ふて腐れていても腹は減る。ガウン状の衣服のままで部屋を出ようとするブラスカに無理やりもう一枚着せると、なんだかジェクトがアーロンに似てきたような気がするなあと、ブラスカは不満そうに言った。ああん、誰が誰に似てるって、と一睨みし、薄着じゃあ俺様が困るんだよと内心で呟きながらジェクトは階下に向かった。
「いないな」
一人部屋にはアーロンの姿は無かった。
「先に食堂に行ったかな」
「アレに限ってそれはねえよ」
「うーん、そうだね」
フロント周りにもアーロンはいない。この狭い宿でどこに隠れたものやら、ぐるりと見渡してジェクトはフロントの中に座った受付の女に声を掛ける。
「ようねえちゃん、アーロン見なかったか? 髪が長くて赤い服来た、馬鹿面の若造だ」
「ああ、その方なら先ほど中に」
「中?」
彼女が目線で示した背後に『従業員以外の入室はお断りします』と書いたプレートが貼ってある扉がある。二人がそれを見つめた途端扉がスライドした。
「これ以上は入金して頂かない事には、あ、」
「ならば諦めるか、ひ!?」
部屋割りをしてくれたフロントマンとアーロンがそこから出て来た。
「入金?」
「なんか面白そうじゃねーかよ、おい」
いややややや、とアーロンが両手を振り回し、男は愛想笑い全開で言った。
「おや、お二人もご興味がおありで?」
「おお、話がはえーぜ!」
「うんうん、見たいね、とってもね」
「いやいや、ブラスカ様、」
慌てるアーロンの前でブラスカが優しく微笑んだ。
「君だけナニカを見たなんて、ずるいじゃないか」
「ささ、どうぞこちらへ。総支配人のリン氏自慢のコレクションですよ」
男はにこにこと扉を開けた。
「……すごいね」
「……だな」
小部屋は四人が入れば一杯、という大きさで筒状だった。その筒状の壁のぐるりは棚になっており、床から天井までびっしりとスフィアが詰まっている。
「ひひひひ」
嫌な笑い声でジェクトが背後のアーロンを振り返る。
「おめーよ、カタブツかと思ってたけどよ」
「……」
アーロンはむっとした顔で腕組みをし、そっぽを向いている。
「こんなもん見て喜んでるたあ、カワイイとこあんじゃねーかよ」
中の一つを手に取ろうとしたジェクトをフロントの男が慌てて止める。
「ああっ! 止めて下さい、それはとって置きなんですよー!」
「おう、金か。幾らだよ」
「やれやれ、私が払うんだね」
しかしブラスカの手には既に財布が握られ、小銭が手のひらに乗っている。
「これくらいかな?」
「どうだろな、試写室使用料込みって感じだろ、ザナルだったら百ギルが相場ってとこか」
「そうか、結構するねえ」
「モザイク無しで上物の最新なら、見るだけで二百してもおかしかねえよ」
「いえいえ、そんな安物ではございませんよ。五百ギルになりますが」
どうです? と首を傾げて見せるフロントマン。ブラスカが驚愕に目を見開く横でにやり笑いを深くするジェクトを、背後から止めようとアーロンが暴れる。それを押しのけ
「見るに決まってんじゃねーか。なあ、ブラスカ」
「ぶ、ぶらすかさまー!」
「ま、いいか」
無駄遣いは良くないですー! とわめくアーロンの口をジェクトが塞ぐ。ブラスカがギルをフロントマンに渡す。むぐむぐむぐ、とアーロンがうめく中、フロントマンはうやうやしくスフィアを持ち上げ、では、と厳かに言うとスイッチを入れた。身を乗り出す一同。
「素晴らしいものを見たね……」
そっと袖で涙を拭うブラスカが先頭、頬を紅潮させたアーロンがぶんぶんと頷きながら続き、そして最後に怖い顔をしたジェクト、と並んで小部屋から出る。フロントマンも何かしら高揚した足取りで上機嫌である。
「お気に召していただけて私も嬉しく思います」
ありがとうありがとう、とブラスカが彼の手を取り、アーロンはまだぶんぶん頷いている。
「……おい」
ジェクトが恐ろしい顔のまま、言った。
「あいつ、どこに行ったら会えるんだよ」
「へ」
とブラスカが首を傾げる。
「一番沢山映ってたヤツだよ! ありゃただもんじゃねえ。会って確かめねえと気が収まらん!」
「そんなに感動したのかい?」
「ええと、この方は何をおっしゃっているんで?」
フロントマンにブラスカが苦笑する。
「気にしないで。彼はシンの毒気に当たって記憶が散漫なんだよ」
「ああ……それはお気の毒に……」
「うるせーぞ、おい、あいつはどこにいんだよ!」
暴れそうな気配のジェクトにブラスカとアーロンが顔を見合わせる。
「ええと……寺院、でしょうか」
「そうだね……ルカにもスフィアが残ってるかもしれないなあ」
「カタブツまで知ってるってこたぁ、やっぱ人気なんだな。おし、ルカの寺院か!」
端的にまとめたジェクトの激しい誤りにまたフロントマンが、お気の毒に……、と呟く。
「いやジェクト、本人には会えないよ?」
「なんでだ!?」
「なんでって言われても……。二百年以上前の人だから、かな」
「にひゃくねんー!?」
「そう、何にせよ、もう生きてはおられない」
「……なんだよ、昔話かよ……ちくしょう、ぜってーヤってみたかったのによー!」
スフィアは奇跡的な解像度を保っていたので、ジェクトには昨日の事のように見えたのだろう。がっかりするジェクトを眺め、アーロンが感心した顔をした。
「やはり、あの方は特別なのだな……」
「ああスゴイぜ、あのテクニック! 特にタマ捻って一気に突っ込むとこなんぞ、二百年前たあ信じられねえくらいに斬新だ」
「そうなのか……」
「という訳で、今日の代金分、がんばって稼いでくれよ」
明日は遠回りして行こう、とブラスカがにっこり笑った。いつもならジェクトがどうの、と反駁するはずのアーロンが大人しく、はい、と返事し、ジェクトもまた仕方ねえなあと頭を掻いた。
「では、食事にしようか」
「ホールにご用意出来ておりますよ」
受付の女性が手で指し示した方向に仲良く向かう二人に満足げに頷き、ブラスカはくるっと振り返ってフロントマンに顔を近づけた。
「アレって、リンさんの趣味なんだよね?」
「ええ、そりゃもう、すごいマニアで」
「各旅行公司にコピーが置いてあるよねえ?」
「もちろんでございます。各地でぜひご利用下さい」
「そうかそうか、うん」
稼ぐぞー、と闘志をみなぎらせて食堂ホールに向かうブラスカの背中を見ながら、全店に値上げの指示を出すべく、フロントマンは電報の束を取り出すのだった。
彼らが見たのはもちろん、
「スフィア限界突破! オハランドスーパープレイシリーズ五〜ゴールゴールゴール!〜(大長編:五分四十五秒)」
というスフィアだったのは言うまでも無い。
FF10 100のお題