「あれは。宿にいた……」
アーロンが呟く声に振り返り、ブラスカは足を止めた。
「そうだね。今日も揃いの服を着ている」
微笑むブラスカにアーロンも唇を微かに緩める。双子の姉妹が両親に挟まれて手を繋ぎ、グアドサラムへ続く細い通路へと駆け込んできた。ブラスカ達よりも随分早く出発したはずだが、避雷針沿いの安全な道を選んでいたのだろう、いつの間にか追い越していた。子供達は冒険気分なのかとても楽しそうに見えるが、両親は青ざめながら肩で息をしている。目ざとくブラスカを見つけて手を振る子供達に手を振り返してから、ブラスカは再び歩き出した。
「無事着いて良かったですね」
子供達は手を繋ぎ、声を合わせて歌い始めた。それに微笑みを深くしてブラスカはアーロンを見上げた。
「いいね、仲の良い兄弟姉妹というものは」
「見ていてほっとするように思います」
「アーロンは兄弟が欲しかったか?」
ええ、とアーロンは頷く。
「兄貴か弟がいればいいのにと思ったことがあります。深い理由はありませんが」
「そういうものだろうね」
若干声色が沈んでいるようだった。ユウナのことを思っているのだろうとアーロンは無言でブラスカを見る。冴え冴えとした横顔は穏やかだ。
「個々の人生の根にある寂しさというものは何者にも理解はできない。誰しもが一人で生きていくものなのだ。けれど、分かってもらえる、と安心して勘違いできる存在は貴重だ」
「勘違い、ですか」
首を捻るアーロンを見上げ、ブラスカは小さく笑った。
「人間関係なんて、勘違いで構成されているようなものだよ。血の繋がりだけでは人は分かり合えない。しかし、分かり合えると信じることが容易な関係ではある。結局信頼関係というものは、お互いに相手の心を心地良いものだと勘違いし許容できる時にだけ、成り立つと私は思っている」
「むなしーこと話してるんじゃねーよ」
肩に大剣を担ぎ上げ、大股で一歩先を行くジェクトが喉を上げる。
「むなしいかい?」
「おまえみたいなのがそういうこと言うと、むなしさ倍増だ」
むっと睨み付けるアーロンを鼻で笑い、ジェクトは首を回した。
「やたら情熱的な僧上がりの召喚士、なんて可笑しいだろう?」
「わかんねーよ、俺には」
若干座った目つきでジェクトはブラスカを振り返った。すっきりした顔しやがってと呟くが、根のようなものが絡み合って土の見えない道には蹴飛ばす石も無い。
「私は僧として長く働いたからね。こういうことを考えるのが仕事のようなものだった」
「つまんねーな、坊主は」
「ジェクト!」
いいから、とブラスカは拳を握るアーロンの肩を掴む。
「世の中のつまらないものを、僧がまとめて引き受けているのかもしれないな」
慣れればそれはそれで楽しいものだよ、とブラスカはまた涼しげに笑う。聞いているのかいないのか、目の前に広がる迷路に似た通路を見ながらジェクトは大あくびをした。結局徹夜で過ごした重い体を意味無く動かしながら、枝とも根ともつかないものが張り巡らされた空間を見上げる。
「何か聞こえねえか?」
内部に進むにつれ、微かな音が聞こえてくる。音源を探しながら伸び上がるジェクトにブラスカも同じ姿勢になって巨大樹もどきを見上げた。
「ああ」
乾いた音が幾筋も絡み合いながら静かな広場に降ってくる。何かを諦めながら肩を竦めて笑う男を想像させる音は、ジェクトに似合っているようにブラスカは思った。
「風の音らしい。ほら、ああいう隙間を風が通ると周辺の枝がこすれ合ってこういう音が出る時があると、族長に聞いたことがあるよ」
ブラスカが指で示す天井を眺め見ながらジェクトは呆れたように肩を上げた。
「風かよ。それにしちゃあブルージー過ぎねえか」
「ブルー? 何だい?」
「……なんでもねえ」
むくれたように唇を尖らせるジェクトにアーロンとブラスカは揃って首を傾げる。ふん、と何もない足元を蹴ってジェクトは顎をしゃくった。
「こん中で死んだ人間に会えるっての、本当か?」
「何だ、聞いていたのか」
道々、アーロンとブラスカは異界について話していた。受け入れながらも懐疑的なブラスカに、アーロンはその理由を問うていた。
「うるせえよカタブツ。おい、会えるのかよ会えねえのかよ元坊主」
「貴様……!」
「やめなさい、アーロン」
溜息を吐き、ブラスカは睨み合う二人の胸に両手を突っ張った。
「本物かどうかは分からないが、確かに見えるものはある」
「おまえが寄り道するってんだから、それなりのもんなんだろ?」
「私にも、勘違いしたい時があるんだ」
分かんねえな、とジェクトは腕を組み、アーロンは押し黙ってブラスカの隣で顔を背ける。そんな二人の雰囲気に溜息を一つ落としてから、ブラスカは族長に挨拶に行くと言って一人で歩いて行った。
「さあて、どうすっかな」
両手を頭の後ろで組み、きょろきょろと辺りを見回すジェクトをアーロンはじろりとねめつけた。
「俺は装備を調える。あんたも来い」
「店あんのか?」
「割高だがな。言っておくが、酒は無いぞ!」
「うるせーよおめーはよ」
回廊を回って半地下の店に入ると、ジェクトは明らかにがっがりした様子になった。物見遊山の客用に値段を吊り上げた平凡な品々が気に入らないらしく、どうしても必要な物だけをてきぱきと選んでいるアーロンに絡んだかと思えば、他の客をからかい品物をいじりまわし、やがて飽きたと言って猛然とドアを開けて出て行った。
FF10 100のお題