意味だけはすとんと胸に落ちてきて、目の前が真っ暗になった。視界が狭まって、部屋が、兄が、ぐるりと回って体が傾いた。
「服を脱ぎなさい。」
 ラムザを支えるように腕を掴んで兄はラムザに言った。静かな声だった。ラムザは目を見開いて見返したが全く体は動かなかった。
「そうだな。自分で脱いだとは思えんな」
 ラムザの襟にダイスダーグの手が伸び、ボタンを外した。包帯まで取り去る。ソファに押し倒され、圧し掛かられ、殊更にゆっくりと丸裸にされながら、ラムザはまだ自分の身に起こっている事柄が理解できずに呆然とされるがままになっていた。
「最初、どういう格好で拘束されていた?」
 ダイスダーグの言葉にふと我に返る。兄の手が薄く腹の上から胸へと移動する感触に猛然と嫌悪感が湧き上がり、嫌です、と声が出るようになった。捕まえられている顎を必死で振りほどこうとするが、思うように力が入らなかった。嫌悪に加えて緊張と畏れがラムザの体を軋ませる。もう一度、嫌です、と言ったがダイスダーグはラムザの声が聞こえなかったように強く顎を押さえながら同じ質問を繰り返した。
 首を振り、必死でラムザは抵抗を続けた。振り回した腕がダイスダーグの耳を掠め、被さる兄は僅かに怯んだようだった。それでラムザは力が戻るのを感じ、勇気を振り絞って胸を押し返した。すると顎が自由になり、兄が思い留まってくれたのだと思った瞬間、指の代わりに平手がきた。何の構えも無かったラムザはソファに背中を強く打ち付け、痛みを堪えて体を丸めれば腕を捕らえられてまた頬が鳴った。
 何度もぶたれている内にラムザはソファから崩れ落ちた。はあはあと呼吸を継ぐが、思考は空回りし肺は痛み手足が痺れて床に張り付く。括っていた髪が乱れて眼下に広がり、それを引き千切るように太い指が掴み締めてラムザを仰向けた。そして圧し掛かったダイスダーグが両手で首を締め始める。背中の傷が毛足の長い絨毯に擦られて酷く熱い。哀願の目で見た兄の苦吟の表情から滲み出る恐ろしいものがあの男達と重なり、ラムザは一瞬で恐怖の底に辿り着いた。あの時と同じように、一切の意思が奪われていく。首を締める腕から力が抜けるとラムザの喉がぐう、と鳴った。
「思い出すのだ。私とてこのような事はしたくないが全てはベオルブのため。堪えてくれ」
 ダイスダーグの苦悩の表情や言葉の意味とは反対に、あの男達と同じ臭いがラムザに纏わり付いた。愉しんでいる。兄は、愉しんでいる。
「言いなさい」
「両手両足を鎖に繋がれました」
「姿勢は?」
「四つ這いにされました」
 ではソファでは狭いな、と呟き、ダイスダーグはラムザの腕を掴み、引きずるようにして奥の部屋に入った。鍵の掛かる絶望的な音が響き、ラムザは寝台に放り出された。

