ドレ○ファドン

 懐かしいメロディーに史浩はメニューから顔を上げた。

「あ、俺です」
 拓海がポケットから携帯電話を出した。
「ども。え? 今ファミレス入ったとこです。うん、いつものとこ。……はあ、いいですよ。しばらくここいるし出られます。はい、それじゃ」
 不思議そうな顔をして電話を切った拓海に史浩はメニューを渡した。
「渋い趣味だな、藤原」
「そうすか」
「泣けるエンディングテーマだよなー」
 史浩の言葉に被ってまた拓海の電話が鳴る。ぷっと賢太が笑う。
「なんでまた『笑点』なんだよ」
「あートモダチです。そんな感じの」
 言いながら拓海は携帯を耳に当てる。
「なんだよイツキ。え? ああ、それは今度会った時に渡すよ。あのさ、今ちょっとアレで電話出られねえからもうかけてくんなよ。あ? アレはアレだよ。じゃあな」
「おまえ、相手ごとに着メロ変えてるのか?」
 ぷちとボタンを押して机に携帯を置き、拓海はハイと史浩を見た。
「マメなんだな。意外だよ」
「えーと、そういうんじゃなくて。なんか俺、携帯慣れないんですよねー。どこにいてもかかってくるじゃないですか。いきなり話始められても頭ついてかなくて上手くしゃべらんないんですよー。着メロ決めとけば、誰かわかって頭を準備できるっていうか」
「おまえらしいよ。ちなみに俺は?」
「アタックナンバーワン」
 ぶ、と賢太がお冷にむせる。
「いいとこついてくるな」
 感心してにやつくメガネの男に史浩は肩を竦めて見せた。
「じゃあ、さっきのデビルマンは誰だよ」
 手を出してくる賢太から携帯を遠ざけつつ、拓海はメニューを置いた。
「涼介さんです」
 今度は史浩がぶひっとお冷を吹いた。賢太がわかんねえなと眉を顰め、啓介の右頬がひくりと引き攣った。
「ふ、藤原……」
 確かに知られちゃいけないんだろうがよ、と心中で呟き、史浩は平静な顔を装った。
「それはあんまり……涼介に合わないんじゃないか……」
 そうですかーそうかもなーとのんきに言い、拓海は携帯を取り上げる。
「んーじゃあーこれかなー」
「お決まりですかあ」
 ウェイトレスがやって来てそれぞれ注文を始める。その途中、物悲しいメロディーが響いた。
「あ、すみません、俺和風ハンバーグBセット、飯大で」
 急いで言い、拓海は通話ボタンを押す。
「ども。……そうすか。んー? 今、注文したところです。はあ、ハンバーグ。えー大変ですね。あ、はい、じゃあまた」
「……藤原、今の涼介か」
「ハイ」
「なんて言うか……ちょっと景気が悪いぞ、それは」
「そうですか? でも結構そのままだし」
 そうか、この夏は映画も海にも行けなかったのか、そう思いながら史浩は曖昧な笑いを浮かべた。
「そもそも机並べてないだろう。それにおまえサッカー部だったって言ってたし。少しでも英語覚えたんならしゃべってみろ」
「無理っす。つか今の史浩さん、スギモトセンセーに似てた」
「誰だそれ」
「高三の時の担任」
「……そうか」
「でもまあ、俺も涼介さんには会いたいですね。二週間顔見せてもらってませんから」
 さらりと松本が言い、俺も一週間は会ってねえよと啓介が唇を尖らせる。
「で、何の用だったんだよ」
 体を乗り出す啓介から同じだけ身を引いて、拓海はわかっていない顔で言った。
「なんか、五分ごとに同じ相手に電話かけて、相手が出なくなった方が負けって」
「はあ? 何やってんだよアニキは」
「えーと、負けるとでんしけんびきょーの順番が一週間後になるんだそうです。そしたら恐ろしいことが起こるんだそーです」
「……がんばれ、藤原」
「ハイ」
 史浩の励ましを素直に受け、拓海はまた携帯をいじっている。着信メロディーを変更しているようだ。
「失礼しまあす」
 ウェイトレスがフォークやナイフの入った籠をテーブルの中央に置く。なんでフジワラなんだよなんで俺にかけてくんねえの、と詰め寄る啓介から逃げながら腹減ったなあと賢太がソファの上で背伸びをした。
「あ、きた」
 着メロはすぐに途切れたが、特徴的な前奏に史浩はがくりと頭を下げた。なるほど、と松本が呟くのが聞こえる。賢太やもう一人のメカニックはジャンル的にわからなかったらしく、ぼんやりお冷を手に持っている。
「はい、あー大丈夫ですよまだきてません。え、カップ麺食ってるんですか。何味ですか。へーそんなのあるんすか。あ、じゃあ」
「何味だって?」
 にこやかな松本の質問。
「キムチだそーです。限定の」
「さすがひねってくるな、涼介さん」
「そうですよね」
 なぜか嬉しそうに頷き合うハチロク組。
「藤原」
「はい?」
 あまり文句を言うのもなんだが、どんどん啓介の機嫌が悪くなっているのを真横で感じているのは胃に悪い。史浩は控え目に指摘することにした。
「今のはちょっと、ドラマティック過ぎないか……」
 個人的には、天城でも赤城でも好きに二人で越えたらいいとは思う。
「つーか、おまえの着メロデータ、古すぎ」
 ウェイトレスが置いていったフォークを指先で回しながら啓介がじろりと拓海を睨む。むっと半目になる拓海に史浩は慌てて話題を変えた。
「ほ、ほらきたぞ、飯だ飯!」
 わずかの間、男達は静かになった。割り箸やカトラリーを回し、結構な勢いで食いついていく。
「でさ、次の峠だけど」
 と、落ち着き始めた啓介が口火を切った時、また新しい音が割り込んだ。いつの間にか変更したらしいそれに、拓海と松本を除いた全員が同じことをした。
 つまり、吹いた。
「汚ねーなケンタ!」
「お、俺だけじゃないです……」
 拓海は首を傾げながら携帯を耳に当て、やはり二言三言話して切った。そして真面目な顔で言い放つ。
「俺だって新しいの、持ってるんです」
「新しけりゃいいってもんじゃねーよ! なんでアニキのテーマがモー娘でニッポンが未来でウォウウォウイェイイェイなんだよ、納得いかねーな俺は!」
「じゃーどーすりゃいーんですか!」
 むうっと睨みあうダブルエースの間に松本が手を差し入れる。
「まあまあ、落ち着け」
 あの高飛車な歌詞とごり押しの論理は、どこか涼介さんに通じるものがあるけどな、と彼が呟いたのは史浩だけが聞いて胸の中に仕舞った。
「とにかくもう、おまえの好きにしろよ……」
 そうします、と携帯をいじる拓海を眺め、史浩は心から祈った。
 ――早く勝て、涼介!

