「どう?」
ゆっくりとカカシが腰を落とす。
「初めての男は」
「ノーコメント、です……」
目尻に涙を溜め、イルカは呟いた。はは、と楽しげに笑い、カカシは一つ揺すり上げた。
「ううっ、ふ……」
「痛い?」
答えず、イルカはカカシを睨む。力み、筋が浮き出たイルカの腹を撫で上げながら、カカシは浅い抜き差しを始めた。
「あ、う、く……」
「力抜いて。良くしてあげるから」
そんな事あるはずがない、両腕で顔を覆い、結合部の痺れるような重い痛みにイルカは耐えた。カカシは腰に巻き付けた足を撫でながら、恥ずかしげもなく喘いでいる。
「勝手だ……」
「だから良くしてあげるって」
萎えたペニスを乱暴に擦り上げ、カカシは密やかに笑う。
「気持ちイイところに当たってない?」
「そんなもの……」
カカシは慎重に性器を動かしている。彼が言うように、時折、不愉快ではないどこかを掠めるのだが、イルカはそれを言うつもりはなかった。ただ、純粋に悔しい。
「イルカ先生、勃ってきた」
カカシの指の間でペニスが充血している。ぐっと腰を突き出して根元まで押し込み、カカシは動きを止めた。深い呼吸を繰り返し、荒げた息を整えながら両手で弄り始める。
「ふ……っ」
「気持ちいい?」
片手で睾丸を揉み、もう一方でペニスを掴む。裏筋に親指を当て、回すように芯を圧迫しながら先端に向かう。『男』の体が好きでたまらない、そんな熱心さだった。否応が無しに興奮を掻き立てられ、イルカは低くうめいた。
「大きいよね、イルカ先生の」
上擦った声でカカシは言う。まだ勃ち上がりきらないというのに皮を捲くって露出させた部分をしつこく擦り、濡れ始めた穴に小指を当てた。
「あっ! くう……」
「いい? いいよね、すごく感じてる顔だ」
唇を噛み、イルカは声を押し殺した。そんな姿を見てカカシはまた満足そうに笑う。
「一緒にイこうね」
カカシは片手で愛撫を続けながら腰の動きを再開した。湿ったイルカの頬を撫で、きつく目を覆った腕を解して顔を覗き込む。
「ねえ、イルカ先生」
薄く目を開き、イルカはカカシを見上げた。きらきらとカカシの赤い瞳が光っている。
「あの子、可哀相だったね。今朝の」
「何を……今更……」
イルカは横を向いた。
「見ていたら良かったのに」
「あん、な、悪趣味なもの、」
「うん、悪趣味だ、本当にね」
一点を強く押し上げられてイルカは限界まで顎を上げた。声も出ない圧迫感、ずるりと音を立てて抜かれまた押し込まれ抜かれる。声を出そうと大きく口を開けるが、唾液が口の端を流れるだけだった。再び同じ場所を突かれて、イルカはカカシの背に爪を食い込ませた。ああ、何かが。
「可哀相だったよ。まだ子供なのに、背中前面に刺青を入れられてた」
「い、れ、ずみ?」
「特別なものだよ。血管が開いた時だけ浮き上がるってヤツ」
ゆっくりと規則的な抜き差しが続く。揺らぐ意識の中、背筋を異様な痺れが這い登ってくる。イルカは頭を何度も振った。恐ろしく、同時に待ちきれない。全身を硬直させながら、迫ってくるそれが快感である事を察する。
「あ、う、」
イルカの声に『色』が付く。ぴたりと胸を合わせて密着を深めながら、カカシは目の端でイルカの表情を眺めた。
「気持ち良い?」
「ち、」
「いいよ、違うんだよね」
ふふと笑ってカカシはイルカの首筋を舐め上げる。
「そういう刺青ってどうやって入れるか知ってる?」
カカシの話は終わっていないらしい。イルカは顔を傾けた。このままでは『持っていかれる』。カカシの瞼や耳が綺麗な桃色に染まっている様子に注視して堪え続ける。
「血管が開いている時に入れるんだ。普通は温めながら」
深く突き入れてカカシは動きを止めた。
「でも、あの子は犯されながら墨を入れられた」
「どう、して」
目を瞬きながらイルカは問うた。体のコントロールが全く効かない。こんな事態なのに不意に眠気が襲うのだ。強すぎる刺激の連続の末に、あらゆる感覚を体が拒否し始めていた。
