塔に昇る

 その部屋には先客が居た。
 部屋の窓にはさわさわと、風に巻かれた雨が当たっている。夏の初めの暖かい雨は、太陽が雲に隠れると空から溢れ始めてひと時の湿り気を与える。先客はその窓を見つめていたが、イビキを認めると軽く頭を下げた。
 しかし、イビキはその存在を無視して目的の書架へと向かう。鍵の掛かった小さな書架で、鍵には呪が込めてある。禁呪と言う程大げさではないが、一部の特殊な立場の者でなければ必要とはしない、そんな技の習得法を書き留めた巻物が納めてある書架だった。
 火影から受け取った鍵は、小さい乾いた音を立てて書架の黒い木の扉を開けた。イビキは慎重に、一本だけ巻物を選り出した。うかつに触ってはならない数本の巻物が、その書架の中央で小さな式に守られているからだ。火影の温もりを微かに纏った小さな蜥蜴がイビキを見上げ、きき、と鳴いた。きらきらと輝く小さな黒い眼球は、直接火影と繋がっている。ご心配無く、と呟くと、イビキはからかうようにそのしっぽの先を突付いた。不満そうにもう一度鳴く式を笑うと、イビキは元のように扉を閉めて鍵を掛けた。

 二つ向こうの書架の前、窓の近くで先客の気配は揺れている。意識の端でそれを捕らえてしかし、無視を決め込んだイビキは扉に向かった。手に持つ巻物をくるりと回し、胸のポケットに納めた時、
「指令塔さん」
 穏やかな声が不穏な名前を告げる。
「暗部の指令塔さん、でしょう?」
 す、と影がイビキの足元に流れて先客が姿を現した。
「むやみな発言は控えることをお勧めするがな、受付の中忍さんよ」
 イビキはわざとそう言ったが
「アカデミーの教師です」
と、彼は密かに笑いを滲ませる。
「誰に聞いた、中忍さんよ」
 彼が、暗部の任務を振り分け統括する指令塔であることは、中忍の教師ふぜいに知られてはならない密命だった。彼が握る重要な任務や情報を手に入れようとする愚か者は、外つ国どころか里の中にも存在するのだ。くだらない画策を未然に防ぐためにも、場合によっては始末を付けねばならない。イビキはぴしり、と固い視線を彼に向け、彼は悟った顔で受け止めた。
「指令塔さん、でしょう?」
「誰に聞いた」
 いいえ、と彼は笑う。
「誰にも聞きません。気配がするんです」
「何の」
「今朝方まであなたが抱いていた人、の」

 黙ってイビキはその教師を眺めた。穏やかに微笑む彼をイビキは侮ってはいない。彼が上忍試験を受けた時、凄まじい剣技と術の複合技に相手をしていた判定役の上忍が真剣になって戦闘を始めてしまい、数人がかりで止めねばならなかった、という経験をしたからだ。開始からわずか五分の事だった。
 平凡に見えたその中忍は、チャクラを使い果たすまで一心に殺し合う、という方向でしか本気になれなかった。呆れ、暗部になるなら上忍に推薦してやると言ったイビキに、彼は首を横に振った。恩師が受けてみろと言うから受けただけ、俺は暗部よりも教師になりたいんです。そう言って彼は笑った。当時「身食刀」という二つ名を持っていた青年はその後すぐアカデミーに配属され、それ以後その名は忘れられたはずである。
「中忍さんよ、何が言いたい」
「羨ましいんです」
 イビキは眉を寄せて彼を見た。燃える水面の油のように、その青年のチャクラが彼の体表を覆って透明に揺れていた。
「俺もあの人と、寝たいのに」
 それは無理だな、とイビキは心中で笑う。互いに殺し合うだろう。
「羨ましいんです」
「抜いて欲しいのか、中忍さんよ」
 待っていたかのように、イルカは躊躇なく跪いた。


