ナンバーワン

「こんばんは。報告書ですー」
「お疲れ様です、カカシ先生」
「アナタの笑顔にはホント、癒されますよ」
「それはなによりです」
「飯食いに行きませんか」
「いいですね。でも遅くなりますけど」
「上がり、何時ですか」
「七時頃だと」
「待ちます」
「先に行ってて下さいよ、『田舎』でしょう?」
「待ちます。一緒に行きましょうよー」
「いいですよ」
「じゃあ、また来ます」
「はい。えーと、ハイ、これで結構です」
「そんじゃ、後で」
「はい、後ほど」

 にっこり笑ってイルカは片手を上げた。両手をポケットに突っ込み、ゆらゆら歩くカカシが扉から出ていった瞬間、両隣の受付仲間がかばっと迫り、椅子に背を反らしたイルカは目を見開いて彼らの顔を交互に見た。
「な、なんだ? おまえら」
「いいのか、イルカ!?」
「何が?」
「はたけ上忍よ!」
「うーん、本人が待つって言ってるんだから失礼にはならねぇだろ」
「そうじゃなくて! あの人変態だぞ!」
「変態?」
「変態だ!」
「ヘンタイよ!」
「カカシ先生が変態……?」
「絶対食われるぞ!」
「そうよ! あんたなんて一口よ!」
「一口、か。はははは」
「そんなのんきに笑ってんじゃねえよ……」
「結構何度も食事してるけど、特に問題ないぞ?」
「そうやって油断させておいて、っていう有名なウワサを知らないの!?」
「知らねー」
「ぼんやりもほどほどにしろよーイルカ。いいから気をつけろ!」
「俺の座右の銘は、身をもって知るってヤツだからなあ」
「……全然駄目だわ……」
「……俺らは忠告したからな?」
 はは、と笑ってイルカは書類の束を揃えた。

 はたけカカシとうみのイルカはナルトを介して知り合い、その後受付の机を挟んで親しくなった。受付で誘われる事は今日が初めてだったが、アカデミーの近所の繁華街にある大衆居酒屋の『田舎』は、既に二人の行きつけの店になっていた。
 イルカにしてみれば、大衆居酒屋、などという上忍にそぐわない店にカカシを連れ出すのは気が引ける。実際、カカシが一人で『田舎』で食事をする姿を見た者は誰もいない。きっとカカシは中忍の財布の中身を気遣ってくれているのだろうとイルカは思っている。中忍仲間の言う『変態』な部分がカカシにあろうとなかろうと、カカシは気のいい男だとイルカには信じられた。信じられる程度の付き合い方はしていると思う。

「じゃあ俺、上がるなー」
「……そうか」
「……お疲れ様」
「なんだよ、通夜みたいな顔すんなよー」
 苦笑して手を振り、イルカは受付を後にした。職員室に寄って机の上をざっと片付け、来週一番に仕上げる書類を真ん中に置く。
「これでよし、っと」
 この頃は残業もほどほどの時間に終わってくれるし、週末の休みも取れるから気持ちにも余裕がある。イルカは鼻歌まじりにカバンを肩にかけパンパンと叩くと、残っている他の教師に会釈をして部屋を出た。扉を閉めて正面を向くと、カカシが通りかかったところだった。
「あ、終りましたか」
 カカシはくるっと体を回してイルカに向く。
「丁度良かった、お待たせしました」
「本を読んでいればあっという間ですよ」
「エロ本ですか?」
「エロ本です」
「はは、行きましょうか」
「行きましょう」

 カカシは上機嫌である。特に態度には現れないが、イルカにはしっかり伝わる。
「今日の依頼、上手く行ったんですねえ」
「へ? あ、はい。サクラが良かったんですよ。ナルトも我侭言わなかったし、サスケも真面目だったです」
「……やっぱり言いますか、我侭」
「子供はそんなもんでしょう」
「そうですかねえ」
「そうですよ」
「ご迷惑かけます」
「イエイエ」
 少し歩けば繁華街、繁華街に入って五十歩、というのが『田舎』の売りだ。足取りの軽いカカシを半歩追い抜いてイルカが引き戸を開けた。肩越しに、見下ろし加減で会釈するカカシが先に引き戸をくぐり、開けた先でのれんを上げて待っている。
 基本的に親切なんだよな、この人。ホントに変態だったりするのか?
 そんな事を思いながら、イルカはのれんを上げるカカシの腕の下をくぐった。



