ガードレール

 雷鳴の轟く広い場所はぬかるみ、時折ジェクトが派手な音を立てて転がる。先ほど落雷の直撃を受けて腰を抜かしたせいでジェクトの足元は危なっかしい。
「もうスフィアはいいのか?」
「うるせえ!」
「アーロン、このスフィアに映してくれるかい?」
「もちろんですとも」
「ここはもう撮ったからいーんだよ!」
「ああ気にしないで、私のスフィアだから」
「笑えジェクト。そして転べ」
「おまえらー!」
 ははは、とブラスカは笑って前方を指差した。
「今日の宿はあれだよ。もうちょっとだからがんばって歩いてくれ、ジェクト」
 ふん、と顔を背けた途端、ジェクトは空に足を突き出すようにして力強く引っくり返った。ばしゃり、と背中から泥に落ちたところまでアーロンは冷静に撮影し、満足そうに頷くとスフィアをブラスカに渡した。
「会心の作です」
「そのようだね。ご苦労さま」
 それから宿までは、ふてくされて寝転んだままの足をアーロンとブラスカが一本ずつ持ち、ずるずると引きずった。



 雷平原の旅行公司は、他の公司よりも部屋が小さいらしい。野営が容易いマカラーニャの森は近いが、落雷に辟易し、進もうとも戻ろうともせずに宿に飛び込んで来る旅人が多いから部屋数を多く取ってあるのだとフロントが説明した。
「うーん……」
 ブラスカが首を捻っている。
「どうされました?」
「部屋をどうするかと思ってね」
「二つです。ブラスカ様用とガード用で二つです」
 きっぱりと言うアーロンにブラスカが苦笑し、フロントが申し訳なさそうに口を挟んだ。
「それが、二人部屋は基本的にご夫婦用にしつらえてございまして、ダブルベッドとなっております。女性二人なら充分な広さでございますが、ガードのお二人共素晴らしい体格でいらっしゃいますので少々狭いかと……」
「なんでこんな場所の宿が新婚仕様なんだー!」
 ジェクトが目を剥いて喚く。それをアーロンがうるさい、と一喝してブラスカと一緒になって料金表を睨む。シングルを三部屋取ると予算の二割増しになる。ポーションの購入費用がかさんでおり旅費を溜める余裕が無い現時点では厳しい差額だ。
「やはり二部屋にしましょう。なんとかします」
「いや、それはあんまりだよ。この先宿は少なくなるんだからちゃんと休んで欲しいし」
「なんとかってどうすんだよ、キングサイズでもオメーとベッドインなんざごめんだっつの!」
「ベッ、……ば、馬鹿か! どっちかが床で寝れば良いだけだ!」
「オメーが床に寝るってんならいーぜ?」
「剣技を指導されている身でよくも言う!」
「雷どかーん、だったんだぜ、労われ!」
「この平原の雷はショックを受けるだけだ、無駄な馬鹿力が抜けて丁度良いくらいだろうが!」
「あー、二人共、止めなさいよ」
「あ、これはどうでしょう」
 フロントが、部屋割りを見ながら手をぽんと打った。
「キングではありませんが、クイーンサイズを置いた部屋がございますよ。召喚士様とガードの方お一人でしたら充分体を伸ばして休んで頂けるかと。ベッドが大きい分、部屋が若干狭くなっておりますのでお値段は下げておりますから、ご予算にも合いますよ」
「それでお願いします」
「かしこまりました」
 即決したブラスカにアーロンが慌てた。
「ブラスカ様! 召喚士とガードが寝台を分け合うなど不敬に過ぎます!」
「何に対しての不敬なんだい?」
 首を傾げてブラスカはアーロンを見上げた。
「え、ですから、ブラスカ様に」
「だから、私が良いと言っているのに何が問題だ? 僧院に付属する宿ならともかく」
 しかし、そんな、と口ごもるアーロンに苦笑してブラスカは振り返った。
「ジェクト、悪いけど私と一緒に寝てくれるかい?」
 ああ? と不機嫌にジェクトは凄む。
「ブ、ブラスカ様! そんな!」
「あのねえ」
 溜息を吐いてブラスカは言う。
「ジェクトは君と一緒のベッドじゃ嫌だって言ったよね。私は二人ともベッドで休ませたい。で、君は私の横では恐縮して安眠出来そうもない。となれば、私がジェクトと相部屋というのが一番いいだろう?」
「し、しかし、」
 もういいよ、とブラスカが手を振って遮り、アーロンはしゅんと俯いた。こちらへどうぞ、とフロントが手招きし三人は部屋に向かった。



