「まいった!」
ブラスカが振り返ると、真剣な表情のジェクトが前傾姿勢になっている。全身を汗で濡らし、頭に巻いていたバンダナはとうに滑り落ちて首にひっかかっていた。
「いやマジで!」
「そうか」
「いやそうかじゃなくて!」
「黙っていろ」
肩で息をしているアーロンが地を掘るほどの低音で言う。片袖を抜いた赤い上着は得体のしれない液体に汚れてほとんどが緑色になっている。
「やばいって、ぜってーヤバいって!」
「それがどうした」
前方を睨んだまま呪いの言葉のような響きでアーロンは答え、折れた頭防具の飾りを手に持ったブラスカは、後ろ向きに歩きながらそれでジェクトの頬をびたびたと叩き、朗らかに笑った。
「がんばれ、ジェクト!」
「もう無理許して下さい元坊主様!」
背中に背負った剣の重さにすら耐えきれないように、ジェクトは背中を丸めたまま右足を引きずる。大型のトカゲに噛まれた傷は、痺れてもう痛みも感じない。
「あと少しで夜明けだよ」
ブラスカの召喚衣の左袖はそのトカゲに持って行かれ、肩が剥き出しになっている。
「そら来た。きっとアレが最後だ」
藪の中でぎらぎらと光る目が揺れている。飛び掛かるタイミングを計っているようだ。猫科の低い唸り声を聞きながら、アーロンが重そうに剣を抜きつつ、右にたたらを踏む。
「ちっくしょー!」
「それは私の台詞だね」
にこにこと頭防具の飾りを懐に押し込み、ブラスカは両手を上げた。
一文無し同然の三人は、魔物が多いと評判のジョゼ街道で野宿をすることとなった。しかし、火を焚けば虫形の魔物が飛来し火を消せば獣系の魔物が襲来し、止まれば噛まれ走れば追いかけられ、結局眠ることなど全く出来ずに戦いながら街道を行くしかなくなった。
まもなく陽が昇る時間、薄青い闇の中に剣と獣の歯が噛み合って白い火花が散る。それを消し去るように炎が舞い、最後に重い刃が振り下ろされて魔物の断末魔が響いた。
「や、やった……」
ジェクトは振り下ろした剣に引っ張られ、分解した魔物が散らした幻光虫にまみれながら土の上に倒れ伏した。
「なんだかジェクトが逝ってしまうようだねえ」
「美しい光景です」
「死して光となり旅立つ。それが世界の摂理か……」
「こ、殺すな……まだ死んでねえ……」
きらきらと昇っていく光を見ながら、ブラスカは頭防具を外す。もう、引っかかっているだけでほとんど役に立っていない。絞れるほど汗を吸った髪を束ねて無理矢理防具の中に押し込み、ぎゅっと被り直した。アーロンが自分の腰紐を外し、頭の上から顎へと渡して固定してやる。
「さあ行こう。倒れていても歩いていても襲われるなら、進む方が潔い」
「あ、あと五分……」
「アーロン、すまないが、」
「かしこまりました」
ブラスカに最後まで言わせず、アーロンはジェクトの片足をむんずと掴むと引きずって歩き出した。
「いてーよーおかーちゃーんおうちに帰るー」
抵抗も出来ずに弱々しく呟くジェクトの後ろから、待ちわびた朝の光が滑るように近付いてきていた。
FF10 100のお題