思い出したくも無くまた忘れる事もできない、ジークデン砦。俺は時折あの砦を遠くから見に行く。あの大爆発ですっかり崩れ去ってはいるが、まだ大きな欠片は沢山残っている。それを見に行くのだ。明日への執着を自分に植え付けるために。
時折萎えてしまう。俺は今、自分でも思ってもみなかった方向に歩いている。もちろんこれしか進路は無く、この道は月並みだが棘の道だ。既に靴も破れ消え、裸足の裏は肉さえ削げて骨が見えているだろう。それでもこの道を行くのかと、俺は自問自答する。そしてジークデンを見れば心は決まる。
ティータは哀れだった。爆発の間際に腕に抱くとあいつはかすかに息をしていた。もう助からないとは悟っていたが、せめて最期を守ってやりたかった。あいつは馬鹿だ。火の粉が降り注ぎ、大粒の石が降る中で、最期の力を使って俺に魔法を掛けた。俺が戯れに教えたものだ。意識が遠くなる俺に、生きて、と呟いた。そのおかげで俺は燻る砦の残骸の中から立ち上がった。
気が付いた時には腕の中にティータは居なかった。俺は気がふれたようにティータの名前を呼びながら、北天騎士団の遺体を跨ぎ、踏みつけながら瓦礫の間をさ迷った。あいつの青いドレスの裾が、大きな壁の下からはみ出ていたのを見て吼えて、自分でもどうやったか覚えていないがとにかく石の下から掘り出した。酷かった。腕は片方しかなく、それも潰れてしまっていた。顔も体も黒く焼け焦げて髪さえ残っていなかった。全身が煤と埃と砂に汚れ、それを落としてもおそらく本来の肌の色など分らないだろう、そんな姿になっていた。焼ける時に苦しかったろうか、潰れる時に苦しかったろうか、そればかりが気になった。ああ、かわいそうに、かわいそうに、かわいそうにかわいそうにかわいそうにかわいそうにゆるしておくれ、俺は長くそう呟き、無残な遺体をその辺りの死体から剥がしたマントでくるんだ。そしてそっと抱き上げて歩き出すと、音も立てずに残った腕が瓦礫の上に落ちた。俺はそれを冷静に拾った。
日が傾き、夜が来て朝が来た。俺はずっと歩き続けた。ずっとティータと話していた。小さい頃の事、最近の事、父母の事、これから先の事。そしてようやく相応しい場所を見つけた。冬枯れているがおそらく草原で、ティータが好きだった黄色の花が咲く大きな木があった。俺はその根元にティータを下ろし、剣を使って穴を掘った。深く、掘った。モンスターが臭いを嗅ぎ付けないように。丸一日掛かって自分の背丈よりも深い穴を作った。その底に、道々摘んできた、モンスターの嫌いな香りのする草を敷き詰めてティータを横たえた。雪の中、一輪だけその木の根元に咲いていた名も知らぬ花をティータの上に置いて最後の別れをした。すっかり凍っているティータの頬だった場所にキスを贈り、誓った。必ず仇を討つと。それまでは会いに来ない、次に会う時は誓いを果たした時か俺が死んだ時だと。寂しいだろうががまんしてくれ、ここはきっと綺麗な場所で小鳥や兎も沢山訪れる、どうか堪えて待っていてくれと。
ティータを土に埋め、その跡を雪で隠し、俺は立ち上がった。そして真っ直ぐ神殿騎士団の本拠を目指した。はっきり言葉で理解していた訳ではない。おそらく漠然と考えていた事を確かめたかったのだろう。ラーグでもゴルターナでもなく、民を掌握できる立場の者は誰かという事を。領主はいつか変わるが信じる神は簡単に交替したりはしまい。財産も家族も力も全て無くした後に頼むのは神だ。俺自身がティータの黒焦げの体を抱きながら神に助けを呼んだのだから間違いは無い。無駄に神の名を呼びながら俺は悟っていたのだろう。そう、神は利用できると。
俺は全く運が良かった。事実上神殿騎士団の領地とも言える町の酒場でヴォルマルフの噂を聞いたのだ。とんでもなく強く、また団長という権力もあり、そして若い男が好きらしいと。そして最近の戦いで失った兵力を補うため、腕の良い戦士を求めていると。それは単なるデマに過ぎないとも思えたが、俺はその晩適当な相手と寝て有り金を巻き上げて逃げた。そいつで精々身奇麗に支度を整え、唯一誇れる剣の腕だけを頼りに騎士団の本拠を訪れた。
案外すんなりと試験を受けろと言われた。どうやら失った兵力は甚大だったようだ。何人かの騎士と戦って見せ、辛うじて勝ちが負けを上回った。
