翌日、一行はザランダの中央部を横切って進んでいた。城塞都市、という名に相応しく、この街はあちらこちらに城壁が目立つ。通り抜けられる城壁もあれば、途中で断ち切れているもの、長く迂回しなければ反対側に行けないものなど中々に複雑な町並みになっており、オヴェリアはもちろん喜んでいた。
消耗品や食料などを調達しながら何件かの商店に寄る内に、ガフガリオンと共に訪れたことのある武器屋に行き着いた。店の主人はラムザらを覚えており良心的に装備をさばいてくれた。昨日悩み残した装飾品はやはり高価な品物で、主人の勧めに従って売らずに残すことになった。アグリアスらも買い替えを中心に装備を見直し、一行は身軽になって店を出た。
その途端に何発もの銃声が響いた。周囲に戦士らしき者は見当たらず微かに怒号が聞こえ、銃声は遠ざかりながらも断続的に続いている。住人は一斉に建物内に逃げ込み、窓や扉を固く締め始めた。これは自分達が襲われた訳ではなさそうだと思いながらもラムザ達一行は戦闘態勢に入った。
「なんだ、この爆発音は・・・?」
アグリアスやアリシア達はそれを初めて耳にするようだった。
「多分、銃を発射する音よ」
真剣に街中を窺いながらアグネスが言った。アカデミーの授業やガフガリオンに聞いた記憶を辿ると恐らく銃であろうとラムザも思う。
「ゴーグ周辺では剣と等価に銃が扱われていると聞いたが、こんなところまで広まっているとはな」
アグリアスは不審に眉を寄せる。
「銃というものは遠方からも敵を倒せる武器と記憶しているが、こんな市街で乱用されるものなのか?」
ラムザは首を振る。
「正確に当てられれば便利だけど、外れれば味方も無関係の者も等しく殺す武器だよ」
「飛び道具とは、得てしてそんなものだな。狙いは我々ではなさそうだが」
「慎重にね。ほんとに危ないんだから!」
アグリアスに念を押し、ジャッキーは弓をつがえなら一番高い建物に走って行った。彼女は目が利く上に足がとても早い。大抵最初に隠れた敵を発見するからいつの間にか斥候の役割を担っていた。
「弓で大丈夫なのか?」
アグリアスがラムザを振り仰くが
「飛び道具には飛び道具ってね」
刃を砕かれないようにしなよ、とからかうように言ってラムザも駆け出した。ラムザは音に敏感だから、場所の見当がついているんだ、とアグネスが促し、皆がラムザの後を追う。アグリアスの指示でオヴェリアにはアリシアとラヴィアンが付き、半ば哀願して先だっての店の扉を開けさせて避難した。
「向こうの通りに誰かが追い詰められてるわ!」
高いジャッキーの声が降ってくる。身軽に尖塔から飛び降り一行に混じったジャッキーは、
「城壁の反対側よ、南の端。若い子が追い詰められて銃を撃ってる」
アグリアスに追いすがり、ラムザの背に声を掛ける。
「もめ事か・・・助けるか、ラムザ殿」
「とりあえずね。銃を安く分けてもらおうかな」
のんきに言ってラムザは通りを回り込むと城壁にぴったり体をつけた。アグリアスも隣に並び、反対側の様子を窺う。若者の父親が人質に取られているらしい会話、そしてジャッキーの言った人影が叫びながら壁の上に飛び乗った。
「ルードビッヒの野郎に言っておけ! 親父に指一本でも触れれば『聖石』は二度と手に入らないことになるってな!」
「聖石?」
アグリアスは驚いた声で呟いた。
「何? 知ってるんですか?」
隣でラムザは剣を抜く。
「私の知っているものと同じならば、彼のような子供が持つものではないが・・・」
「後でゆっくり聞きましょう」
言い終わると同時にラムザは壁の起伏につま先を掛けると、若者の隣に飛び乗った。金髪を無造作に括った彼は、突然のラムザの出現に狼狽して銃口を向けた。
「危ないって、止めてよ」
ラムザは笑って言うと追手の連中のまん前に飛び降りた。
「こんな大勢で一人を襲ってもつまらないよ。僕らの相手もしてよ」
壁の上の若者が、なんだよ、あんたら何なんだよと、次々現れる傭兵達にぎょっとした声を上げるのを聞きながら、ラムザは追手に切先を向けるとまずは魔道士に向かって突っ込んだ。何の構えもなかった魔道士はあっさり血しぶきに沈み、赤い視界ごしに対面の壁に上がったジャッキーが次々と弓をつがえ、若者を狙う弓使いの利き手を奪うのが見えた。ラムザは城壁に駆け上ってその手負いの弓使いに留めをおく。肝心の若者の無事を確認すべく振り返った。彼は、目の前で突然始まった激しい戦闘を理解できずに狼狽したまま。銃口をどこに向けていいのかすら分っていないようだ。
