計画的コムスメ

「おっさんおっさんおっさん!」
 むっとしてアーロンは振り返った。一人で技の確認をしようと森に入ったアーロンの後をつけてきたらしい。跳ねるようにしっぽ頭のリュックが駆けて来て、アーロンの袖を抜いた右腕に飛びついた。
「一回呼べば分かる」
「えー、じゃー、おっさんなんだ! マジで!」
「その通りだ」
 否定などするものか。目の下の少女はまだ十五、育てた友人の息子よりも幼い。そう、幼いんだ。こうやって腕に引っ付いてどこにでも付いて来るこの小娘は。
「おっさん、暇? あそぼーよん」
「ガードに暇など無い。遊ぶくらいなら、黒魔術の修練でもすればいい。ルールーに憧れているのだろう」
 腕を振って引き離そうとするが、密着してぶらぶらする。軽い。
「うーん、あたしがルールーみたいになれるのってずっと先だと思うのねー。だからもちょっと後で練習しても遅くないと思うのー」
「……ルールーみたいって、なんだ」
「爆弾おっぱい!」
「ば……」
 馬鹿だ……馬鹿だ……アーロン、ダメージ二千。
「やっぱー、あのキメポーズって、爆弾おっぱいでないとキマらないと思うのー。だからねー、もっと大人になってからねー」
「今必要なことは今やれ!」
 アーロンの大きな声がびりびり辺りの木に反響した。リュックはしゅっとアーロンの腕から離れて木の後ろに隠れた。素早い。この素早さは評価に値する。いや、そんなことはどうでもいい。
 アーロンは振り返らずに更に奥に入って行く。これでもう、ついては来ないだろう。

「おっさんおっさんおっさん!」
 一呼吸しか持たなかった……。
「一度呼べば分かると言っただろうが!」
「なんでそんなにフケてんの? 三十五でしょー?」
「なんでおまえは俺にかまうんだ」
「名前が言い易いから! ン、で終わる名前ってアルベドなまりが出ないから気持ちいいんだー」
「おまえが何時、俺の名前を呼ぶというんだ」
「えへえー、それはそれでしょー」
 分からん。さっぱり分からん。これが、ティーダの言う、じぇねれーしょんぎゃっぷ、というやつか!?
「なんか練習すんの? 見てていー?」
「……見るくらいなら構わん」
「やりぃ!」
 ぴょん、と跳ねて寄って来て、また腕にぶら下がる。歩きながら腰の徳利の蓋を開けて中身を確認したり、手を伸ばしてアーロンのサングラスを取ろうとする。
 こういう事にはアーロンは慣れている。いや、むしろなつかしい、と言うべきだろう。ティーダが、十二才くらいまで頻繁にしていた事だから。そう、十二才くらいまでは、な!
「リュック」
「はあーい」
「おまえはもう少し、落ち着いた方が良い」
「なあんでー?」
「聞くところによると、アルベド族の女の大半はかなり若い年齢で嫁に行くらしいな」
「そだよ」
「ではおまえもそろそろ適齢期だ。落ち着け」
「なあんでー?」
 なあぜえ分からないんだあーーーー!!!!
「あははー、おっさん青筋ー」
「……元々こういう顔だ!」
 アーロンはもう、何も言うまいと唇をしっかり結んだ。リュックは一人でもにぎやかしくしゃべり続けていた。

 目的の場所に着いた。宿に向かう道すがらに見つけた泉の側の広くなった場所だ。多少の衝撃は泉が受け止める。アーロンはリュックに離れているように言うと、順に型を組む。剣を振れば空気が逆巻き、衝撃波が生まれる。泉に向かって伸びる透明な波は、日に透ける飛沫を散らした。

