恋の超音波 ― BITTER SWEET VERSION―

 その夜、闇の中でぎらりと赤い目が光った。
「これを着るのも久しぶりだな」
 ひとりごちる暗部の装束、磨き上げた刃を確認すると一つ頷き、額当てを下ろして低く辺りを見回す。
「……行くぞ」
 そこはかとなく呆れた溜息のような息遣いが返事の代わりにカカシの足下から聞こえた。
「ちょっとー、張り切ってよね!」
 忍犬筆頭のパックンがやる気なさげに尻尾を振り、残る7匹がだらだらと頭を起こす。
「木ノ葉病院の警備は厚いよ、舐めてたら怪我するよ!」
「……じゃ、一人で行ったらどうかのう」
「なんか言った、パックン!」
「……何も」
「よし、ファイトでゴー!」
 颯爽と枝を蹴るカカシを、げんなりと八つの影が追う。

 カカシは病院への潜入を決意した。ナルトの様子から、イルカの病状が深刻であるのは疑いがない。どうしても会いたい、その一心であらゆる高等忍具を仕込んだカカシの装備は戦争並、全ての忍犬をひったて部屋に辞表も置いた。この舞台に暗部装束を選んだ理由はカカシ的に『最高に非情でカッコイイ俺な装い』であるからだ。これでイルカ先生も惚れ直し! と明後日の方向に燃える主から目を逸らすように犬達は偵察に散り、僅かの後に戻ってきた。
「何かあったのかもしれん」
 困惑顔のパックンが代表して口を開く。
「何? 大変そう?」
「逆だ、なんもおらん」
 なんも? と聞き返して犬達を見回すと一斉に頷く。
「うーん、罠かなあ」
 カカシはしばし黙考し、そして顔を上げた。
「ここまで来て引き返す訳ないけどね!」
 ええー、と文句を垂れる犬達を追い立て、カカシは病院の敷地に降り立つ。病院のぐるりを囲む壁際でカカシは犬達を土に潜らせた。
「ちゃんと見張っといてよ!」
 溜息の返事を聞き流してカカシはひらりと跳躍した。パックンの調査でイルカの部屋は最上階にあると分かっている。配管通路を辿れば病室の天井に行き着けるはずと、転落防止の鉄柵を乗り越え屋上に立った。
「さて」
 慎重に屋上の床を調べながら言う。
「観察されるのは好きじゃない。出て来たら?」
「さすがですね、カカシ先輩」
 するりと闇から溶け出るように、長い黒髪の女が姿を見せた。涼しい目元に翳りを置いて、彼女は静かにカカシに歩み寄って来る。
「……邪魔する気? 今日は手加減できないよ」
「すっごく嫌なんですけど、そうじゃありません」
 へ、とカカシは首を傾ける。
「できればこのままお帰りいただきたいところなのですが、イルカさんが先輩をお通しするようにと」
「やった、マジで! てゆーか、なんですっごく嫌な訳?」
「私、イルカファンクラブ(元祖)の会員なんです」
「なんじゃそりゃー!」
「今はそんなことを話している場合じゃありませんね、ささ、こちらへどうぞ」
「待てー! (元祖)ってなんなの!」
「類似組織が増えちゃって」
 組織、組織って何! と喚くカカシに女はしいっと息を鳴らした。
「病院内は携帯電話も超音波も禁止です!」
 うるせえこのアマ、とぶつぶつ言うカカシを無視して彼女は屋上の扉を抜けて階下に降りて行く。
「何コレ……」
 長い階段が終わると、病院とは思えぬ廊下に至った。ゆったりとした光を投げるシャンデリアの下には赤い敷物が敷かれ、見事な彫刻が並んでいる。
「それはもう、イルカさんのために会長が、」
「なに、会長って病院関係者?」
「一昼夜で大改装を、」
「だ、大工?」
「行うために、百人の忍を派遣されましたから」
「火影のじじいかああああ!」
「超音波禁止です!」
 面布の上から口を押え込みつつ女はカカシを引きずり、一番端の部屋の前に来ると手を放す。
「このアマー!」
「はいはい、イルカさんはこちらです」
「! ここに……」
 ドアを上から下まで見回して、カカシは恐る恐るノックのために拳を作った。一回二回と叩くが返事は無い。押し入るつもりだったことを忘れ、いいのだろうかと女を振り返るが既に姿は無く、更に数秒逡巡したが結局そうっとノブを回した。


