雪中夢想 5

「見え、た」
 大きく体を傾け、カカシは立木に手を突いた。凍っていた傷口が開き、滴る血が爪先を叩く。
 小さく霞む、薄灰色の影。
 出血には一瞥もくれず、カカシは遠く霞む里を凝視した。
 越えた山は、岩肌の目立つ急勾配の連続だった。行きは迂回して半日をかけたものを、氷雪を避けつつ二時間で登り切り下りはほとんど一息で駆け抜けた。
「う、」
 息が詰まる。体温が上がりきらずに息ばかりが回って肺を焦がしている。脇腹に手を置き、カカシはその場に崩れるように座った。
「後……すこ、し」
 まるで傷口に心臓があるかのように、鼓動と同じ速さで激痛が押し寄せては引く。霞む視界は左が赤く、もう何もかもが限界だった。それでも、カカシは背中のはかないぬくもりだけを思った。
「イルカ、せ、んせ、い」
 背後に顔を向ければ、切られるような寒風の中でイルカは額に汗を浮かせている。術の効力が切れようとしていた。本来の熱を取り戻し始めた体は小刻みに震え、荒い息づかいがカカシの首筋を温める。
「行かな、いと、早く……」
 喉を上げ、天を呑むようにカカシは喘いだ。苦しい、焼ける、立木の根にうっすらと積もった雪を指先ですくい、口に入れた。喉を通る冷たい感触にもう一度だけ立ち上がる気力を得て、カカシは背を支える立木に両手を伸ばして縋った。
 が、カカシの視界は空転し、あ、と呟きながら地面に顔から落ちた。
「いかん、ね」
 背中のイルカは辛うじて守った。砂粒のめり込んだ頬を歪めて笑い、カカシは両手を地面に突っ張った。目の前の冷え切った白っぽい地面に、汗が落ちて黒い染みを作る。木の根を掴み幹を這い体を持ち上げようとした。しかし足が全く立たない。急にイルカの重みが倍になって背中を押し潰す。
「ち、くしょ、う、」
 なんとか右足を持ち上げる。立ってしまえば走れるはずだ、そう念仏のように頭の中で唱えながら、カカシは左足の膝を立てた。
「う、あ、あっ!」
 冷気の麻酔が切れた山越えの間中、カカシは雪に代わって傷の痛みに苦しめられた。その痛みさえもが嘘だったかのような激痛が脇腹に刺さった。傷口から体が二つに千切れるようだ。全身の感覚がその痛みだけに集中して足から力が抜ける。木の根元に無様に頭を突っ込み、カカシは腹を抱えて痙攣した。イルカの体がバウンドして内臓を圧迫し、嘔吐感までが襲ってくる。
「つ……っ、く、そ」
 ひとしきりの痛みの波をやり過ごし、カカシは肩から体を起こした。くないを木の幹に突き立て、引きずるようにして足を引き寄せ頭を振って血混じりの唾を吐く。
「里へ……」
 爪を立てて木に抱きつき、舌で空気を飲み込むように息をする。顔を上げるだけで視界が歪み、黒い斑点が目の前を横切っていく。足の裏が地面を感じない。耳鳴りが酷い。
「もど、」
 高く鳴り響く金属音に耳を押さえ、そしてカカシは異臭に気付いた。耳から手を離し、ゆっくりと目の前に持っていく。
「あ」
 血に混じって緑色の液体が糸を引いていた。
 ――俺も、感染していた……!
 脇腹を手で探ると傷口は腫れ上がり、血と同じ分だけの粘液が付着した。イルカと僅かな時差があっただけで、発症は時間の問題だったのだろう。粘る手を唖然と見ながら、どくどくと響き渡る痛みに合わせて小刻みに震えた。
 ――それでも。
 進まない理由にはならない。
「カ、カシさ……」
 熱い息を吐きながら、イルカが耳元で呟いた。何度も衝撃を受け、意識を取り戻したのだろう。
「俺、を、お、いて、行って、くだ、さ」
「大丈夫、だから」
「や、くそく、しまし、た」
「うん、二人で……帰るって、ね」
 ぎゅ、とイルカの両手がカカシの胸を掴んだ。彼はどこまで分かっているのだろうか。いや、何も分かっていなくていい。里へ連れて帰る、それだけが成されればいい。
 イルカの手を握り、薄い雲に夕闇が映った空と地平の狭間を見る。霞がかった空気の向こうに鎮座する里。何ほどでもないこの距離が、今は万里の彼方に思えた。
 ――どれほど遠いとしても、行く。
 チャクラなどかけらも残っていないと知りながら、目の前の木の幹に手を当てた。駄目か、と思わせる長い一呼吸を置き、煙と共に巨大な犬が現れた。犬は、その出現と同時に血を吐いて倒れたカカシの側に寄り沿い、主の囁く通りに二人を背中に乗せて震える指が指す方向へと走り出した。
「大丈夫、大丈夫だーよ……」
 犬の体にしがみつき、カカシは何度も繰り返し呟いた。イルカの体が燃えるように発熱している。自分も同じなのだろう。近付いてくる里はもう歪んで見えず、黒い虫に食い尽くされるように視界は狭まった。
「カカシさん……」
 小さなイルカの声。答えようとした。しかしカカシの意識は引き延ばされ縮まり、やがて放り投げられるように漆黒の中に消えた。







