ドーター市からしばらくは、ジャッキーの道案内で海沿いの道を選んだ。彼女は一年半ほど前、ラムザがまだディリータと共に骸旅団を追っていた時にドーター市のスラムで雇った戦士だった。正確には北天騎士団に雇われたはずなのだが本人はすっかり忘れているらしく、アグネスと同様ラムザにくっ付いてガフガリオンの傭兵になった。これもまた、酔狂な女だった。
入り江に停泊する沢山の小船を横目に一行は先を急いだ。港町のうらぶれた宿屋を最後にアラグアイの森深くに入り、そこからは野営が続いた。ジャッキーの傷の経過は順調で戦闘にも影響は無かったが、しばらく後方支援として弓を持った。彼女は俊足とともに良い目を持っていたから、充分な旅の資金源になる数のモンスターを射抜いてアグリアスを感心させた。アグリアスは接近戦を身上として爆発的な力を見せるだけあって後方を守ると気が滅入る性質らしく、粘り強い繰り返しの攻撃に長けたジャッキーへの評価は高かった。
途中、一行はゴブリンに囲まれ、彼らと同じく追われて食われかけていたチョコボを助ける形となった。一頭では足にもならないのだが、いつまでも後を追ってくる黄色い頭を無視しているのも大人気ないと、ジャッキーが世話を買って出た。チョコボはすぐにジャッキーに懐いて彼女を乗せたがった。僕が助けようって言ったのにな、と拗ねて見せるラムザを笑って、乗ってやればいい、とアグリアスが言えば、その言葉を理解してチョコボは鬨を上げるとジャッキーを背中にすくい上げた。とにかく早く洗ってやらないと臭くって、と言いながらジャッキーは嬉しそうに太陽色の羽を抱きしめた。
森の中ほどからは川の流れに沿った登り道、この先の滝を過ぎればベスラ要塞が見えるはずだった。半日ほど我慢強く次第に険しくなる道を上がっていくと、地鳴りのような低い音が木擦れの音に混じるようになった。その音は登るにつれて大量の水が水を叩く音に変じ、かすかな水煙が遠方の木々の上にたゆたい始め、そしてある崖に辿り付いた途端に視界が開けて轟音と共にゼイレキレの滝がすっかり姿を見せた。
「思ったよりも巨大だな! どう迂回するんだ!?」
ガフガリオンががなり立てて滝を見上げた。
「滝の前に丸太橋があるでしょう! それで向こう側に渡ったら道が続いてるから!」
ジャッキーも大声で答える。
「よーし、水浴びでもしてすっきりしていくか!」
ガフガリオンののんきな怒声には適当に頷くべし、ということを覚えたアグリアスが先に立って崖を行く。彼女は既にベスラ要塞が見えているかのように迷い無く進み、滝に掛かる橋を目指し幾つかの段差を軽い跳躍で飛び越える。
「・・・だれか、ううん、兵士がいるわ!」
ジャッキーが目を細めて叫んだ。全員に緊張が走り、ジャッキーは手早く弓を背負ってアグリアスの横をすり抜けた。アグネスが慌ててその後を追って声を掛ける。
「気をつけなよ! 背後に回って状況を窺ってよ、手話で知らせて!」
アグネスはジャッキーと反対側の茂みの中から崖を上がろうという腹らしい。
「俺たちは正面から行くぞ、いいなアグリアス!」
「無論!」
おとりとして目立つようにとラムザとガフガリオンがまず崖を駆け上がって滝の正面に回った。一拍後に岩壁を背に彼らを窺ったアグリアスは目を疑った。仰ぎ見る中空の橋の中ほどに間違いのないあの紋章、数名の北天騎士団が抜き身の剣を手にオヴェリアと彼女を攫ったあの男を追い詰めている。オヴェリアは怯え、男に縋っていた。
