小鳥の巣

 寝台をするりと抜け出し、ラムザは窓際に立った。俺はぼんやりとそれを見ている。
 ラムザは裸のままカーテンを引いて窓を開け、身を乗り出した。まだ夜ともいえるくらいの早朝の事だから人に見られる心配はないが、とにかく寒そうに見える。長い金髪が何の光を映しているのかちらちらと輝き、白すぎる肌が夜目に浮かんでいる。背の傷さえなければと、思う。
「ラムザ」
 俺が呼べば、風に翻るカーテンと同じ動きでラムザは振り返った。
「起こした? 寒い?」
 分かりきった事を聞く。
「寒いな」
 苦笑して手を伸ばした。しかしラムザはふるふると頭を振ってまた窓の外に惹かれた。
「何が見えるんだ?」
「なんにも」
「じゃあどうして見ているんだ?」
「何か見えるかと思って」
 俺は悲しくなって毛布を退けた。荒い木の床は足の裏に冷えを貼り付ける。急いで行って隣に立ち顔を見つめると、ラムザはとても真剣な表情をしていた。
「冷たくなってるな」
 背中を触るとびっくりしたように勢いよく顔を上げて俺に笑う。
「ディリータは体温が低いよね」
 そうなんだろうか。ラムザは言いながらもまたまっすぐ前を向き、夜明け間近の青い闇を見た。
「僕が暖めてあげないと」
 ラムザの方が冷たい肌をしていると思う。
「見つかったか?」
「見つからないね」
 一番鶏の声がどこかで聞こえる。飼育係が起き出してくるかもしれない。
「誕生日おめでとう」
 唐突にラムザは言った。
「覚えていたんだな」
「違うよ。忘れないんだよ」
 子供の頃を思い出すような小さな声でラムザは囁いた。
「どうしよう」
「大丈夫だ」
「今度こそ死んじゃうよ」
「大丈夫だ」
 急にラムザは俺に飛びついた。柔らかい髪が首筋に纏わり付く。凍るような冷たい体は細く、また痩せた。眠る前、抱いている間中それが気になって仕方が無かった。
「大丈夫だ」
「僕が死んだらいいんだ」
「駄目だ、俺が許さない」
 強く抱きしめるとラムザからは孤独の匂いがした。俺がどんなに近くにいても、ラムザは海の底のように孤独だった。少しばかりは暖かいのかもしれないが。
 尻の下に手を組んできつく抱くと性器が触れ合った。ラムザは少し勃起して足を回してくるのでそのまま抱いて運ぶ。寝台に寝かせると、シーツに染み込んでしまいそうなはかない笑顔を見せた。
「だめ?」
 したいよ、と俺の体をいじるから、こめかみに口付けて急いで窓に戻って閉め、カーテンをぴったり引いた。誰にも見せてやらない。ラムザの笑顔もその苦しみのたうつ心も。
「ディリータ」
 さっき俺がしたように、ラムザは手を伸べた。俺は喜んでその中に帰る。そうして毛布に包まりじんわりと温まっていると、ラムザの手が背中を滑って尻に触れた。
「僕がしていい?」
 申し訳無さそうな言葉に笑ったが、ラムザは相変わらず真剣だった。
「しておこう? 痛みが減ると思うんだ」
 甘えるように狭い額を俺の胸に当て、囁く。
「気持ち良くしてあげるから」
「おまえがしたいのなら構わないよ」
 ラムザは身じろぎして俺を見た。とても真面目に考えているようだった。
「そうなのかな?」
「なんだよ、それ」
 笑う俺はラムザの腰を持った。どちらでも構わなかった。
「締まりは悪くないらしい」
「そんなんじゃないよ」
 ラムザは了解を得たと判断したのか、指を舐めて俺の尻に当てた。湿った指先がゆっくりと体に入り、少々戸惑いながら奥に進む。ラムザの膝が俺の膝を割り、片足を支えた。まだ、互いに横向きになったまま、静かにキスをする。
「おまえはいつも心配してるな。俺は大丈夫なんだ」
「そんなの信じない。駄目だよ」
「本当に殺される訳ないだろう?」
「言い切れる? 暴力だよ」
「平気だ」
「あんなの、殺してもいいって思ってなきゃ出来ないよ!」
 ぴったり俺の胸に自分の胸を付けてそう言い、ラムザは少し慌ててもがいた。
「そう、思うんだ。ディリータったらいつも傷だらけになるもん」
「やっぱり見たな。見たんだな?」
 ラムザは急いで首を振ってぎゅっと抱き付く。
「見てない」
「嘘吐くのか?」
「僕、」