「落ち着きなよ。あたしらはあんたの敵じゃあない。その大層なもんを当てないでくれると嬉しいね」
魔術士のローブを無造作に肩に掛け、アグネスが並んで肩を叩いた。彼はびくっと体を震わしたが、困った子だね、と笑う顔に少し安堵したのかしっかり頷いた。
追手は訳のわからぬ新手に完全に舞い上がり、若者の事は忘れてラムザに殺到していた。ラムザは壁の上を駆け回って精々彼らを引き付けながらアグネスが手話で示す方向に誘導する。にやっと笑ったアグネスに彼らが気付いた時には火炎が退路を絶ち、待っていたアグリアスの文言とラッドの剣でナイト二人が倒れた。残るは弓使いと魔道士が一人づつ。どちらもはしこく、諦める気はないようだ。挟み撃ちをラッドに手話で伝えようと首を巡らすと、民家の陰に隠れた魔道士の詠唱が終わるのが聞こえ、ラムザに雷が降った。ぎりぎりで避けて壁の上から転げ落ち、そこに弓が降る。
「煩いったら」
飛んできた矢を剣で叩き落し、更に射掛けられる矢を避けながらラムザは民家の壁に寄る。後は逃げていればいい。ラムザに攻撃が集中することで敵の居場所が知れた。他の者が上手く片付けるだろう、そう思った途端、魔道士の姿が頭上に見えた。彼の体は薄赤く発光し、ファイガのチャージが掛かっている。ラムザを押さえつけて道づれにしようをいう腹、ラムザは剣を投げようと身構え、魔道士は屋根から屋根に素早く移動し、飛び掛ろうと踵を蹴った。ラムザの投げた剣は僅差でかわされ、舌打ちをしたところに強烈な爆発音が響いた。力無い死体となった魔道士がラムザの上にどさりと降って、ラムザはしたたかに石の道に体を打ちつけた。
「痛・・・」
喉の辺りを打ち抜かれ、べたべたする血糊を撒き散らす死体に滑りながらその体を押しのけてラムザはやれやれと立ち上がった。目の前に顔色を無くして強く銃を握った手を震わせた若者が、少しふらつきながら立っていた。
「大丈夫? どこか怪我を、」
ラムザが肩に手を掛けると彼はぶるっと首を振った。一つ溜息をつき、血だらけだな、と言って懐から布を出して突きつけた。それは大して綺麗でもないものだったが、頭から血をかぶったラムザはありがたく受け取って顔を拭った。
「俺は大丈夫・・・あんたは?」
「これは全部あの人の血」
若者は確かに怪我は無さそうだった。追手は全て地に倒れ、武器を納めながらアグリアス達が寄ってきた。
「助けてくれてありがとう」
まだ蒼白の顔色で彼は素直に言った。
「ちょっと、ホントに大丈夫なの? 死にそうだよ」
アグネスが覗き込む。
「人を撃つのは初めてだったから・・・気持ち悪くて」
ラムザは感心して彼を見た。そういう純情さはもう欠片も残っていない。感慨深そうにアグリアスがそうか、と言った。
「だが良い腕前だ。戦士の訓練を受けていたのか?」
「いや、俺は銃を作ってるだけ・・・」
そう言って彼ははっと気が付いて皆を見回した。
「俺は、ムスタディオ・ブナンザ。あんたたちは?」
言ったところで遠くから人の怒鳴り声が聞こえてきた。
「まだ追手が残っていたのか?」
「分らない、ザランダの自警隊かもしれない」
「面倒だな・・・」
誰もいないと思っていた付近の民家の窓からぽつりぽつりと人の顔が覗き、引っ込んではまた覗く。なにやら不穏な空気になってきた。
「俺の知り合いの家に行こう、今は無人で好きに使っていいって言ってくれてるから」
ムスタディオもこれ以上の騒動は望んでいないらしく、彼らを誘導したがっている。
「分かった、行こう」
ラムザがまずつま先を向け、皆も慌しく転がしてあった装備を拾い上げるとムスタディオの後に続いた。民家の間を通り、城壁を幾つか越えて更に地下道のようなものを通ってから広場に出た。その間に、派手に血糊を浴びたラムザは黒い布を頭から被っていた。
「あの茶色の屋根の家だ」
ムスタディオが指差す家屋をしっかり見てアグリアスは頷き、
「連れを残してきている。すぐに戻る」