「あ」
 イルカは起きて窓の外を見ていた。来客用の丸椅子に腰掛け、開け放した窓辺に腕を置いている。
「イルカ先生!」
 カカシは喜色に溢れた声を上げた。が、イルカは夜空を見上げるばかりで反応しない。ああ彼は月が好きだったっけと思い、黒髪に縁取られた横顔にカカシは微笑んだ。
「いい月夜ですね」
 うっとりと語りかけるがやはり返答は無い。こちらを見てくれない姿にカカシは眉を下げ、小さく肩を竦めた。
「……もしかして怒ってますか、でも俺、どうしても、」
 言いかけてカカシは頬を引きつらせた。イルカは特に熱心でも無視している訳でもなく、微かな笑みを浮かべて月を眺めている。カカシに気付いていないのだ。
「イ、 イルカ先生……?」
 よろよろとカカシは近づいた。ほんの一歩手前、という距離になってようやくイルカは振り返り目を見開いた。カカシさん、とその唇は動いたが、音にはならなかった。
「聞こえないの……?」
 何ですか、と首を傾げる様子にカカシの全身が震え出す。苦笑したイルカからゆっくり指が伸び、面布に掛かって顔を露出させた。
『唇の動きは読めますよ。あなたもそうして下さい』
 そうイルカは『言い』、にこりと笑った。
「イルカ先生」
 震える手でイルカをしっかり抱きしめる。喉から聞こえるくぐもった音は、おそらくは笑い声なのだろう。
「会いたかった」
 見下ろせば、俺も、とイルカは『答え』、嬉しそうに肩に頬をくっつけた。じっと抱き合う二人を風が撫で、括られていないイルカの髪がカカシの首筋をくすぐる。
「聞こえないんだね」
 カカシは小さな声で言い、イルカは頷く。
『触感も随分遠くなりました。顔周辺は少しマシなので知らずに舌を噛むことはありませんが、味は分かりません』
「味覚、触覚、聴覚……」
 失われたものを数えてカカシは唖然とした。その胸をイルカがとんとん叩く。なに、と目を合わせると、匂いもほとんど駄目です、と唇が伝えた。
「うっ……」
 言うべき言葉を見つけられず、カカシは喉を詰まらせた。なんてことだ、なんてことだ、ぐるぐると頭を回るのはそれだけだった。
『カカシさん』
 イルカが顔を寄せる。
『これで、本当に最後です』
 カカシは膝を付き、項垂れた。イルカの胸に額を当てて腰を抱くと、ゆるゆると手が頭を辿る。その手には自分の髪の感触が伝わらないのだ。力の入らない指が髪を掻き分ける、それはなんと一方的な優しさか。
 カカシが頭を上げると滑り落ちるように手が頬を撫でる。万が一にも傷つけないようにその指には一切の力が入っていない。カカシはその優しい指を握って口づけ、キッと表情を改めると一声鬨を上げた。
「お待たせしました、本日のメインイベントです!」
 はあ? と首を傾げるイルカをベッドに座らせ、その前に置いた丸椅子に片足を乗せる。まずは額当てと面布を放り投げ、続いて胸当ての金具を外しながら調子はずれの鼻歌を歌い始めた。
「お客さん、よく見てねー」
 カカシは鼻歌に合わせてくねくねと腰を振り足を上げ、サンダルを放る。外した胸当てもイルカの足下に投げた。どうやらこれはストリップらしいと察したイルカが少し仰け反った。
「お客さん、よく見てねー」
 妙なしなを作りながら小手を落とすと長い手甲を外し、それにキスをして差し出す。嫌がる仕草で体を引きながらも笑って受け取るイルカに踊りを披露しつつ、上着の裾がじりじりと捲られていく。そしてすぽんと脱げた上着がイルカの視界を遮った。続いてそれが滑り落ちると目の前に尻が突き出ており、イルカはうっと身を引いた。
「今日は何色でしょう?」
 股の間から顔を覗かせてカカシが聞いた。はあ、とイルカは脱力し、赤ですか、と唇を動かした。
「ざーんねん、外れです」
 でも見せてあげますね、とカカシは手早くベルトを外し、ぺろっとズボンを降ろした。ぶは、とイルカが吹き出す。
 紫だった。しかもラメ入り。もちろんビキニ。
 イルカは微かな息の音を漏らして笑いながら拍手をし、ストリッパーはご機嫌で腰をくねらせながらズボンを脱ぐ。そして下着一枚になった男がベッドに上ってきた。
「特等席にようこそー」
 まだ続くんですかと呆れ顔のイルカをいそいそと横たえ、その胸を挟むようにストリッパーは膝立ちになった。
「踊り子さんに手を触れても良いですよー」
 うきうきとカカシはビキニの中に手を入れた。うわあ、とイルカが口を開け、止めてくださいよと手足をばたつかせる。しかしカカシはふふふと笑うと、ビキニの中の手を動かし始めた。
「ん……」
 聞こえていないのは承知の上でカカシは喘いで見せる。
「溜まってるんだよねー、あなたがいなかったから」
 初めは両手を振り回してカカシをどけようとしていたイルカだが、いつしか引き込まれるように熱心な視線を送り始めている。
「ちょっとは楽しい?」
 カカシは手を止めずに屈み込んでイルカの顔に唇を寄せる。イルカは少し顔を赤くして頷いた。
「ちゃんと見ててね。俺もイルカ先生を見ながらするから」
 イルカによく見えるようにカカシは胸を反らす。育ってきたものの先端がきらきらした紫の布から覗き始め、カカシはちらりと舌を出して唇を湿らせた。
 と、カカシの体が大きく揺れた。自分ではない指がそっと添えられたからだ。
「イルカ先生?」
 カカシは一瞬体を引いたが、イルカの指は残っている。するすると布の上から撫で、ちょんと先端を突いてイルカは笑った。
 頭を撫でた時と同じく、指は力無い。視覚だけで当てずっぽうに動かしているようだ。くすぐったいような感触にカカシも笑って腰を突き出しながら、悲しいなあと呟いた。なに、と読み取れなかったイルカが見上げるが、首を横に振って誤魔化すようにビキニを脱いで目を閉じる。
 カカシは身を屈めて馬鹿みたいに腰を振って自分を煽った。が、ちっとも先にいけない。そっと撫でてくれる指もまた、悲しいと、囁いているからだろうか。