 ダイスダーグはラムザが言った通りに寝台の天蓋を支える柱に荒縄で四肢を結わえて四つ這いにし、ベッドの脇に立って体中に手を這わせてきた。ここはどうされた、こちらはどうだ、と聞いては言わせた。腕と足、性感から遠いところから始め、終には性器に辿り着いた。
 尻を突き出させ頭をシーツに押し付け、ダイスダーグは容赦なくラムザに説明させた。完全に勃起したペニスを握り、射精したのかと聞いた。朦朧とした意識で機械的に、はい、と言うと、そんな時には何も言えなかろうと言って手が離れた。くう、と声を上げるラムザの腕から縄を解いて自由にし、膝立ちにさせると更に、口でもされたのか、と問うてくる。
 快感が欲しい。けれどけれども言うものか。
 体を固く緊張させたが、その途端に背中に火が走った。傷の一つを兄が強くなぞったからだ。ラムザは仰け反り、はい、兄さんと叫んだ。根元をぎゅっと握られ先端にべったりと舌が張り付いてくると、痛みが引いて同時に痺れるような快感に襲われた。
 ラムザを責めながら、ダイスダーグは時折、何か話してしまったことは無いかと聞く。当初の目的を名目上果たすために。いいえ、何も言いません、とラムザは震えた。そうか、確かにこれでは何も話せまいな、とダイスダーグの静かな声がラムザを自己嫌悪に誘う。そして煽るだけ煽ってダイスダーグはあっさりと舌も手も引いた。喘ぐラムザの腰に手を回すと後口に指の腹を当て、擦りつけて撫で上げた。ああっと大きく声を上げ、背を反らせるラムザをじっくりと眺め、肩を抱くと指の動きはそのままに低く耳元で言う。ここは、どうされた?
 ラムザは痙攣しながら悲嘆の喘ぎを上げ、兄に縋りつき、途切れ途切れに許しを請うた。だがダイスダーグは全く取り合わず、どうされた、と繰り返す。指を、とラムザは喘いだ。入れられました、と掠れた声が言い終わるのを待たず、ダイスダーグの指が潜り込んできた。
 兄は男への愛撫の仕方を知っている、そうラムザは確信した。ダイスダーグはぎこちなく内部を辿っているふりをして、時折ラムザを追いつめる動きを混ぜる。そこまで知っているくせに、どういう具合で触られたかと聞き、どこが一番良いのかまで聞いた。ラムザが滅茶苦茶に首を振って感じる様に可哀想に、と呟き、首筋に唇を這わせながら同じ声色で、ここだけで達したか、と優しく聞いた。はい、兄さん。ラムザは血を吐くように言った。はい、兄さん。
 指を増やされ、掻き回され、もう達する、と思ったところでダイスダーグは身を引いた。ラムザが膝を崩して寝台に倒れこみ、体を丸めてすすり泣くのをしばらく眺め、ゆっくりと手を伸ばして項に指を乗せた。ぎゅっと力を入れたのが分かった次の瞬間、項から背を通って腰まで一気に指を引き降ろされた。
 ラムザは絶叫して転がった。塞がりかけた傷口をえぐる激痛が性感を吹き飛ばして突き抜けた。目を見開いて震えるラムザを見下ろしてダイスダーグの唇が一瞬笑った。しかしすぐに沈痛な面持ちに変わると、ラムザの側に寄って頭を撫でる。最後まで思い出してもらわないといけない、気をしっかり持ちなさい、と慈愛の声。そして乱れ散った金髪を撫で付けながら言った。
「口で何をさせられた?」
 口を使えば話せまい。ラムザはもう、そんな簡単な矛盾にすら思い至らない。ただ嫌だ、嫌だ、と首を振る。
「息が止まるような惨いことをされたろう?」
 再び兄の指が傷の一つを強くなぞったので仰け反って叫んだ。舐めました、性器を。
「させられた通りにやってみなさい」
 剣技の手ほどきでもするように、冷静な声で兄は言う。相変わらず寝台の脇に立ち、ラムザの髪を掴んで顔を上げさせ勃起したペニスを突き出した。

