錯綜する想い 2

 ムスタディオが篭められていた建物に着くと、他の者は既に集まっていた。
「ムスタディオ! 無事なの!? 死んでない!?」
 アグネスはまだカンカンに怒っている。
「ああ、う、うん、生きてる・・・」
「全く仕方ないよ! ほら、お父上を探すよ、しっかりついて来な!」
「はは、はい・・・」
 アグネスは扉をぐいっと開けると大股に階段を上る。ラムザに失笑されながらムスタディオはアグネスの後に従った。
 手分けして探したが、すべての部屋には誰も居なかった。どうやらルードヴィッヒは完全に撤退したらしい。一階、会議室のような部屋に集合して彼らは進路を練ることにした。
「親父を連れて行ったのかもしれない・・・」
 言ってムスタディオは悲しそうに部屋の隅で壁を蹴っている。
「もう必要ないだろ、人質は。どこかに居る、居るよ」
 励ますラムザを振り返ってムスタディオは情けない顔で笑う。
「うん、うん・・・庭、探そう。・・・埋まってるかもしんねえし」
「馬鹿言ってんじゃないよ!」
 びたん、とその背を叩いてアグネスが叫ぶ。
「ホント馬鹿だね、子供みたいに拗ねてさ! 壁蹴るなら、こう、もっとがつんとやんなよ、こうするんだよ!」
 ドゴン!
 がこん。
「あ」
 一瞬の間。アグネスが蹴った部分が奥に引っ込み、通路が見えた。
「ほうらごらん!」
 勝ち誇ってアグネスは両手を腰に当てている。
「はい・・・参りました」
「さあ、行くよ! ベスロディオさーん!」
 意気揚揚と、通路に頭を突っ込むアグネスを見ながら、ラッドが呟く。
「あいつを隊長にするべきだったなー」
「僕も今、激しくそう思ってるよ・・・」
 ラムザは笑いを堪えきれずに腹を押さえてひくついている。

 果たしてベスロディオは居た。散々に殴られたらしく腫れた顔だったが、ムスタディオを見て嬉しそうにした。駆け寄る息子と暫し抱き合って再会を喜び、べそをかく息子を早速叱り飛ばす。
「よかったねえ」
 ジャッキーが涙ぐんで言う。
「皆、本当にありがとう」
 ムスタディオが満面の笑みで言う。
「うん。君もがんばったからね」
「捕まっちまった時にはどうしようかと思ったよ」
 思い出してラムザはむっとして言う。
「なんで僕を巻いたのさ!」
「えー、酒場に行きたかったから」
「・・・」
「そこのマスターと知り合いでさ。色々聞いた。それであちこち探してルードヴィッヒの居所を掴んだんだ。で、あんたらに伝えようと戻ってるところをとっ捕まっちまった」
「あのねえ! こんな時にガブ飲みしたりしないよ!」
「情報聞くにはちょっとは飲まないとなー。あんた飲んだら止まらないんだろ? だからってミルクとか頼まれたんじゃ、俺が恥ずかしいって」
「・・・」
「あはははは! まあいいじゃないの、こうして無事だったんだからさ!」
 アグネスとにこやかに視線を交わして全く悪びれないムスタディオをラムザは盛大に睨んだ。
「ムカツク・・・」
「悪かったよ、うん・・・」
「いや、全く馬鹿息子が世話になったね。わしもだが」
 笑いながら、ベスロディオが立ち上がろうとして壁に手を付いた。ムスタディオが慌てて支えて辺りを見回す。
「杖、ないか?その辺に転がって・・・」
「そんなもん、拉致された時に無くしたわい。おまえが杖になっとれ」
「じゃ、これ」
 ラッドが装備からロッドを抜いて渡す。
「うん? こりゃ、武器だろう」
「おやっさんにやるよ。武器としちゃ大したもんじゃねえが、丈夫なのは保障付だ」
「重ねて済まんな。杖が無いとどうにもならん・・・」
 おお、こりゃ安定いいな、とベスロディオは喜んでロッドを握った。しっかり立って一行を見回すと、改まって頭を下げた。
「ありがとう。本当に助かった」
 いやあ、と一行は照れて、てんでばらばらの方向を見る。笑ってブナンザ親子は顔を見合わせた。
「結局、聖石を奪われてしまったな・・・止むを得ない事態だったが」
 ベスロディオは視線を落として言った。