そして最後にヴォルマルフが現れた。俺と大して変わらない年齢に見える少年を連れていた。愛人かと鼻で笑いそうになったが、息子だという。俺はもちろん計算づくでヴォルマルフを挑発的に見つめてやった。もっと切れ、と床屋の親父には言われたが、長めに整えた髪が汗で首筋に張り付き、わざと襟元を開けすぎていたのも功を奏したのか奴は満足そうに頷いた。
あれはデマではなかった。ヴォルマルフは誰でも良い訳ではないが、確かに男が良いようだった。そんなものは俺を見る目を眺めれば分かる。元々の理由は、女房を誰ぞに殺されたせいで女の儚さに打ちひしがれた、というものだから、誰もが暗黙に奴のその性癖を許しているようだった。少なくとも神殿騎士団の中には手を出されている者は無く、奴は皆から尊敬されていた。俺を除く者全てに。
なぜ俺が奴を馬鹿にするかって? そんなのは簡単だ。あれは獣の目をしているからだ。
はは、見たことがあるから分るんだよ。同じだ、平素取り繕っている程に獣の本性は激しく目の奥に潜むもの。ヴォルマルフの目は、ベオルブを仕切っているあの獣によく似ている。
入団を許されて最初の夜にヴォルマルフは俺の部屋に来た。空きが無いとかなんとか理由を付けられ狭い一人部屋をあてがわれた時に、来る、と思った。案の定俺の目を見て奴も理解したらしい。もちろん俺は性的に認められて入団したつもりはない。しかし、横並びに幾人かが並べば、突っ込んでもかまわない、と目で言う者を迷わず選ぶだろうとは予想して小奇麗にして来てやったまでだ。
奴は全くしつこかった。何も言わずにベッドに押し倒され、ねっとりと撫で回されながら服を剥がされると全身を舐められた。本当に男の体が好きらしかった。そうでもなければ初対面に等しい相手の穴の中まで舐めはしないだろう。そんな事はされたことが無く、最初はただ気味悪かっただけだが、中をねぶられながら性器を弄ばれている内に異常に感じてしまった。何より、物足りない、と思わせる奇妙な間を奴は知っていた。ラムザがよく、待てない、早く入れて、と言っていたあの感覚を俺も味わった。
いき切らないのに精液は垂れ、俺が参ってそれなりに哀願などしたところで尻を高く上げさせるとゆっくり指を入れてきた。ヴォルマルフは独特の臭いのする潤滑油を振りまきながら長い時間大きな音を立てて俺の中を練り回した。奴はすぐに俺の性感を探り当て、執拗に擦り続けた。性器が当たって感じる事は何度も経験していたが、これほど明確に感じさせることを目的とした指に何度も射精させられたのは初めてだった。ひとしきり内部を煽られ、狂いそうな焦れを与えてから指は出ていった。奴に言われるまま、卑猥な言葉を口にし、べたべたになったシーツの上に腹這ってペニスをしゃぶった。しゃぶり尽くしてへとへとになったところに思い切り突き上げがきて俺は自分でもびっくりするくらいの声を上げた。たまらない快感に溺れている俺を更に追い詰めるため、奴は正確に俺の性感を擦り続け、俺が三度いってもまだ余裕で腰を使っていた。
不思議な事に、この最初の夜以降、ヴォルマルフは俺を滅多に抱かない。機嫌が悪い時や俺を苛めたい時に口を使わせることはよくある事だが、それ以上はほとんど無い。考えてみれば、奴はある面、紳士的だ、と言えるのかもしれない。ある種の楽しみの範疇で俺を焦らせはするが、痛がらせることは無く、また中途で終わることも無く、失神するまでよがらせて終える。そして相変わらず、他の団員には決して手を出さない。俺がそのつもりで入ってきたからそうしただけで、俺個人には大して興味が無く、腐っても団員である俺に獣の限りを尽くそうとは思わないのだろう。そう、奴は他の場所に牙を沈ませる肉を持っているに違いない。
俺は今、やっと第ニ段階まで辿り付いた。黒羊騎士団団長がそれだ。次は何を狙うかはもう決まっている。二匹の獅子。やつらを片付ければ教会の権威は民に満ちる。そしてあの、あまりに価値がある、利用されるために生まれてきた娘、オヴェリアを手に入れれば俺は頂点に立つことも可能だろう。あの時捨てたものを全て取り戻すのだ。この国を手に入れて俺のための国にする。ティータが暮らしてみたいと思うような国を作るのだ。それこそがティータの墓に飾れる唯一の花、たった一つの慰めになるだろう。二度と戻らぬものに未だ心が揺れる、俺の慰めにもなるだろう。
俺の心に刻まれ、まだはっきりと読める得難い恋人の名も、いつか俺が流し流させる血で洗われ去るのだ。
あの木の下で、ティータは待っている。俺が帰る日を待っている。その日のために、俺は今日も足の裏のかさぶたさえ引き剥がして血の足跡を嬉々として残していこう。
裏TOP