 その時初めてラムザは泣いた。箍が外れて涙が溢れて止まらなくなった。兄が自分を欲望の対象としている事を、こんなに痛めつけられている自分を見て興奮している事を、ラムザは嗚咽しながら認めた。尊敬し、崇拝すらした兄は、あの男達と同じ酷薄な獣だった。
 ダイスダーグはラムザを慰めるように頭を撫で、唇に性器を押し付けた。ラムザが大人しく口を開き、両手で根元を掴んで音を立てて愛撫するのを満足そうに見つめる。ラムザはあの男達が最も喜んだやり方を思い出してその通りに再現した。兄の指が背中の傷に近寄る気配がするから、ラムザは夢中で口を動かし続けた。ダイスダーグも自ら動き始め、ラムザの頭を強く掴んで喉の奥まで突き入れては引き抜いた。ぐらぐらと視界が揺れ、最奥まで突き入れられる度に一瞬目の前が真っ暗になり嘔吐感が襲う。それでも必死で吸い上げながら、ラムザはまた性感が立ち上るのを感じていた。兄の片手がラムザの尻に廻ってゆるゆると後口をなで上げている。
 どうして。
 ラムザは絶望に胸を真っ黒に焦がす。どうして、自分は感じているのだろう。そこまで堕ちてしまった。もう、普通には暮らせねえなあ、もうだめだろなあ、男達の嘲笑が脳裏を渦巻いた。
「入れられたのは指だけか?」
 いきなりニ本の指が内壁を掻いた。ラムザは激しく体を揺すって抵抗と悦楽を同時に示した。その刺激にダイスダーグは達しそうなって、ペニスを引き抜いた。荒く息をついて自分を押さえ、滲み出る欲情をもはや隠すことなく言った。
「これを、入れられたろう?」
 ラムザは涙と唾液を溢れさせてぐちゃぐちゃになった顔を上げてうなずいた。こんなに辛いのに、自分は欲しいと思っている。血の繋がった兄の、男の性器が欲しくて堪らない。それをもらえなければ、おそらく自分一人では処理しきれない。ラムザははっきりと、挿入され、それで達したことを伝えた。情欲の滲む自分の声に涙は止まらずしゃくりあげ、絶えず嗚咽が漏れた。体の内部から湧き上がる恐ろしい欲望が焼きつくように責め、早く早くと急き立てている。兄とのセックスに対する嫌悪などどこにも残っていなかった。もはや誰でも良い。狂いそうなこの気持ちを壊して性感だけに閉じ込めてくれるなら、誰でも良い。
 ラムザは動かない兄の足にすがって欲しいと目で訴えた。しかし、兄はゆっくりとラムザの髪を撫でて再びラムザの口内に性器を納めた。
「可哀相に」
 頭を激しく振り回されながらラムザはただ早く犯されることだけを願った。

 ぼくはもう普通には生きていけない、狂っているんだ、もうだめなんだ、だめなんだ、助けて、兄さんお願いだから助けてどんなことでもするからそれをくださいどうからくにしてくださいどうかどうかどうかどうかどうかおねがいだから

「そんな酷い事は、私には出来ないな」

 耳を疑うのと同時にダイスダーグが喉の奥に射精したのがわかった。全て飲み込まされ、ラムザは寝台に放りだされた。咳き込む狭間に、兄さん、と呼んだ。それを無視してダイスダーグはダガーをふるってラムザを繋いでいた縄を切った。そして呆然としているラムザを仰向けにすると改めて両手を頭の上で括り、長く縄を残し、乱暴に起こすと天蓋を支える柱の高い部分にその縄を掛けた。ぐっと引かれて吊られた瞬間ラムザは叫び散らした。
「嫌です、嫌です、嫌です、嫌、いや、やめて、たすけて!」
 誰が助けるはずもない。兄は何かに狂っている。体は依然燃えるようだ。
「いや!」
 ただそれだけを何度も何度も繰り返す。ダイスダーグは異常な冷静さでラムザの体を爪先からじっくりと舐めるように眺め上げる、首切られて吊るされた鶏のように、ラムザは自制無く体を跳ねさせた。
「最後にこうして吊られたのだな。何をされた?」
「たすけて」
「犯されながら背を斬られたか?」
「たすけて、にいさん」
 ダイスダーグは再びラムザの中に指を入れた。掻き回し、それまで迂回していた性感を迷うことなく激しく触る。性器を掴み締め乳首を舐め上げ、しかし達する前に離して背中に回った。傷口を一つ一つ丁寧になぞる指、内部で激しく蠢く指、全身を無数の指で覆われる錯覚と燃える苦痛を浴びてラムザの精神が千切れ始める。性感とそれを上回る恐怖、意味を成さない叫びは掠れて辺りに転がった。



