流れ石の街 2

 オーランを追い詰めようとしている夜盗どもは、新手の出現にまだ気が付いていない。
「柄悪そうだな・・・追いはぎだな、ありゃ」
 背後から襲って洗いざらい巻き上げていくか、さもなければ死体から剥いでいくか。
 オーランは盛大に肩を落とし、ともかくも眼下の「ごろつきども」の動向を見守ることにした。オーランの素性と武器が知れないため、夜盗達は怒鳴って威嚇を続けるばかりで、直接攻撃を仕掛けて来るまでにはしばしの時間がありそうだ。

 オーランの眼の端で痩せて足の長い娘が走った。腰まである茶色の髪を赤い紐で一つにくくり、軽い助走で木に飛び上がる。枝に腕を掛けた時に、彼女が弓使いの短い腰布を巻いているのが、翻ったローブの影にちらりと見えた。女弓使いはしばしば陽動の意味も込めて腰巻の下は下着だけで足を見せている事が多いが、その娘はぴったりとした鎧の下に履くような黒いスパッツを付けている。彼女はくるりと体を回して枝に立ったかと思うとするすると登って天辺にしがみ付いてこちらを見た。木の実のように綺麗な形の目が藁の乾いた色でちかりと光り、そして彼女は下の者達に手話で何事かを伝えた。
「うん?」
 戦士の使う手話だった。普通、追いはぎの類はそれぞれのグループで決めた独特の手話を用いるものだが、彼女の使った手話は東天騎士団のものを複雑にしたもののようだ。オーランはその手話から辛うじて内容を読み、驚いた。自分を助ける算段をしている。
「見間違いか・・・?」
 呟くオーランを睨むようにして木から飛び降りた娘は、雪を蹴立てて教会の周りを値踏みし、再び別の木に登って弓を番えた。一方、リーダーらしい者はまだ年若い少年だ。伸び切っていない手足が頼りなく、少女と見まごう姿にオーランはまた驚く。だらしなく肩まで伸びた透けるような淡い金髪がフードから零れ、体が傾ぐ程重い剣を腰に下げていた。彼は残った4人に指示を出し、自分はその場に留まってオーランを見上げた。白い面に開いた反射する泉のような水色の目が、オーランに何事かを伝えようと真剣に向けられた。彼は手話をせずに指差し、下がれ、と示したようだった。
 自分でも素直だな、と思うくらい、オーランは即座にその指示に従った。すっと下がった途端、脇から一人の夜盗が飛び出し、切先がオーランのローブを掠めた。
「ふん、運が良いのもここまでだ!」
 首領らしいその男は切先をオーランに向ける。舞い散る雪がちらちらと剣を掠めた。
「何者だか知らないが、俺達の隠れ家に入っちまったのが間違いだったな!」
「参ったね。今度からは入り口に書いておいてくれよ。こちら、盗賊のアジトでございますってさ」
「は! 減らず口もそこまでだ。観念するんだな!」
 「怪物辞典」を掲げるオーランをせせら笑って男は余裕を見せた。笑いながら踏み込んだところに、滑ったように見せかけたオーランが身を屈めて小刀を投げた瞬間、銃声が轟いた。男は足に銃弾を受けて大きく傾ぎ、続いて顎の下に埋まった小刀に仰け反る。そこを「怪物辞典」で殴打してやると、男は悲鳴と共に屋根から落ちていった。