 イビキが小さな結界を飛ばすと、古文書保管室の扉にそれは絡まり、表と裏を切り離した。
 跪いた青年は無心にイビキの性器を舐めている。睾丸を両手で包んで緩く揉みしだき、口中に納めた先端から滲んだ汁をすすり、じゅるじゅると音を立てながらゆっくりと舌の上を滑らせて喉の奥まで含んできつく吸う。結った黒髪のしっぽを押して横を向かせると、性器の先端が丸くイルカの頬に浮き上がった。イルカはその丸みを頬越しに手の平で撫でながら、くちゃり、と口外に導く。先端から裏筋を通って根元まで舌を滑らせ茂みに額を擦り付けると、ひたひたと音を立てて睾丸を揺すり、舐め、片手を伸ばして先端の穴をこじった。そして前歯に唇を被せて側面から咥えると、丸くくぼめた舌で巻き込みながら、また先端へと舐め進む。
 彼のチャクラは色の無い焔のようにたゆたい、受付で見る教師とは違う生き物になっていた。いつまでも熱心に含み続ける口から、ちゅ、と音を立てて猛った性器を取り戻し、頬に擦り付けるとイルカは性欲だけを滲ませた目でイビキを見上げた。
「這いな」
 素直に従い、四つ這いになるイルカの尻を上げさせる。ベルトを外して忍服と下穿きを降ろし左足を抜くと、よれた服は右足に溜まった。

