「今日は無理だよ。いや、そうじゃなくて」
パソコンの画面にマウスポイントを彷徨わせながら携帯電話に耳を当て、月は眉を顰めた。
「うん……。明後日なら」
いらいらとマウスを叩く。明日次第だが、おそらくは思った通りになるだろう。
「じゃあ、あの店で七時十五分に」
早口で言い切り、携帯電話を閉じる。思わず溜息が漏れて苦笑した。
「こっちの気も知らないで」
月が相手に選んだ中で、一人だけ、どうしても『守ってやらねばならない』男からの電話だった。『デート代』を請求するのも彼だけだ。今や彼は月にとっては足かせ以外のなにものでもないが、関係を切る事は出来ない。
ポップアップウインドウがデータ転送終了を告げた。デジタルカメラから接続コードを抜き、撮影順に開いていく。
「うわ」
数枚の画像の後、月は思わず身を引いた。椅子の背にもたれて息を吐く。自分がした事とはいえ正視出来ずにすぐそれを閉じた。何度か瞬きを繰り返してから次の画像を開く。
「……グロテスク」
感想はそれだけだ。しかしこの、指でこじ開けられた体孔と捲れた粘膜に大喜びする男達もいる。さっきの電話の男も最初の男も、月がどれだけ嫌だと暴れても開いて舐めた。
「僕には無理だ」
引きつった薄い腹筋に白濁を撒き散らす画像に顔を歪め、月は吐き捨てるように呟いた。
ノックをするとすぐに返事が返る。まるで昨日と同じだった。だが、失礼しますとドアを開けた瞬間、過剰な反応が返った。
「今日は鍵を掛けませんから」
月の声を聞いたと同時に竜崎は立ち上がっていた。派手な音と共に椅子が転がり、天井を向いたキャスターがからからと気の抜けた回転音を聞かせる。
「何も、しません」
両手を上げ、慎重に近付く。机に背中を張り付けるようにして竜崎は月を凝視している。
「昨日の話、考えていただけましたか」
問いはするが、否やを言わせるつもりはない。月はディスクケースを取り出して軽く振り、そしてすぐに鞄に戻した。
「夜神くん」
「僕の写真のデータは?」
竜崎の目の前に立ち、月は薄く笑った。竜崎は唇を強く引き結んでいる。まともに視線を合わせて手を伸ばし、今日もサイズの合わないトレーナーがだらしなくわかだまっている腰を掠めながら机に手のひらを置いた。
「先生」
至近距離に踏み込む。竜崎は僅かに仰け反り、視線を月に残したまま緩慢な動きで引き出しを開けた。彼が摘み上げたプラスチックケースに窓の端に覗いた夕日が反射した。
「先生のパソコンで、その中身を見せて下さい」
数秒の思案の後、竜崎はケースを開いた。机の右端に置かれた本体に手を伸ばし、イジェクトボタンに視線が逸れる。瞬間、月はその手を掴んだ。割れるような音でケースが机の上に投げ出されてディスクが飛び出し、参考書やプリント類が雪崩れ落ちて足元に散らばる。月は暴れる体に乗り上げながら上体を伏せさせると両手を掴み締めた。
「夜神くん!」
「黙って」
腰から背中へと体重を掛け、ディスプレイの下に伸びている何かのコードを引き寄せると両手首をきつく纏める。
「……離しなさい」
押し殺した声には答えず、月は放り出されたディスクを挿入した。が、ディスプレイは砂嵐状のスクリーンセイバーのままだった。マウスを動かしても変化はない。
「ロックを解除して下さい」
竜崎は何も言わない。彼の呼吸が僅かに速くなっているのを胸で感じながら、月は一層荒れた机の上を見回した。小さな認識装置が崩れた参考書の間に挟まっている。
「指紋、ですね。どの指ですか」
月から顔を背け、竜崎は耐える様子だった。が、かたり、とプラスチックケースの上で左手の人差し指が動いた。左手だけを解放して認識装置に指を押しつける。ディスプレイは霧が晴れるようにデスクトップを表示し、その中央に小さなウインドウが現れた。