「銃か? 珍しい追いはぎもいたもんだ」
 力の誇示を好む「ごろつき」は、概ね剣や長矢を帯びる。最新の飛び道具の登場に見回すオーランの斜め下、壁の上に登った一番胡散臭い格好の青年が銃を掲げてこちらを見て笑った。濃い色の金髪に焼けた砂色の肌、ゴーグの者だと一目で分かる。服装に似合わない、どこか幼い顔をしていた。夜空のような深い青の目で、大丈夫だな、とオーランに目配せをすると壁を降りて敷地に入って行った。その脇から背の高い女が跳ね、ローブと複雑に結った陽光のような髪が跳ねた瞬間、大男が窓から彼女に向かって踊り出した。オーランは思わず小刀をもう一つ取り出したが、眼下の女は自分の倍ほどもある厳つい男に突っ込み、軽い印象で大斧を弾きながら大男を斬り捨てた。そして彼女もオーランを一瞥し、無事を確認してから窓の中に飛び込んで消えた。
 相当の腕の剣士だ。
 感心し、屋根裏から階下に移ろうとのんびり爪先を移動したオーランの顔すれすれを矢が飛んだ。
「危ないな!」
 でかい声で不平を言うと、
「ぼけっとしてるからだよ!」
 矢を受けた男を屋根裏の窓から引き摺り、喉に剣を埋めた小柄な女がオーランを笑った。レンガ色の癖毛を結わず胸まで垂らしている。髪よりは茶に近い色の目は目尻が下がっていて、返り血を避けながら剣を引き抜き死体を蹴り飛ばす姿にはあまりにも不似合いだった。女は気の強そうな細い顎をしゃくると
「さっさと降りなよ」
と言いながらにやりと笑った。その屋根裏の窓からは、彼女の仲間らしい男が手招きしていた。見た目の若さとは対照的に、奇妙に年の通った灰色勝ちの緑の目は浅い色だ。若草のように真直ぐな黒髪は、結わったところを千切ったようなばらばらの長さで首筋に赤く滴りを零している。
「血を被ったのか?」
 彼の差し出す手を握り、屋根裏に入ってオーランは声を掛けた。
「気にすんな」
 ぶっきらぼうな低い声で彼は言い、先に立つとオーランを階段に導いた。

 2階は死体のみ、しかし1階ではまだ戦闘が続いていた。階段の途中でさっき見た結い髪の女がオーランを目の端に捕らえ、ラムザ、と呼ばわる。呼ばれたリーダーらしい幼い戦士は、重そうな剣を意外な程の気軽さで振って、3人の夜盗を牽制しながら階段間際まで廊下を後退してきた。
「丸腰か!?」
 女の匂いに乏しい結い髪がオーランに声を掛けた。どこかで見た覚えがあった。女本人ではなく、似た人を見たはずだ。
「違うんだ、残念ながら」
 のんびりと答えてオーランは両手を上げた。
「頃合だからやっちまうか」
 何事かと「ごろつき」達がオーランを気にする気配を見せ、夜盗はじりじり間合いを詰める中、オーランは淡々と早口の詠唱を唱えた。
「天球の運命をこの手に委ねよ。我は汝、汝は我ならば」
 嫌だなあ、と最後にちらりと思いながら唱え終わる。
「星天停止!」
 この技は至って静かなもので、何が起こる訳でもない。状況が分かってるのは自分だけ、オーランはさっさと階段を降りた。
「何をした?」
 夜盗がぴくりとも動かなくなった事に最初に気付いたのは結い髪の女、オーランを見上げて不審に眉を寄せた。
「固めたんだ」
 唖然とする青年と女と少年の間を抜け、オーランは夜盗に向かった。ぽんぽん、とその肩を叩いて
「ほらな、こいつら固まってるから今の内に出てくれ」
「・・・本当に動かないんだ?」
 ラムザと呼ばれた少年がオーランに問いかけ、頷き返したオーランは溜息を吐いた。
「若いおまえらにはあんまり見せたくないなあ、出て欲しいんだけどなあ」
「何?」
 一斉に問い掛ける者達は動かない。赤毛の女までが階段を駆け下りて来て合流した。オーランは諦め、ローブを緩めた。そして背に貼り付けるようにして負っていた長剣をずるずると引き抜く。
「何だ、丸腰じゃないんだ」
「だからそう言ったろ」
 ラムザの言葉に笑い、オーランは3人の夜盗の目の前につかつかと進むと大きな声で告げた。
「恨め!」
 その大音響に「ごろつき」達が飛び上がり、動けない夜盗達は目を見開いた。
「俺はこの辺りの治安を預かっている者だ。おまえ達を見逃がせば情報が伝わって仲間に逃げられる。せっかくの地図が役に立たなくなるからな!」
「ちょ、ちょっとあんた、待ちなって、」
 赤毛の女の言葉を無視して、オーランは動けないままの男達を次々と斬り捨てた。迷い無い太刀筋と、軽く片足を軸にして返り血を避ける身の動きに、
「あんた、戦えるんじゃないの・・・」
と赤毛が呆れた声を上げ、それを合図にオーランを囲んだ者達から幾つかの吐息が漏れた。
「・・・まあね」
 肩を竦め、オーランは周囲を見渡した。
「相手が多かったからね、君らが来なけりゃ結局こうしたはずだ」
 痙攣する一体を踏みつけて押さえていたラムザはその体から降り、オーランに近づいた。
「大丈夫、って言うのは失礼かな」
 ラムザの言葉に笑い、オーランは手を出した。
「いや、ありがとう。無抵抗にした者を殺すのはさすがに嫌でね。君たちのおかげで随分気持ちが助かったよ」
 握手を交わし、オーランはラムザを正面から見つめた。崩してはいるが、彼の言葉遣いには貴族の発音が混じっている。ただの「ごろつき」では無いようだ。
「始めは追いはぎだと思ってがっかりしていたんだけどな。違って良かったよ」
 笑い含みで言えば、ラムザも、違うよ、とだけ言って、ふっと笑った。
 その際立った顔立ちに微かに見覚えがあるような気がする。ラムザと呼ばれていた。その、ありふれてはいない名は、記憶のどこかに引っ掛かるようだった。結い髪の女といい、おかしなものだ。オーランは一行の顔を見回し言った。
「ああ、俺の名はオーラン、オーラン・デュライだ」
 曖昧に頷く少年をオーランは見つめた。
「良かったら君の姓名を教えてくれないか?」
 この場では無駄か、そう諦めながらもオーランは尋ねた。
「僕は・・・」
 僅かにラムザは躊躇した。しかし、顎を上げてオーランを見上げるとはっきりと名乗った。
「ラムザ・ベオルブだ」
 周りが息を飲む音を聞きながら、オーランはこの少年を見た日の事をようやく思い出した。

