ラムザらは食事の前に近隣の家々で風呂を借りた。ムスタディオが戻って来た頃にはこざっぱりとした様子で集会所に座って飲み物などを運んでもらっていたが、相変わらず子供らにたかられてほとんどを彼らに飲まれてしまっていた。ムスタディオを見て一斉に移動する子悪魔達に傭兵達はほっと息をついた。
集会所は本土の者には少々変わった造りになっていた。土間で靴を脱ぐように決められており、30人ほどが円座になれそうな広さの部屋が土間に続いていた。その部屋が集会室で、床には板が貼ってある。
「まあ、ともかくくつろいでくれよ」
「そうだね・・・」
そう言うムスタディオは子供達に引き倒されて顔が見えない。ラムザはばたり、とうつ伏せて返事をする。ジャッキーが濡れた髪をまとめながら苦笑した。
「あのね、大人はいないの? いわゆる両親ってのはどこなの?」
「ああ、おやっさん達はまだ壕にいるよ。夜しか採れない変わった鉱石とかを集めてから戻るんだ。おかみさん達はこいつらがいないから、ゆっくりお茶でも飲んでんだろ」
「あたしら、エサ?」
「そうそう」
「待たせたな! 飯だよ!」
若者達が戻ってきた。まず子供らを呼び集めて担ぎ上げ、その後で大釜とパンが運ばれて来た。ジャッキーが鼻をひくひくさせて、驚いて言う。
「岩のスープじゃない! そんなことされたら困るわ!」
ねえちゃん、南の出かい、と20代半ばに見える青年が言って笑い、いいんだよと隣の女が笑った。
「岩?」
不審そうに言うアグネスをジャッキーは笑う。
「見れば分かるけど、ほら、昨夜言ってた黒マメのスープよ。肉と一緒に煮たやつ」
大釜の一つが開けられ、覗き込むと確かに、ごつごつした塊が沢山入っていて、岩を砕いたように見える。ざっくりと切られた黒マメは色が抜けて黄色っぽくなっていた。
「ごめんなさいね、もうすぐ星祭なのに」
「いいってことさ、ムスタディオが無事だったんだから」
機工士達はてきぱきとスープを注ぎ、椀をそれぞれの前に置く。ムスタディオが後退る程に遠慮をしたのが印象的だった。それしか無いから食え、と言われて仕方なく口を付けている。
「美味しいわ・・・」
ジャッキーが涙ぐむようにして目を瞬き、言った。
「私の里とは少し味が違うわね。香草の種類が違うのかな」
「ああ、ゴーグにしかないヤツが入ってるよ。気になるかい?」
「ううん、懐かしくて美味しい・・・」
ラムザはただ衝撃を受けて、黙ってスープを口に運んでいた。味は良かったが、それでも実家にいた頃に食べたどのスープよりも粗末なものだった。傭兵生活で慣れた携帯食とさほど変わりない。このスープが、年に数回しか食べられないというご馳走なのだと、庶民の暮らしはそういうものなのだと、ラムザは初めて知り、隣のアグネスも同じ表情をしているのだった。
「これ、アリサおばちゃんが作ったんだろ? すげー美味かった!」
ムスタディオは食べ始めると勢い良く椀を空けた。2杯目をよそって隣に座った青年に渡す。俺はもう食った、おまえが食べろ、いやおまえがと、しばし譲り合いになって最後に青年が受け取った。10人ほどの若者が円座になっており、受け取った青年が椀を回して少しずつ分け合って食べる、その光景もまた、ラムザを傷つけた。
村の若者達は傭兵達に2杯目、3杯目と勧め、同じ生活を知るからこそ、いっそ無邪気に喜んでジャッキーやラッドはそれを受けた。彼らをある意味羨ましいと思いながら、ラムザも注ぎ足してもらう。結局ムスタディオは1杯しか食べなかった。積まれたパンも、1塊を食べただけだった。傭兵達の食事が終わると、幾つかのパンを残して余ったものが運び出された。すると表から、匂いで釜の中身を察知してずっと待っていたらしい子供達が歓声を上げるのが聞こえ、ムスタディオが小さく笑ったのをラムザは見た。
「おう、酒だぜ。こいつはいっくらでもあるからたんと飲めよ!」
大釜と入れ違いに今度は特大の瓶が幾つも持ち込まれた。どうやら残ったパンはつまみのようだ。塩で炒った木の実が乗った皿も真ん中に置かれた。
「ここの酒はどんなかなあー」
嬉しそうにラッドが瓶の蓋を取ろうとして、見っとも無い! とアグネスに手を叩かれる。いいねえ、ねえちゃん格好良いよ、と向かいの黒髪の青年が言った。彼、エリスバートが若者の中では最年長でまとめ役になっているらしく、采配はさりげなく彼に任されていた。
「丘の回りをぐるっと森が囲んでてさ、そこで毎年大量にヤドリギの実が採れるんだ。放っておくとそこら中がヤドリギだらけになるからさ、せっせと採って、こうして酒にする訳だ」
「ヤドリギの酒かあ・・・本当なら結構貴重品だけどなあ」
「ゴーグにも名産はあるってことさ。キツイから、ゆっくり飲めよ」