「厳重ですね……。入力して下さい」
もう抵抗は無かった。不自由そうに指がキーボードに伸び、パスワードを打ち込む。それが済むと月は再び竜崎の両手を元通りに拘束した。
「夜神くん」
抗議の声は妙に無機質だった。月はディスクの中身を確認し、続いてパソコン内部の検索を始める。
「画像はこれだけか……。拡張子を変えているんですか、それとも他のメディアに保存しているんですか?」
「ありません」
ディスプレイを凝視しながらきっぱりと言い切る竜崎に、月は目を見開いた。
「無い?」
「夜神くんが探しているものは、そのディスクの中にあるだけです」
取り出され、机の上に放置されているディスクに竜崎は視線を向けた。
「これだけ? 本当に?」
「本当です」
吐き捨てるような語尾だった。竜崎はディスプレイに視線を戻してきつく唇を結んだ。
「そう」
そう、ともう一度繰り返し、月は竜崎の左肩に顎を乗せた。
「分かりました」
「分かったなら離して下さい」
「いいですよ」
しかし、喉の奥で小さく笑うと両手で思い切りコードを締め上げた。ぎゅっと竜崎の体に力が籠もり、ぎこちない動きで彼は振り返って月と視線を合わせた。滑稽な程に、凄まじい凝視だった。
「離して、下さい」
月は僅かに顔を上げた。一つ大きく体を震わせ、竜崎は唇を噛む。
「……止めなさい」
耳朶を柔く噛んでいる月を睨み付け、竜崎は体を捩る。が、背後から体重を掛けられ、胸を押しつぶされるようにして机の上に伏せた。
「夜神くん!」
音を立てながら耳の付け根に舌が這う。ゆっくりとそれは下りていき、やがて肩口で止まった。
「どこに隠してあるんですか? 自宅ですか」
「どこにも、ありません」
はは、と月は声を上げて笑った。
「ありません、これだけです!」
体の下で、ぱちん、とプラスチックケースを指で弾いて竜崎は苛立った声を出した。
「他には何も、」
「ははは! 分かった、分かったよ先生」
月は視線を竜崎に向けたまま、襟を伸ばして肩に噛み付いた。そのまま吸い付いて窺えば、竜崎もまた激しい怒りの視線を返してくる。彼が震えているのは激怒のためなのだろう。月は目を細めた。
「分かった。じゃあ僕もだ」
胸で背を押さえ付けながら、空いた手で鞄を手探る。ディスクを取り出して竜崎の目の前に置き、殊更にゆっくりとケースを開いてトレイに乗せた。
「昨日の写真はこれだけです」
後頭部の髪を掴み締めてディスプレイに顔を向けさせ、撒き散らすように画像を開いていく。画像が重なる度に、竜崎の左目の下辺りが痙攣するのを眺める。
「他には無いよ、先生」
うなじを舐め上げると竜崎は肩を揺すって月を振りほどこうとしたが、その動作には力が無かった。
「デジカメのSDカードはフォーマットしたし、僕のパソコンのハードディスクにも保存していない。ディスクやUSBメモリーにバックアップを取ってもいないし、ましてや」
輪郭がぼやけた竜崎の性器が大写しになる。その背後の顔は、今目の前にある顔と同じく奇妙なほど青白い。
「この写真を使ってホームページを作ったり、そのアドレスを予備校生の保護者やここの講師に一斉配信できるように準備したりなんて、してないよ」
薄く、竜崎の唇が開く。言葉は出ない。
「する訳がない。そうだろう、先生?」
耳元でそう月が呟いた時、ドアがノックされた。素早く竜崎から離れ、月は自分の画像データが入ったディスクを取り上げてプラスチックケースに収める。ばん、と大きな音を立てて竜崎は電源ボタンを叩いた。
「失礼します、竜崎先生……、あら夜神くん」
