ガムテープ

 朝、ジェクトが目覚めると、そこは宿の部屋だった。随分酔ったように思ったが、ちゃんと宿を探して辿り着いたらしい。さすが俺様、よし今日もオバケと遊ぶかと伸びをしようとした時、彼は異変に気が付いた。
「なんだ?」
 さっぱり体が動かない。
「おはよう、ジェクト」
 抑揚の無い声が聞こえる。動くのは首が僅かと目だけだ。部屋の中を探すと、アーロンと並んでブラスカが近寄って来た。
「おう、ブラスカ」
「良く眠れたかい?」
「ああ。気分はいいんだがよ、ちっとも動けねえんだ」
「そうだろうね」
 ブラスカは全く表情を変えずにジェクトを見下ろしている。妙な不安を感じながら隣を見れば、アーロンまでもが石で作ったように無表情だ。
「そうだろうってなんだよ、おい、病気か何かかよ? 見てねえでさっさと何とかしやがれ!」
「心配しなくていい」
 ブラスカはゆっくりと唇の両端を上げた。
「粘着布でぐるぐる巻きになっているだけだ」
「はあ!?」
「さあ、アーロン」
「はい」
 随分と減ったように見える武具を背負ったアーロンが、ジェクトを裏返して荷物のようにぶら下げた。
「さて、出発しようか」
「おい待てよ! うわホントになんか巻いてあるじゃねえかよ取れ取れー!」
 ジェクトの叫びを無視して二人は部屋を出る。そして丁寧に宿の主人に頭を下げると表に踏み出した。
「おいおいおいおい! なにしやがるんだ、外せー! 降ろせー!」
「いいよ。降ろしてあげなさい、アーロン」
「はい」
 どさっと土の上に放られ、いてえ! とまた叫ぶジェクトにブラスカが屈み込む。
「アーロン。口も塞いじゃいなさい」
「はい」
「冗談じゃねえぞ、俺が何したってんだ!」
「そうか。ではあれを見てごらん」
 アーロンにぐいっと髪を掴まれ頭を持ち上げられる。いてえいてえ馬鹿野郎とひとしきりわめいてから、ジェクトはいきなり黙った。
「思い出したかい?」
 岸辺には大勢のハイペロ族が集まっていた。彼らはたゆたうような動きではあったが、皆が必死で同じことをしている。小山のように大きな鼻の長い動物に群がり、その前足にぱっくりと開いた傷に大量のポーションをすりこんでいるのだ。
「君がやったんだ」
「……」
「あのポーション、どうしたと思う?」
 ブラスカが懐から出したギルの袋は、完全に厚みを失っている。
「……」
「川を渡るだけのギルは残してくれた。武具や防具まで手放す様子を見て、同情してくれたんだろう。ありがたいことだ」
「ブ、ブラス」
「さあ、アーロン」
 はい、と無表情で迫るアーロンの手には、べったりと何かが塗りつけられた布が握られている。
「鼻は塞いじゃダメだよ」
「そうですか?」
「ダメに決まってるよははははは」
 そう言いながらにっこりと笑うブラスカが、心の中では鼻まで塞いでいるのがジェクトにははっきりと見えた。そうして人生始まって以来の完全敗北を受け入れ、ジェクトはスマキにされたまま狼藉から免れた別のシパーフに積み込まれたのだった。







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