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 ――まだ寝てるのかな。
 駐車場のワンボックスを振り返って拓海は何度か瞬きした。かれこれ十時間は寝ているんじゃないだろうか。すっかり傾いた太陽のオレンジ色の光を浴びながら、俺も寝るの好きだけどさすがに腹減って起きるなと思っていると史浩に肩を叩かれた。
「藤原、ちょっと涼介を見てきてくれないか」
「え」
「窓の外からでいいから。起きてたら、そろそろ飯食っとかないとって言っといてくれよ」
 頼む、と言いながら史浩は啓介の方に走って行く。遠くから見るだけで空腹を訴えているとわかる啓介を賢太が宥めている。二人とも大変だと拓海はワンボックスをもう一度振り返った。
「見るだけ、だし」
 そろそろと歩き出す。ワンボックスの中は暗く、側に立つと自分の顔がくっきりと窓に映った。それを滲ませながら腰を折って覗いた助手席の中に、微動だにしない人影がある。
「……寝てる」
 腕組みをして僅かに顔を窓に向け、涼介は熟睡しているように見えた。
 ――やっぱりカッコイイ。
 寝ているというのに澄ました表情の涼介を見下ろす。
 ――そういやこの間……。
 拓海は改めて涼介の顔を見つめた。一瞬のことだったから感触すら覚えていないが、この唇と自分の唇がくっついてしまった。自分のせいではないとわかっていてもとんでもないことをしでかしてしまった気がして、あれ以来涼介とちゃんと目を合わせられないでいる。だから彼の顔をまともに見るのは久しぶりだった。
 ――キレイ、って言えるよな、コレって。
 ほんの少しだけ開いた唇は、どこか現実感に欠けていて作り物のようだ。この唇から毒があったり無かったりする言葉が出てきてプロジェクトをきびきび動かす。そしてバトルに勝つと満足そうに口角が上がる。
 ――……いろんな人とキスしたんだろうな。
 事故もいいところの出来事など、数分後には忘れてしまうくらいに。

 ぼうっと見ていた拓海の耳に電気音が届いたのは声と同時だった。
「水をくれないか」
 すーっと開いていく窓の隙間から涼介の声が聞こえた。
「後ろのアイスボックスの中にある」
 拓海はびくっと一歩下がった。口ばかり見ていたから目が覚めたことに気が付かなかったのだ。慌ててそこから離れ、あたふたと後部座席のドアを開けた。アイスボックスに手を伸ばそうとシートに上半身を突っ込むと同時に、ちゃんと止めていなかったスライドドアが戻ってきてどしんと腰にぶつかった。
「いって」
「大丈夫か」
「へ、平気です」
 もがきながらリアシートから抜け出し助手席の窓にボトルを差し入れると、涼介はありがとうと丁寧に発音して受け取った。
「そろそろ食っておくか……」
 かしり、とキャップを開けて涼介は言い、ゆっくりと水を飲んだ。上下する喉が妙な具合に見える。
「藤原」
「ハ、ハイ!」
「おまえ、まだ俺に緊張するのか?」
「え、え?」
「随分長いこと、声もかけずに見てたからさ」
 頭の中まで見透かすような視線に拓海は硬直した。
「藤原?」
「な、なんでもないです!」
 わめきながら拓海はボンゴから走って逃げた。見ていたのを見られていた、最悪だ。そればかりが頭の中に回った。






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