さよなら、ガフガリオン 2

「向こうに行けないのか!?」
「側面の扉は開かないわ、正門を中から開けるか外壁をよじ登らないと!」
「ちょっと、ムスタディオ、何してるんだい!」
「どっか引っかかりがあれば登れるからさ、探してるんだ!」
「無理だって、そういう事が出来たら城の城壁にはならねえって!他の道を、」
「そうだけど、でも、あっ!」
 また、頭上に重く暗い稲妻が走った。攻撃が続いているという事はラムザがまだ生きているという事だが、戦況は全く不明だ。
「ラッド、血止めしなって!」
「抜け道探しに行く!」
「私も行こう!」
「俺も、」
「あんたはここにいるんだよ! ほら、ケアルならなんとかなるから!」
 追い詰められているらしいラムザが見張り場の端にちらりと見えた。慌ててムスタディオはケアルを唱える。ぴったりと城壁に張り付き、ラムザの上に明るい光が注ぐのを確認して一つ息を吐く。
「でもこのままじゃ! 何とかならないのか!?」
 
 伏兵は6人、ラッドの捨て身の攻撃とアグネスの確実な回復の連携で4人を仕留め、2人を括って転がしてある。彼らはガフガリオンとともに城の守りを全面的に任されていた者達で、オヴェリアが篭められている地下牢の場所も知っていた。
「こっちは準備万端だってのに! ラムザ一人じゃガフガリオンは無理だよ!」
 怒鳴り散らすアグネスの横で、ケアルを唱えようとしてムスタディオは唖然と言った。
「なんか・・・もう切れたみたいだ・・・」
「あたしがやってみる!」
 魔道にはからきし弱いジャッキーが両手を広げるのを初めてムスタディオは見た。小さな、小さな彼女のケアルはなんとかラムザに届いたようだがたいした回復は望めなさそうだ。
「あたしがやる!」
「駄目、アグネスは駄目! まだ中に沢山兵士がいるかもしれないのよ!? 気力を温存しないと、防御を犠牲にするローブを着けてる意味がなくなっちゃう!」
「じゃあどうするんだい、ラムザが死ぬよ!」
「登れる! こっちに来い!」
 ラッドの叫びに3人は弾かれたように走った。アグリアスとラッドは自分達のシャツを裂いて紐を作り、倒した兵達の武器や防具を結びつけて城の内側に放り続けていたらしい。
「やっと引っかかったぜ!」
 既にアグリアスの姿は無い。続いてラッドが壁の上に立った時、鋭くアグリアスの声が上がった。
「門を開ける!」
 ラッドは素早く紐を伝って姿を消し、3人は再び正門前に走った。重い門が開く速度は遅く、アグネスはほとんどこじ開けるように隙間から体を入れて中に滑り込んだ。防具を付けているジャッキーとムスタディオは暫しじりじりと待ち、やはり通れるだけの隙間から身を捩って城内に入った。
 開錠装置にはラッドが取り付いており、アグリアスは剣を抜いて階段状に切り取られた崖を跳んで行くところだ。アグネスは見張り場の下に立って、ケアルラを唱えようとしてジャッキーに両手を拘束された。
「離してってば! 真上にいるんだよ!」
「こんな見えないところからじゃ届かないわよ!」
「あの子、おかしくなってるんだよ!」
「アグリアスが行ったわ! 待って、ちょっと待つの!」
 