「よくも白々しい嘘を! おまえ達の目的は王女の命だろうが! 王女を殺害し、その真相を知る俺を生かして返すなどと、笑わせる!」
ディリータの激しい怒声にラムザは唖然とアグリアスを振り返った。アグリアスもディリータの言葉に目をしばたいている。彼らはまだ自分たちに気付いていない。ディリータの言葉は真実に聞こえた。そして彼を信頼しているようにその手の動きに従ってじりじりと背後に逃げるオヴェリアの姿。
「何を馬鹿なことを! 俺たちは王女を救出に来たのだ! この白獅子の紋章がその証! なぜ王女の命を捕らねばならん? 貴様ら、闇の獅子に王女を渡す訳にはいかんのだよ!」
更にオヴェリアが後ずさり、ディリータは剣を握りなおして騎士達に相対している。本気でたった一人で戦うつもりのようだ。
「オヴェリア様!!」
アグリアスが悲鳴のような通る叫びを上げた。ぎょっとした北天騎士団が気を反らした隙に、ディリータとオヴェリアは橋を渡りきった。それを見てアグリアスはガフガリオンに一つ頷き剣を抜く。
「アグリアス!」
今にも走って降りて来そうなオヴェリアの腕をディリータが引きとめ、逆にアグリアスが橋に続く道を猛然と駆け上る。その時、北天騎士団の一人がにやりと笑ってアグリアスを一瞥して言った。
「ガフガリオン、そいつらを殺せ! 一気にカタをつけるぞ!」
アグリアスは足を止めて振り返った。ラムザはゆっくりとガフガリオンの顔を見上げた。皆が息を飲んでガフガリオンを見つめ、彼は苦々しく眉を寄せてラムザを見下ろした。
「・・・どういうことがわからンがこれも契約だ」
「契約? ガフガリオン?」
「仕方ないな!」
一気に剣を握って引き抜くと、アグリアスに真っ直ぐ向けた。
「ガフガリオン!? 貴様、裏切る気か!?」
「はっ! とンでもねえな! あいつらは本物の白獅子だぜ、俺達は始めっからあっちに雇われて、王女さんが、無事に、誘拐されるように取り計らったンだよ!」
「嘘だろ!? オヤジ、ガーシュインは、」
「あれは不測の事態だった。俺の部下は殺すな、と言っておいたンだがな」
「オヤジ、でも、じゃあ、あいつらランの仇じゃないか、」
「うるせえ! ラッド、剣を抜いてアグリアスを殺せ!」
「ガフガリオン!」
ラムザが両手を開いてガフガリオンの前に立ちふさがった。ラッドは色めき立つラヴィアンとアリシアに、何も知らなかったと必死で首を振っている。
「だめだ、どうしてなんだ!? ガフガリオン!」
「あそこの白獅子達はなあ、南に化けた誘拐犯を口封じするために追っていたンだよ!」
「狂言か」
低く唸る声がガフガリオンの顔を上げさせた。流れ砕ける巨大な滝の爆音にもその低い音はよく通ってラムザにも届いた。
「どういうことだ、ガフガリオン。この誘拐は狂言か? 南を陥れるための北の策略なのか?」
「ご名答。ただし始めは、な。あの坊やはどうやら南じゃねえみたいだ。南に化けた奴らとどこかで入れ替わったンだろうよ。ま、ともかく、誰にとっても邪魔なンだよ、その姫さんはな」
「何・・・!」
「オリナス王子だけで充分なンだ。生きてりゃだれかが担ぎだす、それを未然に防ぐってことさ」
噛み締めるようにアグリアスはガフガリオンの言葉を黙って聞いた。かすかに唇が歪んで笑う。
「私が許さない」
発光するようにアグリアスの周りに気が立ちこめる。彼女の部下達もまた、ガフガリオンに切先を向ける。
「オヴェリア様を殺すことも、担ぎ出すことも。それはオヴェリア様自身がお決めになること!」