 柔らかく動いていた指が止まり、離れた。情けなく眉を下げて目を開けるとイルカは起きあがろうとしていた。しかし筋肉の緊張すら遠く感じる腕は、突っ張れずにシーツを滑る。慌ててカカシが受け止めると、白い腕に縋ってイルカは優しく唇を動かした。
『しましょうよ』
 カカシは即座に首を横に振る。
「あなたは苦しいかもしれないでしょ」
『苦しくてもいいですよ、最後ですから』
 イルカは笑った。それまで気付かなかったが、イルカの笑顔はいつもと違って少し歪んでいる。頭部の感覚は他の部分よりも敏感だと言っていたが、それでも見慣れた笑顔を作ることすらもう出来ないのだ。
「イルカ先生……!」
 なくなってしまう、いってしまう。
 カカシは嗚咽した。身勝手と分かっていながら泣いた。
「ごめん、あなたが一番辛いのに……」
 呟く唇に、慰めるように指が触れる。そしてぶつけるようにイルカが顔を寄せてきた。頬にキスをされたのだと察してカカシは泣き汚れた顔を上げた。
 イルカは静かに笑っていた。見たことのない表情はしかし、確かに見知った恋人の顔だった。カカシさん、好きですよいつまでも、そう、伝えてくる。
「俺も、ずっと」
 辛うじて笑顔を作り、カカシはイルカをそっと横たえた。壊れ物のように抱き締めると、イルカも不器用に腕を伸ばしてカカシを抱いた。



