戻り得ぬ

 俺がまず行くべきはヴォルマルフの居る神殿騎士団の本拠だった。奴は案の定うすら寒い目で俺を見て顎をしゃくった。ヴォルマルフは真っ直ぐ騎士団団長の執務室に向かい、俺は黙ってその後を付いて行った。
 いつも悪巧みに使っている書斎兼仮眠室である小部屋に招かれ、ドアが閉じると同時に平手を食らった。俺は素直に転がり口先だけで謝罪を述べる。奴の踵がぎりぎりと鳩尾に食い込み、勝手な真似を、と唾が吐きかけられた。
 別になんてことないさ。どうせオヴェリアはドラクロワに助けを求めるしかない。敢えてゼイレキレの滝で手に入れなくとも、向こうから来てくれる。自分から求めて飛び込んで来るんだから、むしろその方がこちらが恩着せがましく優位に立てるってもんだ。もちろんそんなことヴォルマルフだって分っている。俺とヴォルマルフの物の考え方はそっくりだからな、それくらいお見通しだ。奴はただ、俺を這いつくばらせたいだけだ。俺と自分が似ているのが気に入らないのか、イズルードの代用にしたいのか、そんなところだろう。何度か蹴られている間にそんな事を考えた。
 髪を掴まれて顔を上げさせられる。そうしてまた俺を床に放り投げると奴は、悠々と俺を跨いで長椅子に腰を降ろした。来い、と言う。指が示している意味はよく知っているから俺は特に顔色を変えることもない。奴の足元に跪いて股座に顔を突っ込む。奴はいつもそれ以上は要求しないからすぐに済んだ。俺は唇を舐めながら立ち上がり、奴は緩んだベルトを締めながら、ドラクロワに会うために明朝出発すると言った。
 部屋を出て、俺が滞在できる部屋はどこだろう、と思いながら歩いているとイズルードとすれ違った。俺の行動はもちろん親父越しにこいつに筒抜けだ。胡乱な者を見る目で俺を見、目が合うとつい、と顔を反らした。その取り澄ました顔に息を吐きかけて、たった今飲んだものの臭いをかがせたいもんだなと俺は唇をまた舐める。
 いつものように誰かが俺の部屋を用意し、名前も知らない誰かが丁寧に部屋に案内した。悪くない部屋だ。窓のほとんどを隣の建物が塞ぎ、母屋から離れている。俺は笑いながら寝台に腰を降ろして防具を外しながら夢想に耽った。


 そうだな、もし俺がヴォルマルフのように顎で部下を動かせるようになったら、奴みたいに誰かを這いつくばらせてしゃぶらせるのもいいかもしれない。
 そうだな、金髪で、額が狭くて、前髪を下ろして後ろを長くしている者がいい。肌は白いほど気分がいいだろう。目の色は青ならそれで妥協だな。あんな水色は滅多に無いから。
 そうだな、年は若いほど適任だ。まだ見習いの腕の細い子供で、怯えた目で俺を見上げれば上出来だ。さんざ口でさせた後に慣らしもせずに捩りこんでやる。裂ければ血で具合が良くなるだろう。あの薬を手に入れてあるから何時間も喘がせよう。そう、口に布を詰め込んで、しかし詰め込み過ぎずに声が漏れるくらいにしとかないとな。両手を背中で縛って体中に爪を食い込ませて血の刺青を全身に入れてやろう。
 一晩中犯し尽くしたら、泣いている顔を殴って鼻を折り、肋骨を折って肺に刺して血泡を吹かせるんだ。ぴくりとも動かなくなったら、それで、やっと、優しくしてやれる。死んだ体を丁寧に清めてやって、抱いて眠ろう。どこにも属さない、利害も無くただそこにある肉体、俺だけのもの。


 叫びたかったな。いっそ殺してしまえば良かったかな。抱きしめれば以前と同じように冷たい肌をしていたんだろうか。相変わらず綺麗な顔をしていたな、俺を見てぼうっとしていたな、俺もぶっ飛びそうになったよ、おまえを引き倒してキスをしたかったよ。俺に許されるのは冷たい言葉を浴びせることだけなんて、可笑しな話だよな。
 なあ、俺を嘲笑ってくれないか。もうおまえの笑顔を忘れてしまったんだ。





 ドアがノックされた。俺は夢想から引き戻って顔を上げる。俺の返事で行儀良く、まだあどけない表情を浮かべた少年が入ってきた。

 お呼びですか、グリムス男爵の後を引き継がれて黒羊騎士団団長への就任が決まられたそうですね、お祝いを申し上げます、こんなにお若いのに団長になられるなんてすごいなあ、あ、失礼しました、……あの?







上出来だ。






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