アグリアスも躊躇無く剣を抜いた。刀身に彼女の気が纏わりつき、聖剣の輝きが満ちる。長い髪すら激怒に輝きを増し、アグリアスは今までのどの時よりも美しく見えた。少なくともラムザにはそう見えた。
「そこをどけ! ラムザ、ラッド! 知らなかった、と言うのならばな!」
怒りのままの声がアグリアスから放たれた。まずラムザが操られるような足取りでガフガリオンから離れた。ラッドも同様に道を開け、岩壁に背を付けて剣を持った両腕を上げた。
「どうせ殺すことになるなら役に立ってもらおう・・・」
頭上から振る声にラムザはびくり、と体を振るわせた。それはダイスダーグの言い回しとあまりによく似ていた。
「そんなところだな。黒獅子に罪をなすりつけて誘拐犯を殺してしまえばゴルターナ公は失脚、邪魔な王女も始末できる。いかにもダイスダーグの書きそうなシナリオだ。なあ、おまえもそう思うだろう、ラムザ?」
意地の悪いその言い方にすら心をざわめかしてラムザはディリータをぼうっと見上げた。ディリータは冷えた視線で見下ろし、背後で王女が狼狽している。遠くから、発狂したようにアグネスがディリータを罵倒する声が空ろに響いた。
「そういう訳だ、ラムザ」
ガフガリオンは奇妙な程静かにラムザを見つめた。
「こいつらを皆殺しにするぜ? 加勢してやるから、そのぼうやを殺してみな」
「だとさ。どうする、ラムザ?」
ディリータの嘲りを含んだ声、ガフガリオンの抑揚のない声。ラムザは柄を握ったまま動けなかった。
一体、なぜ、こんなことになった? どうして自分はこの二人のどちらかを選ばなければならない羽目になっている? 自分を守ると言った末に、殺してやると吐き捨てて行った男と、勝手についてきな、と言いながら育ててくれた男と。
どちらを?
どちらも、どちらも。
ラムザは剣を抜くこともできずに後退った。背後の岩壁のごつごつした感触に怯えるように体を竦めた。脳が沸騰して視界が白く、ラッドを見、ガフガリオンを見、ディリータを見上げた。そして、その後ろのオヴェリアが一生懸命首を振っているのに気が付いた。彼女は事の成り行きを理解できないまま、怯えた目に涙を溜めて、それでも殺し合うなと首を振る。その翡翠の瞳、ラムザのもう一人の「妹」と同じ色の。
あの雪の砦で、あの時も、こうして怯える瞳をなす術も無く見上げ、そして。
「・・・だめだ」
「ラムザ。こちらに付け」
ガフガリオンがじりじりと切先をラムザに向け始める。
「・・・今度こそ助けるんだ、力の無い者が犠牲になって良いなんて、僕は、」
「ラムザ!」
「僕だけは、弱い者を犠牲にしない、ティータがそんなこと、許さない、僕はティータを忘れない!」
「この、ガキが!」
ガフガリオンは激しく吐き捨て、ラムザに剣をはっきり向け、ラムザも泣き声のような怒声と共にガフガリオンに剣を振り上げた。ラッドが絶叫しながらラムザの腕に縋り、剣を奪おうとする。しかしガフガリオンの太刀筋は二人共に、ひた、と向けられ、闇の剣の文言が始まった。ラムザとラッドは絡まったまま、茫然とガフガリオンを眺めた。
このまま吸われてしまおうか。
二人ともがそう思った瞬間、アグリアスの聖剣技がガフガリオンを覆った。これを防御するために二人から剣を外してガフガリオンはアグリアスに剣をかざして吼えた。
「坊ちゃん、嬢ちゃんのままごと遊びには付き合ってられねえンだよ!!」
ガフガリオンは滝壷に一旦飛び込み、上空の丸太橋の上で斬り交え始めたディリータと北天騎士団をちらりと伺い、続いてオヴェリアを一瞥した。ラムザとラッドはガフガリオンを気にしながらも、茂みから打ち込んできた剣士達をなぎ払いつつ、オヴェリアの側ににじり寄る。アリシアも二人に加勢してきた。