 いいんだよ、と俺はラムザをきつく抱いた。ラムザは一層哀しみの気配を濃くして俺を見上げた。
「僕……」
「いつだ。何を見た?」
 軽くキスして促す。泣きそうになって、しかし、こうなると俺が決して引かないことを知っているラムザはしぶしぶ口を開く。
「週末……。少し前だよ」
 ラムザは口の中が痛いように呂律を怪しくした。緊張しているのだろう。
「君が……兄さんに引っ張って行かれるのを見たんだ」
 恐ろしいことを言おうとしているのだと分かる。ぶるぶると震え、涙を一つ二つと落とす。俺は頭を撫でながら黙って待った。
「僕、窓の外に隠れたんだ。そしたら兄さんがディリータを小突いて寝室に入れるのが見えた」
 ラムザは、まだ言うの? と恐る恐る俺を見た。俺は頷く。
「……兄さんはディリータを犯した。全然準備をしなかったから沢山血が出て、ディリータは腕を噛んで堪えてた。よく見えなかったんだけど、怖くて僕、少しふらついたんだ。そしたら兄さんが気付いて……」
「何かされたのか!?」
 俺は慌ててラムザの両肩を持って揺さぶった。小さな声で、なんにも、とラムザが答えたから本当に安堵した。時にダイスダーグ様はラムザに尋常でない執着を見せる。この上、実の兄に犯されるなどという悲劇など考えたくはないが、俺の一番の気がかりはそこにあった。
「僕、歩けなくなって。捕まえられて部屋に入れられた」
 もうイヤだ、とラムザは濡れた目を瞬いた。全部言え、と俺は答える。内に篭める質だから、こうして言わせてやらねばもっと悪い状態になる。俺は強引に促し、途切れ途切れの言葉を引きずり出した。
「……ディリータはベッドの足に犬の鎖で首を繋がれて、気を失ってた。足が血だらけだった。……もうヤダ……。兄さんはいつもの事だと言って、僕の目の前でまたディリータを犯したんだ……ねえ、もういいでしょう? ……。兄さんが動く度に血が溢れて、気を失ったままディリータは兄さんに扱かれて射精した……。兄さんは勝ち誇って笑って……見たか、これが犬というものだ確かにおまえに使えと言ったなってディリータを蹴飛ばして絨毯が汚れたなって舌打ちしてた!」
 最後は一気にまくしたて、ラムザはわっと泣いた。痙攣するように震えている唇は冷たく、指でなぞると幾らでも涙が溢れた。
「おまえが泣く事じゃない」
「僕、見てたんだ。何にも出来なかったんだ!」
「そりゃそうだろう。俺だって何も出来ないんだから」
 ごめんなさい、とラムザはしばらく怯えた。恐怖が通り過ぎるまで、俺達は忍耐強く待った。
 本当は俺自身、恐ろしくてかなわなかった。俺の十六歳の誕生日を口実に、ベオルブ家から帰省願いが出されている。アカデミーにはそれを拒否する理由は無い。今夜俺達は馬車に揺られて帰宅するのだ。もちろん、ダイスダーグ様は晩餐を開くつもりだ。そこに出される料理と同じように、その夜俺は切り刻まれる。殺されはしないだろうが、死にたくなる程度の事はされるのだろう。しかしそれも、ティーダの代わりに受けていることだと思えば、逆らう事など考えられない。俺達兄妹は、ベオブルの慈悲によって生かされているのだから。
 ラムザが俺の耳を摘むように噛み、離れていた指をまた潜り込ませてきた。
「……なんだ、やっぱりするのか」
「気持ち悪い?」
「ん? おまえのする事が? 有り得ないな」
 ラムザのやり方はベオルブの若い当主に比べれば、羽で撫でられているように優しくくすぐったい。笑いながら俺はキスをし、ラムザは肩をそっと押して俺を仰向けにした。そのまま屈んでペニスを口に含むから、俺は慌てて頭を引き剥がした。
「そんなの、しなくていい」
 俺にとってのそれは、拷問行為だ。床に跪き、喉の奥まで詰め込まれ、顔中に精液をぶちまけられる、それしか俺は知らないからだ。もちろん、愛情があれば、とは分かっているが、分かっている事と感じる事は別物なのだ。
「僕はしたいよ?」
「いいんだ」
「ディリータは僕にするじゃないか」
「俺はいいんだ」
「気持ち悪くはないんでしょ?」
「納得できないんだ」
「つまんないの」
 ラムザらしい言い草に俺は思わず吹き出した。なんで笑うの、とラムザは憤慨している。
