目の前に黄色い花が揺れている。一斉に左に傾いたかと思えば、次には右になびいて乾いた音で擦れ合う。
視界は一面の花だった。小花が群れたような形の黄色い花だけではなく、白や赤の大きな花弁、細かい葉の間に紫の花をずっしりと咲かせて俯いた草が、見渡す限りに揺れている。
これはきれいだ。見たことがないくらいに。そう思い、男は一つの結論に達した。
「俺は……死んだのか……」
「やかましい、さっさと起きろ!」
ぐいっとバンダナを掴まれて首から起こされ、ジェクトは何度か瞬きした。頭を上げると、果てしなく思われた花の草原は、ちょっとした空き地に群れた緑でしかないと分かった。
「あーなんだ……ここ、どこだ」
「ジョゼ街道だ」
「そーだっけ……」
「起きたかい、ジェクト」
こざっぱりとした様子のブラスカが、汚れた服らしきものを手に持ってジェクトの脇に立った。
「後は私が見ているから。着替えてきなさい」
はい、と大人しく頷いてアーロンは何かの包みを持ってジェクトの視界から消えた。
「うう……頭いてえ……どーなったよ、あれから」
頭を振りながら思い出そうとするが、倒れて引きずられたところからは思い出せない。
「君が倒れてからは、幸いにも魔物が出ないまま朝になった。少し歩くと旅人が集まって野宿をしていてね。話を聞くと、ところどころに安全な場所があるらしい。私達はそういう場所を見事に外して歩いてきたようだ」
「なんだよそれ……」
やってらんねえ、とこぼしながらジェクトはしょぼつく目をブラスカに向けた。随分と普通の格好をしている。地味な薄緑色のズボンと白の長袖シャツで、スピラを旅し始めて以来あちこちでよく見かけるデザインだ。ごく一般的な民衆の装いに髪を括ったブラスカは年齢よりも若く、大それた目的などとは無縁のただの青年に見えた。
「どうしたよおまえ、そのカッコは」
「ああ、野宿していた人達の中に商人がいてね。普段はしないらしいが、私達があんまり酷い様子だから直接魔物の証を買ってくれたんだ。二、三、珍しいのがあったらしくて、結構良い値になったよ。そのギルで彼から着替えとポーションを買って今に至る、という訳だ」
近くに川があるから体を洗って着替えたらいい、とブラスカは小さな紙包みをジェクトに渡した。中を見ると、赤いブリッツパンツが入っている。まあまあの品質だなと思いながら広げるとブラスカはなぜか苦笑する。
「赤が好きだろうと思ってそれにしたんだ。ちょっと子供っぽいけど我慢してくれ」
「気がきくじゃねえか。俺様のラッキーカラーは赤だからな、色さえ都合つけばいいんだけどよ。子供っぽいってなんだ? フツーに見え……」
「うん、そうなんだ」
「なんだァこりゃあああ!」
尻の真ん中に、可愛らしい動物の顔がしっかりと縫いつけてある。
「魔物から逃げる時に荷物に爪をかけられて破れてしまったらしい。売り物にならないからタダでくれるって言うからもらったら、側で見ていた奥さんが手持ちの布で繕ってくれたんだ。本当に親切な人達だった」
「親切、親切なのかこれはああああ!」
「当たり前だよ。感謝しないといけない」
「俺はこんなもの着ないからな!」
「そうか。私は構わないよ。ジェクトの自主性に任せる」
ああこのまま行ってやると立ち上がると、ジェクトはぼろ布一枚を腰に括られただけの姿だった。
「だあああああ! てめえどこやった俺様のブリッツパンツ!」
「いろんなモノでぐっちゃぐっちゃだったから、捨ててしまったよ」
さわやかに笑むブラスカに、さあ着替えるだろう着替えるよねと川へと追い立てられるジェクトの脳裏には、親切な婦人に「くまちゃんでお願いします」とにこやかにリクエストするブラスカの姿がスフィア以上の鮮明さで浮かんでいるのだった。
FF10 100のお題