「印も掘られていた。呪の一種だね。同じ状況でだけ刺青が浮き出るようにしたんだ。風呂に入るだけで見えるようじゃ、機密にならないでしょ」
「あ、あっ!」
捻るようにカカシが性器を動かし、イルカは悲鳴を上げた。充血しきった粘膜が絡み合って引きずり出されるようだ。
「あれだけ大きな刺青だ、どれだけ犯されたか」
カカシは身を起こすとイルカの太股に両手を置いた。硬直したように腰に巻きついているそれをゆっくりと降ろし、大きく左右に広げる。
「正しい手順で発動させなければ致死するように印が掘られていたよ」
深く潜り込んだ場所をじっと見つめ、カカシは目を細めて指を一本立てた。
「残念だけど、俺には正解が分からなかった」
舌を出し、指先を舐める。
「しかも一度じゃ全部浮き上がらなかったから、死に始めているあの子をまた犯さないといけなかった」
黙って見上げるイルカに笑い、カカシは身を屈めて頬に口付けた。
「たまにね、嫌になるね」
カカシの濡れた指先が、小さく尖っている乳首に触れる。舐める仕草を真似て下から上へ、撫でては押し潰す。細かく体を震わすイルカの耳に熱く息が掛かる。
「忍なんて、やるもんじゃない、ってね」
指が赤く腫れている突起を離れて腹を辿る。
「俺はこれからも生きていくんだけど」
おそらくはわざと。濡れ、ひくつく性器を避けて爪の軽い感触が黒い毛の流れを割り、更に奥へと向かう。
「こういう事、またあったら嫌だなと思う。でも、やれと言われたら何度でもやるんだろう」
「ふ、うっ、」
繋がった部分をくるりと撫で、粘膜を捲ろうとする。暗部の印の上にぎちりと爪が食い込んだ。
「イルカ先生には出来る?」
二人の間に指が潜ろうとしていた。犯されている事実を突き付けられるようで、イルカは唇を噛み締め両足を突っ張る。
「ねえ、出来る……?」
至近距離で目を合わせ、カカシが呟く。赤い瞳は取り込もうとするかのように見開かれていたが、右の目は穏やかな湖面のようにイルカを映していた。
「……」
カカシはにこりと笑った。会話にも行為にもそぐわない、子供のような顔だった。その顔のまま、カカシはぐっと指を突き入れ、既に一杯の狭い場所で指は荒々しく粘膜をこね回す。声も出せずにイルカはがくがくと痙攣した。
「ひ、うあ!」
「うん、分かった」
一気に指は引き抜かれた。一息だけを逃がした途端、膝が肩に付く程に折り畳まれる。
「良いとこ、覚えたよ」
膝立ちになり、屈み込んでカカシはまた笑う。もう駄目だ、と哀願する視線を軽くかわし、押し潰すように深く突き入れる。
「あっ! あああ、ひ、ああっ!」
朦朧と揺さぶられながら、それでもイルカは一点を集中して擦り上げらていると察していた。揺すられる毎に刺激は快感に近づき、今にも追い越していきそうだ。
「は、あ……あっ! も、そこ、は、」
「ここがイイんでしょ」
カカシの体から汗が降りかかってくる。二人分の息遣いが天井を湿らせて垂れ始めているようだった。今朝、自分を抱えた男の体は冷たかった。今、圧し掛かり溶けた金属のような塊を押し込んでくるこの男とは別人だったのか。見開かれる赤を見つめ返し、イルカの視界も赤みを帯びる。あの枯れ葉の赤、死体の赤、充血。
「い、ひあっ、ああ!」
「イイよね、イルカ先生」
ほらこんなに漏らしてる、と根元から性器を撫で上げられ、イルカはただ頭を振った。
「いや、だ、やめ、あ、あ、あ、」
こんな。こんな事は有り得ない。滅茶苦茶に頭を振りながらイルカは触る体に縋り付く。きつく縋っていなければどこかに行ってしまうに違いない、持っていかれる、もって、いかれる。
「ううう、は、あああ、ああああ!」
「すごく熱い……」
根元から強く性器を扱かれ、背筋を引き攣らせながらイルカは吐精した。
「あ、あああ、も、嫌、嫌、」
「もうちょっと、ね、もうちょっと……」
