「先生、さようなら」
舌足らずな発音を残した声に振り返れば、アカデミーに入りたての子供達が手を振っていた。
「さよなら、寄り道せずに帰るのよ」
「はあい」
色とりどりの三つの頭がきらきらと笑いながら駆けて行くのを見送り、サクラは校舎に顔を戻した。イルカや木の葉丸に乞われて週に一度医療忍術を教えに来るようになって随分になるが、懐かしいはずの校舎はまだ見慣れない。かつて神羅天征によって完全に崩壊した後、一時ではあるが良き上司であった男の木遁によって再生されたこの校舎は、元と似た形ではあるものの違った建物になってしまった。それと同じくサクラが毎日通った道も、寄り道した甘味屋も、何もかもが同じように、崩壊と再生によって異なる風景を描いている。それに続く大戦争を経ても、幸いにもサクラの大切な人たちの多くは無事だった。それだけで充分、そう心から思うもののやはり失ったものたちへの郷愁は、こんな小さなところからも甘い痛みを放ってサクラの目を細めさせるのだ。
一つ深呼吸をして職員室の方向へと足を向ける。教頭と来週の試験内容の打ち合わせをしなくてはならない。が、約束の時間には少し早い。サクラはつま先の向きを変えた。ゆっくりと運動場を横切り、職員室とは反対側の入り口から校舎に入っていくつかの角を曲がる。新しい配置と昔の配置。二重の地図を頭に重ねて最後の角を左に。
「あ」
見覚えのある長い廊下。
「本当に、まだあった……」
上司は彼の年齢に見合った古いアカデミーしか覚えていなかったために、サクラが知っている建て増しを重ねたものとは違う、とてもシンプルな構造体を再生していた。その後里が落ち着きを取り戻すに従い、校舎は利便性を高めるために再び改築を繰り返した。日常の忙しさにかまけて目で見るのは初めてだったが、サクラの記憶に焼き付いているあの長い廊下が再生されたことは聞いていた。
少し鼓動を速め、サクラは踏み出した。受付所からアカデミーまでを一直線に長く繋いだ、移動のためだけの渡り廊下。片側には窓が並び、そこから校舎の西端がよく見える。資料室、古文書保管所、そして教員用図書室。この図書室には教職員のための高度で、しかし禁書ほどではない専門書を集めてある。すぐ隣に三部屋、小さな個室もある。エビスなどの神経質な教員が、集中して試験を作成する時などに使っているようだ。それらの並びは、サクラの知っているものとほぼ同じだった。上司の時代もさほど変わらなかったのだろう。思わぬ光景にサクラの頬は少しだけ熱をもった。
――きれいな、ゆび。
目の前の深い緑が、春の柔らかい色に戻って行く。あの日、サクラはこの廊下に迷い込んだ。廊下と校舎の間の細い中庭では若い桜が花を散らしていた。ハナミズキもちらほらと見え、桃色を細く流した白い花びらがひらりひらりと舞っていた。その後ろに見える、扉の隙間。
見たものが何であったのか、少女だったサクラには理解できなかった。でも今は、わかる。肌に押し当てられる冷たい刃物のように、ひやりとしたもの。子供だったサクラにはわからなかった、それ。
サクラは両手で口元を覆った。吐く息が少し震える。
先生は図書室に入った。でもすぐに出てきた。そして隣の小部屋の前に立ち、少しの間じっと立っていた。それを見ているサクラに向かって、春の始まりの寒いような温いような空気が建てつけの悪い窓からするすると吹き寄せる。そこには何か甘い匂いが混じっていた。
先生の手が慎重に扉を滑らした。自分の幅だけを開き、一歩中に入り振り返ることなく腰の後ろに回した手で扉を閉めた。カラリ、と乾いた音が聞こえるようだった。
その後ろ手。扉が閉まる瞬間。小指と薬指だけが瞬くようにちらりと動き、小さな紙が舞った。それはくるくると踊るように回ると閉まった扉の表中央に貼りつき小さく光って消えた。