「ルードヴィッヒはあれの力を使って地下の機械を復活させようとするだろう。それどころか、聖石に秘められた神の力を解明しようとするかもしれん。しかも頼みの綱であった枢機卿はバートと結託している・・・なれば、わしらにはもう、成す術がない・・・」
「そんなに危ないものですか、地下の機械は」
 覗きこむラムザに顔を上げてベスロディオは苦笑する。
「素人仕事は危ないもんだと決まっている。だが、そんなのは大したことじゃないな。あの石は、尋常のものじゃない。使ってみれば分かる。何か、こう、とんでもない力を秘めているとわしは思っていた。いつかは封印するべきだとは分かっていた。でも、機工士の血が騒いでな・・・とうとうこんなことになってしまった」
 全くわしらの責任だ、とゴーグに名を知らしめる機工士は小さくなっている。
「へへ、それ、大丈夫なんだ」
 ムスタディオがにやにやして言い出した。
「なんだ、どういう意味だ・・・おお!?」
 腰に付けている、弾を納めた箱からムスタディオは光る石を取り出した。
「こんなこともあろうかと思って、ニセモノを用意しといたんだ。村やこのスラムのあちこちに置いてあるんだ」
 真っ先に反応してラムザが溜息を吐く。
「これ、全然輝きが違う・・・! さっき渡した聖石はニセモノだったのか! もしかして、あそこを待ち合せにしたのって・・・」
「へへ、そういうこと。万一のことがあっても、ニセモノを渡せばひとまず切り抜けられるって思ったからさ。奴ら今頃泡食ってるぜ」
「・・・・・」
 ラムザは黙った。目を閉じて考えている。
「なにさ、ラムザ。良かったじゃないか、これで丸く収まるじゃないさ」
「いや」
 アグネスの目を見返し、ムスタディオに向き直ってラムザは言いにくそうに言った。
「この状況じゃあね、マズイよ」
「何だよ・・・俺たちはもう大丈夫だし、村だってバートの連中には神経質だ。もう誰も拉致させないさ」
「あのさ。枢機卿のところに誰が居る?」
「・・・え、どういう意味、」
「枢機卿はさ、バート商会みたいなあからさまに怪しい奴らと手を組んでまで、この聖石を欲しがったんだよ。絶対に諦めないね。そして今、枢機卿の手元には、丁度良い人質がいると思わないか?」
「人質・・・オヴェリア様!?」
 一気にムスタディオの顔色が褪せた。
「アグリアスさん達は多分、邪魔だね・・・さっさと処分するか、僕らをおびき寄せる餌にするか・・・ともかくオヴェリア様が枢機卿の手元にいる現状は、僕らに不利だ」
「わしには今ひとつ分からんが・・・オヴェリア様はもちろん知っている、だがあの方とあんた達になんの関係があるんだ?」
 ベスロディオにラムザは肩を竦めてみせる。
「僕らは傭兵でね、オヴェリア様の警護を頼まれてたんです。その途中でムスタディオを拾った。ムスタディオが枢機卿に会えたのはオヴェリア様の口利きだったんです。今となってはそれも良かったのか悪かったのか・・・」
「そうか・・・そんなことが・・・」
「待てよ、ラムザ! 枢機卿がオヴェリア様を人質って、そんなことしたら王家を敵に回すことになるだろ! 有り得ないよ!」
「あのね、ムスタディオ。オヴェリア様は、その王家から、要らないよって言われちゃったってこと、忘れたの?」
「あ・・・」
「そして枢機卿が何のために聖石を手に入れようとしていると思う? 長い戦乱で人々は疲弊し、醜い政権争いで人々は不安を抱えてる。今、誰もが救いを求めているんだ。枢機卿はゾディアック・ブレイブの伝説を利用するつもりだろう」
「ゾディアック・ブレイブの伝説・・・」
「聖石を集めて、自分の意のままに操れるゾディアック・ブレイブを誕生させようとしていると思う。自分がアジョラ様のような救世主になって、この国を救うという筋書きじゃないかな」
「・・・枢機卿は、この国全てを手に入れたいのか!? 彼の言う通り、聖石を枢機卿に渡してはならん!」
 ベスロディオは身震いして言った。とても悔しそうに顔を皆から背けた。彼もまた、自身の信仰と戦っている。