 そしてぴったり五分後、ある軽快なメロディーが流れた。再び、拓海と松本を除いた全員が同じことをした。
 つまり吹いたのだが、更には何かが音を立ててキレたらしい人物が一人、啓介が口を開く前にがたっと立ち上がって拓海をびしりと指差したのだった。
「それだそれ! 前から聞きたかったんだが『子猫の肌』ってなんなんだ! 見えてねえだろ、ふーって息かけんのか、ふーって! ハニーはともかくソレ子猫嫌がるだろ、いっそ肉球なのか、それは肉球のことなのかー!」
 店内が静かになった。しかし、携帯から聞こえる声に拓海がもそもそと復帰する。
「……すみません、さっきから史浩さんと啓介さんが俺の着メロが気に入らないみたいで。はあ。……わかりました、ソレにします。ハイ、じゃあ」
 ぽちりと電話を切った拓海の斜め前、史浩はしおしおと椅子に座った。
「史浩さん、猫好きなんですね」
「……わりと」
 食事を続けているのは微笑む松本だけだった。そして、涼介の指示通りに変更された着信メロディーは『真っ赤な太陽』だった。笑うメンバーの中、史浩はもう何も言わなかった。



 疲れきった約一名を最後尾に、メンバーは店を出てばらばらと散っていく。
「それじゃ、失礼します」
 きちんと頭を下げて拓海は車に向かって行く。それを見送りながら松本が笑い含みで言う。
「お疲れ様でした、史浩さん」
 涼介ばりにフッと溜息を落とし、史浩はポケットを探ってキーを取り出した。その時また、携帯電話が鳴って拓海が立ち止まる。
「ううーん、藤原、実は結構英語できるんじゃないですか?」
「そうかもな……」
 それは、あなたが素敵すぎて目をそらすことができないと恋人に訴える古いアメリカンナンバーだった。愛してるベイビー、とリフレインを口ずさんだ松本はくすぐったそうに肩を上げた。
「史浩さーん、涼介さん勝ったそうでーす」
 電話を片手に手を振る拓海にひらひらと手を振り返しながら、史浩は苦笑した。
「藤原のヤツ、ああ見えて熱い選曲だったな」
「喉が渇きますねえ」
 二人は顔を見合わせ、飲みに行くかと同時に言った。  









あくまでも90年代設定・・・。
ちなみに拓海の熱い選曲は、「今日もどこかでデビルマン」「会いたい」「天城越え」(文太の趣味?)「LOVEマシーン」「キューティーハニー」「CAN'T TAKE MY EYES OFF OF YOU」。


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