 10年ほども前だろうか、養子になった後、親友に紹介したいと言う義父シドルファスに連れられてイグーロスを訪れた時の事だった。
 一通りの儀礼が済むと砕けた様子になったバルバネスが、末息子だと小さな男の子を連れて来させた。その子供は人見知りだと一目で分かる、繊細な目をしていた。茶色の髪の子供と手を繋ぎながら更にバルバネスのマントに隠れ、オーランとシドルファスを交互に見上げた、それがラムザだった。
 その後、敢えて戦況報告を避けて雑談に興じるバルバネスの膝に抱かれたラムザは、不安そうな目をうろうろさせていた。その小動物のような姿を愛しいと思ったオーランが笑いかけると、ラムザはびっくりしたように俯いてしまった。しかし、そろそろと顔を上げると恥ずかしそうに微笑み返す。
 そんな大人しいくせに、どういう訳かラムザは机に置かれていた剣を触ろうと手を伸ばし、見咎めたバルバネスにこっぴどく叱られた。それで後ろに控えていた茶色の髪の子供のところまで飛んで逃げると、その子に抱きついてわんわん泣いた。
 幼いとはいえバルバネスの子にしては少々頼りない、それがオーランの感想だったが、見たこともないくらいの可愛らしい容姿は強く印象に残った。