「じゃあオヴェリア様は・・・」
「王家の者を上に置けば、人心を更に満足させられると思わないかい? 枢機卿はやはり清廉な方だ、覇権が目的ではないって、賛美が集まるんじゃないかな。何も知らずに現象だけ見れば、君だって枢機卿をもっと信頼してしまうだろう?」
「・・・・・ああ、きっとそうだ」
「そうして傀儡の女王の背後で全てを牛耳って君臨する。それが枢機卿の狙いだ」
 ムスタディオは父親の顔を見た。二人共苦渋の表情だった。
「さて、僕は行くよ。オヴェリア様達とは2月ほど一緒に旅をしたんで、すっかり仲良くなっちゃったからさ」
 ラムザは気軽に言って、荷物を開けた。ギルを納めた袋を逆さにし、散らばった中身を4つに分けた。自分の分を袋に戻し、残る3つを懐紙で包むと傭兵達の手に乗せる。
「僕らの隊はここで解散」
「何、言ってんの? ラムザ」
 ジャッキーの視線はギルとラムザを忙しく往復している。
「だって、この先無報酬だから」
 ラムザはごく当たり前、といった風情で言う。逆に少し驚いているようだ。
「僕の趣味でオヴェリア様達を助けにいくんだから。ああ、装備は分けるの面倒くさいから、今背負ってるものを持って行ってよ。じゃあね」
「ちょ、ちょっと待った!」
 ラッドが必死で言う。
「おおおお、俺、えっと、ちょっと気になることがあってさ! だから一緒に行く!」
「・・・物好きだね」
「そうそうそう、俺、物好き! はい、決まり! 行こ、行こ」
 ジャッキーもにじり寄る。
「あっあたしっ! チョコボの世話したいんだ! 雛、雛、まだ雛だから、雛でなくなるまで雛だし!」
「わかんないよ・・・」
「いーのいーの、チョコボ係要るでしょ!」
「俺も行く!」
 ムスタディオは蒼白である。
「これで、これでオヴェリア様達に何かあったら、俺の責任だ!」
「違うよ、君はそれなりにがんばったんだから」
「責任くらい取らせろよ! 俺は行くから! 元から金なんて要らないし、いいだろ、親父!」
「うむ。行け」 
 あっさりベスロディオは頷く。ラムザが縋る目で見ても知らんふりである。
「それじゃあ、嫌だけど、あたしも行かなきゃならないじゃないか」
 アグネスが嬉しそうに最後に言った。
「可愛い彼女に頼まれちゃったもんねえ。ムスタディオの面倒を見てくれって」

 結局ラムザのギル袋には元の金額が納まった。
 ムスタディオの勧めで海路でライオネルに向かうことが決まり、その船を待つためにその夜は港町で一泊。次の朝、ベスロディオ一人に見送られて、彼らは出航した。
「親父、大丈夫かな、一人で」
 デッキから手を振りながらムスタディオはひとりごちる。
「バートはライオネルに行っちまったから平気だよ。それにさ」
 ラッドは笑いながら小さくなるベスロディオに手を振った。
「寝てる間に杖、替えといた。殴ったら雷落ちるやつに」
「こら、ラッド、また勝手にそんなことして」
 ラムザは笑っている。
「この荷物、俺のだろ? 昨日ラムザ、そう言ったじゃねえか。へへ。あのおやっさん、俺の親父にちょっと似てたからさ、おまけだよ、おまけ」
 ムスタディオが風に紛れてありがとう、と言った。少し声は掠れていた。



 汽笛を聞きながら、ムスタディオは甲板に出ている。空は降るような星の海。目を降ろすとまた、海も月の光で星屑が浮かぶ。
 船旅はおよそ2日。ムスタディオは笑わない。ひと時も休まずにオヴェリア達を案じている様子で、普段から少ない食事が更に減った。皆でからかっても励ましても小さく、うん、と言うだけ、顔色も悪かった。彼が彼なりに考えた策略が大事な人達を窮地に追い詰めているという事実が、ムスタディオを責めていた。
「おい、食事」
 ラッドが呼びに来る。アグネスが腕を組んで連れていく。ムスタディオは決められた席にぽそっと座り、静かに食べ、そして誰よりも早く手を拭いた。
「もうちょっとお食べ、ほら」
 アグネスが母鳥よろしくパンを千切って手に持たす。ムスタディオは困ったようにそれをいじり、迷ってから口に入れる。