 ダイスダーグはあまりの悦びに自分の神経が軋む音を聞いたような気がした。
 母を狂うほどに悲しませた、あの卑しい女が産んだ美しい少年。父が奇妙なほど将来への期待を寄せた少年。生まれた時から天騎士の息子として重い荷物を乗せられ、やがてその名を継ぐ事を当然とされる自分とは違う、無邪気で華やかな少年、それを喘がせ、犯してくれろと跪かせた。
 全ての傷に血を滲ませ、全ての性感を煽り尽くしてダイスダーグの溜飲は降りた。そう、この後は放っておくだけでこれは堕ちていく。どんなに狂うかを想像し、汚れていく様を見る毎に気分が良くなることだろう。
 再びダガーを持ち、貧弱な首筋に突き立てたい欲望を抑えて縄を切った。ぼたりと床に落ちたラムザをそのままにして部屋を出る。脱がせた服を掴んで戻り、投げつけた。
「着なさい」
 声に滲む悦びを抑えられない。隠すそうとも思わない。ラムザは恐怖が去ると速やかに瞳を情欲に潤ませ、自分を見上げているのだから。
「兄さん」
「長い話しになったな。もう戻って休みなさい」
「兄さん」
「服を着なさい」
 強い発音にびくりと揺れ、ラムザは震えて上手く動かない手で服を身に付けていく。髪を振り乱す姿は、あの憎い女をそうさせているようで異常な興奮を感じる。最後の望みを込めた目で縋るラムザに凍った視線で答えると、面白いようにぶるぶる震えて顔を背けた。必死で立ち上がろうとしても膝が崩れ、三度倒れてから床に手を付きラムザはひとしきり泣いた。そして、支えのないまま壁に這って行き、縋って身を起こす。その肩を押しやって送り出す道行き、襟を正し、上着の捩れを直してやりながらダイスダーグは殊更に優しい声を出した。
「疲れたろう。今日明日はゆっくりしなさい。世話する者にも控えるように言っておこう」
 たった独りで悶えるがいいと。
 ラムザは、お願いです、と呟いている。兄さん、と呼ぶ小さな声におやすみと答えを返す。泣き続け、それでもドアに指を掛けて必死で自分を見つめているから苦笑が漏れた。少しは親切にしてやってもいいだろう。

「庭に私の犬がいる。それを使いなさい」



 犬とでもするがいい。背を向けながら兄が密かに呟くのが最後に聞こえ、ドアが静かに閉じられた。
 灯が燈った廊下に独り残され、ラムザはしばらく茫然と立ち竦んでいた。来た時にはまだ外は明るかった。今何時なのだろう、とぼんやり思う。そして朦朧と歩き出した途端に足が笑って黒い石の床に膝をぶつけた。また壁まで這って行き、重い体を持ち上げる。誰も通りかからない。来れば破滅だ。助け起こされれば縋って求めてしまうだろう。早く、早く、部屋に戻らなければ。
 ラムザは壁に頬を擦りつけて歩く。自室に戻っているつもりだが、視界が揺れて定まらない。酷い頭痛のように何もかもが揺れ、自分が柔らかい物質になってしまったように足元が不確かだ。
 少しでも壁から手を離せばぐったりと冷たい床に伏せてしまう。這いずっては起き上がる。何度もそれを繰り返し、気付くと自室から離れる方向に進んでいた。その方向には、誰よりも助けを求めたくて同時に誰よりも求めたくない者がいる。

 どうせ独りじゃどうにもなりゃしないんだ。
 頭の中で自嘲の声がする。
 どこに行こうとしているんだ。
 叱責の声が飛ぶ。 
 どこにも行きたくない。
 けれどこの回廊がどの棟に通じているのか知っている。どこよりも行きたくない場所に通じていることを知っている。

 指先にドアノブが触れる。音を立てると中の者に気付かれるから少し離れる。また、転んだ。
 何度もそうして転んだから、耳が擦り切れるように痛い。床の石の色が黒から白へと変わっているのを目の端で確認して嫌だ、と呟く。ここは嫌だ、この棟は嫌だ。涙が床の色を変じながら零れる。立ち上がらねば。方向を変え、少しでも離れたい。もはやどの辺りにいるのかさえ分からないが、この床を敷いた棟にはいたくない。
 自分を叱咤して必死で立ち上がる。縋った先がドアで、反射的にそれを避けると再び床に投げ出される。限界だった。手足は冷たく痺れ、呼吸は激しいがちっとも息をしている気がしない。このまま死んでしまえるならどんなにか嬉しいだろう。

「誰かいるのか?」
 若い声がした。さっき触れたドアの部屋の主だろう。ラムザはかろうじて上体を起こし、身を隠す場所を探して首を巡らせた。
「誰だ? ティータか?」
 ラムザの全身が硬直した。ゆっくりノブが回って人影が出てくるのを見上げ、よりにもよってその部屋の主を呼んでしまった失態にゆるゆると発狂する自分を感じていた。