 何か、軽い物が体の上で跳ねる感触でカカシは目を覚ました。明るい日差しが病室を満たしている。
「寝てたのか、俺……」
 ずっとイルカの顔を眺めていようと決めていたが、いつの間にか眠っていたらしい。ちち、と小さな鳴き声に目をやれば、開けっ放しだった窓から入った小鳥が二人の体を覆った布団の上で跳ねている。おやおやと思いながらイルカを見れば、彼も目を覚ましていた。
「おはよう、イルカ先生」
 彼はぼんやりと小鳥を眺めているようだった。寝ぼけた様子に笑い、小鳥を驚かさないよう頭だけを動かしてイルカの額に口付け囁く。
「イルカ先生は鳥も好きだよね」
 指先でイルカの髪を梳く。しかし、イルカは全く反応しなかった。
「イルカ先生?」
 呼びかけ、カカシは息を止めた。
「イルカ、」
 カカシの耳に己の心臓の音が大音響で鳴り響く。まさか、そんな、と何度も呟き、そしてカカシは震える手をイルカの目の前に差し出して振った。
 反応は無かった。
 イルカの視線は流れるように曖昧だった。瞬けば白目はより白く、黒目は湖面のように輝く。
『とうとう、か』
 イルカの唇がそのように動いた。カカシにはそう見えた。
「嫌だ、イルカ先生!」
 勢い良く起き上がると小鳥は甲高く鳴き飛び去る。
「早いよ、早すぎるよイルカ先生……!」
 叫び、すがり付いて揺さぶっても、イルカは無表情に横たわるだけだった。





「口、開けて。そう」
 そっとスプーンを押し当てると、イルカは唇を歪ませた。
「いい天気ですよ。後で散歩にでも行きましょうか」
 口の端から垂れるスープを拭いてやりながらカカシは微笑む。イルカは苦労して舌の上に乗った液体を飲み込み終え、また少し唇を震わせた。

 あの朝以来、カカシは毎日のように病院へと通っていた。イルカの気持ちを思えば、もう会いに来ない方が良いのかもしれないと何万回も考える。しかし『好きですよ、いつまでも』、そう伝えてくれた言葉が耳の中から消えず、ただ無性に側にいたいと思う。
「俺のわがままだよね」
 呟き、またスープを流し入れる。
 視覚が失われた直後、イルカはほぼ寝たきりとなり経鼻チューブから栄養を摂っていた。が、幾通りもの検査を経てイルカに残った感覚が明らかになった。口の中の感覚はまだ髄分と生きていたのだ。医師の勧めによって点滴等で補助をしながら経口での食事を摂らせ、運動もさせることになり、一番喜んだのはカカシだった。自分にもまだできることがあると、介護を買って出て数ヶ月になる。任務との兼合いでほとんどは介護士に任せているが、カカシは空いている時間の全てイルカに費やしていた。
 一日二回、決まった時間に高栄養のスープを口に入れてやっているとイルカはそれをすぐに覚えて、進んで食事を受け入れるようになった。味は分からないながらも食事の時間を楽しんでいるらしく、いつも薄っすらと笑顔を見せる。その頬を何度も撫で、カカシは耳元で囁いた。
「俺だって分かってる?」
 両手を握り、暖めるように胸に押し付ける。疲れたとは思わない。イルカが生きているということそのものに、カカシは命を繋げる意味を与えられている。しかし、いつもいつもカカシは悩み続けている。分かって欲しい、分からないでいて欲しい。
 イルカはまだ食べたいらしく『もっと』と唇で告げた。その様子に苦笑しながら、カカシはまた一匙スープをすくった。