「そうそうムスタディオ、おかーちゃんが心配するからもっと食べよーね」
 ラッドがからかいながらイモのスープをよそってやる。野菜が浮いているから上等だ。自分の分も注ぎ足し、忙しく口に運ぶ。
「ラッドはもう食わなくていいんだよ!」
「そんなあ、おかわり自由だよ、故郷の味なんだよ、おかーちゃん」
「ムスタディオは産んでもいいけど、あんたは産みたくないね!」
 いよいよ本物だ、と笑うラムザの横で、ムスタディオはゆっくりスープを口に入れている。
「あのね、君が何をしてもしなくても、結果は同じになったよ」
 ラムザが言ってムスタディオはスプーンを置く。
「でもなあ」
「僕らがライオネル城に送っちゃったところで決まったと思うよ。そもそも、ライオネルに連れてくって言い出したのはアグリアスさんなんだし」
「そうだねえ。今頃一番泡食ってるのはアグリアスだろうねえ」
「それに君が落ち込んでいる理由には、枢機卿の裏の顔を知ったことも入ってるんだろ? 僕ら信仰低いし、ムスタディオが悩んでるのはかわいそうだけどあんまり分からないんだよね。向こうに着いてアグリアスさんと再会したら、二人で悩みなよ。それまで元気にしてれば?」
 はは、とムスタディオはやっと笑った。なんとかスープを全部飲む。
「明日の到着はいつなの? 昼前だっけー」
 最後のパンの欠片を口に放り込んでジャッキーが眠そうに聞く。
「そうだね、確かそんな時間だ。ゆっくり寝なよ、明日は僕が世話するよ」
 ジャッキーはチョコボの世話のために船でも朝が早い。日が沈むと途端に弱ってくる。
「そうお? 悪いけどお願い・・・。ジェリアが退屈がって離してくれないのよねー」
 おまえが雛に夢中なだけだろ、とラッドが笑う。そんじゃあ、と言ってジャッキーは席を立ち、残る者は明日購入する予定の武器の相談を始めた。分からないムスタディオはしかし、眠れないらしく大人しくそれを聞いていた。

 翌日の朝、一行は船が着岸の作業を終えるのを甲板で待っていた。思ったよりも到着は早く、天気は快晴、一気に城まで行こう、いや、谷があるから無理かも、とラムザを囲んで話す。海上には、ウォージリスの本、と呼ばれる海鳥がぽつん、ぽつんと飛んでいるのが見えた。白い本を広げたような形の鳥を、ムスタディオは少し離れて見ている。
「お待たせ! 降りてくんな、お客さん」
 船乗り達が威勢良く、渡し板を並べる。
「しゃんとしてよ、ムスタディオ」
 ラムザは背後に声をかける。かけた途端に波が高くなって船が揺れ、ムスタディオはふらついてラムザの肩に手を伸べた。
「ごめん・・・情けないなー、俺」
「はいはい、お手々繋ごうね・・・」
 苦笑に次ぐ苦笑で、ラムザはムスタディオの腕を引っ張る。冗談ではなく海に落ちそうだ。予想通り、彼はあまり眠っていないようだった。
 注意して着地し、ラムザは緊張を少し解く。昨夜から心配していたのはただ一つ。
「ライオネル軍は居ないようだね」
「ああ、ともかく先に進ませてもらえそうだな」
 ラッドと二人、頷く。ジャッキーはチョコボを引っ張り、アグネスはまずは店、と船乗りに教えてもらった時計台を探している。その中でまず、ジャッキーが気付いた。
「あああああ! アグネスぅ!」
 チョコボの綱を放り出して羽交い絞めにする。皆が彼女を見、チョコボも寄ってきた。
「何なのさ。今更あたしに惚れたの?」
「馬鹿馬鹿、怒ってもいいから暴れちゃ駄目! 駄目よ!?」
 何なの、と言ってアグネスは顔を巡らせ、硬直した。
 ラムザは依然ムスタディオの腕を取っていたが、アグネスの視線を辿ってその手を離し、広げ、ムスタディオを下がらせた。
「ラムザ?」
「いいから。下がってて」
 ラッドもまた分からず、しかし視点に緊張して一歩下がった。

 前方には数人の男達、固い踵の音が騎士であることを伝えている。中央の一人、かすかに光るような茶色の髪の者が、残る者を留まらせて近づいて来た。射る眼差し。