それだけのことだった。だが、サクラには忘れられなかった。いつもドタバタと走り回り大声で喝を入れるあの人が、あんなに綺麗な指を持っていたとは知らなかったからだ。実際には美しい指ではなく、チョークの粉で荒れ赤いインクが染みた武骨な指だったのだが、だからこそ、その囁くような動きに見とれてしまった。そしてなぜか両手で口元を押さえて頬を赤くしたのだ。
秘め事。結界印の向こう側。
サクラはもうそれを知っている。だが今日もあの日と同じように朱の差した頬で静まった部屋を見つめた。
イルカは腹を立てていた。
それはいつでも同じ理由で、だから口になどできやしない。眠そうな上忍が去って行った方向を睨みつけていると隣のシラナミから休憩しろよ、と水が向けられた。このままじゃ穴が開くぜと言われて見れば、右人差し指で古い木の机に浮いている節の真ん中をコツコツと叩き続けていた。実際少し削れてしまった。
「おまえさあ、上手くいってんじゃなかったのかよ」
「……何が?」
「七班担当さんと」
「そんな話を俺がおまえにいつしたよ、ああ?」
怖いからその顔はやめろ、と笑われる。シラナミには告白現場を目撃されているし、ばれているだろうとは思っていたが、だからと言って自ら白状するほどの開き直りはまだ得ていない。イルカは黙って節をガリガリやる。
「だからさ、休憩しろって。今日は受付暇だしよ」
「うるせえ」
「あの人図書室行ったぜ、たぶんだけど」
ああ? と睨みつけると怖い怖いとシラナミが両手を上げる。
「昨日会ったんだよ、教員図書で調べものしてるんだってさ。今週いっぱいは通うって言ってたぜ。あそこスリーマンセルの指導書がけっこうあるし個室も使えて地味に便利だよな」
「……」
むっとしながらイルカの心は少しだけ跳ねた。指導法を研究するなんてやっぱりカカシさんは良い先生じゃないか、なんて自慢のような気持ちになってから、わざとらしく眉を寄せる。
「シラナミ、おまえカカシさんと随分と親しくなったもんだなあ」
「いやいやいや待て待て待て?」
「ふん」
鼻息荒く、イルカは席を立った。
「茶ぁ飲んですぐ戻る!」
どーぞごゆっくり、と笑う声に送られ、イルカは受付所の引き戸をがしゃんと閉めるとどすどすと校舎に向かって歩き始めた。だがほどなく速度は緩み、最近出来たばかりの長い渡り廊下の入り口に差しかかった所で足は止まった。
「で、どうするんだって?」
イルカは天井を見てつぶやいた。
「追いかけて、責めて、謝らせて、それで?」
馬鹿馬鹿しい、くるりと方向転換し数歩進む。
「じゃあいつも通りにうやむやに? このままいつまで?」
またくるりと足先を廊下に。
「上忍を力技でどうにかできるとでも?」
くるり。
「そもそもなんでそこまで体の関係にこだわるんだ?」
くるくるがくりと膝を突き、イルカは今度は床に嘆いた。
「俺は色情狂か……」
いや違う、断じて違う、つか狂うほどしたことなんかねえ、ぶつぶつと板の継ぎ目に溜まった砂に訴える。そして天才的なひらめきを感じてはっと顔を上げた。
「そうだ、後払いだ、カカシさんと狂うほどしたらいいってことだろ!」
いや違う、断じて違う、つか後払いってなんだよ。砂は答えをくれない。
「カカシさんもしたくないって訳じゃないのがなあ……」
既に一度失敗している。その時に見せたカカシの拗ねたような照れたような悲しげな顔といったら。
「可愛かった……ってそうじゃなくてな!」
あれ以来、カカシは肉体関係について更に消極的になってしまったように思う。喜んで手は繋ぐが、肩にすり寄るとじりっと離れる、そんな様子だ。責任感が強く抱え込みやすい性格、と言ってあげても良いが、長く子供を見守ってきたイルカに言わせれば『トラウマ体質でメンタル弱い』だけだ。
それを少しでも改善するべく、恋愛遍歴のからくりはイルカが解いてみせた。だがカカシの心に残った乾かない傷は本人にしか癒せない。煙草臭い上忍を始めとする彼の同期達が報告の合間に投げ込んでくる父親と失った友人達の問題も、ハイハイふんふんと生返事で聞き流しておいて、後からがっちり裏をとって委細承知。だからこそ、イルカは最後のしきいで踏みとどまって強く出ることはしないのだ。