 ほどほどの酒宴の後、上機嫌のイルカはカカシを自宅に誘った。ちょっと良い酒を手に入れていたから二人で飲みたい、とイルカが言ったので、カカシはにこにこと付いてきた。
 ちゃぶ台を挟んで、するめなどをつまんで飲む。偶然二人共翌日は休み、多少酒を過ごしても大丈夫だと、開放的な雰囲気だった。
「カカシ先生、そういう顔だったんですか」
 カカシはそれまで、飲み食いをする時にもどういう技を使っているのかマスクを外さなかった。しかし今、イルカの自宅ではすっかりくつろいでマスクは喉の下に皺になってたまっている。イルカは全開の笑みで、気を許してくれるカカシの素顔を見つめていた。
「隠すのもったいないですよ!」
「いやあ、下手に曝すと暗殺されちゃうんでー」
「大変ですねえ、暗殺、なんて上忍っぽいですよ!」
「上忍っぽいでしょー」
「カッコいいなあ、ははははは!」
「あははは、イルカ先生はいつも笑ってますねえ」
「はは、地顔なんです、カカシ先生こそそんなに笑っちゃって」
「明日は休日ですから気も緩みますってば」
「休みはいいですねえ」
「布団干してイチャパラ読んで昼寝するんですよー」
「いいですねえ」



 男同士の会話ってくだらんなあ、と思いながら、カカシは嬉しくて仕方が無かった。現状としては居酒屋でもどこでも、イルカと過ごせればそれで満足だったが、二人で部屋にいるという状況はこの上ない。イルカの笑顔を独占出来るのだから。他人に見せるなんてもったいない、減る、とすらカカシは思っているのだった。
 当然、受付仲間の心配通りにカカシはイルカ狙いであった。
「イルカ先生、隣で飲みましょうよー、ちゃぶ台邪魔です」
 少々大胆な発言も出る。もちろん下心なんて無い。狙ってはいるものの、それでどうしたいとまでは計画していない。目の前のものを片付けていくカカシの人生は、基本的に行き当たりバッタリなのである。
「じゃあ、お邪魔しまーす」
 イルカは酒が顔に出ないタイプらしい。楽しげに酔いながら隣に座ったイルカを見つめ、カカシはしみじみと幸せを感じた。畳一枚に二人で座っている。
「酒、どうですか?」
「上手いです。砂の里の名産ですよね、コレ」
「そうなんですよ! 俺、好きなんですよ」
 ちょっと良いでしょう、とイルカは一升瓶のラベルを撫でながら言う。うんうんと頷きながら、好きな酒を一緒に飲む相手として選ばれた事にカカシは大いに誇りを感じた。
「あ、つまみ、他にもあったんだ」



 イルカは思い出して立ち上がった。これも、ちょっと良いつまみである。安月給ではそうそう買わない乾燥ホタテの貝柱。それも産地直送。イルカに出来るもてなしとしてはかなりの上級ランクである。カカシを誘った時を思って、スーパーの産地直送祭で買ったのだ。
 そう、中忍仲間は知らないが、実はイルカもカカシ狙いであった。
「これです!」
 イルカは自信満々にホタテを突き出した。カカシとは違い下心満載である。自宅に連れ込めば勝ったも同然、勢いだけが人生だ。ホタテで上忍が釣れるものなのかどうかなど深く考えない、それががイルカの生きる道なのである。
「お、ホタテ貝柱。オレの一番好きなつまみですよー」
「ホントですか! 良かった!」
 頬を染めているカカシをイルカはうっとりと見つめた。前から思っていたけど、この人は結構酒が顔に出る。それもまた可愛らしいことだ。
「おっと」
「おや」
 座り直そうとして、イルカは少しふらついた。思わず支える手を出そうとしたカカシの肩に軽く手を掛ける。わー、触っちゃったよーと、イルカの心臓が跳ねた。
「すみません」