「綺麗だねー」
 真横で声がして、ぎょっと目線を降ろす。にこにこと笑ってリュックは泉の飛沫を見ている。
「離れていろと言っただろう!」
「だーいじょぶ、あたし目がいーし、動き早いしー、軽いもん。おっさんと違って」
 ぐ、とアーロンは次の句を飲み殺す。確かに最近酒太りというか、なんというか、緩んではきた。きたが、これは実体であって実体でなく、本来これほどフケル予定ではなかったが、ええい、いっそここまでやってしまえば少なくともヤラれはしないと、ちょっと行き過ぎた感があるが満足しているバディである。
 そうだ、俺は正しい!
「おっさん、ちょっと痩せたら? そしたらあの、ぶーん、ていう、ハチのバケモン、退治できるよーになるよん」
 地雷。
 アーロンは無言でリュックの耳を摘んだ。不敵な笑い。吊り上げる。
「いたいたいたいたいたあ!」
「俺、は、これで、いい、んだ!」
 最大ボリュームで耳の中に叩き込む。リュックは耳を抑えてしゃがみこんだ。
「音がー、イタイよーん」
「懲りろ!」
「うあん」
「……」
「ひいん」
「……」
「ええん」
「……」
「うっく」
「……大丈夫か?」
「だめん」
「どうしたらいい」
「ちゅー」
 膝が崩れてアーロンは剣を掴んだままぐったりと地面に座った。
「ちゅーしよ、おっさん」
「寄るな!」
 リュックはちょろちょろとアーロンを回って、定位置の右腕に取り付いた。いや、取り憑いた。
「捕まえたのー」
「……」
「ね?」
「……勘弁してくれ」
「だあめ」
「……」
 目を瞑って顎を上げてくるリュックを仕方なしに見る。見た途端に目がぱっちり開いた。アーロンはアルベドの目が好きだった。はっきりと澄んでいて美しい。正直言って見とれてしまった。ので、向こうから来た。あまりに情熱的だったのでアーロンはなす術もなく、引っくり返った。リュックはアーロンの胸に乗っかって唇を奪っている。そう、奪っているのはリュックの方。満足するまで舌を吸って、にっこり笑って顔を上げた。

「ね、おっさん、しよ?」
 年齢にそぐわぬ技巧にちょっと頭がぼおっとするが、ここは男の意地である。アーロンは重々しく言った。
「せんわ!」
「するする、するって、絶対」
「しないっちゅーとろーが!」
「中年はぁーそういうところがねーイイのよねー」
「……おまえは何者だー!」
 既に赤い上着は剥がされている。さすが、アビリティ<盗む>。いや、感心している場合ではない。とりあえず小悪魔を押し退けて上体を起こす。もちろんリュックはそれを待っていた。
「はーい、ばんざーい」
 なぜか素直にばんざいするアーロン。帷子まで脱がされた。恐るべし、アビリティ。
「うふっ」
 リュックは嬉しそうにアーロンと向き合って抱きついた。背中にきゅ、と足が回る。本当に嬉しそうだったので、仕方無しにアーロンは腰の辺りを持って腹の上に座らせた。
「おっさんー。しよーしよーしよーう」
「……一度だけだと言ったろう」
「もー四回もしてんじゃん」
「う」
 事実である。思い出したくなくても忘れてしまう事実である。いや違う。忘れようとしても、いやいや、こんなことはどうでもいい。
「しよ?」
「だめだ。もうだめだ」
「四回も五回も同じだよん」
「違う……違うんだ……リュック……」
「ねーねー」
「なんで俺がいいんだ!」
「なんかー、イイんだよねー」
「具体的に述べろ!」
「うふん、アイシテルの」
 脱力。
 がっくり首を落としたアーロンの手をするりと抜けて、リュックはいそいそと腰の徳利を外し、ベルトを外し、えいっ、とズボンをずらす。
「えへえ、結構元気じゃん。よかったあ」
 言うが早いか、リュックはソコに屈みこむとぺろり、と舐めた。
「ヤっちゃうよン? イイの? おっさん、十五のコムスメにヤラレちゃうよン?」
「……分かった! ヤレばいいんだろう、ヤレば!」

 この繰り返しである。最初の誘い文句から「しよしよしよ、しよーってばン!」だった時に、気付くべきだったのだ。それは、「ヤろうぜ、ヤるよな、つーかヤル。」と同じ性質のものだったということを。

 こういう性格に弱いんだよなあ、俺は。
 そんなことを考えながら、小娘主導で過ぎていく午後であった。






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