竜崎と同じく英語担当の女性講師が姿を見せた。まだ手首にコードを絡めたまま、竜崎は光を失ったディスプレイを屈んだ姿勢で睨み付けている。
「こんにちは」
「あなたも個人指導? 手を抜かないのね」
「ええ、長文読解の速度を上げたいんです。二度見直せるだけの時間を残すのが理想なので」
「言うわねえ、さすが全国トップ、というところかしら」
がんばってね、と笑顔を見せる女性に会釈をし、月は竜崎を振り返った。彼は何事も無かった様子でコンピューターの電源を入れ直している。
「ありがとうございました、竜崎先生。このプログラムでがんばってみます」
ディスクを掲げる月を、竜崎は振り返らなかった。あら、フリーズしましたねと、女の声が聞こえ、ウイルスですと竜崎は呟いた。
午後早くに授業は終わった。通常行う雑務を省略して家に戻り、竜崎はリビングの真ん中に突っ立っていた。
義務と責任。行使すべき手段と果たすべき事柄。
長く考えていた。明るかった部屋は、夕闇が迫って僅かに青く変じている。
疲れた。
その場にしゃがみ、膝を抱える。三十七インチの液晶テレビに、延々と海外のブロードキャストが映っている。
チャイムが鳴った。
何度か訪問票が郵便受けに入っていたから受信料だろう。権利と義務とライフライン、そういったものを少し考えてから後ろポケットから財布を引きずり出し、二度目のチャイムと共に竜崎は立ち上がった。
モニター付のインターホンを確認しなかった。
アームロックを外し、不意に異様な胸騒ぎを覚えた時には鍵を開けていた。
竜崎がノブを回す前にドアは開き、革靴が乱暴にドアの隙間に押し込まれる。次に入って来た腕が、鍵に掛かったままの竜崎の左手をきつく捕らえた。
「やが、」
そこまでで言葉は消え、素早くドアを抜けた月がアームロックと鍵を掛けた。
「無用心ですね」
固まったように動きを止める竜崎を見ながら掴んだ腕を引く。が、急に力を抜いた体に引きずられて床に膝を打ちつけた。その斜めになった視界に蹴りが飛び込み避けきれずに肩に受け、シューズボックスの扉を外しながら月は転がった。共に倒れ込んだ姿勢から更に蹴りが出る。それを外れた扉を掴んで辛うじて避けると竜崎は這った姿勢から獣のように玄関扉に飛び付き、その腰に月は全身でぶつかった。重い金属音に続いて二人は掻き毟るように互いを掴み合いながら倒れた。
「驚いたな……」
深い呼吸を繰り返し、月は呟いた。ドアと床とに打ち付けた頭を抱え、強く目を瞑っている竜崎を見下ろす。
「……止めなさい」
低い唸りを無視し、緊張と拒否を伝えてくる堅い手首を掴み直す。未だ諦めるつもりは無いらしい膝を避けて頭側に移動し、俯せに転がしてリビングに向かって引いた。
「離しなさい」
怒りを込めた呟きが伏せた顔から漏れるが、膝と爪先を突っ張っての抵抗はフローリングがあっさりと滑らせる。
前方のドアは開け放されていた。荷物のように竜崎を引き摺りながら、月は暗いリビングに入った。六枚続きの履き出し窓の長い連なりがカーテンで覆われ、ほんの数十センチ開いた部分から差し込んだ夕日がフローリングの端を赤く照らしている。
そこは、現実感に乏しい部屋だった。やたらと広く見えるリビングの中央には大型の液晶テレビがぽつんと置かれ、対面のソファの前、低い机のガラス天板の上に最新型のパソコンが乗っている。
「離しなさい、夜神くん」
「データをくれたら」
無感情に月は答え、床に足を突っ張り抵抗を再開した竜崎を強く揺さぶった。痩せた体は最後の力とばかりに暴れる。
「データはありません!」
引き摺り上げて羽交い絞めにすれば歯が腕に食い込む。
「つ……」
「離しなさい!」