ラムザは、ガフガリオンがオヴェリアに徐々に近付いているのを目の端で確認し、彼が手ずからオヴェリアを打つつもりである事をはっきり悟っていた。ガフガリオンならあの王女の首くらい一撃で落とせるだろう。声一つ上げる間も無く。
「オヴェリア様! 今、お助けいたします!」
アグリアスもガフガリオンを追って滝壷に飛び込み、腰まで水に漬かってガフガリオンに剣を向ける。ラヴィアンも素早く滝壷に飛び込み、アグリアスの加勢に回る。
「そうはさせるかよ! これはオレの仕事だ!」
「貴様、自分が何をしているか、分っているのか!! 王家の血筋を引くオヴェリア様を、貴族だったおまえが殺すというのか!?」
「ああ、そうさ! オレも貴族の端くれだった、邪魔ならばだれであろうと殺して排除する貴族の、王家のやり方なんぞ、見飽きるくらい見てきたぜ! それがそんな血筋に生まれたものの”勤め”だって事をな!」
水しぶきを撒き散らし、二人は回りこみ合うように激しい流れの中で剣を構える。
「オヴェリア様を愚弄するか! それはおまえ自身をも愚弄するという事だと分らないのか!」
「はっ! 平民も貴族もおンなじだよ、邪魔なら殺される、それが今の時代の掟だ。邪魔でも強けりゃ生き残る! 王家が違うっていうンなら、それはおまえらみたいな頭の固い連中がなンにも考えずに忠誠を誓ってやるからだ! それもまた、そいつの強さになるンだろうよ、オレに勝って生き残ってオヴェリアが強いと証明してやれよ! でもな、生きてたって頂点に立たねえ限り、その王女さんは利用され続けるぜ。だったら今、死なせてやった方がマシだって、思わねえか!?」
「私が許さないと言ったはずだ!」
アグリアスの周りに白い霧が纏わりつく。あれはやはり彼女が沸騰しているからだ。ラムザは、アリシアとラッドが二人の騎士をけん制する背後で、王女の手首にやっと辿り着ながら思った。王女を安全な高場に登らせ、彼女が防御魔法を使う。それをほっとした思いで見、目の前の敵に目を戻すと、敵越しに橋の上のディリータが見えた。余裕を持って騎士の一人を向こう側に追い詰め、今、殺した。
「私があの方を護ってみせる!!」
アグリアスの聖剣技がガフガリオンを際どく掠め、ガフガリオンの闇の剣もまた、アグリアスを掠って消える。
「当たらねえぜ!」
ガフガリオンが吼え、滝壷から驚くほど身軽に飛び出て崖を上がろうとする。アグリアスはそれを捕まえるように聖剣技で道を塞ぎ、ラヴィアンのけん制が効を奏してまた二人は水の中で睨み合った。
再びアグリアスは聖剣技を唱え始めた。ガフガリオンは焦れていて水から上がるのは時間の問題、アグリアスの気を散らさないように静かにガフガリオンの退路を防いでいたラヴィアンは、アグリアスの文言が始まったのをきっかけにガフガリオンの背後から斬りかかった。が、それは軽くかわされ、逆に猛烈に素早い斬り回しがラヴィアンを襲って彼女は一太刀で水に沈んだ。立ち上る赤い流れにラッドが思わず滝壷に飛び込み、アグリアスが一瞬動揺した隙にガフガリオンは岸に飛び上がった。ラムザは二人の騎士を見据えながら、アグリアスがオヴェリアにもっと高所に上がるように叫ぶ声を聞いた。
「加勢がいるか! ラムザ!」
一人をアリシアとの協力でやっとの思いで斬ったところでディリータが叫んだ。
「要るものか!!」