「久しぶりだな、ラムザ」
「・・・元気そうだね、ディリータ。どうしてこんなところに?」
「俺達の情報網を甘く見ない方がいい」
「俺達、ねえ」
 ディリータは黒い外套で体を覆っていたが、右肩が上がっている。そして足元のブーツに下がる金具がちらりと見えた。教会の紋章が刻まれている。
「ふふ、アレだけ派手にやればそりゃあ分かるよねえ、どちら様だろうと」
「ラムザ、おい、ラムザって。誰?」
 ほぼ無邪気、と言っていい口調でムスタディオが後ろから言う。
「下がっててよ」
「友達、なんだろ?」
「まあ、そんな感じだけどね」
「だって教会の人じゃないか。やばいってことないだろ?」
 ラムザとディリータは同時にムスタディオに視線を浴びせた。
「え、いや、まあ、さ。俺も色々考えたんだけど、教会の全てがヤバイって訳じゃないと思うんだ・・・うん、そうだよ、きっと。おまえの友達なら大丈夫だって」
「違うよ、なんで教会だって分かったんだよ」
「え、白っぽいだろ? 教会の人って、皆そうだよ」
 ふん、とディリータがムスタディオを視線で見下ろす。その圧力に、ムスタディオは更に開こうとした口を閉じた。
「ソーサラーの系譜か。新しく雇った魔道士か? 随分過保護にしているものだな」
「君ほどじゃない、君ほどじゃないよ」
「お褒めに預かり光栄」
 無言。
 ムスタディオは一歩引いた。これはただの旧友の再会じゃない。彼の移動を知ってラムザの手が下がる。
「どいて。僕達急いでるんだ」
「・・・このままイグーロスへ戻れ。これ以上首をつっこまない方が身のためだ。王女も、聖石も、おまえには手に負えない」
「君なら扱えるって? 随分偉くなったんだねえ」
「そうさ。無責任な傭兵家業に戻りたい、というならガフガリオンにとりなしてやってもいい。これ以上進むな」
「あはは、何でも知ってるんだぞって? すごいね、この勢いで王女様も手に入れるつもり? それでどこまでいくの?」
「行けるところまでさ。復讐を完遂するまで、俺は止まらない。流れに逆らい続けるまでだ」
「何を知っている」
 ラムザが低く、厳しく言った。ラッドが緊張して腰の剣に手をやった。それを見て、ムスタディオも自分の武器を意識する。
「流れ。何の流れだ」
「・・・おまえは王女を救えると考えているらしいな。しかしそれは目先の問題を解決するに過ぎない。真の意味で救えるのは俺だけだ」
「惚れたもんだね」
「おまえには分からないだろうな、俺のやろうとしていることなど」
「ああ、分からないよ、何を言っているのか僕にはさっぱり分からない、さあどいて。時間がないから。皆、行くよ!」
 ディリータは、ラムザの背後の緊張を鼻で笑い、ラムザに一歩詰め寄る。
「時として、最良の方法が最善の結果を生むとは限らない。例えおまえがどれほど足掻こうとも、救うことはできない。俺だけが、出来る。それを覚えておくといい」
 は、偽善者が、とアグネスが吐き捨てた。ジャッキーはまだがんばってアグネスを押さえている。
「おまえは本当に面白い女だな」
 ディリータは嬉しそうにアグネスを見た。
「中々上手い事を言う。堪らない女だよ、アグネス。あの滝でも、真剣な顔でわざわざ寄ってくるからなんだと思ったら、面白い事を言ったな」
「煩いよ、ディリータ!」
「そんなに溜まっているならネコでも飼って苛めればいい、ラムザを解放してあげて、だったか? 相変わらずだな、お嬢さん」
「煩いってば!」
「アグネスも煩い。黙ってて」
 低い声にアグネスは口を閉じる。
「ふん、おまえが言わせたんだ」
「分かってるさ、それくらいは」
「はは、そんな目で睨むなよ、勃っちまうぜ」
「そりゃありがとう」
「どういたしまして」
 沈黙。
 怖いよ、どうしよう、とムスタディオはラッドを小突き、おい、俺も怖いよ、なんとかならんか、とラッドはジャッキーの爪先を蹴り、ジャッキーは助けて、アジョラ様、と呟く。
 固い踵の音、ディリータは立ち去るために体を回した。
「待ってよ、ディリータ」