何箇所も連続して噛みながら竜崎は膝を振り上げる。離れようにも逆に竜崎が腕に爪を立て、とうとう一打が打ち込まれた。が、月は持ち堪えようとはせず、足がぐらつくままに床に身を投げ出した。鈍い音にうめきが重なり、二人分の体重を胸に受けた竜崎は動かなくなった。
もう、問答は必要無かった。月は荒い息をそのままに力任せに竜崎の腕を引く。パソコンの前に放り投げ、背中に座ると電源を入れた。予備校のものとは違ってすんなりと起動した画面に小さな窓が浮かぶ。
「パスワードは」
肩を揺する。
「パスワードは!」
髪を掴んで額を床にぶつける。
「答えろ、竜崎!」
聞き取りにくい掠れた声で八文字が告げられた。即座に打ち込み、画像を探す。
「どこだ、ディスクか」
「……始めから無いと言って、」
「嘘を吐くな!」
顔の真横のフローリングに拳を叩き付ける。竜崎は瞬きもせずにそれを見ていた。
「一体何を探しているんですか」
疲れきった音で竜崎は言う。
「おまえが隠しているものだ」
「無い、と言っているでしょう」
「信じるとでも思っているのか?」
肩越しにきつく睨む目を見下ろし、月は黒い髪を掴み締め限界まで喉を反らさせた。
「では、聞き、ますが」
身を起こし、上体を捻りながら竜崎は月の手首に爪を掛ける。
「夜神、くんは、あの写真、趣味で撮りました、か」
「僕の質問に答えろ」
「自分の楽しみ、のために、ハメ撮りしたん、ですか」
「ふざけるな!」
捨てるように竜崎の頭を手放して月は吼えた。
「あんなもの……ただ気持ちが悪いだけだ!」
「私もです」
呼吸を乱し、胸を抑えながら竜崎は首を捻じって月を見上げた。
「裕福な家庭で育ち運動能力が高く容姿にも恵まれた上に最高レベルの知能指数を持つ高校生がつまらなさそうな顔で売春をしている現場」
一息で言い、竜崎は鼻の付け根に深く皺を寄せた。
「そんなものは醜悪過ぎて正視に耐えません。記録ディスクに流し込んでお仕舞いです。あんなデータなど持っていたくありません」
必要以上の凝視に月は歯を噛み締めた。
「醜悪、か」
片方の頬を歪めて唇を引く。
「その通りだ、竜崎」
放しなさい、と体を捩る竜崎の両肩を押さえ付ける。
「何とでも言え、どうでもいい」
また大きく竜崎は体を捩りながら勢い良く首を逸らし、後頭部が月の顎を掠める。
「僕は退屈しているんだ」
折れてもかまわない、と伝えるように腕を捻じり上げて背中に固定する。
「退屈なんだよ、先生」
低くうめく竜崎の足の間に太腿を割り込ませた。
「余計な事をした責任、取れよ」
腿を強く擦り付ける。性器を押し潰すように何度も行き来させながら、片腕を胸へと差し入れた。
「お互い処理出来るんだ、いいだろう?」
「止めなさい!」
声を消すように月はトレーナーをまくり上げた。首だけを抜き、引きちぎるように伸ばして背中の上で両手を縛る。暴れる頭をフローリングに押し付け、ジーンズのファスナーを下ろす。吊り上げるように腰を持ち上げ下肢を露出させたところで、竜崎は全力で反転して同時に蹴りを出した。それを敢えて頬で受け止め足首を捕まえ膝を折り曲げると、月は素早く自分のベルトを外した。激怒をそのまま括り付けるように、力の限りに腿とふくらはぎをまとめて縛る。
「夜神!」
起き上がろうとしながら竜崎は吼えた。突き飛ばし、覆い被さりながら月は残った左足を膝で踏む。
「今日は中で出すよ」
唇だけで笑い、感情の無い目で月は竜崎を見下ろした。
「証拠を残してやるよ。それで僕を訴えればいい」
胸を押さえ付け、性器に指を絡める。思い切り扱き上げると竜崎は跳ねる様に身を起こして月の腕に噛み付いた。
「僕への心配は無用だ」
ぎりぎりと歯が食い込む。それにちらりと目をやり、月は笑みを深くした。
「竜崎先生が好き好きで、仕方なかったんです」
見開いた竜崎の目を見返す。
