最初は単なる愛人だったが、次第に子のように可愛がられ育てられた。その『叔父き』がティーダに頼みごとをしたとなれば、気にならないはずがない。
左肩が普段の何倍も重いように感じられ、アーロンは目を顰めた。
ティーダとは何者だ、そう言い出したのは、アーロンと同じ幹部のキノックだった。ある『新人』が、『叔父き』から仕事を直接依頼され、過不足無くやり遂げたらしい、ある日の幹部定例会で持ち出された議題、その『新人』の名を聞いて最も驚いたのはアーロンだった。
当面は知らぬ顔をするつもりだが、いつまでもそれは通用しないだろう。いずれは自分がいわゆるパトロンとなり、ティーダの後見とならねばならない。そうすればティーダもホルスターの重みを持ち歩くことになる。
――ある意味、予定調和か。
アーロンは鏡に映る己を睨みつける。ティーダの実父はかつて、この界隈では名を知らぬ者がいない程の有名人だった。暴れ回る程に人から好かれるような、この世界に入るために生まれてきたような男だった。そして、その男に返したくとも返せない恩義がアーロンにはある。
アーロンが二人の血縁を知ったのは最近、もちろん件の『叔父き』経由だ。今のところこの事実を知っている者は彼ら二人だけで、ティーダ本人ですらまだはっきりとは理解していない。だが、本格的にティーダが活動を始めれば早い段階で広く知れ渡るだろう。『叔父き』は父親の名前がティーダのバックボーンになると踏んでいるようで、早く公表したくて溜まらないという有様であるし、ティーダ自身のふとした言動があの男に似ている。それ以上にあの男が命を失う原因となった女に、似ている。
いつどこで、それだけ『叔父き』が気を掛けるような出来事があったのか。
新しいネクタイを締めながら、アーロンは眉間に幾重にも皺を刻む。近くで見ていたが故に、ティーダとこの世界との隔たりを肌で感じてしまうのだ。逸材とは言い難い気まぐれと軽薄、そして致命的な無邪気さ。この世の影となる場所にはあまりにも似つかわしくない。売春で食いつないで生きてきた、という意味での影とは、全く別物の世界なのだ。
しかし、見込みが無い者にはあからさまに冷酷な『叔父き』がこだわっているとなれば、アーロンがそれを阻むなど出来ようがない。自分には見つけられないような才能があるのだろう、そう思い込もうとする度に左肩が重くなる。
鏡に映るいつもより小さく結んだネクタイを睨みながら、アーロンは一声うめいた。
――まさか、嫉妬ではあるまいな。
……だとするなら、一体どちらに?
一つ息を吐き、アーロンは考えることを放棄した。
「なーに、お見限りじゃなーい」
ドアを開けた瞬間、ティーダは女の声真似でそう口走った。思わず膝を崩しそうになりながら、アーロンはその肩を押し退けて部屋に入る。
「多忙でな」
「アタシもー」
ふざけた口調のままティーダはアーロンの上着をもぎ取る。しなを作ってハンガーに掛けた上着をブラッシングする姿を視界に入れないように努力しつつ、アーロンは喉元の固い結び目に指を掛けようとした。が、そこにはネクタイは無かった。
「どこで……」
「飯食う?」
やっと普段通りの大股で近寄ってきたティーダが覗き込む。ああいや、と言葉を濁す様子に一つ首を傾げる。
「何だよ?」
「いや、」
急所でもある窪みを触りながら、アーロンは一日の行動を振り返った。眉間に皺を集めながら家を出て、『叔父き』の意向を探りながら定例の見回りに同行し、偶然行き会った別地区の纏め役と夕食を共にして、それから……。
「あの店か」
『叔父き』に頼まれた拳銃を受け取りに行った店で、試し撃ちをした時だ。腕を上げると締めすぎた喉元に違和感を感じたので、外した。
「まあいい……」
このところ、ネクタイとは縁が無いのだ。逃げたと思って諦めよう。
「口開けてー」
うむっとアーロンは潰れた声を出した。無防備な口にティーダが吸い付いていた。口移しにぬめった固い感触、同時にしつこい甘さが口内に広がる。唇を舐めながら顔を上げるティーダの手には、トローチの箱が握られていた。
「喉押さえてただろ、舐めてなよ」
「……」
「俺エキス入りだから効くぜー」
はっはーと軽い笑いを残してティーダはキッチンに入って行った。頭を抱えるアーロンに言葉は無い。
FF10 100のお題