ニューロン

 組織というのは、有るか無いかの末端になるほどなぜか敏感に騒ぎ立てる。それを間違いなく動かすには、力よりも巨大な意思が必要だ。

 アーロンをこの世界に入れた男が良く唱えていた言葉だ。三人目でかつ最後のパトロンであったその男は、いつも煙草を唇に挟んで煙たそうな表情をしていた。ならば止めればいいのにと思ったものだが、いつしか自分も同じようにヘビースモーカーになっていた。
 力よりも意思、それは正しいとアーロンは思う。組織を維持するには確固たる強い意志が不可欠なのだ。そして現時点、フィルターが限りなく薄くなるまで煙草を噛み締めるアーロンは、ほぼ意思だけを要求されていた。

「あれ買って」

 それも、忍耐という名の意思を。

「さっきポップコーンを買ってやったろう」
「いいから買って。買って買って」
「そんなに欲しいなら自分で買え」
「やだよ、デートなのに」

 忍耐。それは最も困難でかつ疲労する労働。

「どこがデートだ」
「どこもかしこも」
「違うな」
「なんでだよ!」

 一番効果的なのは、数を数える事だ。

「いいやもうなんでも。なあ、買って買って」
「……」
「何ぶつぶつ言ってんだよ」
「……帰るぞ」

 ちぇ、と舌打ちするティーダは通り縋りの屋台からバナナチップの袋を万引きした。即座にアーロンが店主の手の中に小銭を放る。首を傾げる男にティーダの腕を捻り上げて物を見せ、そのまま引き摺るように狭い市場を抜けた。

「痛いって、離せよ!」
「くだらない真似をするな」
「買ってくんないからだろー」
「大して美味くもないものを」
「美味いよ! あんただっておもちゃみたいな飯が好きじゃんか!」
「食うなとは言っていない。家に山ほどあるあの袋はなんだ」
「今、あんたに買ってもらう事に意味があるっす!」

 やったね、とティーダは手首を取り戻し、買わせてやったーと上機嫌でバナナチップの袋を抱き締める。アーロンはただ、意思という見えぬ器官を拳の中に握りこんで黙々と歩いた。

「煙草、終わってる」
「ああ」
「なんでフィルターを噛み潰すのさ」
「さあな」

 幾つまで数えただろうか。拳が僅かに汗ばむ。

「なあ、こんな遠出すんのって久しぶりだよなー」

 どうしても見たいとティーダが言うので、場末の映画館で古いフィルムを見た。粗雑な娘がプロの殺し屋を目指しドレスアップをして銃撃戦をする話だった。それ以上のところは覚えていない。筋を思い出そうとする度にびりびりする手のひらを丸めては伸ばし、ポケットに突っ込んだ。

「何を言ってる、先週も、」
「あれはあんたと荷物の護衛だろ。俺なんて頭数揃えるために付いてっただけだし」
「だが遠出だった」
「二人で出かけるのが久しぶりだって言ってんのになんで分かんないかな!」
「……」

 眠ってしまったのではなく、ティーダの表情を横目に見ている内に映画は終わっていた。狭い布袋の中で指が落ち着かない。忍耐。

「これからもさ、たまにはどっか行こうぜ」
「どこか、か」
「どこでも」
「どこでも、か」
「ちゃんと計画して行くんだ。わざわざ行くってのがいいんだよ」
「そうか」
「仕事のついでとか、なんとなく、とかじゃなくてさ」
「そうか」
「ちゃんと行く場所を決めて、時間も決めて、そんで出かける!」
「……そうか」

 次こそ本気でデートだかんな! と怖い顔をしてみせたティーダは筋を違えるくらい強引に顎を掴まれた。一瞬だったが、確かにアーロンは人通りのある道の真ん中でティーダの唇を指先で愛撫した。

「……訳、分かんないっす」
「俺にも分からん」
「そっすか」
「うむ」

 指先一つ、密室に着くまで収めておく事が出来なかった意思の弱い男の背に、なんだ、コレやっぱデートじゃん、と笑うティーダはくすぐったい痒みの残る唇を舐めた。






FF10 100のお題