 誰かが自分を呼んでいる。知った声だ。
 ――どこだ、里か。俺は、いや、イルカは。


「だ、いじょうぶ……」
「カカシ、起きろ」
 ばしりと乱暴に頭を叩かれ、カカシは驚いて目を開けた。升目状にタイルがはめ込まれた白い天井が見える。
「……病院、か?」
「落ち着け、カカシ」
「イルカ、イルカ先生は? 助かったのか?」
「しっかりしろ」
「教えてくれ! イルカは!」
 ばん、と大きな音にカカシは瞬いた。目の前で厚みのある両手を打ち合わせる男が見えた。
「……イビキ?」
「ああ」
 無表情に頷き、イビキはベッドから離れた。恐る恐る体を起こして脇腹に手をやる。
「傷は……?」
 腐敗どころか、元々の傷すら無い。
「いい加減にしゃんとしろ、カカシ」
「……どうしたんだ、俺は」
「大失敗だな」
「イビキ?」
「ここは暗部専用の尋問室だ」
「暗部……」
 カカシは首を巡らせ部屋の中を見渡した。覚えがある。暗部時代に何度かこの部屋を訪れた。大概は、写輪眼の使いすぎの後遺症を緩和する処置のためだった。そこまでを思い出し、はっとカカシは顔を上げてイビキを見上げた。
「精神修養訓練、だったっけ……」
「やっとか」
 思い出したものの、カカシは呆然とイビキを見るばかりだった。あまりにも生々しい感覚だったあれらが、全て上忍としての精神力を測るための幻覚だったとは。
「じゃあ、イルカ先生は無事……なんだ……」
「本当にイルカが出たのか? イルカだけだったのか?」
「そうだけど?」
 溜息を吐き、イビキはカカシの側に椅子を引き寄せ、腕を組んでどかりと座った。彼の後ろでは何種かの測定機器が電源ランプを明滅させており、そこからコードが延びている。コードの先端部分に接着された薄い金属プレートが、カカシの手足や額にテープで貼り付けられていた。
「今回おまえに適用したプログラムは、救援が見込めない危機的状況下からの脱出を目的とした、行動選択を見るものだ。本人が潜在的に苦手あるいは問題有りとしている能力が、特に弱く設定される。判断力と精神力に加え、己との戦いを必要とする状況が展開されるはずだった」
 言葉を切り、イビキはぐっと顔を近づけてカカシと目を合わせた。
「なのに、イルカが?」
「さっきからイルカイルカって馴れ馴れしい……」
 む、と口を閉じるイビキを、コードを体から取り外しながらカカシはじろりと睨みつけた。
「有り得ない」
 厳つい顔にコードを投げ付け、カカシはベッドから降りた。
「なんで? 俺が体験したのはおまえが言った通りの危機的状況だったよ。しばらく悪夢を見そうだ」
 首を回して目を閉じる。まだ、背中にイルカの重みが残っているように思えた。
「それにモニターしてたんでしょ? マズいもん見てるって分かった時点で切り上げてよ」
 立ち上がってイビキはカカシの腕を取り、再びベッドに座らせる。
「モニターしていたのはバイタルだけだ。ショック死しかける奴もいるからな」
「おいおい」
「最近始まった訓練だ。当分は思考錯誤もあるさ」
「……さすが拷問隊長」
「うるさい。とにかく内容は事後申告なんだ。話してくれ」
「話したらさっさと帰らせてよ」
 一通り話す間、イビキは何度も唸りながら首を捻っていた。最後は犬の上で意識が無くなったと告げると、最悪だ、と呟いて目を閉じてしまった。
「なんなの。一応、里に戻れそうなところまで行ったんだから合格でしょ」
「合格とかそういう判定を下す類ではない」
「じゃあ何だよ」
「単独行動のプログラムなんだ、おまえに与えたのは。イルカだろうが誰だろうが、他人が介在するもんじゃない。おまえが体験するべきは、罠に掛かって一人でどこかに閉じこめられた、そういう状況のはずだった。それを乗り越えられるかどうかを確認し、出来なければ、修行でもしろとアドバイスする。そういうものだ」
「なんにせよ、見たものなんて俺のせいじゃないだろーが。全く、適当なもん頭にぶちこみやがって」
「脳波の検査、するか?」
「いらん。帰る」
 もう二度と受けないからな、と言い捨て、カカシは部屋を出て行った。