「イエイエ」
 あれ、意外と小さい。
 カカシはその手を見て思った。受付で報告書を受け取る手は、帰って来た安堵や顔を見れた嬉しさで、どこか大きく安心できるものだった。こうして向き合ってくつろいで見る手は、誠実そうで少し頼りないような様子でさえあった。イルカはその手でバリバリと袋を開けている。よく見てみると、ところどころに独特な擦過の痕が色素沈着している。
「イルカ先生、印切る練習してるの? それも激しく」
「分かります? 毎日してるんです。子供らの前で失敗したら恥ずかしいし」
「勤勉ですねえ。器用そうだし速いでしょ」
「本気になったら速いですよ、速さだけならカカシ先生にも負けないかもです!」
「ははあ、上忍試験、受けようとしました?」
「下忍時代のセンセイに泣いて止められましたーはははー」
「アレは全員殺す気でキますからねえ」
 チャクラ小さいんですよー俺、中忍相手じゃ五人位しか殺れねぇなあ、と朗らかに笑いながら、イルカはホタテをころころ皿に出した。家で飲む酒のつまみもこうして皿に入れるところがイルカの性格を良く現しているようで、カカシはふんわりと笑った。
「ホントにホタテ、好きなんですね」
「はいー、好きですー」
 アナタが、と叫びたいところだが、カカシは穏やかにホタテを割って口に入れる。
「美味しいですねえ、酒が進みます」
「どんどんいって下さい、明日は休みですし」
「休みですねえ」
 ああ、このまま泊まってしまいたい。出来ればイルカ先生を抱っこして眠りたい。何にもしませんから、お願い。
「いやー、駄目だってば、オレ」
「は?」
「いやー、なんでもないですよ」
 ちょっぴりギラついた自分を口に出してたしなめ、カカシは頭を掻いた。小さい幸せがオレには似合う、それでいいんだ。そうそう。

「あ」
 イルカの手から、ホタテがころころと転がった。彼が追うのでカカシも追う。カカシの手の先で止まったホタテに追いつこうとしたイルカは、すとん、と畳に滑ってカカシの膝につっぷした。うお、と思わず歓声を上げたカカシは、いやいや、と自分を叱りながらイルカの肩を起こした。
「回ってきましたか、イルカ先生」
「う、スミマセン。酒じゃなくて、畳がね……」
 恥ずかしそうに鼻を押さえてイルカは顔を上げ、助けるカカシの肩に手を置いた。さっきもイルカの触れたその場所にカカシは全神経を集中させた。小さな幸せ万歳。

 しかし。
 イルカはそのまま動かない。少し驚いたようにカカシを見ている。
「イルカ先生?」
「綺麗な顔、してますよねえ。カカシ先生。ホント、隠したらもったいないです」
 いやあ刺客がね、と言おうとしたカカシの口に、突然イルカの唇が押し当てられた。目を閉じているイルカの顔を、焦点が合わない距離で凝視するカカシに体重が掛かる。触れ合うだけのキスをしたまま、ゆっくり二人は畳に倒れた。離れないイルカの額を押し退け唇を離し、カカシは間近の顔を見つめた。これはかなり、酔っている。そろそろお開きか。ああ残念。そうカカシが思った時、イルカはにこり、と微笑んだ。

「あの、イルカ先生?」
「薄くて綺麗な唇ですね。柔らかいし」
「はあ」
 イルカは両手をカカシの肩の両脇に突き、片足同士を絡ませた。
「カカシ先生はセックス好きですか? 俺としませんか?」
「ああああアンタ、いきなりなんですか!?」
「あ、予約が要りました?」
「そうじゃなくて!」
「じゃあ、しましょう」
「今ですか!?」
「今です」

 また体が密着する。イルカはカカシの頬に片手を沿え、抱くように頭を撫でてキスをしてきた。今度は舌が入り込んでくる。応えるでもなく、逃げるでもなく、ぼんやり受けているカカシの髪を指先が撫で、耳の上を掠める。唇を離し、イルカはカカシの耳の側にキスをした。可愛い、と囁き声がする。
「あの、イルカ先生」
 カカシは溜息と共に言った。
「酔ってますね?」
「いいえ?」
「酔ってますよ? イルカ先生」
「いぃえぇ」
「あのですね、」
 言葉を塞ぐように、また熱烈なキスを始めるイルカを、カカシは慌てて引き剥がした。下半身に血が集まってきている。
「あの、イルカ先生」
「はい」
「イルカ先生……」
「はい? カカシ先生」
 呂律も怪しくはなく、イルカは大いに平常に見えた。
「……イルカ先生、キス、上手ですね」
「まあそれなりには」
「経験豊富?」
「どうでしょう」
 再び唇が重なり、密着している腰にイルカのものが当たった。反応しかけているようだった。そう思った途端、何かが解除されたようにカカシの血流が一方向に向かう。
「イルカ先生……」
 吸って引き出された舌を取り戻しながらカカシは言った。
「はい」
「ヤリたいんですか?」
「ヤリたいですよ? あ、イヤでしたか、スミマセン」
「いや、そうじゃないんですけどね」
 退きかけたイルカの腕をカカシは引っ張る。くす、と笑ってイルカは顔を傾け、小さくキスをした。二人は顔を寄せ合って笑い、カカシは目眩がするほどの喜びを感じた。優しくカカシの髪を撫でてイルカは囁いた。

