パステルエナメル

 強い日差しの中をティーダは歩いている。

 随分進んだ。背中を伝う汗がベルトの辺りに溜まる。大きく息を吐き、彼は腕で額を拭った。目的地まで後少しだ。
 背負った荷物からペットボトルを引きずり出し、半分程を一気に飲んだ。飲んだ途端に噴き出る汗をまた拭う。
 野原を切り裂いて延びる赤茶けた土が向き出しの一本道は乾き、歩を踏む毎に埃のように土が舞う。ジーンズの裾は既に白っぽく汚れてしまった。黙々と歩くティーダの目にも時々砂粒が入り、それを汗が塩辛く洗う。
「ここ、か……」
 枝道を見つけ、ティーダは僅かに筋肉の力を抜いた。曲がる方向は森だ。バックパックを背負い直し、彼は細い道に踏み入った。腰まで伸びた雑草が低木に変わり、やがて背丈を超える木々がティーダの体を隠す。気温が数度下がった事に安堵しながら、ティーダは頭に収めた地図を反芻した。迷えば戻れないかもしれない程度には森は広かった。
「見つけた」
 木の枝に、元の紅色が辛うじて分かる薄汚れた布が括り付けてあった。その下に膝を突き一つ大きく深呼吸する。バックパックを下ろしてゆっくりと道具を取り出し、ティーダは作業を開始した。

 陽の傾きが明らかになる頃、作業は終盤を迎えていた。掘り出した物を地面に並べ、転がしてあったボトルのキャップを開ける。かしり、と乾いた金属音が妙に大きく響き、ティーダは意味も無く回りを見渡した。
 きついアルコールの匂いが暮れ始めた空気と親密に馴染む。土にまみれた物に透明な酒を振り掛け、丁寧に布で拭うと象牙の肌が現れた。百を超える、それでも全てではないだろうパーツを清め終わった時には陽は完全に沈んでいた。用意してあった大きなスポーツバッグに拭い終わった物を詰め、シャベルを折り畳んでバックパックに入れるとティーダは立ち上がった。長く屈んでいたので膝が熱く痺れている。

 葉鳴りに送られながら元来た道を辿る。動物の鳴き声が近く遠く聞こえる。行きの倍以上になった荷物の重さが肩に痛い。しかし、ティーダは独り言すら漏らさずに厚い湿気を割って進んだ。
 昼間赤茶けていた道は、月に照らされて微かに光っていた。靴裏から舞い上がる土も月光の粉のように輝く。温度は幾分か下がったが、汗を滲ませる濃厚な湿気に道程の中程でティーダの足は止まった。最後の水を飲み下していると、野原を吹き撫でる風に煽られて酒の匂いが立ち上る。呼ばれたような気になり、スポーツバッグのファスナーを開けた。

 骨は、月光と同じ色の輝きを放っていた。淡い黄味を纏ったその色は、諦念の色と呼ぶべきものだろう。どんな理由であの場所に埋められたのか、その前に何があったのか、ティーダは何も知らない。彼がこれからの人生を預けようと決めた世界には、容易に知りたがるべきではない物事が多いのだ。ただ、その骨が素人同然のティーダの目にも大柄だと判じられる事、そして水で洗うのではなく酒で清めろと命じた初老の男の目元に感情があった事、それだけは知っている。
 ティーダは静かに骨を眺め、そしてバッグを閉じた。
 早く帰ろう。
 夜風はぬるく、道は固い。月光に髪を染められながら、少年は街の灯を目指した。






FF10 100のお題