黄色の空白

 待っていたカカシと待たせていたイルカは里の外れに足を向けた。まだ日は高く、当ての無い散策には丁度良いとカカシは思った。しかし、行く先が分からなかったのはカカシだけで、いつの間にかイルカに手を引かれている事に気がついた時には、随分と広い場所に来ていた。
 どこへ行くんですか、とカカシは聞いた。前を進むイルカは小さく振り返って笑い、いい所ですと答えた。
 草原は薄枯れていた。冬の散歩にはあまりにも似合う傾きかけた陽が、辺りを淡く暖かい色に染めていた。

 その、変化の無い広い場所を進んで行くと、遠くに一群の黄色が見えた。
 珍しいでしょうとイルカは言った。まだ咲いているんです。
 カカシにはよく分からなかった。その花を知らなかった。正確には、いつ咲くものかを記憶していなかった。その程度には見慣れた、何時見ても見過ごすような花だった。
 この辺りだけ、年を越しても咲くんです。春になってやっと、他の花に遠慮するみたいに消えるんです。毎年、そんな咲き方なんです。
 イルカは楽しそうに見えた。カカシは手を預けながら笑っていた。そうしている内に、彼らは黄色の前に立っていた。
 それは、カカシが思ったよりもずっと大きな一群で、終りが見えないくらいに広い範囲を覆っていた。草原の中に島を作るようにして咲くらしいとは思っていたが、こんな大きな群落は初めてだった。街中の川原などではどこか薄汚れて見える色が、ここでは実にくっきりと、圧倒されるほどに鮮やかだ。イルカはその中に、カカシの手を握ったままで入って行った。彼らの胸辺りまで伸びた背の高い植物は、大量の小さい花を天辺に乗せている。
 そろそろあってもいいんですけど。
 そんな事をイルカは言った。なんですか、とカカシが聞くと、いい所です、とイルカは答える。この黄色の一群そのものが『いい所』ではなかったのかと、口を開こうとした時、ありました、とイルカが嬉しそうに言った。

 それは、群落の中央辺りだろうか。台風の目のように、枯れた植物が横になって小さな空間を作っていた。
 いいでしょう、とイルカは言い、何の事だか分からずにカカシは首を傾げた。
 この花はね、根から特殊な物質を出すんです。そうして、他の花を寄せ付けないんです。他の植物の根を枯らしてしまうんだそうです。
 それで枯れたんですねとカカシは言おうとしたが、倒れているものは周囲と形が似ているような気がしたので黙っていた。イルカは続ける。
 それだけじゃないんです。これだけ大きな群落になるとね、自分の毒でやられてしまうんです。濃縮される部分ができて、自分すら殺してしまうからこんな立ち枯れる場所が出来てしまうんです。
 そうなんですか、と純粋に感心するカカシに向き直ってイルカは笑った。
 毎年この辺りに咲くんですけど、少しずつ移動するんですよ。同じ場所に生え続けると、みんな枯れてしまう事になりますから。
 カカシはその言葉に辺りを見回した。この、黄色の動いてきた軌跡を見つけようとした。それは、人には知られない毒の道なのだった。

 いいでしょう、ここ。
 イルカは嬉しそうに笑った。
 昔、好きな人とここで、セックスをしたんです。
 カカシの手を離し、小さな空間をイルカは歩いた。
 この花は背が高いから隠れて見えなくなるけれど、外でそんな事をしちゃいけませんよね。だからすごく面白かった。
 イルカは三角形に集まった花をすくうようにして撫で、そのまましばらく何かに耳を澄ますように頭を傾けていた。そして、ゆっくりと顔を上げた。
 あの人が俺の手を引っ張ってここに連れてきて、今俺が言ったような話をしてくれました。なぜだかそれで、あの人が俺を抱きたいのだと分かったんです。
 そしてイルカが振り返ったので、カカシは少しだけ身じろぎした。イルカが呼び、はい、とカカシは返事をした。笑っているイルカは、帰りましょうか、と言って来た時と同じようにカカシの手を掴んだ。カカシは、汗ばんでいるてのひらを触られたくないと思い、しかし、大人しく引っ張られて行った。

 黄色の一群を抜け出たイルカが、カカシ先生花粉だらけ、と涼しく笑う。イルカもまた、花と同じ色の花粉を暗い色の任務服に大量に付けていた。
 帰りましょう。
 二人は黄色を身に染め付けて、暮れていく道を辿った。往路をなぞっていつの間にか、イルカはカカシの手を解放していた。それきり二人は会話も無く黙々と歩いていたが、

 それじゃあ、さようなら。

 と突然イルカが言ったのでカカシは立ち止まった。
 太陽は見事な終りを告げ、わずかな間、イルカの黒髪を金色に輝かせた。イルカは、もう二度と声を出さないかのような静まった顔つきでカカシの前に立ち、腰から下に散らばった黄色のせいで今にも夕日に紛れてしまいそうに見えた。
 また明日って言って下さい。
 カカシは恐ろしい声を出した。彼の中で、一番恐ろしいと思える声だった。しかし答える音はなく、カカシが差し出した両手を触るものもなかった。
 しんしんと冷える空気の中で空は藍を流し始め、再びイルカの髪が元の色を取り戻す。山際に隠れた太陽は、まだそこにいるのだと言いたげに、暗く沈む雲を紅色に縁取った。

 なにも、泣かなくても。

 とうとう、イルカは困ったように言った。
 ちょっといじわるしただけなのに、あなたと同じ事をしただけでしょうにと、イルカはぶつぶつ口の中で言い、もう一度カカシの手を掴んで歩き出した。






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