宣告 3

「くそっ・・・!」
 地に伏せた顔を起こし、ラムザは血の混じった唾液を吐き捨てて膝を付く。倒したはずの者が、ザルモゥの文言で次々と立ち上がっていく。
「きりがないわ!」
 悲鳴のようにジャッキーが叫び、矢を放つ。
 「ザルモゥ殿に矢は当たらない! 他を狙え!」
 答えながらアグリアスは矢を潜って走る。ザルモゥに突進するが、立ち上がったばかりの剣士が大ぶりの剣でそれを止めた。
「ラッド、ラッドは!? うわ、」
「門の前!」
 ラムザの頭の上を跳躍してアグネスが言い捨てて行く。彼女がザルモゥに一太刀を与えようと剣を突き出す前に、モンクが背後から腰辺りに飛びついた。絡まって砂に塗れ剣が手から離れて、取っ組み合いが始まった。
 ラッドは、アルマ達を狙っているらしいモンクを追って、門に続く階段を駆け上がるところだ。拳で刃を止める女と睨み合うラッドの背後でムスタディオが、どけ、と怒鳴り、ラッドが階段を転がり落ちた。退いた場所に稲妻が走り、腹に響く破壊音を聞かせる。それきりモンクが立ち上がる気配は無かったが、か細い悲鳴をラムザは聞いた。

 見てしまったんだ、人が焼け焦げる様を。

 ラムザは無理やりに門に背を向け、剣を握って再びザルモゥに対峙しようと一歩を出した。
「逃げて!」
 甲高く、アルマの声が響いた。今後は堪える事が出来ずにラムザは振り返る。ムスタディオに羽交い絞めにされた格好で、アルマは叫んでいた。危惧したように、恐慌状態に陥っているようだった。
「早く、早く逃げて、兄さぁん!」
「ラムザ!」
 腕を引かれて仰け反った顎の前に剣士の刃が降りる。ラムザを投げ飛ばし、アグネスの剣がその剣士の胸に埋まった。殴打の痕を顔に貼り付けた彼女は、集中しな、と怒鳴ってからザルモゥに向かう。
「アルマ、僕は大丈夫だ!」
 背を向け、逃げる剣士を追ってうなじに剣を刺し貫く。避けたが、返り血が肩口にべったりと飛んだ。にいさん、にいさん、と泣いているアルマを振り返りたい、出来ない。
「駄目、駄目、逃げて! 異端審問官に捕まったら絶対に帰ってこられない!」
「こんなところにいるんじゃない、アルマ! 今すぐ立ち去れ!」
 これ以上、見て欲しくない。
「このままじゃ、おまえにまで異端者の烙印が押されてしまう! そうなる前に逃げるんだ、僕は大丈夫、おまえはザルバッグ兄さんに頼るんだ!」
「そんな事できるわけないじゃない!!」
 絶叫を無視してラムザはザルモゥに走る。そのザルモゥの腕は、アグリアスに拘束されており、彼女は厳しい顔で何事かをザルモゥに問い正しているようだ。信徒として、高位の僧官であるザルモゥを止めているのだろう。

「私に剣を向けるならば、異端審問会にそうしたも同じ事・・・!」
 低く、吐き捨てる音でザルモゥが言う。
「ザルモゥ殿、我々は、」
「神をも畏れぬ異端者めッ!」
 ザルモゥは異国風の杖を振り翳してアグリアスのこめかみを狙った。当たりはしなかったが、アグリアスが体勢を崩した瞬間杖は光を放ち、側にいた者は目を庇って腕を上げた。
「この借りは、必ず返すぞ!」
 光を合図にしていたのだろう、目を開けた時には、生き残っていた敵は全て姿を消していた。



「兄さんッ!」
 白い面を一層白くして、アルマはラムザに駆け寄った。後ろから、情けない顔のムスタディオが付いて来る。アルマは抱きつこうとしたが、は、と足を止めて顔を両手で覆った。
「・・・アルマ」
 ったく、とアグネスがムスタディオのローブを引ったくり、ラムザに着せ掛けて返り血を隠す。ちゃりちゃりと武器を鳴らして皆が引き上げの準備をする中、アルマの前でラムザは項垂れた。
「・・・大丈夫、なの・・・?」
「僕は、怪我していない」
 打撲痕は至るところにあったが。
 いつまでも顔を上げないアルマの前で、ラムザはただ俯いている。
「・・・ラムザ」
 アグリアスの体が視界に入って、ラムザは僅かに顔を背けた。
「場所を移そう。ザルモゥ殿が訴えれば、城の警備が来るかもしれない」
「・・・そうしよう」
 アグリアスがラムザの横をすり抜け、アルマの肩を抱いて歩き出す。ちらちらと、振り返りながらアルマは涙を拭いている。それを覗き込むようにして、ムスタディオが申し訳なさそうに何かを言い、アグリアスが苦笑した。
「ほら、あんたも」
 アグネスに、どん、と背中を押され、よろりとラムザも歩き出した。