「カカシ先生、お尻、使ったことあります?」
 別の意味の目眩でカカシは傾いた。
「……あります」
「へえ、意外」
「俺も昔は中忍だったり新人だったりしましたからね」
「でも子供だったでしょう?」
「あんまりそういうの、関係ないみたいです」
「そうなんですか。なんだか胸が痛みます」
「昔のことです、それよりアナタはどうなんですか」
「俺は今現在中忍ですから」
「モテるんですか?」
「どうでしょう」
「忙しいですかー?」
「忙しいです」
 イルカはじっとカカシを見ている。ほとんど唇が触れる距離で話しているから、吐息が互いの肌をくすぐっていた。情欲に目をうるませ、手の平を熱くさせている今のイルカは、普段受付にいる男とは違う生き物に見えた。それもまた美しいな、とカカシは思う。
「誰とやってるんですか」
「秘密保持契約があるので内緒です」
「なんですか、それ。上忍ですか、一人?」
「沢山、だったらどうします?」
「忙しそうですねー」
「忙しいです」
 またキスが降りてきた。激しいキスだった。畳に伸ばしていた両手をイルカの腰に回し、カカシも舌を伸ばしてイルカの口内を舐めた。わざと音をさせて舐めるとイルカもそれを真似した。しかしイルカはそれより先に進もうとせず、カカシの髪や頬や肩を撫で、ふう、と息を吐いて唇を離すと、また、可愛いと言って笑った。
「可愛いんですかね」
「可愛いですよ」
 愛しそうにイルカは言った。カワイイ、なんて言ったことも無いが、案外気分がいいものだとカカシも笑う。というか、気絶しそうだ。
「“忙しい”腹いせに、下忍にお勤めなんかさせちゃってます?」
「別に怒っちゃいませんけどね」
「女ですか?」
「くの一の修行ってのは中忍からですよ」
「誰だろ? サクラじゃないんだ」
「違いますよ」
「ふうん。まあそれも先生の仕事かもね」
「カカシ先生は?」
「暗部になってからは無いなー」
「どうしてだろう?」
「ホントは誰も寄りたかないでしょ、写輪眼なんて。それも暗部じゃねえ」
「そうですか?」
「そうですよ。アンタ変わってるね」
 はは、と笑ってイルカは体を動かした。カカシの顔の横で頬杖を突き、足を跨いで性器を擦り合わせる。キスの応酬のためにカカシは完全に勃起していたが、イルカはまだ半ば、といったところだ。
「アンタ、ヤル気の割りには勃ってませんね」
「カカシ先生が若いんです」
「普段と違う顔して、ヤラしい」
「ほのぼの笑ってる場合じゃないでしょう」
 イルカはカカシに顔を寄せ、額あてに噛み付いて外した。剥き出しになった傷をなぞって舌で舐め上げ、左の瞼にキスをする。まつげに唇が触れてくすぐったくカカシは瞬きし、それを見てイルカは微笑む。
「カカシ先生、上忍なんだから決めて下さい」
「何?」
「どっちが上か」
 随分たっぷりとした沈黙の時間が流れた。
「……うーん」
「悩むんですね」
 イルカは頬杖を突いたまま、カカシの髪を指先で摘んでうっとりとしている。なんだか夢みたいだなあと、カカシもまたうっとりとイルカに囁いた。