「ふーん。結構使ってんだな」
 尻たぶを押し開き、曝け出された肛門を触って呟く。その場所は鶏姦を繰り返して摩擦に慣れ、縁が固くなっていた。唾液を垂らし絡めた爪先でくすぐると反射的にすぼまる。ぐいっと押し込み背中側に押し広げ、イビキは内部を観察した。情交が絶えて久しいらしく、肉の色は淡い。
 カカシはこれを愛惜しんでいる。抱きさえしていない。
 イビキは自分の嗜虐性がぞろぞろと皮膚を這い回るのを感じた。指令塔の自分を利用して邪魔者を片付けている「つもり」のあの哀れな男を思い出し、満面の笑みを静かに浮かべる。
「どれくらい掘られていないんだ?」
 うう、とイルカは埋めた腕の中で苦しげにうめいて答えなかった。気付いてイビキはポケットから小さなチューブを取り出し、引き抜いた指にたっぷりと中身を塗る。ずるずると抜き差しで擦り込みながら様子を伺う。ああ、と溜息のようにイルカは喘ぎ、こめかみで体を支えると両手で自分の性器を握った。
「溜まってるようだな」
 久しいものの、受け入れることに慣れきったそこは、見る間に柔らかく弛緩して次々と増やされる指を容易く飲み込んでいく。前立腺の結び目を探すイビキの眼前でイルカの指先がちらちらと艶めき、引き上がった睾丸を掴んだ。
 入れて下さい、とイルカは囁き、ふうふうと息を吐きながら腰を上げて揺らめかした。上衣を脇の下までずり上げ、露出した乳首をいじっていたイビキは、にやと笑って放り出したままの自分の性器を掴み、指を引き抜いて纏わり付く潤滑油をそれに絡め移した。そしてもう一度二本指で穴を開くと先端を当てる。
「欲しいなら自分で入れてみろ」
 イルカは腰を曲げ、股下から指を閃めかしてイビキの性器に触れた。油で滑り上手く掴めない手を笑い、手首を掴むとぐっと引き上げる。イルカの頭が床を擦って額当てが乾いた音を立てた。頭と右肩を胸の下に引き込む形でイルカは身を丸め、窮屈な姿勢で後口を真上に向ける。ひくり、と震えるその穴に触れているイビキのペニスをイルカの指がさわさわとくすぐり、ようやっと根元を掴んだ。そうなっても尚、イルカの片手は未練がましく自分の性器に絡み、熱心に擦り上げている。
「ほら、入れろ」
 笑いながらイビキは性器を揺らす。ずる、と滑るものにイルカは微かに爪を立てたが、それは煽る刺激としてイビキに認知された。自分の重みで潰れる肩が痛むのか、イルカは苦しげな喘ぎを漏らした。はあはあと荒い息が部屋に響く。手伝う気が無いイビキはイルカの手首を掴んだまま満足げに目を上げた。先ほどイルカが覗き込んでいた窓は暖かい雨に白く曇っている。彼の汗とチャクラが混ざり合って窓を塗り込めたようにイビキは思う。
 辛うじて先端が押し込まれた。安堵と焦れを含んだ溜息を聞かせてイルカの腰がイビキに押し付けられていく。イビキが手首を離してやると床に手を付き、崩れかけの姿勢を支えてじわじわと挿入を深め、そして半ばを過ぎる頃、ばたばたと音をさせてイルカは床に漏らした。
「なんだ、もうイっちまったのか」
 萎えかけた性器を掴む指の間から精液を滴らせ、イルカは体を丸めた。長く吐精する姿にイビキは残酷な気持ちを浮き立たせる。企みを胸に沸かせて腰を掴み、いきなり激しく動き出した。
「ひっ……ぎぃ……っ!」
 イルカは床に頬をなすり付けて潰れた声を上げた。イビキが腰を上げるとそのまま吊られ、イルカの膝が床から浮く。足指と額で体を支えるイルカは締め付けながら奥へ奥へとすすり込むように腰を回し始めた。
「とんでもねえな、こりゃ見せられねえ……」
 一見してそそるような形はどこにもない、凡庸な青年、しかしその痴態は壮絶だった。くちゃくちゃと音を立てて自分の性器をこね回し、イルカはイビキに逆らうように腰を振る。もっと、もっと、と喘ぐ唇と床の間に唾液の糸が引く。
「心配せずに好きなだけ鳴け。誰も気付かん」
 性処理に使うには薹が立った青年だった。しかしこの姿を知られれば行列が出来るだろう。部屋の入り口に意識を凝らし、イビキはもう一つ結界をそこに落とした。
「気持ちいいかい、中忍さんよ」
 いい、とイルカは頭を振った。何度も何度も頷きながら、いい、いい、とイルカの熱い粘膜が意思を持ったようにイビキに絡んで摩擦をねだる。
「そうかい、俺もいいぜ」
と完全にタイミングを外し、あっさりとイビキは吐精した。ぐ、ぐ、と最後の強い突き上げにイルカは悲鳴を上げて身を捩る。だめ、まだ、と喘ぎを繰り返すイルカは抜け出ようとするイビキのペニスを追って腰を振るが、イビキの手が尻をぽん、と叩くと、ごぼり、と音を立てて結合は解かれてイルカはばったりと床に倒れた。
「よかったぜ?」
 笑いながらイビキはイルカを見下ろした。ごろ、と転がってイルカは仰向けになる。体内で堰き止められ荒れ狂っている性感に、イルカの視線が天井辺りに泳いだ。
「まだ足りねえか?」
 分かりきった事を聞けばイルカはゆるゆると頷き、また性器を握り込む。横倒しになると扱きながら片足を胸まで引き上げ、後口に指を押し込み自慰を始めた。くう、ふう、と喘ぎ、一心に自慰をするが、足りない、足りないとうわ言が漏れ始めた。
「仕方ない、手伝ってやるか」
 イルカを仰向けに直し、両足を一杯に広げる。中を弄んでいる手を掴んで引き摺り出し、自分の手を重ねてもう一度突き入れた。イビキがぐちゃぐちゃと抜いては押し込めば、イルカはそれに併せて回す動きを加える。泡立つような精液を垂らす穴を眺めながら、イルカの体に残っている衣服を全部剥ぐ。しかし、足首に巻かれたバンテージと額当てはそのままにした。奇妙な格好のイルカは軟体動物のように、広げた足をくねらせ責められている穴を浮かせては落とす。
「もっと、もっともっとあぁ、もっともっともっと……」
 涙と唾液で顔を汚したイルカは朦朧と舌を噛みながら腰を振ってねだり、自ら扱き上げる性器からは白濁が漏れる。イビキは低く笑ってその先端の穴を爪先でこじった。途端にイルカは喉を反り上げる。
「ぎぃ、い、ひ、あああ、ふうう、あああぅ……ひっ」
 こじる度に喉が引き攣れ、掠れた声が天井にぶつかる。
「いっぱい出てるぜ、イクか?」
 いく、いく、とイルカは穴を引き絞る。察したイビキはイルカの手を掴んだまま締め付ける穴から指を抜き、代わりに勃ちあがった性器を一気に突き入れた。
「ひぁああああ!」
 絶叫と共に収縮した直腸が痙攣しながら固く締め付ける。それを無理やりこじってイビキは動き始めた。イルカの両足を折り曲げ、胸の脇に膝を押し付けた形を作って正確に前立腺を叩く。
「ひっ、ぎっ、ひぃっひっ、くぁあっ、あっ」
 絶え絶えにイルカは声を上げて快感に号泣した。しゃくり上げながら唾液と精液を漏らし続けている。
「良さそうだな、中忍さん。イキっぱなしかよ」
 しぬ、とイルカは震えた。しぬ、しぬ、しぬ、と達したばかりの前立腺を執拗に擦られ、イルカの全身が痙攣していた。窮屈に折り曲げられ、目の前に曝されている結合部に視線を固定しているが正気ではなさそうだった。ほぼ真下に突き込むイビキに薄い微笑を見せて、しぬ、しぬ、しぬ、と囁いている。無意識のままイルカは未だ性器を擦り続けているが、吐精の終わったそれは萎え始めていた。快感が去らないままイルカの痙攣は病的に進み、しかしイビキは、これくらいじゃ死なねえな、と追い上げに掛かった。
 ぎりぎりまで抜いては潜らせる。濡れた肌がぶつかる摩擦音は肉を斬る音に似た。突き上げる度にイルカは叫び、たすけて、とも、いかせて、とも聞こえる切れ切れの言葉を発した。太腿の裏に血が滲む程に爪を立てながら、イルカが失神するまでイビキは続け、萎えたままの性器から細く長く精液が垂れるのを眺めながら最奥に吐精した。それから何度かの抜き差しで一滴残らず絞り入れ、最後に深く突き入れるとそのままじっと痙攣する穴を楽しんだ。持ち主はぴくりともせず意識を無くしているが、その穴はぞろぞろと長く痙攣を続け、時折大きく収縮する。女の穴もやりようによってはそれなりに痙攣と収縮を繰り返すが、そうなった頃にはどうしても緩んでいるものだ。
 『慣れている』という前提は必要だが、男の穴の方が面白い。
 張り詰めた性器がその痙攣によってなだめられ、ゆっくりと弛緩し力を失う感覚をイビキは存分に味わった。
 ずるりと引き抜き、イルカを横たえる。それでイルカは気を持ち直し、うっすらと瞼を開いた。微笑するような表情が面に映り、断続的な痙攣で足先が時折跳ねる。