お菓子を強請る子供に似た声で、カカシは腰を打ち付け続けている。達したというのにまだ何かがくる、イルカは完全に怯えてカカシの肩に噛み付いた。
「そんな事したら、イ、」
ク、とカカシの動きが一瞬止まる。同時にイルカも行き過ぎた痙攣のように硬直した。何が通り過ぎたのか、分からなかった。しかし、確かに何かが。
またカカシが動いている、そう思いながらイルカは気を失った。
――……ルカ先生。
――…めんね。
まだ眠いんだ、そう呟いたが声になったかどうか。
ふっと意識を戻し、イルカは瞬きを繰り返した。
「……?」
呼ばれたような気がした。が、目に映ったのは見慣れた天井。ぼんやりとそれを眺め、両手で体を探る。服は着ておらず、肌はさらりと乾いている。
自宅だ。ゆっくりと体を起こす。口の中がからからに乾いて気持ちが悪い。ベッドから降り、額を押さえながら風呂場に向かった。
「……何も無かったみたいだ」
洗面台に両手を突いて鏡を見つめる。何度も肌を吸われたはずなのに、痕一つ無い。変化と言えば、やつれたように見える疲れた顔色だけだった。
「そういう事、か」
胸の中が泡立つ。怒り? 諦め? いや、落胆……
考えるな、そう自分に言い聞かせながら、イルカはバスルームのドアを開けた。
それ以降、カカシとの接触は完全に途絶えた。
「お疲れ様です」
報告書を受け取り、笑顔で見上げる。若いくのいちが優しげに笑い返して頭を下げた。
繰り返される日常、なんという事もなく日々は過ぎていく。今日は五代目が受付に座っているために仕事はより簡潔に進む。報告書に判を押し、五代目に手渡せば全て終了だ。イルカは労いの言葉をくのいちに告げると次の忍を促した。
「どうぞ」
手のひらで前に進むように示し、差し出される報告書を受け取り。
「……お疲れ様です」
一瞬の含みに気付いたのか、綱手の視線がイルカに向かい、そして前方に向けられた。気の抜けた様子の猫背の男と、淡い紅を纏った少女が並んでいる。
「戻りました、師匠!」
「お疲れさん」
明るいサクラの声に柔らかく綱手が答える。イルカも気を取り直し、薄紅の髪の少女を見た。
「サクラの働きはどうだった、カカシ」
待ちきれないようにイルカの手から報告書を奪い、目を通しながら綱手は言う。
「期待以上でしたよ。これからも任務に同行してもらえたらありがたいです」
簡潔に彼女を讃え、カカシはサクラの小さい肩に手を置いた。サクラは嬉しそうに笑ってカカシを見上げる。
「カカシ先生、褒め過ぎよ。怪我なんてほとんどしなかったじゃない」
「いや、本当だ。安心感が格段に違うよ。俺達には、万一の時というものが酷く頻繁に起こるからね」
「……そうだな。スリーマンセル以上の部隊には必ず医療忍者を配属する、それが理想なんだが」
語尾の濁しに現実が見える。しかし、これから変わるよ、と呟く綱手は笑顔だ。若い力が芽を出し、サクラ以外にも医療忍者を目指す者が現れ始めた里は、新しい活気に満ちている。木の葉は何度でも芽吹くのだ。イルカは三代目が残したものを思って頷いた。
「これからもおまえには、サクラの力試しに付き合ってもらうことになるだろう。よろしく頼んだよ」
「お願いします、カカシ先生!」
「了解しました」
柔らかな笑顔でカカシはサクラを見下ろし、綱手に会釈する。そして滑らせるように視線をイルカに向けた。それは、この場の流れにはあまりに不自然に思える程、平坦で温度の無いものだった。首筋に冷たい刃物を押し当てられたように感じ、イルカは僅かに体を揺らした。あれ以来、カカシと出会う機会は何度かあったが、この視線の他に触れるものは無い。
「俺と一緒の任務が増えれば、地獄を見る事もあるだろうね」
すい、と顔を窓に向け、カカシは溜息のように言う。
「サクラにはまだ見せたくはない。しかし、俺の教え子には俺が教えるべき、かな」
「カカシ先生……」