「アンタ、突っ込みたいですか?」
「そりゃそうでしょう」
 笑って答えるイルカの顔は興奮のために少し赤い。
「お尻は良くないって事ですか、そりゃ、困りましたね。でも“忙しい”んでしょ。数こなせば良くなりませんか」
「カカシ先生は、お尻好きですか」
「好きっていうか、強烈にイイじゃないですか」
「そうですか? 相当こなしたんですね」
「まあ、そういうことです」
「カカシ先生、需要と供給が一致してきましたよ」
「は?」
「あなたはお尻が良くって、俺は突っ込みたいんです」
「ははあ、確かに」
「どうしましょう?」
「某下忍と切れるって言うなら、突っ込んでいいですよ」
「どうして」
 くす、と笑ってイルカはカカシの唇を舐めた。突き出してくる舌の先をからかうように吸い、肩に顔を埋めるとぎゅっと抱き締める。顎を少し上げ、カカシもきつい抱擁を返した。ここは、言うしかあるまい、言わねばならぬ。

「……イルカ先生のナンバーワンになりたいんです」
 自分でも笑いそうなくらい小さな声になってしまった。案の定、イルカが吹き出す。
「カタカナが似合いませんよ、カカシ先生!」
 しかし、カカシが真剣であることに気が付いて微笑みを作った。
「ゴメンナサイ」
「……いいんですよ」
「でも、ナンバーワンってね!」
「アンタに突っ込まれるのが俺だけ、ってことならそっちはいつでもナンバーワンでしょ」
「そうでしょうか?」
「いいんです、それで」
「切れられるかなあ」
「……分かりました、百里譲りましょう。他の人とヤラない日にヤリたくなったらオレを誘うってことで」
「カカシ先生は誘ってくれないんですか」
「誘いますよ。誰ともヤラない日はOKして下さい。そしたらその日はナンバーワンです」
「滅多にないかも」
「待ちます」
 目を細くすがめたイルカは笑ったままだ。
「笑わないで下さいよ」
「ゴメンナサイ」
「さっきからオレばっか勃ってて恥ずかしいのに」
「そんな事、気にするんですね」
「気にしますよ。アンタ、それで突っ込める訳?」
「じゃあ、準備万端のカカシ先生が入れたらいいんです」
「いいんですか?」
「ナンバーワンじゃなくても良ければ」
 にや、と笑ってイルカの手がカカシの胸を滑った。服越しにきゅっと中心を握られて体を跳ねさせるカカシを更に笑い、空いた手で括った自分の髪を解いた。
「イルカ先生」
 カカシは堪えるように眉を寄せ、イルカを抱く手に力を込めた。簡単に体を入れ替え、イルカを組み敷くとその頬を両手で挟んだ。

「イルカ先生」
「はい」
「イルカ先生……」
「はい、カカシ先生」
「イルカ先生の相手にオレより強い奴、混じってますか」
「どうでしょう」
「いませんよね、オレが一番ですよね」
「ははは!」
「そいつら、どうせ上忍ってことを盾にヤラせてるんでしょ、オレがイルカ先生に突っ込んだってそいつらに言って下さいよ、そしたら皆消えますから」
「そうですか?」
「そうです」
「そうして欲しいんですね?」
「はい」
「カカシ先生、カワイイ」

 答えを言わないイルカの唇を噛むように奪う。柔らかく抱き込む腕がからかうようだった。
「命令したら言ってくれるんですか」
 カカシは爪を立ててイルカの背を抱いた。ああ、なんてあったかいんだと思う。
「中忍ですからねえ」
 イルカはのほほんと答える。ベストの下に指が潜ってカカシの腰辺りがむず痒くなった。
「違うんです、そんなじゃないです」
 どう言い募ったらいいんだろうかと、カカシは普段使わない部分の脳をかき混ぜた。