 どうした、と声を掛けながらディリータはドアから顔を覗かせた。こんな風に訪ねてくる者などティータしか考えられない。こそり、とドアノブを揺らしたきり、ひっそりと自分を呼んでいいものか迷っているなら、何か困ったことが起こったに違いない。
「何だ……?」
 一瞬誰もいないと思った。しかし見下ろせば、ぺたりとドアの前に座っていたのはラムザだった。
「ラムザ、」
 言いかけて息を呑む。ラムザは泣きじゃくっていた。いつも整然と括られている髪は乱れ、涙で顔中に貼りついている。彼は唖然と自分を見上げてしゃくりあげ、何か唇が動くようだが激しい呼吸しか聞こえてこない。尋常でない様子にディリータは動揺し、とにかく部屋に入れようと腕を取る。ラムザは熱い物に触れられたように身を引こうとし、しかし何の力も篭らない。腕を取られたまま項垂れ、だめ、と呟くのが聞こえた。
「ラムザ、しっかりしろ」
 とても弱っている。どこか怪我をしているのか、いや、背中一面にあるという傷が痛むのか。
 足元から何度も嫌だ、と小さい声がする。両脇に手を入れて立たせようとするディリータに抵抗するようだが、体は痙攣するように震え歯の根も合っていないからいよいよ放っては置けない。強引にドアの中に引き入れると、ラムザの足は踏ん張る力さえ無く、ぐったりとディリータに体を預け、その瞬間ラムザの異常がはっきりわかった。彼の体は熱をもっていて、どういう訳だか勃起していた。
「おまえ、」
 聞き正すにも言葉が見つからない。ラムザを抱えたままドアを閉め、自分の背をそこに預けて顔を見た。ディリータの胸から頬を離して一旦ラムザは目線を合わし、自分の状態を知られてしまった羞恥に唇を噛み締め、そして新たに涙を零した。
 どうしたんだ、と呟くディリータにいやいやと首を振るようにして、駄目だ、ディリータは嫌だ、と泣き声を上げ、彼の胸元を強く握り締めている。泣いているから慰めようとして背に手をやり、そのシャツに血が滲んでいることに気が付いた。しまったと思った瞬間、ラムザは激痛に背を逸らし、ディリータが謝る前に激しく叫んだ。
「お願い! ペニスを入れて!」
 ぎょっとしてラムザを見ると半ば気を失い、体は痙攣が進んで固まっている。
「お願いお願い入れて、お願いだから、お願いだからお願いだからお願いお願いおねがいおねがいどうか、いかせて」
 兄の仕打ちの名残がラムザの口を割らせた。一気に叫ぶと自分の言葉に打ちのめされ、ラムザは床に身を投げ出して声を上げて泣いた。泣いて泣いて声が出なくなるまで泣いて、殺して、と息だけで言った。