酒好き同志とあってかラッドとエリスバートは意気投合したらしい。早速酒を注ぎ合う。村ではこの若い年代の者達が村を動かす中心になっているようだった。聞けば、20才になる頃には大概が伴侶を持つらしい。エリスバートの隣にいるメイは彼の妻で、二人共23才だが既に子供が3人いるという。イヴァリースは歴史的に見て早婚の国だが、王家を除いて本土ではその習いは薄れかけている。女達が戦場に出るようになったからだろう。この村の女は沢山子を産みたがるから、しばらくは仕事を続けても次第に母親業に専念するようになるらしかった。
それぞれの若者の自己紹介や村の説明の間、何度も杯を勧められながらラムザは子供だからと拗ねて断っていた。が、なぜかアグネスは何も言わず、他の誰も止めなかったのでとうとう杯を受けた。
「無理すんなよ、ラムザ。飲めないってのはアリだからな」
ムスタディオが耳元で言った途端、ラムザは一気に飲み干してしまった。特に表情も変えない。おおー、と機工士達がはやし立てて、次の杯を注ぐ。
「止めとけって! おい、おまえらも面白がるなよ、こいつは、」
「ザルなのよ」
アグネスが楽しそうに言った。彼女が酒に強いことは既に分かっている。
「は!?」
「底なしとか、うわばみとか言うわね、あれよ」
「へ!?」
「子供のくせにもったいないって飲ませてもらえないんだ。ここの酒は沢山あるみたいだからいいよね?」
「おー! 飲め! 来月には新しい実が成るんだ、どんどん片付けてくれよ!」
「そうか・・・意外だな・・・って、違うよ、ちょっと待て」
ムスタディオが酒瓶を降ろさせようと慌てて手を振った。
「何だよ! おまえも飲め、飲めばいいんだ!」
エリスバートにばんばんと背を叩き、咳き込みながらムスタディオは言う。
「ま、待てって! 酔っ払う前に今後のことを相談したいんだ。俺ら、明日にでも出発するし。早く親父を見つけなきゃならないからさ」
いきなり機工士達が黙った。そして一斉に腰を浮かせてムスタディオに言い募った。
「なんだって?」
「ベスロディオさん、見つかってないの!?」
「てっきり、居所掴んで大丈夫なものだって思ったのによう」
「うわ、ごめんって、それを説明しようとしたらキラに連れて行かれたんだって!」
「そういえばおまえの彼女、どうしたんだよ」
ラッドが顔を赤くして言う。酒には滅法強いが顔に出るのが愛嬌だ。そうだそうだ、とエリスバートも声を上げる。
「う、家にいるよ」
「なんだよ、どんな子なのか知りたかったのに」
「いや、すぐに出発するつもりだって言ったら拗ねちまった」
「上手くなだめとけよ。どうせ今夜はへレナおばちゃんの家に泊まるんだろ」
「うう、俺、自分ちで寝る」
「馬鹿言うな、ヘレナおばちゃんの家がおまえの家だ!」
機工士達は彼らにしか分からないことで妙に盛り上がり、傭兵達は勝手に酒で盛り上がっている。そして急にラムザが立ち上がって宣言した。
「相談なんて要らないよ。僕らは明日出発するから、ムスタディオはここで待っているように!」
「おお、隊長、らしいこと言うじゃねえか」
「隊長なの? この可愛い子が?」
エリスバートの妹だという、やはり黒髪のエラが驚いてラッドとラムザを見比べる。
「可愛いだろー! この長めでちょっと薄い色の金髪がまた、」
「煩いラッド!」
「目の色、滅多にない色よねー、綺麗な水色だわ」
「そうだろ、そうだろ、やっぱ女の子は見てるよなあ」
ラムザは黙って座った。自分の容姿を褒められるほど気まずいことは無いらしい。苦笑し、しかしムスタディオは静かにはっきりと言った。
「俺、行くよ。石の場所は俺しか知らないから」
機工士達がざわめく。ムスタディオは手でそれを制した。
「彼らはもう知ってる。ともかく聞いてくれ、俺がこの3月、何をしていたか」
話し終えると誰からともなく溜息が漏れた。
「大事なことを俺一人で決めて悪かった。でも、いつかはあの石をなんとかしなきゃならないこと、皆も分かっていたと思う」
「ああ・・・あれはヤバイ。バートの連中に知られた以上、もう使えないのと同じだ。それなら危ない目をして持っているよりも枢機卿にお預けした方が良い」
エリスバートがきっぱりと言って他の者を見回した。残念そうだが、皆頷く。
「惜しいよなあ、あれで随分沢山の機械が動いたんだけどなあ」
「仕方ねえよ。最初に見つけたのはベスロディオさんだから、ムスタディオが始末をつけるのが筋ってもんだ」
「ごめん。この借りは必ず返す」
「借りもなにもないわよ。ベスロディオさんが見つけた石で面白いことが見れて、それが終わっただけ。気にしないのよ、ムスタディオ」