「なんでもいいですよ。楽しくアソビましょうよ」

 無邪気な言葉にショックで萎えそうだった。イルカはなんで笑っているのだろう、そう思ったカカシの思考はただ、単純な方向にまとまった。
「ねえ、聞いてよ、アンタが好きなんです、イルカ先生、大好きなんです、好きなんです、イルカ先生」
「ははは、それは知りませんでした」
「馬鹿言っちゃいけませんよ」
「ホントですって」
「なんてイヤな人なんだ、アンタは」
 カカシは少し乱暴にイルカのベストを脱がした。勢いでアンダーも剥がして両手首をしっかり掴んで見下ろすと、イルカはやけに悲しそうな顔になった。心細げな声を出す。
「怒りましたか? カカシ先生」
「は? 怒ってませんよ?」
「嘘」
「あれ? ちょっと乱暴な方が燃えない?」
「うーん、どうでしょう……」
「あ、失敗、失敗、スイマセン」
 心中は激しくどぎまぎしながら両手を自由にする。このヒトの傾向が全く分からん、と思っていると、するするとイルカの手はカカシの腰に周り、アンダーの下から背中に回った。
「カカシ先生、いい背筋してますね」
「はあ」
「早く脱いで下さい」
「脱いでますって」
 カカシは急いで服を脱ぎながら、普段よりも眠そうに目を細めた。視界には、さくさくとズボンから下穿きまで脱いでいるイルカの姿。全部脱いでしまうと彼は再び背中を畳につけて、カカシに手を伸ばした。その手を取って、指先を舐め、抱き込まれるままに胸に頬をつける。乳首をいじるとくすくすと笑い声が降り、カカシも苦笑した。
「アンタ、こんな時まで笑うんだ」
「いけませんか?」
 イルカの顔は優しい。吸い付くようにキスをしながらカカシは手を伸ばしてイルカを握った。やっぱり半勃ちのままで、なんとなくほっとする。丁寧に撫でてやると、ひくひくと舌の方が敏感に反応して快感を伝えてきた。
「先っぽ、漏れてきましたよ。ヤラしいね」
「生理現象でしょう」
「馬鹿ですね、そういう時には、ヤダ、とか、気持ちイイ、とか言うもんです」
「エロ本の読みすぎです」
「あーあー、ヤなヒトだよ」
「自分でも不思議なくらい、カカシは幸せだった。にこにこと笑っているのが自分でもよく分かる。
「ねえ、オレの顔、好きですか。さっき綺麗だって言いましたよね」
「綺麗ですよ」
「オレもイルカ先生の顔、好きです。全部好き」
 ふふ、とイルカは声を上げた。カカシの指が尻を辿って奥まった部分に触ったせいかもしれない。
「キツイねー」
 舐めて濡らしたくらいでは入らなさそうだった。
「何かあります?」
「何か?」
「えーと、オイルとかそういうの」
「……てんぷら油なら」
「あのね」
「だって皆さん、持参されますから」
「……スイマセンね、用意悪くて!」
 こんなに好きだ好きだの大安売りなのに、どうしてこの人はこんなに酷いことを言うのだろう。そう思っても、カカシは笑っていた。
「じゃ、出しときましょうね」
「何を?」
「ザーメンに決まってます」
「え?」
「え、じゃないです、てんぷら油はさすがにイヤです」
 とぼけた顔をしているイルカに軽くキスを落とすとカカシは身を屈め、それなりに勃ったものをぱくりと口に入れた。イルカらしい上品な味がするな、と目線だけ上げると、意外にも顔を真っ赤にしている。戸惑って、カカシの頭を触ったり引き寄せたり剥がそうとしたりする様子がとても可愛らしく、カカシはいつになく張り切った。

 カカシには性処理としての男性経験しかなかったが、別段嫌な目には合っていなかった。嫌だと思わなかったところになんらかの間違いがあるような気はするが、今から、特別に良い目に合うのだと思うとヤラれて良かったなあと心底思う。ヤリ方を知ってて良かったなあ。イルカ先生、気持ち良くなってね。
 そんな事を思って勤しんでいる間に、イルカは簡単に登りつめて小さな声と共に達した。むぐむぐと唾液と混ぜると舌でこじって入れた。イルカはびくびく体を跳ねさせ、口を押さえている。色っぽいというか可愛らしいというか、カカシは少々目眩を感じながら指にも舐め付けた。
「指入れますよー」
「はーい」
 なんかおかしい。でもいいや。カカシは指を一本入れ、中で曲げた。
「あ」
 イルカはぴょん、と跳ねて体を起し、その部分を見た。
「イイですか? イルカ先生」
「……入りましたね」
「入ってるところ見ると興奮しますよねー」
 ゆっくり抜くと溜息を吐いた。そのどこか切ない様子にカカシは猛烈に叫びたくなった。が、堪える。何を叫んだらいいのか分からないし。
「えーと、色々舐めましたが、キスしていいですか?」
「は、どうぞ」
 起こした背を抱き、背後から腕を回して指を増やしながら濃厚に口付ける。粘る唾液を飲み合ってすすり合い、舌先を合わせてくすぐる。
「味がしますねえ」
 イルカは少し息を上げて呟く。
「美味しいです。ところで入れてもいいですか」
「あの、一々聞かないでくれませんか」
 でも心の準備というものが、と言いながらカカシはイルカの腰を浮かせて膝立ちにさせた。片足を持ち上げて腰に絡めると、体を交差しながら熱い塊を押し付けた。素早くイロイロと塗りつけておいたのでそれなりにスムーズに侵入出来そうだった。
「イルカ先生、力抜いて」
「あ、はい」
 イルカは小刻みに震えてカカシの首を強く抱いた。カカシも抱きとめる手に力を入れる。
「あっ」
「大丈夫? イルカ先生」
「平気、です……」
「馬鹿ですね、こういう時には、ああん、とか、うふん、とか言うもんです」
「だから、エロ本読み過ぎ……」
「あー、ヤなヒトだー」
 イルカのかかとが尻に当たって妙な痺れがカカシに走った。ぐっと突き入れると、イルカは力を失って倒れそうになった。おっと、と支え、寝かせてうんと足を曲げる。背中を伸ばし加減に腰を引き寄せ、ゆっくりゆっくりとまじないのように心の中で唱えながらカカシは動いた。どこかに飛んで行きそうな快感を感じながら、イルカの良さそうなところを探る。