「……これでよろしかったでしょうか、五代目」
 壁の一部がくるりと回転した。
「上手く誤魔化せたようだね。ご苦労だった」
 灰色の隙間から腕組みをしながら綱手が歩み出る。イビキの隣に立ち、里長は何度か頷いた。
「これで、上忍連中の人間関係は大体分かった」
「こんなことを調査してどうなさるんです?」
「個人的な感情が絡むと生存率にどう影響するか、一度調べてみたかった。まだまだ任務毎に医療忍者を出すことは出来ないからね、少しでも生存率が上がる組み合わせでチームを作るというのも、火影の仕事だよ」
「深いお考えだとは思うのですが、カカシの結果は……」
「信頼し、命を預けられると思う者と共に危機的状況に立つ、という暗示を与え、その結果イルカ一人しか関わらないというのは問題だな。ガイやアスマが知ったら、大いにスネるぞ。しかも記憶をなくしてイルカを忘れていた、という意味が分からん。写輪眼が暗示にかかったことを悟り、精神的な打撃を弱めるためにそうさせたのかもしれないが」
「だとすれば、カカシにとってイルカはアキレス腱」
 イビキの言葉に頷き、綱手は顎に指を置いて柳眉を寄せた。
「弱みになるほど大事な相手が存在する、というのは悪いことじゃない。四代目しか出て来ないよりはマシだ。が、いい大人があれじゃあ困るねえ。イルカのためならチャクラの限界を超える底力を出せるってのは結構だが、それはそれで危なっかしいことこの上ない。実際、イルカが先に逝ったら後追いするんじゃないか?」
「やりかねませんな」
「イルカは当分アカデミーから出さん」
「それがよろしいかと」
「昔から極端過ぎるんだよ、カカシは」
 ふう、と同時に溜息を吐き、二人はカカシの出て行ったドアを眺めた。