悪態をついた時には、目の前の残った一人の胸から剣が生え、ずるり、と死体が剣から抜けるとディリータの姿が現れた。
「・・・生きていたんだな、ディリータ」
「残念ながら、な。」
ディリータは冷笑をラムザに向ける。ガフガリオンがすぐ下手でアグリアスと激しく剣を交えているのをちらり、と眺め、
「こんなところで再会するとはな、相変わらず兄貴達の言いなりか」
ガフガリオンが少し見上げた。隙を突いたつもりで剣を突き出したアグリアスから身を翻すと、崖を駆け上ってくる。アグリアスの追撃に振り返ってまた剣を鳴らし合い、それでもディリータに
「そいつはオレの部下だぜ、坊や!」
妙にのんきな答えをやる。
「僕は何も知らなかった、こんな計画なんて! ディリータこそ、この計画に加担しているのか!?」
ディリータは憮然と剣をラムザの目の前に突き出した。
「冗談を言うな! 俺はそのお姫様を助けにきたのさ。彼女の自由を取り戻してやるためにな」
ディリータの敵意そのものの剣を眼前に見据えたまま、ラムザは一歩も動かなかった。アリシアがラムザに、どけ、と叫び、アグリアスも何かを叫び、しかしラムザはそれを聞いてはいなかった。
「冗談、はこっちの台詞だせ!!」
上りきったガフガリオンがラムザに突進してきた。アグリアスの叫びとほぼ同時で、ラムザはアリシアに腕を引かれて崖っぷちに頭をぶつけた。ラムザらには目もくれず、ガフガリオンは流れ落ちる滝の後ろに身を隠し、足場を見つけてオヴェリアの居る上方に移動して行く。ディリータはすでにその後を追っている。
「おまえも雇われ者だろうが! 金のために王女を誘拐したンだろうが!」
「金だと! はっ、笑わせるな! 貴様と同じにするんじゃない!」
「綺麗事がお好きなようだな、坊ちゃんよ! じゃ、誰に頼まれたンだ、オレを邪魔する黒幕は誰だ!」
広い足場に争うように乗り、高い音を立てて二人の剣が噛み合った。ラムザらも二手に分かれて二人とオヴェリアに向かう。オヴェリアはほとんど恐慌状態で、汗まみれで向こう側から走って来たアグネスとジャッキーに肩を掴まれて暴れている。
「計画をかぎつけて、正義感の強いガキがしゃしゃり出て来た、なんて言い訳は通用せンぞ、言え! どこから聞いた! 誰に聞いた!」
「貴様の知ったことじゃない!」
「ガキはこれだから困るんだよ! 遺言代わりに聞いてやろうっていうのによ!」
ガフガリオンは一歩退き、剣を持った腕の小手に刃を受けた。ディリータの剣は肉まで食い込み血が溢れ、しかし空いた左手でガフガリオンは懐から小刀を引っつかんでディリータの肩に突き立てた。
「ガフガリオンは両利きだよ!」
アグネスが叫び、
「もっと早く言えッ・・・!!」
悔しげに、だが唇を笑みの形にゆがめてディリータはアグネスを振り仰いだ。剣を取り落としたディリータをその場に残し、負傷しているとは思えない動きでガフガリオンは岩を攀じ登って行く。とはいえ、ディリータを片付けて行く余裕が無いガフガリオンの姿にラムザは苦痛を覚える。敵はもう、ガフガリオンしか残っていない。
「ガフガリオン、もう諦めてよ!」
苔のへばり付いた岩肌に、同じように張り付きながらラムザは必死で呼ぶ。
「どうして、どうしてこんな計画に乗ったんだ! こんな汚い仕事、」
ディリータから抜き取って行った血塗れの小刀が頬を掠め、息を飲んでラムザはガフガリオンを見た。彼は本気で激怒していた。
「何が汚い仕事だ! おまえはこの一年、何を見て来た!!」
「僕は・・・」