「来ないでよ!」
 枯れた声が頭上から降って、全員がラムザを見ようと走った。
「来ないでよ、アグリアスさん!」
「しかし、ラムザ、」
「来ないでったら!」
「ラムザ、」
「なんでこんな事になったんだよ、なんでこんな事になったんだよ!」
 泣き叫ぶようにラムザが言い、アグリアスの声は聞こえなくなった。
「・・・終わったの?」
 ジャッキーが飛び上がりながら言った。もう稲妻も暗雲も見えず、地鳴りのような不気味な音も聞こえなかった。正門の上にちらりとアグリアスの金髪が見えているが、それ以上の情報はない。
「・・・終わってるよ・・・」
 ムスタディオが崖の上で悄然と立ち竦み、哀しげに首を振った。隣のラッドが静かに歩いて見張り場に向かっている。先を争ってジャッキーとアグネスも崖に取り付き、そして、やはり言葉を無くした。
 ポーションの割れた瓶が至るところに転がっていた。下からアグネス達が放ったものも使い尽くしたらしい。ほぼ中央にガフガリオンが倒れ、完全に事切れた様を曝している。その側にラムザが這い、ガフガリオンを覗き込んでいた。
「壮絶だな・・・」
 ラッドがぴたぴたと靴音をさせてラムザに近寄った。一面の血だまりだったからだ。ガフガリオンの急所にラムザの小刀が刺さり、更に幾つもの刃傷が口を開けている。至近距離から何度も剣を打ち込んで鎧を砕いている事が誰の目にも明らかだった。
「寄らないで!」
 相好が分からないほどに血に塗れ、剣を振り回してラムザは叫んだ。
「来ないで、来ないでったら!」
 アグリアスがさっと避けながら背後に忍んだ。手を広げるラッドに叫び散らして気をやっているラムザを、背後から抱きとめ剣を取り上げた。
「もう終わった、終わったんだ、ラムザ」
「終わってない、まだ終わってない!」
「ガフガリオンは死んでいる」
「分からないよ、まだ生きてるかもしれない、離して、剣を返してよ!」