大切なものとは失われるもの、そこから抜け出せないカカシが変わらなければ自分達の関係に進展は無い。
「側にいるだけで満足なんです、か」
あなたは違いますか? と言外に問いかけるようなカカシのその台詞を何度聞いただろうか。こたつの中、ベッドの中、ふとした立ち話の隙間、耳に吹き込むようにカカシは言う。それでいいのか? いけないのか? なぜ? イルカには、わからない。わかるのはそうやって囁かれる度に逆にぞくぞくと、欲が湧き出てくるということだけだ。
「思い出しただけでいらっとする」
前方を見る。渡り廊下の先、ぽつりと仄かに灯る蝋燭のように、ゆらめく一つのチャクラがある。目を細めてそれを追い、イルカは立ち上がった。
わかってはいたが、図書室は無人だった。本を傷めないよう大きな窓が無いこの部屋は地下のように薄暗く、古い匂いばかりが充満して息苦しい。一つだけ開いた明り取りの小さな天窓から入ってくる細い陽射しの中に細かな埃がゆらゆらと浮いているのを見ながら、イルカは左側を手探った。かちん、と折れるような手触りの後、カラン、カン、と小さく鳴りながら蛍光灯が灯る。
部屋の中をたゆたう残り香のように淡いチャクラ、イルカはそれを追っていく。忍犬並と言われるほどイルカは残留チャクラの追跡が得意だ。書架の間をゆっくりを巡り、彼が手に取ってから棚に戻した何冊かの本を探し当てる。その内の一冊は、うちは一族の誰かが書いた備忘録だった。イルカはそれを引き出し、そっと表面を撫でる。カカシはこの本を開かなかった。背表紙の、うちは、という文字だけを指でなぞって通り過ぎた、それくらいの儚いチャクラの残差は、イルカが本を棚に戻す動きで細い蜘蛛の糸のように吹き消えた。
音無く歩きながら辿り、一番壁際の書架の前でイルカは立ち止まる。この壁の向こうには三つ並んだ個室がある。そこから軽い圧力を持って存在を主張するチャクラは、目を瞑って辿るとぱちぱちと爆ぜるように感じる。ただし、とても微かな瞬きだ。霞雨が湖面をあるかなしかに震わせるような。
「シカトかよ」
思ったよりも低い声が出て、イルカは苦笑した。自分だってわかっていてこちらに入ってきたのだ。カカシは図書室のすぐ隣の個室にいる。向かいの廊下を歩いてきた時にそれは確認してある。渡り廊下の行き止まりはコの字型に曲がってアカデミーに繋がりそのすぐ脇が図書室となっている。イルカが扉を開けても彼の気配は眠るように穏やかで波一つ立たず、こちらに気付いたのかどうかもわからなかった。
古びた書物の並ぶ本棚を目の前に、透かし見る人の気配はあまりにも淡い。
こちらを見ている。
開いた本の文字はとうに追っていない。背中に向かってじわりじわりと、あの人のチャクラが染みてくる。カカシは彼のチャクラが好きだった。それは純粋に心地よいからだ。日向に置かれて温まった石に座る感じに似ている。自分が思っていた以上に冷え固まっていたことがわかる、そんなチャクラだ。
こっちに来ないのかな、そう思って頭を振る。ならば自分から行けばいい。早く去って欲しい訳じゃない。もう少し暖まっていたい。けれどその温みに混じるいくつかの感情に応える術がないのも事実で、これ読まなきゃならないんだから帰っちゃってよ、と呟いた自分の声の弱さに眩暈がした。
彼はそこにいる。暖かくて気持ちがいい。ベッドの中みたいだ。指を組み合わせて額に置く。何も言わず体を軽くくっつけあって眠る二人の夜のようだった。くらくらする濃厚な匂い、全身粟立ってつま先が痺れる、この間あの人の体は全部見た、なのに少しも近くならない、俺が虚しくないと焦っていないと思ってる? あなたがぷりぷりしながら俺に優しくするのを楽しんでいるとでも思ってる?