 向き直らず海の方向を眺めながらディリータは止まる。
「何をしようとしている? 君は、一体何をしようとしているんだ」
「ラーグもゴルターナもおまえの兄どもも、皆、一つの大きな流れの中にいる。そして誰もそのことに気付いていない。気付いていないんだ・・・俺はそれに逆らおうとしている、それだけさ」
 再び踵の音。ふと、止まる。
「ああ、アグネス。礼を言わないとな。仰せに従って飼ってみたら意外と使い勝手が良いんだ」
 ディリータは肩越しにアグネスを見、腕を伸ばして前方の部下らしい者を指差した。差された者が身構えた。金髪の、まだ華奢な体線の少年。
「あの金髪。最近飼い始めたんだ。ああいう風に従順だ。それに、苛めるのは確かに楽しいな」
 馬鹿、行っちまえ、とアグネスが暗く呟く。それを軽く笑い、生きていたらまた会おう、と吐き捨てたディリータはゆっくり歩き始める。部下と合流するとその速度のまま歩いて角を曲がった。件の少年が、角を曲がる間際に振り返ったのが見えた。

「ふう。睨まれちゃったよ」
「無理ないね、あんたに似てたよ、あの子」
 怒りを通り越し、アグネスは呆れかえっているようだ。ラムザはふふ、と笑って肩を竦める。
「さあ、行こうか!」
 振り返ってラムザは元気よく言った。
「なあ、な、なんか、大変なこと、に、なってない・・・か?」
 恐る恐る、という風にムスタディオが聞く。
「なってるよ! あはは!」
 明るいラムザの声に、アグネスとジャッキーが今夜は荒れるね、としみじみ頷いた。



 その通りだった。
 その日、意外と距離のある道程で日が暮れ、バリアスの谷近くで宿を見つけた。品揃えの良い貿易港の店で武器を買い替え、今後を考えて薬の類も多めに補充したので財布はほぼ空であったが、道々に狩った魔物の証を宿は金に替えてくれた。そのような宿らしい。主人は愛想のない親父だったが、彼らの素性を一目で見抜き、遅い時刻に夕食を用意してくれた。
 食事が滞りなく済み、食後のお茶、となった頃、ムスタディオが言い出した。
「ほら、ソーサラーの系譜って言っただろ、あいつ」
「ああ。そうだったねえ」
 アグネスがのんびり構えて答える。
「何、それ」
「大魔道士のことだよ。あんたの家系にいたんじゃないかな」
「えー、なんで?」
「だってあいつが白っぽく見えたんだろ? そういう能力のことさ」
「聞いたことないけどな。俺、小さい頃からそうだったし、親父とか、近所のおばちゃんに言っても全然驚かなかったよ。そうかいって、それだけ。だから皆そう見えるのかなって・・・」
「じゃあ確実じゃないか、皆知ってて認めてたんだよ。ホント、いい村だねえ」
「・・・?」
「そういう能力はさ、魔道士の子供、とかじゃなけりゃ喜ばれないもんなんだ。怖がられてさ」
「そう、かも・・・」
「ねえ、あたし達って違って見えるの? 村の人と比べて」
 ジャッキーが面白そうに身を乗り出す。
「なんもないなあ」
「つまんないー!」
「村の人も全然なんもなかったなー」
「なんにせよ、意外な能力じゃない、ちょっと訓練してみれば?」
 ラムザがあくびしながら言う。
「・・・なあ、あれ、呼べるかな」
「ん?」
「ほら、ラムザが呼んだ巨人」
「タイタン? いきなりは無理だけど、訓練すりゃね。僕でも呼べるんだし」 
「絶対文句言わないとな!」
 鼻息を荒くしてムスタディオが机をどん、と叩いた。
「おいおい、どうしたよ、ケンカでもしたか」
 にやにや笑ってラッドが言う。
「・・・からかわれた。俺になんかしようとするフリして、俺がビビったら笑いやがった!」
「は?」
「ラムザも見てただろ! ふざけすぎだぜ、あいつ!」
 ぽかん、としてラムザはムスタディオを見る。
「見ただろ、こう、上下からまぶたが閉じて目ぇ細くして、唇片方あげて、にいっ、って笑ったの!」
「なに、それ。普通に弓使いを倒して還ったじゃない」
「なんだよ! 見てなかったのかよ!」
「待って」
 ジャッキーが指を立てて止める。