一瞬だが、深い沈黙が場を静める。綱手が口を開こうとした時、ぽん、と軽快な音が静けさを破った。
「確かに受領しました」
綱手の手から取り戻した報告書に判を押し、イルカは穏やかに言った。
「……それじゃ、解散。ゆっくり休んで」
軽くサクラの頭に手を置き、カカシは再び笑みを浮かべた。はい、と微笑みを返してサクラが踵を返そうとした時だった。
「カカシさん」
既に背を向けていた男がぴくりと肩を揺らす。
「知ってますか、俺達が虫だって事」
「……何ですか、いきなり」
のっそりと振り返ってカカシはイルカに向き直った。
「虫なんですよ、俺達は。枯れた井戸を這いずる虫」
任務終了の一覧表にペンを走らせながら、イルカはカカシの平坦な視線に耐える。言ってやりたかった。どうしても、カカシには教えてやりたかった。
戸惑うサクラが二人を見比べ、そして綱手に救いを求めて視線をさ迷わせている。
「ぱさぱさに乾いた土の上で、餌を探して這いずっているんです。見つかればそれに噛り付くけど、無ければ互いに殺しあう。それも出来なければ身食いする。その上、土は予告も無く湧き出す汚泥に濡れたりします」
無言でカカシはイルカを見下ろしている。イルカはやっとペンを離して顔を上げた。
「上を見れば、青空が見えるんですけどねえ……」
「ね、ねえ、何言ってるの、イルカ先生」
とうとう堪えきれなくなったサクラが受付机に手を置いた。同意を求めてカカシを見上げ、更に何かを言おうとして口を開ける。が、無言のまま、カカシが深く頷いたためにその口から音は出なかった。
「でもね、カカシさん。その空は、丸く切り取られたかけらに過ぎないんですよ」
柔らかな声色とは裏腹に、イルカは厳しい顔をしていた。
「そしてまた、俺達が這いずる土も、所詮は一個の井戸の底なんです」
「あんたが虫には見えないけど」
「虫ですよ、何も変わりゃしないです。枯れ井戸に住み着いている虫」
カカシは苦笑した。
「井戸、ねえ」
「そうです、ただの井戸です。どんなに深くても、単に地中の一角なんです」
「そう思えば楽になるんですか?」
若干の皮肉めいた発音でカカシは言った。イルカは微かに笑い、首を横に振る。
「だって、あなたが知らんぷりするから。ずっと気持ち悪かったんです」
カカシは目を瞬いた。イルカは仕方無い、という様子で肩を竦める。
「そう言えば、あなたの質問に答えていませんでした」
「何」
「俺に、あなたと同じ事が出来るかと、聞いたでしょう?」
「……」
「もちろん出来ますよ。俺だって虫だから」
どこか威張ったように言うイルカに、カカシが小さく噴出した。
「忍なんてそんなものです」
「アカデミー教師の言う台詞じゃないね」
「ここに生徒なんていませんから、いいんです」
「ああそう」
困惑顔のサクラの背を叩き、カカシは、行こうと言った。完全に向けられた背に、イルカは楽しげに声を投げる。
「カカシさん、今度は俺の家に来て下さい」
「知らないよ?」
イルカは、ふっと息のような笑みを零した
「大丈夫。俺は弱くも怖くもありませんから」
「言うね」
「ええ。餃子持って来ていいですよ」
カカシは降参したように両手を挙げ、そして扉を開ける。不審そうに眉を寄せたまま、サクラだけが振り返ってイルカと綱手に会釈した。それに手を振りながら綱手がにやにやと顔を緩め、受付所の扉が閉まると同時に言った。
「ああ怖い怖い、子供の前で」
「申し訳ありません」
イルカはからりと笑った。
「まあ、あれも仕方の無い男だからねえ」
「そうですよねえ」
「おまえに言われたかないだろうよ」
「全くです」
いけすかない、笑ったままそう呟く綱手の横で、イルカは次の忍に顔を向けた。
次は、赤い井戸の丸い底に住む、捻くれ者で優しい虫の話をしようと思いながら。
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