 暗部の実験施設を出た途端、頭痛がカカシを襲った。深い幻術の後遺症に似た痛みに腹を立てながら、自宅には向かわず行きたい方向に歩く。
 薄曇りの空は翳り、夕暮れの色が透けている。訓練の最後の光景に似たその色に、カカシはぶるりと体を震わせた。
 他の連中もこんなものを受けたんだろうか。報酬が必要だと拳を握りながら、カカシは角を曲がった。そして、明かりが灯った窓を見て立ち止まった。
 ――あの部屋の中に、彼はいるのだろうか。
 馬鹿馬鹿しい、笑って足を進める。が、次第に歩幅が広がり、最後には全力疾走となった。
「イルカ先生!」
 叫びながらドアを開けると、目の前に驚いた顔をしたイルカがいた。
「どうしたんですか、カカシさん」
 カカシは呆け、ぱちぱちと瞬きしている黒い目をじっと見つめた。
「イルカ先生……」
「はい?」
「……ただいま」
 いつものようにぎゅっと縛った髪を揺らしながら、イルカはにこりと笑った。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
 この二年、何度もその言葉を聞いてきた。始まりは受付で、そしていつしか互いの家で。カカシが欲しい全てが、その言葉の中にある。全身から力が抜け、玄関にしゃがんで膝に頭を乗せた。骨が溶けるような溜息を吐くカカシの側に、イルカも慌ててしゃがんで肩に手を置いた。カカシは情けなく眉を寄せてイルカを見上げる。
「待っててくれたんだ」
「随分遠くから気配が漏れてましたよ。大変な任務だったんですね」
 カカシにつられるように眉間に皺を作ってイルカは微笑んだ。そして小さい子供にするように、カカシの頭にぽんと手を置くと何度か髪を掻き混ぜた。その手に擦り寄れば、もう一方の腕がそっと背中に回る。
「イルカ先生」
「はい」
「好きです」
 顔を上げて告げ、イルカの頬を両手で包んで口付ける。素直な告白に、一瞬驚いたようにイルカは身を引いたが、唇を舐める舌を受け入れて軽く歯に挟んだ。不自然な姿勢で互いの舌先を愛撫しながらその柔らかさに酔う。優しく背を撫で続ける指先はカカシの神経に染込んでいくようで、足が痺れて膝を突いても口付けは続いた。
「好きです、イルカ先生」
 鼻の傷やまぶた、顔中にキスをしながら囁くと、イルカは小さく笑って言った。
「そろそろ部屋に入りませんか。カカシさん、すごく冷たくなってます」
「あ、そうですね」
 頭を掻いて言って急いでサンダルを脱いだ。イルカは黙って側に立っている。普段は良くも悪くも大雑把な性格が滲み出るイルカだが、不意に、神経質な程に意図を汲み取ってくる。今も、何も言わず聞かずただ側に立つことで、カカシが喜ぶと知っているのだ。心底の安堵が全身を暖かく満たしていくのを感じながら、カカシはイルカの肩に自分の肩をすり寄せた。囁き合う代わりに唇の先で小さなキスを繰り返し、二人はふらつくような足取りで寝室へと向かった。
「イルカ……」
 体重を掛けるとイルカはすとんとベッドに座った。首を伸ばし深く口付けながら横たわらせ、カカシは暖かい体にしがみついた。正しく夢にまで見たイルカだった。心地よい体温と日向のような体臭に、うっとりと眼を閉じた。
 きつく抱き合い、互いの髪を掻き寄せる。飽きることなくキスを繰り返し、そろそろと腰に手を下ろす。肌に指が触れると、冷たい、とイルカは言ってカカシの手を取った。そして短く舌を出し、中指の関節から指先へと舐め上げ、爪を唇に挟んで見上げた。
「……突然するよね、そういうこと」
「そういう、って?」
 分かっている目が、欲に熱を帯びている。
「いやらしい、こと」
 はは、とやけに明るく笑って、イルカはカカシの頬を両手で支える。
「俺も、カカシさんが好きですから」
「色気があるんだか無いんだか」
「あったら怖いです」
 言いながら太腿を足の間に押し付けてくる。高ぶっているカカシを刺激しながらイルカは自分で上着を脱ぎ、大仰に手を広げた。
「ハイどうぞ。あなたのものですよ」
「……ああもう!」
 悔しそうに襲い掛かるカカシを受け止めながら、イルカはまた朗らかに笑った。服を脱がし合い、肌を押し付け頬を摺り寄せ手を握り、やがて熱く息が混ざり合った二人は思考を手放した。



