俺はガキの頃から異常気象っていう奴が苦手じゃなかった。大雪でも嵐でも地震でも、母さんを守っているつもりになってたから。がんばる分、本当は少しだけ怖かったけど、そこのところはガキだったから、いいよな。
この辺りは嵐が多いんだ。なんといっても海だから。それに、何とかいうキアツハイチが雷雲を呼ぶんだって。だから俺は雷には慣れてたんだ。学校で急に曇ってガラガラいうと、女の子がきゃーとか言って、ツレもびびって固まってたりしてたけど、俺は平気だった。そんな時には先生が言ったよ。学校には避雷針があるから雷なんて怖くないよ、ほら、ティーダを見てご覧、やっぱりジェクトの息子は強いねえ、なんてくだらない事。大人のくせにさ、ジェクトの息子だからじゃなくて海に住んでるからなんだって事、分からないなんておかしいよな。そういえばあいつ、雷が好きだったみたいだ。血が騒ぐ、なんて言ってたっけ。くだらないな。
でも今は、雷は嫌いかもしれない。怖くはなくなったけど、好きじゃない。ブリッツの試合の時、急な通り雨と雷がプールの上を抜けていく様子を水の中から見るのは悪い気分じゃないけどな。
いつからだったか、アンタは俺の船に泊まるようになったよな。母さんが入院して俺一人だから、浸水しないか流されないか心配だってのが最初の理由だったっけ。たぶん、俺が一人で怖がっていやしないかって気にしていたんだろうな。ああいう気分をどう説明すればいいのか分からないんだけどね、「怖がって」はいなかったと思うよ、俺は。
でも、雷が鳴るとアンタは俺を残してふらりと甲板に出るんだよな。様子を見に行くとか言ってさ。何が、様子、だよ、アンタに船の何が分かるってんだよ。実際、稲妻を見ているだけじゃないか。びしょ濡れになって一体何してるんだか。遠くに吸い込まれていく光の筋を、ずっと、見ているだけじゃないか。アンタは俺のために船に居るんじゃないのって、何度も聞こうと思って、聞かなかったな、結局。
アンタさ、初めて会った時にさ、俺、おっさんって呼ばなかったよな。呼ばなかった、じゃなくて、呼べない程度にはおっさんじゃなかったんだ、アンタは。あんまり覚えてないけど、なんだかつるんとした感じだったよな、髭も薄いっていうよりほとんど無かったんじゃないのか。それがさ、母さんが死んで少しした頃かな、気が付いたら立派なおっさんになってた。急にそんなになったから、それからが長いから、俺、初めて会った時のアンタの顔をよく思い出せないんだ。時々記憶がごっちゃになって、始めからそんな顔だったような気さえする。でも、違うんだよ、そんなじゃなかったはずなんだ。
雷が鳴る度にアンタは甲板に出た。俺、見てたんだ、アンタ、叫んでただろ、雷が落ちる音と一緒に、何か、叫んでた。叫び声と一緒に飛んで行きそうなくらい全身で、アンタ、叫んでただろ。その横顔をさ、覚えてるんだよね。手を広げて踏ん張って血を吐きそうな、そんな横顔が頭ん中に貼り付いているんだ。傷が不似合いなくらい頼りない白っぽい顔がさ。おっさんじゃない顔がさ。
アンタは雷を待っていた。いつも、操られているみたいに外に出て、叫んだ。でも、段々叫ぶ回数が減ってきて、叫ぶ代わりに黙って空を見上げて何か呟いてた。顔で雨を受けて、そんな風にしたら目が痛いんじゃないかって思った事、覚えてるよ。
それもすぐにしなくなったな。やっぱり、ごろごろってくると外に出るけど、偉そうないつもの立ち方で甲板の真ん中に突っ立って、まっすぐ前を見るようになったな、おっそろしい顔で。アンタがそんな顔してそこに立ってるって知ったら、雷の方からどっか行っちまいそうな、そんな顔して立ってたな。立派なおっさんの顔でさ。
そんでアンタ、なんで今笑ってんの。
俺、すっごく嫌なんだけど。
あれはさ、海の向こうに消えていくんだよ。
真っ暗な海と空との見えやしない境に落ちていくんだよ。
落ちる時にだけそこに境があるって分かる、そんな場所にいくんだよ。
それ見てなんで笑ってんの。
そういう顔、そんな事もあったな、みたいな顔、されたらさ、
光の筋が消えれば、アンタも一緒に消えちまう気がするんだよ。
ぱーって、何も無かったみたいに。
だって雷なんて、始めと終りしかないじゃないか。
始まったら終わっちまうじゃないか。
そんなもんを嬉しそうに見んな、懐かしそうに見んな。
こっちに戻って来いって。
さっさと止めよ、雷。
FF10 100のお題