恋の奴隷 おまけの後日談

「ゆるいですね」
「ユルイですか」
「いけません、いけませんよ!」
「それでは思い切りいかせていただきます」

 ぎゅ、とイルカが引き絞ると同時にぐえっとカカシが潰れた声を出した。
「うーん、やっぱりこれはきつ過ぎるんじゃ」
「い、いえ、いいんです、おうええ……」
 喉仏辺りに食い込んだ首輪を押さえながらカカシは畳にばたりと倒れた。もちろん全裸である。
「ああどうしよう、カカシさんしっかりして!」
「いい笑顔です、イルカ先生……!」

 バター犬としての夜の勤めも佳境になった時刻、首輪がゆるいと言い出したのはカカシだった。普通の飼い犬ならともかく、『仕事をする犬』の首輪はゆるめてはなりませんと主張する忍犬持ちの上忍の言葉に、イルカもそうかもしれないと思った。そして穴三つ分、きつく締めてみた訳である。
「で、では改めて本日のお勤めを……」
「カカシさん、顔色がちょっとアレですよ?」
「なんのこれしき、うおえあ……」
「ちょっと、ここで吐いたら保健所行きですからね!」
「も、問題ありませ……」
「カカシさん? どうしたんですかカカシさーん、おーい」



「おまえらはアホだバカだもういっそ里から出て行け」
「まあそうおっしゃらずに」
 コテツが手渡すタオルで手を拭きながら、綱手は巨大な胸を大いに揺らした。なぜか上機嫌のイルカが頭を下げる。
「すみません。どうしても外せなくなっちゃって。ウチの駄犬がお手を煩わせました」
「こればかりはカカシの責任じゃないだろうが!」
 真夜中に木の葉病院に呼び出されてみれば、里一番の業師と呼ばれる上忍がパンツ一丁(ソレを履かせただけでもマシというべきか)という姿で泡を吹いており、鬱血して皮膚の色が変わった首には、金具が革にめりこんで着脱不能になった大型犬用の首輪が食い込んでいた。
「イルカ先生は悪くありません! 俺が希望したんです!」
 意識を取り戻した途端、いそいそとイルカの足元にしゃがみ込んだカカシが掠れた声で抗議する。
「黙れこの駄犬!」
「ワン……」
 任務に関わる特殊な『器具』だと担当医が思い込んでいたのは好都合だった。こんな恥はさっさと持ち帰るに限ると、綱手はコテツとイヅモにカカシを担がせ、火影の執務室へと運び込んで首輪を切ったのだった。
「イルカ」
「なんでしょうか」
 言葉は丁寧でも、イルカの目は徹底抗戦の構えだ。足元に上忍をはべらせ微笑む中忍を睨みつけ、綱手もまたチャクラを眼力に変えた。ぶつかる二人の視線から放たれる薄暗い気迫が、執務室の温度を下げる。
「十九、そして百万両」
 冷気を切り裂き、厳かに綱手は言った。
「は?」
「この数の意味が分かるか」
「さあ……」
「おまえの『犬』とそれにかかっている年間の経費だっ!」
「いっいつの間に十九匹も……イルカ先生、俺への愛はどうなってるんですかあ!」
「犬は黙る!」
「ワン……」
 首に包帯を巻かれ、正しくお座りの姿勢になっているカカシが不安げにイルカを見上げている。優しくその頭を撫でてから、イルカは綱手の目をまともに見返した。
「『犬』の数は、俺が任務を無事遂行させた数と同じです。それがお気に召さないとおっしゃるなら、俺にくの一任務をさせなければいいだけのことではありませんか?」
 むっと綱手が唇を歪める。イルカの働きは既に里にとってトップクラスの有益度だ。今更やめさせられるものではない。
「繋いで放置しておいたのに、いつの間にか里に飼われている他の犬のことなんて、俺の知ったこっちゃありません。俺の犬はカカシさんだけなんですから」
 イルカが足元に向ける微笑みは、一転して春の雪解けを誘う日の光のようだった。部屋の温度が一気に上がり、カカシはうるんだ瞳をきらめかせた。
「イ、 イルカ先生!」
「だから大丈夫ですよ、カカシさん。あなただけが、俺の大事な犬なんです。わかりましたか?」
「ウオオーン!」



 イルカの股間に頭を擦り付けて喜びを表し続けるカカシを力の限りに執務室から放り出し、綱手は溜息を吐いた。
「処置なしだ……」
「お察しします、五代目」
 コテツと並んで見下ろす窓の下、火影たっての懇願により、里内では二足歩行のカカシがイルカにじゃれかかっている。その腰には、怪我をした首の代わりにしっかりとリードが巻きついているが。

「俺、あのリードが赤い糸に見えてきましたよ」
「……不本意ながら私もだ」


どうやら引き続き、二人は幸せのようである。






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