仲間なんだな、とラッドがラムザに囁いた。そうだね、とラムザは答える。ムスタディオをこれ以上引き回すのは良くない。なにより、彼には待たせている者がいる。ここに返しておくのが一番だ。
「石の在処を教えてよ、ムスタディオ」
ラムザの顔を機工士全員がさっと見つめた。
「枢機卿にお渡しする時にはもちろん君を連れていくよ。でも、今君がこの辺りをうろつくのは不味いと思う。僕らが取りに行って、枢機卿の軍がバートを制圧したことを確認したらここに戻るから」
「ラムザ、そこまでしてもらう訳にはいかないよ」
「分かってる、ただ教えろとは言わない。これを持っててよ」
ラムザは小さな首飾りを外した。側面に爪を入れて開けると円座の真ん中に置く。内側には女性の肖像画が描かれ、反対の蓋には青味がかった銀色の糸の束のようなものが貼り付けてあった。
「僕の母さんの肖像と髪だよ。羊皮紙に描いたものもあったけど、全部奥様に焼かれてしまった。僕は妾の子だからね、母に関するもので残っているのはこれだけだ。僕の妹も同じものを持っている。父が僕らのために作ってくれたんだ。その父ももう死んだ」
「おい、ラムザ・・・」
「必ず取りに戻るよ。聖石と引き換えにしよう」
「違う、そういうことじゃない。俺は絶対におまえを疑ったりしない」
「ムスタディオ、」
「違うんだ、俺は自分の手でやり遂げたいんだ。今となっては親父があの石を見つけなければ良かったのだと思う。でも無かったことにはできないから、もしかすると俺も親父を失うことになるかもしれないから、俺の手でやり遂げたいんだよ」
本当はラムザ達も楽観していなかった。ムスタディオがザランダで探し回っていた間に誘拐から1月が過ぎていた。それだけでも充分なのに自分達はムスタディオを助けるためにバートの者を殺してしまった。普通に考えて、この条件でベスロディオが生存している確率は低い。ムスタディオにはその懸念は決して話さなかったが、彼が自分達の旅を急がせないことや、眠る前の祈りに鎮魂の文言が入っていることの意味にラムザも皆も気が付いていた。ムスタディオは「父親の死体」を捜すことへの覚悟を決めていたのだ。
「・・・わかった」
ラムザは潔く首飾りの蓋を閉めて自分の首に掛け直した。
「一緒に行こう。枢機卿の軍はおそらくツィゴリスの湿原を抜けない。ライオネルの外れの湾から海路でゴーグに向かうと思う。それも小編成に分けて。たぶん僕らより早く着いて既にゴーグに潜んでいるはずだ。明日、出発して様子を窺おう」
「迷惑を掛ける。やり遂げたいなんて言っても一人じゃ何も出来ないもんな、俺」
「そんなの今に始まったことじゃねーしよ、気にすんな」
ラッドがからからと笑う。涙もろいジャッキーが、笑いながらも目を潤ませながら聞く。
「ねえ機工士の皆さん、ヤバイ連中やそいつらを追う人達が潜みやすい場所って知ってる?」
「ああ、スラム街だろうなあ、この村と反対の街外れにある」
複雑な表情でエリスバードが言った。エラが心配そうにムスタディオを見る。
「よし、街中なら高い建物があるわね、あたしが斥候よ、弓を使うわ」
「じゃああたしは黒魔でいこうかねえ、ラムザとラッドは剣にしな。ムスタディオは援護しなよ」
「うん、街中の案内も任せてくれ」
「俺達も行きたいが・・・」
エリスバードの言葉に機工士達は強く頷く。
「皆の気持ちは嬉しいけど俺一人でもお荷物だからなあ、また今度な」
ムスタディオの言葉に、仕方ねえなあ、今度な、と機工士達は笑う。
「もうしばらく留守をするけど、今度こそきっちり片付けて帰ってくるから」
「そうね、すぐに帰ってきてね。また3月もかかったらキラが暴れちゃうんだから!」
その後、打ち解けた彼らが酒を飲んでいると彼らの兄姉分や親達が乱入して結局大宴会となってしまった。集会所の灯りがいつまでも消えないので、夜半過ぎにはとうとうおかみさん達が乗り込んで来て、きっちり酒を飲んだ後でそれぞれの亭主や子供達を引きずって家に戻し始めた。人だらけの集会所の灯りが消えたのはそれから間もなくのことだった。
傭兵達とエリスバードやムスタディオなど何人かの機工士はそのまま集会所で雑魚寝、となった。が、朝起きるとムスタディオの姿はなかった。顔を洗いに表に出たラムザとラッドは共同の井戸を探してうろうろしている間に一つの窓の中にムスタディオを見つけた。僅かに開いたカーテンの間で、赤毛の娘を腕に抱いてムスタディオは眠っていた。
やっぱり置いて行こうか、ちくしょーぼくちゃん羨ましいぜ、そういうことじゃなくてさ、いや俺はあいつを連れていくぞ良い目みやがって腹の立つ、もういいよ井戸はどこなの、とくだらない会話で彼らの朝は始まった。
FFT TOP