ああ、くらくらするんだ。
がらり、あちらの気配が離れて引き戸が開く。
がらり、あちらの気配が揺れて引き戸が閉まる。
固まって身じろぎ一つ無く背中に全身の神経を集める。無駄に左目が緩く回転するのが分かった。印を組みそうにきつく指を握り肌を粟立てていると、向こうが見えないはずの扉が仄かに透けて、あの人がいるとカカシにはわかった。
がらり。
カカシには、イルカの指先が動いて何かを飛ばしたのがわかった。冷たすぎる風に羽を崩しながら飛ぶ蝶ほどに仄かな羽ばたきが、閉まる扉の真ん中で弾けて消え、キン、と澄んだ音色が聞こえたような気がした。
「そんなに綺麗な結界を張らないで下さい」
どうしてイルカの術は、人柄を照らし出さない凍った温度で成されるのだろう。そんなことを考えるカカシの前でイルカは始め無表情だった。だが気が付いたように大きく息を吐き、それで彼は緩んで困ったような顔になった。
「泣いてたんですか」
「誰が?」
「あなたに決まってる」
言葉と一緒にイルカが近づいてきた。無意識に立ち上がって壁まで逃げたカカシの胸に、つむじからどすんとぶつかってくる。
「や、やめてください」
呂律も怪しくカカシは言った。匂いを確かめるようにカカシの首筋に額がすり寄り、ぎゅうっと腰に回って腕が締まる。
「わかりますか?」
イルカは顔を見せずに言った。
「わかりますよね、なんでだと思いますか? 教えて下さいよ、俺、わからないんです」
酷く熱い体。カカシは微かに震える両手でイルカの頭を抱き込んだ。
「あなたのチャクラを追っていただけなのに、水みたいに薄いのに、なんで」
どん、とイルカの両手がカカシの胸を叩いた。
「俺もあんたもおっ立ててるんだよ!」
燃える水があるなら今のイルカの目だろう。ゆらゆらと揺れながら絡みとられて焼き尽くされる。見上げる黒い光に振り回されるようにカカシは斜めになり二人で崩れてリノリウムの冷たい床に折り重なった。まさかそんな、と半分笑い顔になったカカシのベストのジッパーをイルカが一気に下げる。ここでするの、言いながらもがくように支給服を脱ぎ散らすカカシの下でイルカも苛立たしそうにサンダルを蹴り飛ばしベルトに手をかける。
早く
早く
早く
もどかしい線引きが霧散する。
「痛っ」
「ごめん、」
「いいからもう」
ばさばさとカカシが二人分のポーチをひっくり返して使いかけの軟膏を引っ掴んで指にとる。投げ捨てた小さな缶がからからと転がる。ぐいぐいとイルカの尻の狭間に塗り込むカカシのこめかみから汗が落ちた。
「も、もういいでしょう」
出入りするカカシの指を凝視しながらイルカが言う。今度は彼の方が呂律が怪しい。
「待って、もう少し解さないと、」
「はやく、し、しないと、また、」
ゆらゆらと揺らぐ目がカカシにひたりと注がれる。
「ごめん、ごめんね、大丈夫だから」
「カカシさん、はや、」
首を伸ばして唇を塞いでも斜めに合わさった唇の間でまだイルカは早くと言う。深く噛み合い言葉を唾液を呑み合いながら指を増やすと顎が上がる。カカシさんカカシさんカカシさん、ぎゅっと目を閉じてイルカは呼んでいる。ずっとそうだった、イルカが呼び、カカシが答える、ずっと。
「イルカ先生……!」
「いいからさっさと入れろって!」
涙目に思わず笑えば、ばか、とイルカが肩を引っ掻く。はい、とカカシは背を丸める。
「……痛いよ?」
イルカは何も言わなかった。指で広げた緩みの足りない場所に捻じ込むように押し込んでいくカカシの襟首を掴み締め、ふうふうと呼吸を絞り出している。
「イってもいい?」
へ、と目を見開いた隙に一気に潜り込み、ぎくり、と強張る背と後頭部の丸みをカカシは力一杯に抱き込んだ。