「狭い」
 部屋に入ると同時に、二人は声を揃えて言った。
「これは……。なんでこんなになったんだろう?」
 呆れたブラスカの声に応じてジェクトがくっくと笑う。部屋は、『若干』狭いどころではなかった。ベッドの周りには、人一人が歩けるスペースがあるだけだ。
「お、いちおー、クローゼットも風呂場もあるぜ」
 クローゼットはスライド式の扉、風呂は折りたたみ戸である。一応の工夫はしているらしい。
「なるほど。それなりの設備があるなら良いとしようか」
「作った時は隣りの部屋とくっ付いてたんじゃねーの?」
 ジェクトが壁に掛かった布をちょいと捲って言った。見れば、扉らしい四角い切込みがある。ノブを撤去してあるので開ける事は出来ない。
「そうらしいねえ。それにしても落ち着かない……」
「寝っ転がってダラダラするか!」
「ま、待ってくれ、とにかく風呂に入ってくれ!」
 今にもベッドに上がりそうなジェクトの背をブラスカは慌てて押した。宿に入る前、散々に転んだジェクトを雨で洗ってはみたが、充分過ぎるほどに汚れている。
「先に風呂に入っていいのかよ?」
 幾分真面目にジェクトがそう言うのでブラスカは思わず笑う。
「今日のところは、雷どかーん、を労わる事にするよ」
「そっか、じゃ」
 ジェクトもにやりと笑い、風呂場に入った。

「参ったな」
 ジェクトと入れ替わりにブラスカが風呂を使っている。その音を聞きながらジェクトは腕を組んでベッドの上に立っていた。スピラの一般的な寝巻きである短めのズボンを穿き、上半身は当然のように刺青を見せている。
「どうするよ、俺様」
 どーもこーもねーよ、と即座に自分に野次を飛ばし、ジェクトは毛布を剥がした。それを細長く折りたたんでベッドの中央に置く。
「よし」
「何してるんだい?」
 びくっと肩を揺らし、何もねーよ、と振り返ったジェクトはもう一度肩を震わせた。ブラスカは随分と思い切りよく、腰にタオルを一枚付けただけだった。
「これ、君の故郷のおまじないか何か?」
 細長い毛布に首を傾げてブラスカは顎に手を当てた。
「こっから半分ずつ、って事だ!」
 ジェクトはボンとベッドの上を跳ね、一つきりの窓がある方向に寝転んで手足を広げた。
「こっから入ってくんな。俺様の陣地なんだからな」
 毛布をばんばん叩いてジェクトは言った。
「全く、子供みたいな事言って」
 ブラスカは笑い、自分の荷物を探ってガウン状の薄い服を引っ張り出した。それをはおってタオルを外し、帯を結びながらベッドに上がってくる。腰に手を当てて立ち、寝転んだジェクトを見下ろしながらちょっと考える素振りを見せたが、あっさり毛布を拾った。
「あーっ、止めろ!」
 ジェクトはがばっと身を起こして悲壮に叫び、取り返そうと腕を伸ばした。が、ブラスカはさっさと毛布を体に巻いてあぐらを組んだ。
「起きている間使うのに丁度いいな。君は暑がりだから要らないだろう」
「ダメだ、ダメだっての! 俺の陣地ー!」
「まだ言ってるのかい。周りを歩くよりもベッドの上を歩いて移動する方が速いんだし、そっちに入れないと不便なんだ」
「いいから毛布を返せってー!」
「こだわるね……もしかしてザナルカンドの習慣?」
「だーっ! ガードレールがねえと崖から落ちちまうんだっつの!」
「ガードのルール? アーロンに何か言われたのかい?」
「違ーうっ! あーもーくっそー!」
 ばたっとうつ伏せに倒れたジェクトの横で、そろそろ夕食かなと、のんきにブラスカは言う。






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