「どうしたラムザ!」
 自分の汗と血でブーツの中までぬめっている。
 闇の剣に5度も打たれていた。気力も尽きてケアルは掛からない。下の喧騒は終りを告げ、皆中に入ろうとしているらしく、アグネスの怒った声が時々耳に入る。
「来い。いい加減にしないとドラクロワがお姫さんを連れて逃げちまうぜ!」
 誰かが放り込んだポーションが足に当たる。拾い、即座に使うが、思うようには回復していない。焦りながら見張り場の端に立った時、思わぬケアルが降った。下を窺っても何も見えないが、誰かがかけてくれたのだ。剣を握り直す。まだ、戦える。
「いい仲間だな」
 笑いながらガフガリオンも足元のポーションを拾った。乱暴に体にかけると叩きつけて瓶を割る。わざと距離を取って余裕の表情を見せているが、彼はラムザが浴びせた太刀傷から夥しい血を流していた。闇の剣に自らを打たせながら斬り込んでくるラムザが確実に傷を与えてきたからだ。吸収するよりも多くの体力を奪う負傷に、彼の息もまた荒い。
 二人共、終結の時を数え始めていた。
「ガフガリオン・・・」
 彼の代わりにその下の影がなまめいて答える。舌なめずりするようなその影は今は攻撃を仕掛けてはこないが、ガフガリオンに尋常でない体力を与えているらしかった。
「それは何・・・? 何があったんだ、ガフガリオン!」
「力って奴だな」
「力・・・そんなおぞましいものが!」
「そう見えるおまえには必要ではないンだろうさ」
「あなたは充分に強いじゃないか!」
「そうか? 俺は不満だ。何者にも殺されない体が欲しい」
「そんなものあるはずがない!」
 ガフガリオンは更に後退し、崖の縁まで戻る。ラムザは懐から小刀を出した。こうしてガフガリオンと対峙する時のために、普段は持たない数を忍ばせていた。
「いいさ、好きな所に刺してみな」
 既に死なない体になったとでも言いたげに、ガフガリオンは剣の構えを解き、両腕を広げて見せた。
 飛ばし技には懐に潜れ。
 かつてガフガリオンに訓練された事を思い出す。その時もああして彼は両手を広げた。
 ケアルもポーションもいつかは尽きる。半ば絶望に任せてラムザは覚悟を決めた。刺し違えるつもりだった。ラムザは、自分が与えた負傷が与えられた負傷よりも大きいと、気付けない程度には疲弊していたのだ。
「・・・ガフガリオン!」
 飛び出し、しかし一瞬止まってガフガリオンが剣を構え直した所で身を低くする。下がるように見せかけて誘い、踏み出した先に飛び込んだ。
 ど、と重く音を立ててラムザの肩当てとガフガリオンの胸がぶつかり手答えがあった。ガフガリオンの鎧の隙間に入り込んだ切先が、心臓近くに埋まっている。しかしその体は微塵も揺るがなかった。
「上手く潜ったな。しかしどうする、これを」
 ガフガリオンは剣を軽く回すとラムザの背を激しく打った。鎧が砕け、背に刃が食い込む感覚にラムザは間近の顔を見上げる。今の衝撃で、小刀は完全に心臓に埋まったはず、だが、髭の間から低く笑って、ガフガリオンはラムザに言った。
「残念だったな」
 即死しても良いはずだった。ラムザは恐慌して懐から残る3本の小刀を出した。ぎりぎりと背に食い込む刃から逃れるようにきつくガフガリオンに身を寄せながら喉や脇に差し込む。血がやたらと飛び散り視界が赤く、ガフガリオンの顔がかすんだ。
「どっちが先に逝くか、賭けるか?」
 ごぼごぼと血泡を吹きながらガフガリオンは言った。笑っていた。
「・・・・っ、どうしてっ!?」
 ラムザは夢中で拳でガフガリオンの頬を打った。かすかによろめいたガフガリオンの刃が背中から浮く。血で滑るようにしてラムザは逃れ、見張り場の上にびしゃり、と倒れた。
「仕方ないな、おまえは。せっかく留めを刺せたもンを」
「あ、あ・・・」
 逃げ退った。流れる血で滑って上手く立てない。ガフガリオンはゆっくりと剣を掲げ、ラムザを追って見張り場に乗り上がった。歩くたびに彼の足元には足型の血堪りが出来、逃げるラムザが動くたびに血の筋が軌跡を描く。
「終わるか」
 ガフガリオンの唇がかすかに震える。裂けた喉から詠唱の代わりに血が溢れ、それでラムザの上に鉄色の闇が降った。
「あーーーっ!」
 初めて、打たれて声を上げた。転げ、本能的に身を起こす。溺れる動きで腰に刺した剣を抜いた。ガフガリオンはほんの一歩手前でまた詠唱を唱えようと剣を構え、ラムザは半狂乱で両手を突き出した。
 「ちゃんと狙えよ、ほら、殺すぞ!」
 ラムザの剣を軽く避け、悪夢そのものとなったガフガリオンは覆うように見下ろして剣を振り上げた。ぼたぼたと生暖かい血が顔に落ちてくる。確実に息の根を止める、その刃道が仰け反るラムザに見えた。
 
 
 
 
「落ち着け、ラムザ!」
「嫌だ! なんでっ、どうしてっ!」
「ラムザ、頼むから、な、正気に戻れ!」
 アグリアスとラッドに抱えられながらラムザはずるずると見張り場の上を引き摺られていく。
「まだ生きてるんだ! 剣を返して、剣を返してーっ!」 
「もういいんだ、もういいんだよ!」
「駄目だ、駄目だ、駄目だ! まだなんだ!」
 死体を振り返りながらラムザは激しく暴れた。
「生きてる! ほら、生きてるんだよッ! 見えないの、あ、嫌だーーーっ!」
 