 倒れ伏したラムザの回りをディリータの足が迷うように巡り、ドアがかちりと音を立てた。そして屈み込んだディリータはラムザの肩を両手で持ち上げた。ラムザは発狂しかけ、笑いながらごめんね、帰るよ、と息で言った。ラムザ、ラムザとディリータは呼ばわり背中の傷を気遣いながら抱きしめて耳の側でわかったから、と言った。
「ここは寒いから、あっちに行こうな」
 ディリータはラムザを抱き上げた。静かに寝台に座らせ、軽く頬を叩いて意識の確認をする。やがてディリータはランプの燈る机に寄って、小瓶と小さな容器を持って寝台に戻ってきた。容器は隠すように枕の下に置いて、小瓶はラムザの脇に転がす。そして本当にそっと、襟のボタンを外し、ゆっくりシャツを脱がせた。傷に張り付いたシャツが剥がれる痛みにラムザは成す術もなく涙を零し、零す度にディリータの指先が拭う。
 シャツを取り去るとディリータは小瓶の蓋を取って中身を手の平に受けた。最大限の注意を払ってラムザの背にポーションを塗る。次第に痛みが退いて、代わりに独特の暖かな慰撫がじんわりと残った。ラムザはディリータを見上げ、ディリータは苦笑してまた机に戻って布を取り出し、洟をかめよと言って差し出した。
  ちゃんと自分で顔を拭ってもラムザは茫然としており、ディリータがコップに注いだ水を差し出すと受け取るもののそのままじっと持ってディリータを見ている。困ってしまって、飲めよ、と言ってみると素直に口に運ぶ。そして言われた通りに飲み干して、またディリータを見つめる。どうやらラムザは何か命令されないと何もできないようだった。手からコップを取り上げ、ここまで何者かに支配されたラムザを傷ついた気持ちで眺めた。随分と痩せたなと思う。それでなくとも今の顔色は死人のそれだ。ただ目だけが、依然として欲情に潤んで狂うように燃えていた。
 腹は据えた。ディリータはラムザの体を横倒しにして寝台に寝かせた。傷は応急処置をしただけだから、シーツに擦られればまた出血するだろう。これ以上痛い目には合わせたくない。ディリータが首筋に唇を押し付けるとラムザは怯えるように目を固く閉じた。片手で体を支え、空いた手でスパッツの中を探ると変わらずに高ぶりがあり、ラムザが小さく声を上げた。急いで全て脱がせ、じらさぬように一気に擦り上げた。ラムザの頭が上がり、腰が震え、しかし達する気配が無い。
 ディリータはラムザの腕を掴んで寝台に座らせると足を広げて顔を埋めた。舌を絡めてきつく愛撫したが、ラムザはがくがく震える手でディリータの頭を掴むばかりで射精しない。ディリータは次第に怒りが湧き上がるのを感じた。
 激怒に任せて投げ捨てるように服を全て脱ぎ去り、互いに全裸になった。うつぶせにするとラムザは射精できない苦しみにすすり泣いた。その背に縦横に走る傷はポーションの慰撫で血を止めてはいたが、引き攣れのたうつラムザの心そのものに見えた。膿んだ赤の、ラムザが篭められている檻そのものに。
 どれだけ泣いても枯れることのない涙があまりにも哀れだった。舐めるようにして涙を拭い、枕の下から小さな容器を取り出す。知っている者なら一目で用途がわかる容器だった。いつも、机の鍵が掛かる引き出しに、しかもすぐには分からぬよう本をくり貫いた間隙に埋めてある。そこまで隠す必要があるのは、ティータの存在故だったが、ディリータ自身がそれを使う事態を迎えることが、とても、とても、嫌だからだ。ダイスダーグに呼ばれる時、そっと内部に擦り込んで部屋を出るあの孤独と恐怖はいつでも手で触れる程に鮮明だから、誰よりも、自分から一番隠したいものだった。
 嫌悪と気味の悪さを堪えて性器に塗りつける。ラムザの後口は充分に慣らされていた。これ以上指で煽ることは辛いだけだろうと、すぐに性器を突き入れて奥まで埋めた。その瞬間、悲壮な声を上げてラムザは跳ねた。快楽と、おそらくは羞恥に引き裂かれてラムザは激しく動揺していた。その腰を押さえ、ディリータは激しく動き出した。
 ラムザはうわ言のように嫌だ、と掠れた声を上げ、しかし噛み付くようにきつく締め上げてくる。ディリータはすぐに達しそうになって、慌てて下腹に力を入れた。ラムザの耳に唇を寄せ、力を抜けよ、と喘ぐ。ラムザを行かさなければ意味が無い。一切じらさずにすぐに行かせてやりたい。
 嫌だ、と言う声は次第に途切れ、ただ喘ぎだけが漏れるようになった。擦り付けるようにラムザの腰も揺れ、ディリータは何度も堪えるために動きを止めた。喘ぎに嬌声が混じるようになってしばし、ラムザがびくり、と体を震わせた。行くか、とラムザを覗き込むと、宙を凝視して引きつけを起こしそうになっている。慌ててラムザ、と呼んだ。反応は無くただ涙が溢れている。
「怖い。誰……」
 ラムザは呟いた。囁くような声はむしろ危うさを告げる。
「誰、だれなの、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖いよ」
「ラムザ」
 ディリータは体を離してラムザを仰向けにし、頬を叩いて呼んだ。
「俺だ、ディリータだ。大丈夫だから、大丈夫だから」
 はあ、とラムザは無理やりのように呼吸をした。うつろな瞳がゆっくりと現実に引き戻されてきて灯りを反して金色に光り、続いて激しく咳き込んだ。
「ラムザ、わかるか」
 ラムザは視線をさまよわせ、呆けたような表情で頷いた。そして震える指で悲しげにディリータの首に触って、もっと、と言った。それ以上言わせたくなくてディリータはラムザの唇を唇で塞いだ。そうしてもう一度体を繋いで揺すり上げた。
 考えてみれば、肉親でない者とキスをするのは初めてだとディリータは思い当たった。どんな魅力的な商売女と寝ても必ず拒否してきたのに、ラムザには何の抵抗も感じなかった。ぎこちないディリータの舌をラムザの舌が速やかに奪い、引き込んで吸い上げて、正直なところ繋いだ部分よりも感じてしまった。驚いて口を離し、やはりこんなことはしてはいけないのだ、と自分に言い聞かせる。
 しかし縋りつく腕は何かが甘く、自棄になって抱く娼婦よりもラムザの顔は何倍も美しく腰に絡みつく足が気持ち良くて堪らない。誘惑に耐えられずにもう一度だけ、と唇を重ねるとラムザはすぐにそれに応えた。
 それで簡単にどうでもよくなった。貪るように舌を絡ませ合い、激しく動いて外れると急いでまた併せ、自然、ぴったりと胸を合わせて動くようになる。信じられない程の快楽の限界を感じていると、ラムザが併せた唇の隙間から激しく声を上げて達するのが分かり、ディリータもまた射精した。外で出してやらねばと思っていたが、ラムザが決して離さなかった。