「こ、の、野郎!」
「は、はは!」
くらくらとする眩暈は続いている。互いを酔わせ温め絡まるチャクラを感じながら二人はきつく抱き合って目を閉じた。
「お、おまえ七班の、」
呼びかけようとしたガイの前を、桃色の髪の少女が走って行く。少し赤くなった頬に両手を添え、彼女は一目散に逃げて行った、ようにガイには思えた。
「むう……ん?」
少女が駆けて来た前方、長い廊下の先を眇め見て、ガイはわずかに口を開けた。そして両手を開いて肩を竦めると、少女が逃げて行った方向へと戻って行った。
今は誰も使わないその場所は、まもなく旧校舎と共に取り壊されることになっていた。新しい時代、新しい火影、新しい子供達の未来のため、アカデミーも少しずつ変わっていく。きっと良い校舎が建て直されることだろう。
――それでも少し、寂しいわね。
頬の赤みを気にして片手を添えたところに、子供が一人飛び出してきた。
「あ、サラダの母ちゃ、じゃなくてサクラ先生」
「何してるの、こんなところで」
「探検! コレなっがい廊下だな! どこに続いてるんだろ」
「受付所よ。いずれあんたもお世話になるわ。でもここは、先生のための廊下なの。誰かに見つかって怒られる前に帰りなさい」
「つまんねえのー!」
「ん? サクラ先生にガツンとやって欲しいって言ってる?」
「わあ! さよなら先生!」
「さようなら、イタズラせずに帰るのよ、ボルト」
「それは保障できないってばさ!」
こら、と右手を上げるとひゅうと風を起こして子供は走り戻って行った。しょうがないわね、と見送ってからサクラはあっと小声を上げた。
「おう、久しぶり!」
受付所の方からやって来る人がいる。
「こんにちは」
収まったと思った頬の熱さがぶり返してしまう。サクラは子供のように肩を竦めて恩師に道を空けた。
「先生はまだ受付もされてるんですか?」
「引退したわけじゃないからな。余生にはまだ早いよ」
にやりと笑う人は幾分か痩せて年齢らしい風貌になったが、くのいちクラスで『先生のひよこ』と呼ばれていた一括りの髪は昔と同じように揺れている。
「ここ、無くなっちまうんだなあ。最後に見に来たんだ。おまえもか?」
「え、ええ、まあ」
歯切れ悪く笑って見せて、サクラは彼の背後のもう一人に目をやった。
「俺はもう、余生だーよ」
にこりと微笑む先代火影は、顔の大半を隠した布のせいで今も昔も年齢不詳だ。
「またそんな。ご意見番ってのが残ってますよ」
「それはあなたにお任せします」
「えー、ありゃ辛気臭くてやだなあ」
「でしょ」
「まあね、へへへ」」
じゃあな、と笑って二人は肩を並べて廊下の向こうへとゆっくり歩いて行く。変わるもの、変わらぬもの、サクラの熱は胸に移動し、わずかな痛みを伴った。
と、銀色の頭が振り返ってサクラを見やった。それこそ白木から削り出したかのような完璧な人差し指が唇の上辺りに置かれ、傷のある方の片目が閉じる。
ひみつ、と小声が聞こえた気がした。一気にのぼせたようになり、くるりと背を向けるとサクラは弾かれたように走り出す。その背に、廊下は走るなよーと間髪入れずに声が飛んだ。
「人が悪い」
「あなたこそ」
ふっと笑い合い、二人は同時に手を伸ばした。一度、二度、指先で触れ合う。絵に描いたような白い、あるいは荒れてインクが染みている指は、悪戯をする子供と同じ動きで一つの印を作ってから扉の向こうに消えた。
その先はいつも、秘密。
(断崖シリーズ:完)
最後までお読みいただきありがとうございました!
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