 しかし、ガフガリオンはそのまま動かなかった。
「どうした、ラムザ。好機を逃すな」
「ひっ・・・・」
「ビビってる場合じゃない、さっさと殺れ」
 音を立てて降ってくるガフガリオンの血。ラムザはがたがたと震えて剣を胸の前に構えた。
「そうだ、ちゃんと狙え」
「うわああああ!」
 何も思考出来なかった。言われるままに突き出すと、小刀で裂いた場所を上塗りしてガフガリオンの背中から切先が覗く。
「しっかり狙えと言っただろう、さあ、次はどこだ」
 ガフガリオンはラムザの手首を掴んで胸からずるり、と刃を抜いた。ラムザは腰を抜かしてその場に座り込んだ。全身が震え狙いなど定まらない。しかし痙攣する両手は剣を離しはしなかった。
「殺せ! 早くしろ!」
「出来ない! 出来ないよ!」
「やれ、いいからやれ!」
「嫌だ、嫌だあああ!」
 圧し掛かってくる死なない男から自分を庇い、ラムザは恐怖と悲しみに身を任せて腕を振り上げた。

 上げた先には首があった。
 剣はその喉を半ばまで切り裂き、恐ろしい量の血を吹き上げながら、ガフガリオンはぐらり、と傾いた。
「あ、あああああああ、あーーー!」
 ただ絶叫してラムザは崩れ折れるガフガリオンを見ていた。湿った重い音と共に、彼はラムザの前に平らになった。
「ああ、ああ・・・」
 生きている影がその血溜まりの中で喜ぶように踊った。ひとしきりはしゃいだ後、ゆっくりと「それ」は放り出された剣の中に収まって消えた。
「よし、よくやった」
 ガフガリオンは晴れやかに笑っていた。血に塗れて既に相好は分からなかったが、その口は屈託無い笑顔の形になっていた。
「飛ばし技には懐に潜れ、という基本に忠実だったな。粘ってよく逃げた。小刀の使い方もまあまあだ。負傷してなきゃ避けられたンだが・・・今はあれでいいだろう・・・」
 ガフガリオンは楽しそうだった。ラムザは這って寄り、ガフガリオンの体をあちこち触ってからおろおろとケアルを結んだ。辛うじて光が降ったが癒されるものがあるはずも無く、ラムザはぼんやりと両手を突いて彼を見下ろした。
「闇の剣を継承させたかったが、おまえには似合わンだろうな。そのままで行け・・・」
「ガフガリオン・・・」
「剣に触るンじゃないぜ、まだ憑いている。コイツは俺が死ねば勝手に去るからな、放って・・・おけ・・・」
「ガフガリオン・・・?」
「姫さんは地下に・・・」
「ガフガリオン、ガフガリオン、僕らは、どうして、」
「・・・気にするな」
「どうして・・・っ」
「泣くな・・・別れを言え、後悔するぞ」
「・・・っ、さよなら・・・ガフガリオン・・・!」
「ああ・・・じゃあな。」




 走り、飛び込んできたアグネスが激しくラムザを殴った。泣きながら何度も殴るとラムザは静まり、アグリアスとラッドがぐったりした彼を抱えて崖を降りた。
 地面に着くとラムザは唖然と座り込み、しかしポーションに濡らされると不意に正気の目になった。
「行こう・・・」
 囁くように声が聞こえた。
「行こう、オヴェリア様は地下にいるよ・・・」 
「・・・大丈夫なのか?」
 アグリアスがぐちゃぐちゃのラムザの顔を両手で拭う。彼女の手を止め、しかし縋って立ち上がりながらラムザはしっかりと顔を上げた。まだ涙を止められないアグネスに少し笑ってみせる。
「皆の怪我は?」
「大した事ねえよ」
「ラムザが大丈夫なら行くわ」
「俺達は心配ないんだけど・・・」
「・・・あんた、正気なんだね?」
「うん、心配かけたね、ごめん」
 ラムザは袖で顔を拭って正門を振り返った。沈む寸前の赤い夕日の光に照らされたそこは、最期の一瞬まで戦士を育て続けた者に相応しい、美しい墓だった。
「行こう。僕らはそのためにここにいる」 

 胸の中に声がする。
 そのままで行け。ラムザ。
 彼は強く頷き、地面を蹴った。






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