「・・・どうかした?」
 ラムザは警戒したようにオーランを見上げる。
「いや・・・なんでもない、気にしないでくれ」
 その末息子は今、行方不明だというのが公式な情報だ。どうやら不始末をやらかしたらしい、という憶測が飛んでいる。
「血の臭いがこもったな。表に出ようか」
 オーランがドアを開けると粉雪が内側に吹き込み、その雪を手で避けながら弓使いの女とゴーグの青年が駆け寄って来た。
「皆無事ね!」
「足大丈夫か、アグ、いや、あの」
 弓使いの女に小突かれ、口ごもる青年に結い髪の女が笑った。構わない、と言っている。どうやらこの一行は訳有りの集団らしい。気が付かないフリをして、オーランは朗らかに言った。
「君達はこれからどこへ?」
「王都ルザリアだよ・・・」
 ラムザは複雑な表情を浮かべて答えた。その顔にオーランは不安を抱く。ベオルブの次男ザルバックが、北天騎士団を指揮して情勢不安の王都に留まっている事を聞いていたからだ。この末弟はそれを知っていて向かっているのか。
「あなたも王都に行くのなら一緒に行くけど。よかったら、ね」
 ラムザは苦笑混じりに言い、オーランも笑う。自分の戦いの能力は、随分と評価してもらえたらしい。そしてこの子は「気付かれた」ことに気付いていながらも誠意を見せる、そんな人間なのだ。その気質はオーランの遠い記憶の中の、敬愛するバルバネスのものとよく一致した。
「それは残念だな、逆方向なんだ。気持ちだけもらっておくよ。それに、ゴルランドにまだ用事が残っているからね」
 オーランは簡単に答えてラムザを見た。幼かったラムザが自分を覚えていない事が残念だった。望んでくれるのならば、いくらでも助力をしたかった。
「そう」
 呟くようにラムザは言い、そしてあっさり別れを告げた。
「じゃ、気を付けて」
「ああ、そっちこそ」
 軽い別れの言葉をオーランが言った時、
「デュライ殿」
結い髪の女が呼び止めた。
「うん?」
 貴族出を隠したいなら「殿」はいかんだろう、とオーランは品の良い傭兵を振り返って微笑んだ。
「貴殿は王立部隊にはお詳しいのだろうか」
「まあ、それなりにね」
「最近人事があったそうだが・・・」
 オーランは少し目を細めて女を見つめた。ああ、そうか。あの方に似ているのだ。
「部隊長に一人、大物が入られたな。ご健勝で活躍なさっている」
「そうか・・・」
「・・・それにしても娘さんは残念だったなあ!」
 は、と女はオーランを射る様な目で見た。ラムザの雰囲気が微妙に変化してゆく気配を捕らえながら、わざとらしい苦悩の表情を作って見せる。
「ついこの間な、俺、その方の娘さんを見たんだ。たぶん、死んでたな、ああ、死んでた。モルボルに食われてたよ、そうそう、これ以上ない程死んでたなあ、残念なことだよ。あの方に報告するのが辛いなあ」
「デュライ殿・・・」
 彼らに背を向け、オーランは大きな呟きを漏らした。
「鉱脈も見つかったし、4人殺しただけで済んだ事だし、地図も手に入ったし。全く今日はいい日だよなあ。ありがとうな」
 オーランは片手を上げた。
「機会があったらまた会おう。それまで、死ぬなよ」
 そして大股で歩み去った。





 オーランが丘に向かって歩き去っていく姿を見ながら、ラムザはうっそりと呟いた。
「変わってる・・・あの人・・・」
 アグリアスは珍しく唖然とした表情で、オーランの背中を見守っていた。
「オルランドゥ伯のご子息、デュライ子爵だ・・・」
「ああ、やっぱりね」
 アグネスが漏らし、しまったと口を押さえる。
「なんでもない!」
 くるりと体を回してムスタディオを押し退けてジャッキーの隣に納まるアグネスを見つめ、そしてアグリアスはもう一度オーランの背を探した。ゆっくりと彼は、丘に登って行く。
「かつては優れた騎士であられたが、最近は参謀として多大な戦果を上げておられる方だと聞いている。切断寸前までの負傷を足に負ったことが原因らしい・・・良い執政をなさるとも聞いたな・・・」
「へえ。だから屋根でよろよろしてたんだね」
「無茶をなさる方だ・・・遊び癖も無茶らしいと、」
「・・・ヘンな事まで知ってるんだね」
「いや、あまりに有名で」 
 ラムザはオーランの背中に手を振ってからアグリアスに向き直る。
「でもそれで納得したよ、アグリアスさん美人だから」
「なんだ?」
「遊び人なんでしょ、美人には弱いってことだよ。次会ったら気をつけなよねー、恩着せておいて、なんて思ったのかも」
「馬鹿なことを」
 ふふ、と久しぶりにアグリアスは声を出して笑った。ラムザは少々腹立たしくアグリアスを見つめる。彼女の体から、大幅に緊張が抜けている。あの男が信用に足る人物で、しかも嘘を真実に出来る立場であることを、アグリアスは知っているのだろう。
「あーあ、残念だな、アグリアスさんはモルボルに食われちゃったのか」
「どこまでばれずにいられるかは不明だけれど、当面は」
「お父さんはずっと信じるよ。ずっと、ね」
 ラムザは、しん、とした声で言った。アグリアスも言葉を途切らせ、小さくなるオーランを見つめた。ありがとうございます、と小さく呟く声がラムザの耳の側を通り過ぎた。