短く言い、ムスタディオの返答を待たずに踵を返すと地下道に戻って行った。
「大丈夫かな、結構な騒ぎになっていると思うけど」
心配そうなムスタディオに、あの人は絶対大丈夫、とアグネスが頷いた。
アグリアスを待つ間、彼らは互いに名乗り互いの事情を話した。ムスタディオは父親を追ってザランダに乗り込んだはいいものの、不慣れな土地での捜索ははかどらず、何度も危ない目に合ってきたらしい。
ムスタディオは血まみれのラムザに湯浴み場を案内し、他の者にはお茶を勧めてねぎらった。そうしている間にアグリアスが主人を連れて戻ってきたのだった。
「確かに大騒ぎだった」
深く被ったローブを解きながらアグリアスは溜息をついた。目立たぬようにここまで来るのに苦労したようだ。ムスタディオが4人分の新しいお茶を煎れ、彼女らにテーブルを譲って傭兵達は床や長椅子に座る。
「おまえは、奴らは何者だ? 追われている理由いかんによっては私はこれ以上関われない」
カップを置くとムスタディオを困ったように見てアグリアスは言った。俺はただの機工士だよ、とムスタディオも困った顔をした。
「あいつらはバート商会に雇われたごろつきだ」
「バート商会? 貿易商として有名な?」
「裏じゃ、阿片から人間まで、手広く売買しているってこと、知ってるか?」
アグリアスの驚く顔に肩をすくめてみせる。
「あれは犯罪組織だ」
「そんな奴らになぜ、人質を取られるような羽目になったんだい?」
大きな布で髪を乱暴に拭きながら、スパッツの上にシャツの前をはだけた格好でラムザが戸口から入って来た。オヴェリアが真っ赤な顔で後ろを向いた。
「ラムザ・・・」
「ラムザ殿・・・」
「おまえは!」
「これ着て出直しな!」
皆が口々に呆れ、アグネスが服を押しつけ尻を蹴飛ばし、ラムザを追い払った。なんで、と小さく文句を言いながらラムザは廊下で服を着ている。
「失礼しました、オヴェリア様、アレはちょっと馬鹿なので」
「ちょっとびっくりしたの、大丈夫」
オヴェリアはまだ顔を赤くして笑う。
「少し込み入った話になりそうです。オヴェリア様はあちらでお休みに」
アグリアスがラヴィアンに目線で促し、彼女の部下達がオヴェリアを続きの小部屋に案内した。オヴェリアは少しつまらなそうに振り返っていた。
「失礼しました、オヴェリア様に謝ってたって言って下さい」
アグネスに小突かれ、しぶしぶ言いながらラムザがまた入ってきた。
「やっぱり本物の王女さまなんだな」
呆けた顔でムスタディオがしみじみ言った。
「こんな所に連れて来ちゃってよかったのか?」
「それは気にしないで欲しい、今は非常時だから」
続きをうながすようにアグリアスは手を振る。
「うん。・・・俺たちがどうして機工士って呼ばれているか知ってるか?」
「ゴーグの地下には、聖アジョラの時代のものだと言われている失われた文明が遺されているそうだな。空を飛ぶという飛行艇や、機械仕掛けの人形やら・・・。私は、そもそもそんな文明があったということ自体に懐疑的だが」
「そういう文明があったのは確かなんだよ。俺たちは今までゴーグの地下から飛行艇の残骸や得体の知れない機械の破片を沢山掘り出している。そういう過去の機械文明の遺産を復元しようとしているから、俺たちは機工士って呼ばれるのさ」
「さっき君が使ったその銃も、機械の一つなの?」
ラムザがムスタディオの腰にぶら下がっている筒を指差す。
「そう、これが銃さ。火薬を使って小さな爆発を起して金属なんかの塊を飛ばすんだ。これは一番簡単な造りのもので、昔は魔法を詰めて飛ばすこともできたらしい」
ふうん、と言ってラムザは差し出された銃を受け取る。ムスタディオに何気なく銃口を向けても彼は気に留めない。アグリアスもそれに気付き、ラムザに同意の視線を送る。彼の素振りは、訓練された兵士でない証とも見えるが逆に、とても狡猾な手口にも思われた。
「おまえがバート商会に追われている理由はなんだ」
少し目付きを険しくしてアグリアスが言う。彼女の思惑に協力することにし、ラムザもムスタディオをひるませるように長椅子を立って間近に立った。
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