 戦闘後の姿はどうしても目立ってしまう。自然、小走りに彼らは城から離れて市街を抜ける。
「この辺りでいい?」
 森の中で足を止め、アグネスがラムザを振り返った。しんがりを勤めるラムザが頷き、荷物を降ろすのに皆が倣う。

「・・・兄さん!」
 アルマが、ぱっと体を返してラムザに向かった。今度は迷いなく抱きついた。ラムザは驚いてよろけ、しかし小さく笑ってアルマの背をぽんぽんと叩いた。
「ね、怪我は無い? 大丈夫なの、兄さん」
「うん、アルマも無事だね?」
「皆が守ってくれたわ」
 しばらく二人は抱き合っていた。そんな兄妹をうんうんと頷きながら見つめるラッドが言う。
「しかしなあ、聖石まで持ち出されるとは思わなかったぜ」
「そうよね、おかしいわ・・・それに、聖石の事を知ってるなら、ドラクロワが怪物だったって事も知ってていいのに」
 ジャッキーの声にラムザは溜息を吐き、アルマをしゃんと立たせた。
「そもそも、誰が僕らと聖石の事を、異端審問官に教えたんだろうか?」
 皆を見回してラムザは言った。
「教会だ」
 アグリアスが剣を拭いながら固い声を出す。
「そうでなければ、審問官を担ぎ出す事は出来ない」
「まさか、とは思っていたけれど、ディリータの背後にいる奴らは・・・」
 ラムザはちら、とアルマを見た。小首を傾げ、見返してくる妹にラムザは苦しげに言った。
「僕らは誰かに監視されているんだ」
「監視・・・兄さん達が?」
「ディリータの属する何か、にね」
 え、とアルマは唇を開けてラムザを見つめた。
「泳がされている、と言っていい。以前も思いがけない場所にディリータが現れて、手を引け、と警告されたんだ。おそらく『彼ら』が僕らに一番詳しいんだ」
「『彼ら』・・・さっき兄さんが言っていた、邪悪な事をしようとしている人達が、まさか教会なの・・・?」
「残念ながら」
 アグリアスがアルマの隣で静かに言った。
「そう考えるのが、一番つじつまが合うのです。オヴェリア様誘拐の件は、兄上に聞かれましたか?」
「ええ、少し・・・」
「では話は早い。あの時ディリータは、北にも南にも属していなかった。王女誘拐、などという大掛かりな計画を立てて何かをしようとするような一味が、そこらの山賊であるはずはないのです。教会なら、規模としても情報網から言っても、似合う」
「そんな・・・」
「俺、言ったじゃないか、ディリータってヤツが教会の人だって!」
 ムスタディオが拗ねた様子で口を挟んだ。ぽん、と手を打ち、ラッドがにやにやとムスタディオを見る。
「あー、そういやおまえ、そんな事言ってたな。話半分で聞いてたから忘れてたぜ」
「・・・信用ないんだ」
「あんたがソーサラーだなんて話、全部の魔法を呼べるようになるまでは信じられないね」
 冷たくアグネスが言い、ムスタディオはしゅんとしてしまう。
「話を聞いただけだが、私はそれなりに信用していた・・・だが、正直なところ、教会が絡んでいると考えたくはなかったな」
 ぽつり、とアグリアスが零し、一瞬嬉しそうになったムスタディオは再び沈黙した。一行の中で、最も信仰心が強い二人の気鬱がその場に流れる。
「・・・なぜ教会は、聖石まで使って僕らを陥れようとするんだろう」
 空を仰いでラムザが言う。それに、あ、とアルマが呟く。
「気になっていたの。聖石って、あの伝説に登場する聖石? 実在するものなの?」
「ああ、僕らも持っているんだ」
 ええ! と声を上げるアルマの目の前、ラムザはタウロスとスコーピオの2つの聖石を、腰に付けたポーチから取り出した。
「これが聖石!?」
 黄色と赤のクリスタルをまじまじとアルマは見つめ、指の先でそっと突付く。
「うん、1つはムスタディオが知らずに持っていたもので、もう1つはドラクロワ枢機卿の持ち物だったんだ」
「・・・俺が、巻き込んじまった」
 一層沈んでムスタディオが言い、ラムザは苦笑する。
「今更だよ。それに、オヴェリア様に関わった時点で、聖石との付き合いも決まったようなものだ。それだって僕が望んで関わったんだ」
「でもなあ・・・」
「私、同じようなクリスタルを見たことがある!」
 ムスタディオを遮り、勢い込んでアルマはラムザの腕を掴んだ。
「え、なんだって!? どこで?」
「ええとね、」
 言いかけ、しかし彼女は、ふふ、と笑った。
「私も一緒に連れて行くって約束してくれたら話すわ」

