パチンコ

 マカラーニャ寺院を目指して森を抜けると一気に雪景色になった。気候の変化の激しさにジェクトは驚いていたが、厚着をするブラスカを横目に伸びをして、すーっとするぜ! と言った。
 それから間もなくの事だった。一気に寺院に参ってから帰りに公司に泊まると決め、ざくざくと雪を踏んでいるとジェクトの頬に冷たいものが当たった。
「ん? 雨か?」
「それを言うなら雪だ」
「そだな、雪だな」
「降ってないよ?」
 ジェクトは頬を触って首をごきり、と鳴らした。確かに濡れている。積った雪が舞い上がって頬に落ちたのだろうと、ジェクトはまた歩き出す。雪景色は見るには美しいが、スフィアで撮れば一面の白い大地があるだけだ。ジェクトは真面目に前に進むつもりだった。

 ぴち。

 また、当たった。背中。気にしないことにする。

 ぴち。

 首筋。気にしない気にしない。

 ぴちっ!

 激しく後頭部にヒット。気にしな、いわけねーだろがっ!

「いい加減にしろー!」
 ジェクトが空に向かっていきなり吼えたので、アーロンがぎゅうっと眉を寄せて振り返った。
「何だ!?」
「いてーんだっつの! 大粒過ぎんだよ、なあ!」
 同意を求められてアーロンが困惑顔になる。
「何の事だ?」
「さっきからびちびち当たるだろーが、雪の粒みてーなもんがよ!」
「俺には当たらないが? 雹(ひょう)だろうか」
 アーロンは歩きながら天を仰ぐが、雹どころか霙(みぞれ)も降っていない。
「私も当たらないけどねー」
 ブラスカも、ちら、と雪雲を見上げる。
「……ふっ、日頃の行いだな!」
 気持ち良さそうにそう言って、アーロンは前を向いた。ちえ、とジェクトは口を尖らせ、ブラスカがその後を追っていく。



 それから一時、ジェクトは平和に歩いていた。前方に、寺院の門が霞みつつ見えている。思ったより近いな、と言いかけたジェクトのうなじに、また冷たい粒が当たった。

 ……今度は痛くねーからがまんしてやる

 天を一睨みし、ジェクトは黙々と歩く事に専念した。しかし、『それ』は、不規則に当たり続ける。背中、腕、腰、ふくらはぎ、顎先に耳。むむむー、と唸るとアーロンが不審な視線を投げてきた。なんでもねーよ、とジェクトがむくれた声を出せば、アーロンの視線は冷たく彼を通り越してブラスカに向いた。
「ブラスカ様、お疲れではないですか?」
 大丈夫だよー、とブラスカは陽気だ。ジェクトが振り返ると、ブラスカはにこにこと笑って見せた。ふん、と顔を戻し、そしてふと思い出して振り返った。
「なあ、しょーかんじゅーっての、簡単にもらえるもん、なの……か……」
 次第に声が途切れる。今度は何だ、と溜息混じりに振り返ったアーロンは固まった。もちろん、背後の二人も固まっている。
「……てめー……」
「いやー、あはは」
 ブラスカの手には、先が二股に分かれた枝が握られていた。二つの枝の先にはゴムらしき紐が渡してあって、その紐の真ん中辺りには、四角い皮がくっ付いている。その皮の窪みに小さな雪の粒が収まっているのだ。用途は明らかだった。
「テメーがぶつけてやがったのかー!」
 掴みかかろうとするジェクトを避けて、ブラスカはちょろちょろと逃げる。
「だってー、面白くて!」
「何が面白くて、だー!」
「お、おい、止めろ、」
 狼狽しつつもアーロンがジェクトの腕を捕まえる。
「おいカタブツ! 旅の邪魔だぞ、イカレ!」
「いや、しかし、」
「大体、なんで俺だけに当てるんだ、コノヤロー!」
 離せー! と騒ぐジェクトを眺めながらブラスカは、あはは、と楽しげだ。
「この寒い中、そんなに肌を見せてちゃ何かしたくもなるって! 案の定、当たる度にくねくねするのがもう、なんとも面白くってねえ。それにアーロンなんかじゃ、当てたって反応薄そうだろう?」
「な、なんか……」
 ショックを受けるアーロンを余所に、ブラスカは足元から雪をすくうと、小さく丸めて飛ばして見せた。雪の粒がジェクトの鼻先で弾ける。
「まだやるか!?」
「上手だろう?」
「……いつそんな物を作られたんですか……」
 悄然と呟くアーロンに苦笑して、ブラスカはお情けで彼の顔にも一粒を命中させてやる。
「昔ユウナに作ってやったんだ。さっき、荷物に紛れていたのを見つけたんだよ」
「着替えの時、みょーにぐずぐずしてやがると思ったら、それか!」
「まあまあ、旅は楽しく、ね!」
 なぁにが、ね、だあ、おいカタブツ、ぼっしゅーしろ、ぼっしゅー! とジェクトは喚き、アーロンは、もういいです、と丸めた背を向けて歩き出すのだった。



 その後、項垂れた背中に鍛えられた豪腕によって雪玉がぶつけられ、それを合図に本気の雪合戦が開催された、とは、マカラーニャ寺院門番の目撃したところである。
 その一行の中で、一番喜んでいたのは召喚士だった、という話の真偽のほどは定かではない。






FF10 100のお題