「ディリータはあんまり感じないから、ちょっとでも良くしようと思ってるのに」
「快感だけが全てじゃないさ」
 それはそうなんだけど、とラムザは自分の指が潜っているところをじっと見ている。ぺた、とシーツに座って子供がおもちゃで遊ぶように、ラムザは熱心に俺の中を探った。そして一旦引き抜く三本を揃えて押し付ける。異物の侵入に抵抗する穴をなだめながら、ラムザは申し訳なさそうに強引に挿入した。
「きつそう」
「別に痛くはないぜ」
「だから心配なんだよ」
「なんだ?」
「痛いのに慣れちゃってるんだ、そんなのダメだよ」
「おまえだって変わらないだろう」
「僕は淫売だから」
「違う」
「そうなんだ」
 首を振ってラムザは下を向いた。俺は手を伸ばして頬を撫でた。ラムザはかすかな笑顔を手のひらに擦り付けた。
「違うよ」
「……入っていい?」
 そっと指が出て行き、ラムザは俺に倒れ込んだ。頬や鼻筋を舌先で舐め、薄い唇が俺の唇を摘んだ。長いキスで互いに興奮を高め体を絡める。遠慮がちにラムザは俺の膝を立たせ、キスをしたまま挿入してきた。何度か同じ理由でラムザは俺を抱いているが、重ねる毎に上手にするようになっている。
「気持ち良い……」
 いつもラムザが先に言う。降りかかる髪を取って口付ける。
「ああ」
 ダイスダーグ様よりもずっと容積が小さいそれでは、俺に快感は無い。既にそういう体になってしまった。強すぎる刺激に何もかもが焼き切れたのだと思う。
「痛くない?」
「愛してる、ラムザ」
 力の限りに抱き締める。苦しそうに、幸せそうに、ラムザは笑った。
「愛してるよ、ディリータ」
 直前にラムザを受け入れた事をダイスダーグ様はすぐに見抜くだろう。仕置きとして凶暴なペニスだけではなく、異物をやたらと挿入され、それでいかされながら一晩中血を流すのだろう。この前もそうだった。
「あったかい」
 ラムザは息を荒くしながら大きく動く。俺が感じていない事を知っている。
「ラムザ」
 うっすらと目を開けてラムザは俺を見た。ほのかに血の気が差した頬を両手で挟み、唇を触れ合う。俺達はキスが好きだ。それだけで互いに達したこともあった。
「ディリータ、ディリータ」
 唇の間から、切羽詰ったラムザの囁きが漏れる。俺の性器を掴み、擦り上げて一緒に行って欲しいと目が訴える。
「ラムザ……」
 少しばかり性感を突付かれ、俺は喉を上げた。その感覚に集中し、器用に動くラムザの細い指先にも意識を凝らす。
「行って、ディリータ、行って……」
 懇願するようにラムザが喘ぐ。なんて美しい声だろう。
「……ああ、行く……おまえも……」
「うん、うん……、っあっ、あ」
 ラムザが達し、一拍遅れて俺もラムザの手に漏らした。丁寧に最後まで搾り出してから、ラムザはどさっと俺の胸に倒れた。ほっとしたように耳元に頬を当て、ふふ、と笑う。
「良かった」
 それは、俺が行ったからだろう。ふうふうと息を吐くラムザの背の傷は、切られたばかりのように赤く、熱を持っていた。
「……汚れるぜ」
「いいよ、ぐちゃぐちゃのままで」
 俺達はそのまま長く抱き合っていた。白々と朝は明け、カーテンの下から清らかな光が床に落ち始めた。
「誕生日おめでとう、ディリータ」
 俺の肩が涙で濡れた。泣くな、と俺は頬にキスをする。こんなに幸せなんだから。
 そうだろう? ラムザ。





「またか」
 彼は嬉しそうだった。
「穴を使うな、と言ったはずだな?」
 顎で足元の木の箱を俺に示す。開けてみろということか。俺は彼の指だけで出血して激痛を訴える体を起し、跪くと箱を開けた。両腕に着けられた鎖がやかましく鳴った。
「誕生日の贈り物だ」
 視界がぐるり、と回る。箱一杯に金色の鳥の羽が入っていた。
「何度でも呼び戻してやる。安心して恥死すればいい」
 彼の手に、ミスリルで出来た巨大で冷たい性器があった。
 俺は目を閉じる。
 愛している、ティータ、愛している、ラムザ。
 思うのは、いつもそれだけだ。






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