 ええ!? と全員がアルマを見つめた。
「・・・冗談じゃない」
 アルマに背を向けてラムザは不機嫌に言った。
「まだそんな事を言ってるのか。さっきのような目に遭うんだよ、あんなに怖がっていたじゃないか」
「だ、だって、初めて見たんだもの、戦いなんて。次はちゃんと出来るわ!」
「しなくていいんだ! 駄目だ駄目、絶対に連れて行かない!」
「じゃあ私も話してあげない!」
 アルマまで体を回して背を向け、腕を組んで怒りだした。二人共、頑として譲らず、ぶつぶつと何かを言っている。
「おいおいおい、おまえらなあ・・・」
 ラッドが笑い含みの声で言う。
「子供みたいな事を言わないでよアルマ、命掛けなんだ」
 あんただって大概子供じゃないさ、とアグネスが囁き、アルマはぷーと頬を膨らませる。
「もう遅いわよーだ! 私の顔、きっちり見られたもの、私も『異端者』になっちゃったわ。兄さんと同じ、追われる身よ」
「馬鹿を言うんじゃない!」
 勢い良くラムザが振り返り、アルマは肩越しにそれをちらりと見る。
「ねえ、兄さん。ダイスダーグ兄さんが、ベオルブ家よりも『異端者』の私を選んで守ってくれると思う? 私は思わないわ。きっと見捨てるでしょうね」
「・・・あの人なら・・・やりかねない」
「ね?」
「いや駄目だ、危険過ぎる! ザルバッグ兄さんに話して教会の許しをもらえるように、」
「兄さん!」
 くるんとラムザに向き直り、アルマは両手を握った。
「ザルバッグ兄さんがダイスダーグ兄さんに逆らうようなマネをすると思うの!?」
「アルマ・・・」
「それに多分、ザルバッグ兄さんは、知っていたわよ・・・」
「アルマ・・・!」
「異端審問官が護衛を連れてお城にいたのよ。今、お城を取り仕切っているのはザルバッグ兄さんなんだから、兄さんはきっと、」
「アルマ!」
 ラムザは青ざめてアルマを見つめた。彼女もまた、同じ顔色で兄を見たが、すぐに言い過ぎた、という表情で横を向いた。ラムザは何かを言いかけ、止め、俯く。
「・・・私があのクリスタルを見たのはオーボンヌ修道院よ」
 呟きにラムザは顔を上げる。
「・・・・・」
「確か、処女宮の紋章が刻まれていたわ」
「ヴァルゴの聖石か・・・ありがとう、話してくれて」
「兄さん・・・」
「おまえはザルバッグ兄さんに頼るのが良いよ。僕らに同行するよりかはマシだと思う」
「・・・・・」
 アルマは、赤い可愛らしい靴の先で地面を掻いた。項垂れるその背に、アグリアスが手を置き、送っていきましょう、と言った。が。

「兄さん」
「もう、聞かないよ」
「ちょっとした疑問なの。男で、しかも『異端者』の兄さんが、どうやって修道院に入れてもらうつもりなのかなって・・・」
 あ、と再び全員がアルマを見つめた。
「私なら、シモン先生に泣きついて入れてもらえるような気がするけれどー」
 う、とラムザはうめき、アルマを睨みつける。
「ね? 私、必要じゃない?」
 唇に人差し指を当てて、アルマは首を傾げた。ううう、とラムザは唸り、いや、だけど、でも、と口ごもった挙句に溜息と共に言った。
「・・・オーボンヌ修道院まで、だからね?」
「あら、一緒に行って欲しいの?」
 どうしようかしらー、とアルマはご機嫌だ。ぐぐ、とラムザは唇を噛み、一同、二人を見つめる。
「・・・一緒に行こう」
「仕方ないわね!」
「ただし、オーボンヌの後は必ず家に戻るんだぞ、いいね!」
 いいわよー、と真実味無く明るく答えると、アルマは爪先立ちで一回転して見せた。必死で、絶対だからね! と拳を握っているラムザの背後では、

「あーあ、言っちゃったわー」
「全く、だらしない兄さんだねえ」
「華やかになって結構だ! 俺は歓迎するぜ!」
「やむを得ないな、押し入る事は避けたい」
「俺、側でずっとプロテス掛けるよ・・・」

などと、囁きが交わされている。






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