 体が冷め始めるとラムザの気配は酷く沈鬱なものになった。涙は止まっていたが、だからといって泣いていない訳ではない。慰めようと思ってもディリータには掛ける言葉は思いつかず、傷にさわるからとうつ伏せにしてやるのが精一杯だった。大人しくされるがままのラムザは枕を抱いて顔を埋めた。
 乱れた長い髪を撫でながら溜息すら呑み込みディリータは項垂れた。伸びた背に張り付く傷は、どれもこれもが再び血を滲ませ潤んでいる。肌が白い分鮮やかに燃える赤は、ある意味ディリータを魅了した。この先血の色を見る度に、ラムザの悲痛な叫びを思い起こすだろう。
 ふっと苦笑に近い音が漏れ、それを誤魔化すように頬をくすぐってやるとラムザの指がディリータの手首に触った。預ければそっと唇に摺り寄せる。声無きまま、ラムザは必死で謝っていた。ディリータにはそれが分かった。見ていられなくて逸らした視線の先には血が点々とシーツに染みていて、はっとするほど不思議な悲しい気分に襲われた。ラムザの大切なものを奪ってしまった気がしたのだ。
 実際、友人としての関係は終わってしまったのだと思う。ラムザが頼みにする近しい者はおそらくディリータだけだ。ディリータ自身、大人達の中で右往左往している自分を知っていたから、ベオルブの重責をまともに背負うとしているたった十五のラムザが、どれほどの圧迫を受けているかは想像ができた。そういうラムザが友人を失う。自分は一体どうすればいいのだろう。
 ラムザがごそりと動いてディリータに向き直った。どこか探るように見つめてくる。
「大丈夫か」
 こくん、と頷いてラムザは深く息を吐き、ディリータは指の背で彼の頬を撫でる。ラムザは機嫌を取るように注意深くディリータを見、いつ払い退けられても構わない緩慢な動きでディリータの胸に手を触れた。拒否されないことを確認して更に腕を伸ばして肩に触れてくる。堪らない気持ちになって、ディリータはラムザを抱き寄せた。腰を抱けば頬をすり寄せるから、唇と唇が触れた。その瞬間、とても自然にディリータは確信した。

 ラムザと、こうして抱き合いたかった。ずっと、この日を待っていた。

 例え勘違いでも良かった、いや、たぶん勘違いなのだ。そう思いながらディリータはラムザの温かみと悲しみに心を奪われ、口付けに幸せを感じた。この肌の柔らかさ、その匂い。ラムザが求めることを全て与えてやろう、必要でなくなったら捨てられてやろう。ディリータは一瞬でそう決心した。
 口付けるだけでラムザは酷く感じてまた欲情し、それが嬉しくてディリータはラムザを組み敷こうとした。背中の傷は痛いだろうが、今夜は望むままにしてやりたい。
 唇を離そうとすると、ラムザは惜しがってディリータの舌を更に吸った。舌が引き出され、そのまま先だけを吸われているととても気持ちが良かった。ラムザは長く熱心に吸い続け、最後に小さく音を鳴らして離した。それを合図に二人は同時に射精した。






