Krauser a man

「そんな顔をするな」

 あいつと出会ってよくそう口にするようになった。俺達のような職業の人間には、感情が顔に出やすい者は少ない。その中であいつは目立った。
 初めて顔を合わせた時、はっきりと落胆した事を覚えている。あのラクーンシティを五体満足で脱出したとはとても思えない貧弱な体、神経質そうな目付き、それでいて不用意な口をきく。戦いを生業にするタイプじゃない。せいぜい平和な町でポリスを勤め上げ、プールがある家に引越したいと言いながら人生を終えるような種類の人間に見えた。これが『相棒』とは、全く俺はついていないと思ったものだ。
 あいつにあったのは、今時流行らない『根性』だけだった。それも、ビギナーズラックで地獄から生還したというトラウマに基づく悲壮な根性だ。普通そういう者は速やかに潰れる。武器の使い方を教え、危険を察知する技術を鍛えて一、二年で追い出すつもりだった。いわゆるハンサムという部類の顔立ちだ、女優や金持ちのガードマン程度ならいくらでも仕事の口はあるだろう。
 だが、俺はどうやら目測を誤っていた。あまり外れはしないのだが。
 あれは孤独に強かった。むしろ孤独と相性が良かった。これは何よりも傭兵に不可欠な要素だ。鍛えてもそれほど筋肉が付かないという事実は、裏を返せば柔軟性と俊敏さに繋がる。生来の勘にも恵まれ、あいつは若い狼のような姿を俺に見せつけた。
 面白くなりそうだった。



「そんな顔をするな」
 きつく眉を寄せ、不安そうな目を向けるのがあいつの癖だ。
「……どうにもならないな、これだけは」
「侮られる。自分は世界で一番強いって顔をしていろ」
「想像も出来ない」
「笑えないジョークだ。せめて無表情でいろ」
「……ジョーク?」



 俺達は常に噛み合わなかった。食い物も女の趣味も戦い方も。ただ、あいつはナイフだけは俺の真似をした。俺達が殺し合うと決めた日には、きっと獲物はナイフになるだろう。



「まあ、おまえは泣きそうな顔が似合っているがな」
「止めろよ、散々言われてこれでも気にしているんだ」
「俺がこんな事を言うのは珍しいんだぜ?」
「分かってるさ」
「だったら笑え」
「……分からん」



 俺達は随分長く『相棒』をやった。噛み合わない、それが俺達の売りだった。パートナーに不可欠な呼吸合わせを最小限にする事で、敵は簡単に翻弄されてくれた。互いを殺しても構わないくらいの無茶な戦法が、俺達のやり方だった



「おまえ達は憎み合っているようにさえ見えるな」
「だったらどうだと言うんだ」
「おいおい冗談だ、違うって言えよ」
「おまえにそう見えるのならそうなんだろう」
「全く。少なくともレオンはおまえを慕ってるはずだよ」
「笑えない、笑えないな」
「まあいい、おまえ達の任務遂行率は抜群だ、誰も何も言えないよ」



 評価は高かった。『狼二匹』などと呼ばれたものだ。だが誰も分かってはいなかった。狼というものは、本来群れる生き物なのだ。あいつはそうかもしれないが。



「食い合うだけが本分なのかもしれんな」
「……クラウザー?」
「そんな顔をするな」
「クラウザー」
「おまえには俺の腕を外せない」
「クラウザー!」
「おまえには、無理だ」

 きつく寄せた眉の下で、泣きそうな目が俺を見上げる。そして強く閉じられた。あいつは黙って耐えた。耐える事を選んだのだ。

「随分と大人しく犯させるものだ」
「……」
「ふん、こういうのが好きなんだろう?」
「……違う」
「違わない。おまえはこういうのが好きなんだ」
「違う!」
「おまえは絶望的な孤独には耐えられない」
「クラウザー!」
「本当はいつも、力で捻じ伏せられたいと望んでいるんだ」
「……俺は、」
「思い出せ、あの街で逃げ回りながら何度死にかけた? もう駄目だと、もう息耐えると、そう思った時にとてつもない恍惚感を得ただろう。強い者に虐げられ、哀れに死にゆく自分に酔っただろう」
「違う、ちが、」
「それがおまえのトラウマだ」
「痛い、痛い、クラウザー!」
「良かったな、まだ生きてるぜ」

 両肩を掴んで力任せに突き上げていると、あいつはあっさり気絶した。それからは何度も関係したが、あいつは一度もまともな抵抗をしなかった。やがて慣れると子供のように縋るようになり、その度俺は綺麗な頬骨を砕いてやりたい衝動に堪えた。





 俺達は何だったんだろうな。
 あの事故の時、俺の体を探しているおまえを見ていたんだ。
 おまえは違うと言うだろうが、泣きながら俺を呼んでいるおまえを見ていた。
 その時に初めて思った事がある。
 おまえという存在そのものが、俺のトラウマなのだ。
 俺達の間に何かがあるとすれば、そういうものなのだろう。



 今、呆然と俺を見下ろすおまえに言いたい事はただ一つだ。

 そんな顔をするな。涙を拭いて、行け。






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