「でもまあこれで、僕と結婚せずに済むね!」
 気を取り直すように、ラムザは笑いを滲ませて言った。
 アグリアスは急に思い出したのか、尖った声を上げる。
「前にも言っただろう、そういう事は、」
「何の解決にもならないもんね、ごめんね」
 ぺろり、と謝るラムザに
「・・・それだけじゃない・・・」
 アグリアスは若干気落ちした風に言う。
「じゃあ何?」
「・・・フューラー家の方は大丈夫なのか?」
「・・・・・」
 アグリアスは盛大に話を逸らし、そういう時には言い募るはずのラムザは黙ってしまった。当たりだ、とアグリアスはアグネスの横顔を眺める。
「人は変われるものだな。弟宛てに贈られて来た婚約者候補の肖像画は何十枚もあったが、記憶に残るほどに清楚で好ましかった方は少ない」
「弟、いたの?」
「言わなかったか?」
「別にいいけどね。それよりアグネスに言ってやろ、下品になったって」
「・・・・・黙っていて欲しい」
「じゃあ、僕に怒るの、止めてくれる?」
「・・・分かった」
 アグリアスが機嫌を直せば、何に怒っていたのかはうやむやになりそうだが、言い負かす機会を逃したくなくてラムザはからかうのを止めた。
「じゃあ、内緒にしてあげるよ」
「しかし・・・心配だな・・・」
「アグネスの面倒は僕がみるから。アグリアスさんは気にしなくていいよ」
 何気なくラムザが言うと、アグリアスはどこか消沈したようだった。
「アグネスが僕にくっ付いているだけなんだけど?」
 よく分からないまま焦って言い添えても、アグリアスは、そうか、と言うだけで、戦闘に入る前に放り投げた荷物を拾いに歩いて行ってしまった。 
「・・・なんだよ!」
 ぶつぶつと言いながらラムザもその後を追った。





「うん、あの子は可愛かったなあ、目も髪も可愛い色をしていたなあ、うん」
 オーランはようやく丘の上に立って、当初の目的を果たした。
「街には不味い場所はもう無さそうだ。明日、西の娼館街に行ったら仕舞いだな!」
 太陽は夕日の色を帯びている。気温はどっと下がり、粉雪は大粒になって量を増した。
「さあ、飲むか!」
「オーラン様!」
 丘を降り始めると元気の良いハザンの声が聞こえた。オーランがじっくりと踏み締めて登った距離を、軽く駆けて距離を詰める。
「こちらでしたか、そろそろ吹雪きそうなんで作業は終了するみたいですよ」
「そうか! こっちも収穫だぞ!」
 うきうきと地図をハザンに押し付ける。不思議そうに広げて見たハザンの顔色が急速に変わった。
「ああっこれは!」
「教会の方は終わった。・・・俺一人だったから全部斬るしかなくてな、残念だったよ。残りは誰か向かわせて討伐しておいてくれ。あ、おまえは飲みに来いよ!」
「分かりました! それにしても勤勉ですねえ、オーラン様!」
 言うやいなや飛ぶように駆け下りるハザンの背中を笑い、オーランは、ゆっくりと丘を降りてゆく。
 遠く、白い道の向こうにラムザ達が小さくなっていた。先頭の誰かが走って宿らしき建物に駆け込んだ。

「ああ、あの子の名前を聞くのを忘れたな」
 まあ、また会うだろうよ。
 夕日に照らされながらオーランは声を出して笑った。






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