「全く、馬鹿もいいところだな」
 イビキはふん、とイルカを見下ろした。同じように自分の下で痙攣した銀髪の男の姿が重なる。失神どころか「川向こう」が見える場所にまで抱く度に追い詰めてやるが、これまで声一つ聞かせない愚かな男。
 イビキは片手を上げると印を切った。その手を下げると雫が滴る。手の平から溢れる水で汚れ果てたイルカをなぞりながら痙攣をなだめる。体の内部から足指まで拭い、抱き上げて側の椅子に座らせた。そして窓を開けると再び印を切る。床に溜まった白濁する水が細かく千切れながら渦巻き、窓から外に流れて雨に混じった。
「中忍さんよ」
  服を着せ掛けるイビキをぼんやりと目に映してイルカは眠そうに顔を上げた。
「我慢出来なくなったら言え。またハメてやるよ」
 イルカは無言でイビキの手を見ている。その手はてきぱきとイルカを整えると、側の書架から本を一冊、適当に取り出しイルカの膝に置いた。
「アイツと並べてってのもいいかもな」
 弾くように頬を手の甲で叩く。イビキの手を捕まえようとして伸ばされていたイルカの腕がぱたりと落ち、瞼がぴったり閉じた。

 自分の支度を済ませて結界を解き、扉を開けた。振り返ると、窓にそっと寄り添うイルカは降る雨に滲んで溶けかけているようだった。読書中のまどろみに似せた姿とはいえ、幸せにすら見える顔で眠るイルカに苦笑してイビキは扉を閉めた。






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