「イルカ先生」
「……はい」
「いいんです」
「……ん……何がです……」
「一番じゃなくていいんです」
「はは……今度は漢字、ですか」
「アンタが誰と寝ててもいい、オレとも寝て下さい。それでいいんです、誰かとヤッた後でもオレが誘ったら寝て下さい」
「カカシ先生……」
「好きです、イルカ先生、好きです、好きです」
「はい、はい……」

 カカシは精一杯誠実に言ったが、イルカはあまり解っていない様子で開いた足を腰に絡める。汗を滲ませたイルカの顔中にキスをすれば、眉を寄せていた彼はうっすらと目を開けた。
「カカシせんせい……キモチイイ……」
 イルカの嬉しそうな呟きに一気にカカシの自制は飛んだ。
「……好きです、イルカ先生、イルカ先生、」
 強く腰を打ち付けると湿った音が大きくなり、本当に目がくらんだ。
「ああ、なんか、もう、オレ、無茶苦茶だー。もう、駄目みたいです、ゴメンナサイ」
「は……い……」
「イっていいですか、イキませんか? イルカ先生、イルカ先生」
 返事は無く、イルカはくぐもったうめきと共に強く擦られて達した。ぐったりした体の中にカカシも吐き出し、そしてびっくりした。なんだか目の前が白い。
「ね……イルカ先生、大丈、夫……?」
 必死で気遣うが、答えは無い。
 じゃあ、オレもちょっと、とカカシは繋がったまま圧し掛かって目を閉じた。
 正直カカシは気絶した。ほんの数秒の間だったが。



 イルカは少し出血していた。痛そうに、うう、と唸った背中に、カカシは呼びかける。
「大丈夫ですか、イルカ先生、ねえ、イルカ先生ったら」
 突っ込んで気絶する、という空前絶後の醜態を曝したカカシだったが、辛うじてイルカよりも先に立ち直った。無理させたなあ怒ったかなあとイルカの顔を覗き込むと、彼はだるそうに振り返った。
「……大丈夫ですよ」
「ごめんね、イルカ先生」
「カカシ先生のせいじゃないです」
「オレのせいですよ」
 胸を合わせてそっと抱くと、イルカは頭を預けてじっとしている。額に沢山キスをして、カカシはイルカの顔を上げさせた。
「オレ、気持ち良くて気絶しちゃった」
 ぷ、とイルカは笑う。きらきらと木漏れ日のような笑顔にカカシは少し涙ぐんだ。
「イルカ先生も良かったですか?」
「ハイ」
「キレイにしておきましたから、もう寝て下さいね。後で布団に運びますから」
「ハイ」
 子供のようにイルカは言い、素直に目を閉じた。すぐに小さく、規則的な寝息を立てるイルカはとても暖かくて柔らかく、カカシはまた何かを叫びそうになったが、今度は呟くことで耐えた。

「嘘吐き。初めてだったくせに」

 遊ばれて捨てられても大丈夫。
 何百回も心で呟けば、その気でなくても読めてしまう。
「写輪眼をナメちゃいけませんよ」
 それにオレは変態じゃないんです。分かったでしょ? とカカシは笑い、ちょっと泣いた。







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