「腹減ったー」
「俺は食い気に負けるのか……」
「そうです。申し訳ありません」
 するすると肌を撫で続けるカカシの腕を解きながらイルカは喉の奥で笑った。未練がましく縋りついた足がふわりと離れて行くのを追って、カカシも寝室を出た。
「もう一枚着た方がいーよ」
「んー。暑い……かも」
 唇を尖らせながらもシャツを受け取るイルカの声は少し枯れている。満足を感じながらイルカの頬にキスをし、居間を抜けて台所に向かおうとした。が、机の上に乗っている見慣れないものに足を止めた。
「……これ」
 小さな穴がたくさん開いた紙の蓋を外して中を指差せば、イルカは子供のように、へへ、と笑った。よろよろと動き回る黄色い毛玉を優しい仕草で両手に乗せると、カカシの眼前まで持ち上げて得意そうに言う。
「可愛いでしょう」
「……そういや、有精卵買ってたっけ。ホントに暖めてたんだ。そんなに卵、好き?」
「小さな投資で大きな利益です。メスなら、ですけど」
「メスだよ」
 断言にイルカは首を傾げた。カカシは小さな真っ黒の目と視線を合わせ、へらりと笑う。ぴよ、と嘴が開いたところに息を吹きかけると、ヒヨコは嫌がって身震いした。
「卵、毎日食べられますよ」
「だったらいいですね」
「卵焼き、焼いてあげる」
 楽しみだなあ、とイルカはヒヨコを段ボールの中に戻してやった。柔らかそうな布が敷いてある箱の中で、ヒヨコはよちよちと歩く。
 ――迎えに行くって約束したもんな。
 そっと喉をくすぐると、やはりヒヨコは嫌そうに箱の隅に逃げて行った。
「さて、何を食いましょうか」
 言いながら蓋を閉め、カカシは水場に立った。冷蔵庫を覗いていたイルカが野菜や魚を手に隣に並ぶ。
「鍋にしましょうよ。今夜は寒いですし」
「あー鍋、鍋……ね」
「嫌ですか?」
「えーあー、そうじゃなくてね。ええと、野兎やキジじゃなければいいです」
「無いですよ、そんな野性的な材料」
「そりゃ良かった」
 手早く野菜を洗いながらイルカは喉で笑っている。おかしいなあ、今日のカカシさん、そう呟き揺れる肩にカカシは頭を置いた。
「俺、どこにいてもイルカ先生が好きだ」
 ちらりと振り返り、イルカは片方の眉をひそめて見せた。
「常にそうあっていただきたいものですが」
 あら、と肩を竦めると、イルカは目だけで笑った。
「違うよ。いつ、どこで出会ったとしても、例えあなたを忘れてしまったとしても、必ず好きになるってこと」
「そんなこと考えるんですか。前から思ってましたけど、カカシさんって変にロマンチストですね」
「イルカ先生ほどじゃないです」
「俺は現実主義者ですよ?」
「ええー、前世とか信じてるでしょ」
「前世ぇ?」
 おかしな顔で眉を寄せるイルカにカカシは噴出した。そう、ああいうことを考えるのは自分の方だ。イルカにもそう思って欲しい、それがあの夢に影響したのだろう。
「死んだらおしまいですよ。忘れちゃってもおしまい」
 冷たい顔でイルカは呟いた。それと同時に固まったカカシをまた喉で笑い、なーんてね、と舌を出す。
「……お仕置きしてやる」
「えっ、カカシさん?」
 じたばたする体を抱えると、数分前までいた場所にカカシは戻って行く。
「ちょっと待って、カカシさん!」
「駄目。そういうこと言う人は食事抜きです」
「嘘ですって、あっ、ほら、雪ですよ! 雪降ってきました!」
「だから何です」
「鍋……」
「あーとで」
「俺、もう動けません……」
「またそんな、イヤラシイこと言って」
「ええ、なんで?」
 イルカは困ったふりで、カカシは怒ったふりで、二人だけの遊びがまた始まった。



 しんしんと冷える空気の中を、花のように雪が舞う。

 里が白く染まる頃、まるであの夢と同じだと、動けない中忍のために鍋を用意する上忍が、笑った。






NARUTO TOP