「背中の傷が治らないのは薬のせいかもしれない」
 ラムザは目を閉じ、アグリアスの髪を指で擦り合わる。
「黒い筋のある瓶に入った黄色い薬、というのは劇薬で、まともな人間なら絶対使わない種類の催淫剤らしいよ。何かを作ろうとして、間違って出来てしまった悪魔の薬なんだって。副作用も沢山あるんだけど、酷過ぎる薬だから使われた者自体が少なくて、ちゃんと研究出来ていないんだ」
 ガフガリオンにそう聞いた、とラムザは溜息を吐く。
「その後も度々揺り戻しがあった。したくてしたくて堪らなくなって、物狂いになってしまうんだ。収めるにはやるか死ぬしかない、そんな時を目ざとく見抜いて、ダイスダーグ兄さんは僕で遊んだ。絶対に入れないって決めていて、いつも中途で放り出されて苦しむ僕を見て喜んでいたよ。……そうして、いつも僕はディリータに助けを求めた。ディリータは優しくて……僕に同情して、その気分に惚れていたんだね。もちろん好きでいてくれたんだろうけど、彼が愛しているのが僕じゃなく、僕の悲しみだって事にはわりとすぐに気が付いたんだ。でも、それでも、優しく触れられて抱き合っていると幸せだった」
 細く目を開けるとアグリアスはじっとラムザを見つめていた。音も無く泣いているので苦笑し、指先で涙を触る。
「その頃ディリータも兄さんに……下位者を制圧するための、酷く屈辱的なやり方で犯されていた。ちっとも慣らさず、血塗れにしているところを見てしまって、僕は身代わりを申し出たんだ。ディリータが僕を助けてくれるように、僕も彼を助けたかったから。それから兄さんは僕に馬鹿みたいに突っ込むようになったよ。あんな兄でも、親兄弟と寝るのは罪だと思っていたみたいだ。その教義に対して、ディリータという緩衝材を置く事で折り合いをつけたんだろうね。……それも全部、ダイスダーグ兄さんの計算通りだったのかもしれないけれど」
 言葉を切り、ラムザは眉を寄せて天井を見上げた。そこに、何かがわだかまっているかのように熱心に見つめながら続ける。
「そういうのは全部、父上への復讐なんだって、今は分かる」
 復讐、とアグリアスが囁くのに肯く。
「ダイスダーグ兄さんも奥様――父上の正妻だけど――も二人共、妾であった僕の母を恨み、だからこそ僕やアルマを憎んでいたように当時は思っていた。けどね、兄さんが本当に恨んでいたのは父上だ。優秀な息子を二人も産んで、ベオルブを立派に切り盛りして父上に尽くした奥様をあっさり裏切り、僕の母さんを愛した父上を、ダイスダーグ兄さんは恨んだんだ。それは僕にも理解できる。それでいいとすら、思うんだ。僕だって……子供を奪われ、愛する男も足遠くなった寂しさに耐えかねた母が病に負けた時、父さんをそれは恨んだから」
 少し震える声に、アグリアスが手を伸ばす。指から髪を解き、ラムザはその手を取った。
「でも、父はあまりに偉大だった。そして兄さんは、はっきりと恨みを現わす事も自覚する事も憚られるような立場にいた。その積もった憎しみが噴出して……あの『作戦』を含んだあらゆる厭らしい出来事が起こったんだと思う」
「ラムザ」
 そっとアグリアスが肩に顔を伏せる。
「あなたが泣くとは思わなかったな」
「ラムザ」
 抱きとめ、ラムザはその髪の匂いを嗅いだ。その匂いも自分のものとは違う金髪の色も、母に似ているのかもしれないと思う。
「明日、僕に抱かれてくれる?」
 出来るだけ、笑うように言った。
「今夜は沢山話して疲れた。だから、明日」
 返事は無かった。ただ、濡れた頬がそっと摺り寄せられ、羽のような口付けが静かに瞼に触れた。







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