「憧れていたんです……。上手く説明出来ないけど、他の人とは次元が違う感じがした。強烈に惹かれてしまったんです。先生も分かっていたと思います。講義の間もずっと見つめていたし、理由を付けては控え室に行ったりしていたから……」
顔を歪め、しかし歯に力を込めながら竜崎は月を睨み続ける。
「隠していることが出来なくなって……キスしたら先生、嫌がらなかった。それでもうどうしようもなくなって、僕は先生を……」
月は性器から手を離してポケットに指を入れた。潤滑剤のラミネートパックを出して竜崎の目の前で振ると、ぶつり、と小さな音がして犬歯が皮膚を破った。
「僕を抱きしめてくれたから、許してくれていたんだと思ってた。でもやっぱり先生、怒っていたんですね……。当たり前ですよね、男同士なんだ。僕が悪いんです、先生に嫌われてこんな事になって……全部僕が悪い、刑務所に入れて下さい、いいんです、父に大変な恥をかかせてもう僕には帰る家も無い。生きているのももう嫌だ……」
喉の奥で笑いながら歯で袋を破って手のひらを濡らす。躊躇なく二本の指を後腔に当てた。強い抵抗を裂ける程の力で封じながら回すように捻じり入れると、竜崎の口に一瞬強烈に力が篭って月は眉を寄せた。血と涎が混じり合いながら竜崎の喉に垂れていく。
潤滑剤をなすりつけると乱暴に指を抜き、噛まれている腕を逆に押し付ける。僅かの間力は拮抗したが、食えとばかりにぎりぎりと押し込められる内に竜崎は徐々に床に倒れていった。その目を見据えて月はゆっくりと言う。
「よく考えろ、竜崎」
ばたつく足を広げて力ずくで体を畳み、ほとんど真上を向いた場所にペニスを押し付ける。
「どう転んでも僕が有利だ」
きつい肉を割る。歯から力が抜けていく。
「未成年って言葉、知ってるだろう?」
腕を取り戻しながら何度か揺する。やがて月の下で小さな痙攣が連続した。
「おまえはそうやって感じていればいいんだ」
血塗れた腕で腰を掴み、耳元で囁いた。諦めたように竜崎は脱力した。
征服を告げるためだけの短い交わりだった。
月が体を分けても竜崎は凍ったように動かなかった。青い光を床に零す無味乾燥なテレビ画面に顔を向け、声一つ無い。
力で捻じ伏せ犯したという事実を突きつけるため、月はしばらくの間動かない体を抱いて床に転がっていた。実際は、何ヶ所もの打撲痕と血が流れるまで噛まれた腕の痛みのためだったが。
暗く翳った部屋には初夏の湿気が篭り、酷く暑かった。竜崎を手放し、月は仰向けになった。あれ程の抵抗を続けた竜崎は、もはや息をしているのかさえ定かでない程に静まっている。海を映し出している画面に照らされた青白い体は背骨の形がくっきりと分かる程に痩せており、緩くS字にカーブした骨に奇妙な哀れさを覚えて月は慌てて起き上がった。射精と共に何かが抜け落ちたのか。
許す訳にはいかない。この男は絶対に隠している。
「また来る」
手早く身支度を終えて月はリビングを後にした。が、顔を顰めて上がり縁を見下ろす。
自分の靴が無い。ずっと履いていたのだ。その違和感にも気づかない程、激昂していた。
「僕が、有利だ」
言い聞かせるように呟き、亀裂の入ったシューズボックスの扉を跨いでドアを開けた。上質のタイルが敷き詰められた廊下を歩き、エレベーターのボタンを押す。小さなベルの音だけを聞かせ、ほとんど無音で箱が下りて来た。
「……くそ」
エレベーターの側面に張られた鏡の中に、頬を腫らし腕から血を流した顔色の悪い青年がいた。
疲れきり、汗で前髪を額に貼り付けた青年を、月はじっと睨み続けた。
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