ガフガリオンはオヴェリアの居る、滝のほとんど一番上の崖っぷちにあと一息、というところまで迫っていた。ジャッキーとアグネスが混乱に滅茶苦茶に暴れているオヴェリアを苦労して移動させたのだ。アグリアスもオヴェリアに手が届く距離に来ている。が、闇の剣を一太刀でも浴びればオヴェリアは助からないだろう。
「これが傭兵の仕事だ! 金をもらうために請け負った仕事はなンでもこなす、それが傭兵だと教えたろう! 綺麗もクソもねえ!」
オヴェリアに狂った視線を固定し、ガフガリオンはまた懐から小刀を出した。
「せめて、せめて僕らに言ってくれれば、」
「それでどうなる!? どうなるんだ、ええ? おまえらが止めたところでオレが受けねえとでも思っているのか!? 俺が止めたって、他の誰かが受けるンだよ、おまえが知らないところで誰かが死ぬんだよ、それが現実だ、おまえは、全ての傭兵を説得して回るっていうのかよ! 知らないところで死ぬ誰かを救えるなんて、本気で思っているのか!?」
ガフガリオンは、最後の足場に指を掛け、ぐっと肩を突き出して転がり上がった。さすがに息が上がっている。アグリアスがオヴェリアの前に踊り出て、間に合ったわ! とジャッキーが叫ぶ。
「こんなこと、許されないよ! ガフガリオン! もう、止めてよ!」
「ばかやろう! だれが許さないってんだ? 神様か! それとも貴族の血筋ってやつか? オレはそんなもの捨てた! 貴族の血など、流して流してもう、一滴も残っちゃいねえ!」
「しかし、ガフガリオン、」
アグリアスと睨み合いながらガフガリオンは剣を左手に握り直した。
「しかし、なんて言うんじゃねえよ! おまえは何を見ているんだ? 現実から目を逸らし、綺麗なものを探してなンになる! ガキなんだよ、おまえは! 独りで生きていくことも出来ねえくせに、オレにでかい口をたたくンじゃねえ! 悔しけりゃ、独りで立って、生きて、俺を殺しに来い!」
ガフガリオンはアグリアスに剣を振り上げた。二人共もう技は使わず、力の勝負になった。女の力、と侮ることは無くガフガリオンは激しく打ち込み、またアグリアスも奇声を上げてそれを流すように受けては隙を探す。火花はちかちかと頭上から降り注ぐよう、ラムザは手近な岩場に這い上がって茫然と二人を見ていた。
誰も加勢を出来なかった。二人はそれぞれに護るものがある。アグリアスは騎士の誇りを、そしてガフガリオンは傭兵としての生き様を。
ガフガリオンの手負いのおかげで二人は互角だった。二人は汗と泥と血にまみれ、眼光だけが鋭く胸は激しく上下している。どちらかの心臓が破れるまで戦いは続くかと思われたが、
「許せよ、アグリアス!」
ディリータの声と共に、ガフガリオンがよろめいた。ふらふらと滝に寄り、その足にガフガリオンが捨てた小刀が深く突き立っていた。アグリアスは振りかぶった剣を止め、唖然とそれを見た。
「くそっ、小僧・・・・・」
憎憎しげに言って、ガフガリオンはディリータを見降ろしてにやりと笑った。
「おまえは違うな、おまえは無駄に生きてはいないな! それでいい、それで!」
あっと皆が息を飲んだ次の瞬間、ガフガリオンは滝壷に落ちた。大きなしぶきが上がり、下方にいたラッドがオヤジ、と絶叫してガフガリオンを探すためにまた水に飛び込んだ。彼が退いた後には血まみれのラヴィアンが僅かに身を起し、訳が分からずにぼおっと水面を見ていた。
それきり、ガフガリオンは見つからなかった。
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