「どこに行きましょうか」
 一皿を飲み終えて満足した様子のイルカを背中に負い、カカシは病院の屋上に立った。振り返ると、イルカはぼんやりとしている。ベッドに寝ているつもりなのかもしれない。カカシは間近の額に口付け、跳躍した。
「紅葉が始まってる」
 遠くの山を眺めてカカシは目を細めた。
「きっと空気が違うよ。ちょっと遠出だけど行ってみよう」
 カカシは独り言を紡ぐ。イルカの穏やかな呼吸音を確かめながら軽く走り、やがて山裾に出た。カカシはイルカを振り返って注意深く顔を観察した。いつもは川原や里の外れなど、歩いて行ける場所にしか連れて来ていないから少しばかり心配だった。
「振動、きつかった?」
 そう問うが、イルカには特に不満は無いらしい。唇を見つめても、何かを伝えようとはしてこない。
「じゃあ、もうちょっと速くしてみるか。怪我してる訳じゃなし、いいよね」
 カカシは慎重にイルカを背負い直し、枝走りを開始した。紅葉が視界を流れ、その間にちらちらと光るものが見える。湖だ。それを目標地点として、カカシは走った。
「んーん」
 突然、イルカが声を出した。これほどはっきりと声を出すのは珍しい。カカシは松の枝に立ち止まり、背中を窺った。
「イルカ先生?」
 イルカは少しもがき、それから大人しくなった。
「……帰ろうか」
 やはり無理があったかと、カカシは落胆してきびすを返した。イルカのためにといくら考えたとしても、彼に伝わらないばかりか不快を与えては、カカシの自己満足にすらならない。一つ溜息を吐いて、カカシは枝から地に着地した。
「う!」
 またイルカが声を出した。首を傾げ、カカシは歩き出す。
「うー」
「どうしたの、イルカ先生」
 肩越しにイルカの顔を見てカカシは驚いた。随分とご立腹のようだった。眉を寄せ、ぱくぱくと口を開け閉めしながら足をばたつかせている。
「え、ど、どうしたの」
 慌ててカカシはイルカを地面に降ろした。その途端、イルカははっきりと唇を動かした。
『カカシさん、もっと』
 びっくりしてカカシはイルカを見つめた。
「分かるの?」
『走ってカカシさん』
「分かるんだ、イルカ先生!」
 大急ぎでイルカを背負い、カカシは枝に戻った。
「走るよ」
 枝を渡り始めると、イルカはひゅうと大きく息を吸った。速度を上げれば、小さく声を出す。
「そうか、そうか……!」
 三半規管は生きているのだ。イルカは自分が移動していることを理解した。速ければ速いほど、それは明確に伝わるだろう。そして病院から自分を連れ出して走り回るようなバカは、カカシしかいないとイルカは知っている、分かっている。そして、当たり前のようにカカシの名を呼び、ねだってくれた。
 やったあと雄たけびをあげ、カカシは速度を上げた。力の限りに足を動かし、目的地を国境に変更して山を駆け下りていく。
「俺、走るから! 走るから、イルカ先生、ずっと一緒にいましょうね!」
 突風を撒き散らし、カカシはしっかりとイルカを背負って霞がかった山の向こうへと駆けて行った。





「ばあちゃん、あれなに?」
 祖母と呼ばれるには早い年齢に見える、淡い桃色の髪の女は小さな孫を見下ろした。彼女の手を揺すって、子供は前方を空いた手で指差す。その目は何かを追ってせわしなく動いている。
「あら、見えるの? すごいわね」
「ヘンなのー」
「説明するのは難しいわねえ」
 女はにこりと笑って子供の視線を追った。どこかで、また窓が割れてらあと呆れた声がする。
「あれはね、木の葉の名物なのよ」
「めいぶつ?」
「火影様とおんなじで、とっても有名ってことよ。ちょっとヘンだけど」
「ええー?」
 怪訝そうな子供の頭を撫で、女は超高速で小さくなる者達を眺めた。上忍ならばはっきりと目視できるそれは、一組の老人だ。上機嫌で笑うつるっぱげのじいさんが、ふさふさの髪を一括りにしたじいさんを背負って疾走しているのだ。彼らが通り過ぎた後には、風圧と奇声による振動で必ず被害が出る。それを、火影の側近があたふたと修理して回るのがここ数十年の里の名物となっている。
「楽しそうだからいいじゃない。六代目も、元気なのが一番だってばよって言ってたしね」
 女は笑って子供の手を引き、甘味屋へと入って行った。



「今日はどこまで行きましょうか!」
 背中から、微かに笑う息遣いが聞こえる。
「楽しいですか、俺も楽しいですよははははは!」
 きいん、と風が鳴り、笑い声が飛ぶ鳥を落とす。
「よっし、じゃあ今日はスペシャルです、火の国一周コースで!」

 二人は地平の果てに向かって疾走する。
 どこまでもどこへでも、笑いながら走って行くのだ。








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