「あなた、タイタンがどんな風に見えた?」
「でかくて赤かった! それで目がでっかくて、歯がぎざぎざでよだれ、だらーって垂らして、果たす、とか言った!」
 一同沈黙。
「本物かもねえ」
「な、なんだよ」
「あたしら、そんなの見てない。巨人だけど普通の大男。何も言わないよ、いつも」
「・・・・・」
「決まり、ムスタディオにはしばらく魔法の訓練をしよう。良かったよ! 僕、召喚魔法大嫌いだし」
 ラムザがにこにこして言った。軽やかに立ち上がるとムスタディオの頭を撫でて、戸口に向かう。ラッドが慎重に声を掛けた。
「おいー、早めに帰ってこいよ」
「ちょっと体洗ってくるだけだよ!」
 するっと抜けてラムザは宿の外に消えた。

 残った者は誰も席を立たない。この食堂は、食事だけを取る客にも開放されるので表に近く、宿泊部屋に遠い。宿の主人も最後に扉の鍵を掛けてくれ、と言って先に眠った。ムスタディオは元々が話し好きなのでそこにいただけだが、誰も席を立たないことに違和感を感じていた。
 ちょっと体を洗う、にしては長くラムザは戻らない。
「探しに行くかあ?」
 ラッドがのびをして言う。アグネスはげんなりして机につっぷし、ジャッキーは悲しそうに溜息を吐いた。何何、とムスタディオは見回す。
「ラムザ、今日ディリータとだいぶ話したからねえ。荒れてるんだよ」
「・・・あれで荒れてるのか?」
「あんたもその内分かるようになるって、あ、お帰りラムザ」
 アグネスは至極当たり前にそう言って席を立った。ジャッキーもラッドもただじっと見ているだけ、ムスタディオは口を開けただけ。
「あ、うん」
「適当だねえ、やったげるから腕出しな」
「うん」
 ラムザは上半身に何も着ていず、着るべきシャツは右腕にぐるぐる巻きにしてあり血が染みていた。
「はあ、網目に切ったんだ。ふうん」
「うん」
 アグネスが暴いた傷は明らかに自分でつけたもの、手首から肩の下まで斜めの線が入り、逆上がりの斜めの線が重なっている。ラムザは左手に握った血まみれのダガーをびたん、と床に放り、その音でムスタディオは少し椅子から飛び上がった。
「痒くて」
「そう」
「蟲が入ってた。取れて良かった」
「よかったね」
「これで眠れるね」
「そうだよ、眠れるよ」
 アグネスは自然な動作でポーションを塗り、包帯を巻いた。はい、できた、もう寝な、と言ってラムザの背を押す。やはり自然にラッドがあくびをしながらラムザに寄って、一緒に寝てあげようか、ボク、とからかい、ラムザは笑ってアグネスがいい、と言った。やっと動けるようになったムスタディオはラムザを振り返り、再び硬直する。その背に。

 ラムザが出て行って、ムスタディオはほうっと息を吐いた。
「なあ、アグネス」
「ん? 何?」
 心持ち優しい声でアグネスは答える。ジャッキーと二人で床に垂れた血を拭い、血まみれのシャツを目立たないように包んで捨てている。
「あいつ、背中もなんかやったみたい・・・手当てがいるよ・・・」
 アグネスはちょっと立って腰を伸ばした。
「あれは、昔の傷」
「でも、真っ赤だった。背中一面切ったみたいに・・・」
「2年前の傷だよ。塞がったところで残ってる。治らないんだ。痛いってことは無いから大丈夫」
 言葉をまた無くし、ムスタディオはラムザの消えた扉を見る。
「ラムザには今夜のこと、何も言わないで。明日にはぼんやりとしか覚えていないはずだから」
 側に来て、アグネスが静かに言った。それは哀願と言って良い響きだった。
「・・・うん。おやすみ」
「おやすみ」
 アグネスとジャッキーは体を支えあうようにして腕を触りあってムスタディオを見送った。閉めるドアの隙間から、アグネスが手を目に押し当て、ジャッキーがその頭をそっと撫でるのが見えた。

 これくらいは序の口だとムスタディオが知るのは、しばらく後の事である。






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