断崖

 案山子は畑におりました 
 畝に刺さっておりました
 田んぼであるならまだ温い 
 よりにもよって畠の中
 そこが田んぼであったなら 
 肩に止まった雀を追って 
 傾く夕日に赤蜻蛉 
 しかし案山子は畠の中

 ここがおまえの畑だよ 
 さあさあおまえ 役目を果たせ
 大きな木々が囁いて
 案山子はすっくと背を伸ばし 
 勇んで畑に立ちました

 しかし案山子は畠の中
 転がる南京瓜西瓜 
 土の中には芋と豆 
 膝のあたりに枝豆が
 立ち居るだけでは仕方が無いよ 
 そよふく風が言いました。

 こりこり鼠 ぽそぽそ土竜 
 ほたほたほたと尺取虫
 案山子の畑は穴だらけ 
 案山子の足にはヤドリ草
 だけれど僕には見えません 
 葉っぱが茂って見えません
 そんなに低くて暗い場所 
 僕にはいっかな見えません

 それならやろう 良い目をやろう
 おまえの畑はおまえが守れ
 海の底から黒真珠 
 真っ赤に染めたびいどろを 

 もらった両目は千里眼 
 案山子は畑を見回すと 
 小芋を抱えた鼠を叱り 
 根菜齧る土竜を叱り
 しかし小虫は知らん顔 
 小鳥は案山子をからかい揺らし
 案山子の畑は穴だらけ 
 案山子の足にはヤドリ草
 ああ ああ この竹足が動いたら

 それならやろう 足やろう
 おまえの畑はおまえが守れ

 のそ、と案山子は歩き出す 
 もらった足で歩き出す
 自分の畑を横切って 
 隅から隅まで見渡して
 傷んだ野菜 千切れた葉っぱ 
 畝の中には小虫の巣

 案山子の畑は穴だらけ 
 案山子の足にはヤドリ草
 ああ ああ 揺れるこの軍手 
 この手が動けば癒せるものを

 それならやろう 手をやろう
 おまえの畑はおまえが守れ

 ひょい、と案山子は土竜を摘む 
 枯れた葉っぱをそうっと払う
 自分の畑を横切って 
 隅から隅まで見渡して
 案山子はやっと微笑みました

 案山子の畑は美しく 
 緑の海原朝日に光る
 尖った胡瓜 まろい茄子 
 清しい頭の葱坊主

 案山子は笑って見回して 
 鼠のしっぽをむんずと掴み
 さらさら流れる用水路 
 黒くて丸い小さな目
 くるり、と回って水の中 
 さらさら流れる用水路
 次から次へと鼠のしっぽ 
 次から次へと土竜のしっぽ
 羽虫蛞蝓尺取虫 
 両手に握って火に投げる
 ぱちぱち燃える ぱちぱち跳ねる
 これで畑は美しい 
 案山子の両手は休まない

 案山子の畑は美しい 
 案山子に頼って美しい
 案山子がいるから大丈夫 柔い蕾も淡い芽も
 案山子がいるから大丈夫 大きな花も小さな蔓も
 これで畑は美しい 
 案山子の両手は休まない

 畑の畦に佇んで 
 案山子が笑って見回すと
 緑広がる安らかな 
 守った畑に風が吹く
 畑の畦に佇んで 
 優しい風を見返ると
 そこに居並ぶ大きな木
 強い風は細かく千切り 
 冷たい風はぬるめて巻いて
 大きな木々は言いました
 おまえの畑は美しい 
 あの崖っぷちに褒美を置いた
 次の畑はあの崖に 
 特別の種を蒔きなさい
 潮風に勝つ強い芽を 
 きっとおまえは育てるはずだ

 案山子は急いでゆきました 
 崖っぷちへとゆきました
 びょうびょうと吹く 風が吹く
 こんなところで柔い芽を
 案山子は少し眉を下げ 
 しかしその崖っぷちに蒔きました
 三つの種を愛しげに 
 風を背中に受け止めて
 大事に守って蒔きました

 案山子の種は桃色で すらりと甘い輝く双葉
 案山子の種は金色で ほたりと厚い輝く双葉
 案山子の種は夜色で きりりと固い輝く双葉
 大事に大事に背で守り 
 双葉はするする伸びてゆく
 一つ二つと葉が増えて 
 早苗はきらきら伸びてゆく





 ばたんぴたんばちゃばちゃ
 と
 飛沫が飛んで 何かが跳ねて
 崖っぷちから顔を出し 
 案山子は息を止めました
 自分に息があったなど 
 その時初めて知りました
 崖っぷちへと尾っぽを振って
 きれいなきれいないきものが
 きゅきゅきゅきゅきゅきゅと笑います

 だれですか
 初めてしゃべった案山子に向かい
 きゅきゅきゅきゅきゅきゅと尾を振って
 だあれ
 と それも 言いました
 そしてぴしゃんと飛び跳ねて 
 沖の小船に向かいます

 沖の小船は小さな島で 
 種を積み込み入り江に着いて
 そのいきものの青い背に 
 大事な種を託します
 入り江の辺りは波荒く 黒い岩肌 白い波
 優しい優しいいきものは 
 逆巻く波に切り込んで 
 背びれを立てて 尾を振って
 種を守って進みます
 よくよく見ればいきものは
 隙間もないほど傷だらけ 
 種を守って進みます
 そして海岸白い砂 
 赤い微かな色残し
 小船に戻って行きました

 自分が守るこの苗も 
 あのいきものが運んだと
 案山子は気付いて見つめます
 とてもきれいないきものを 
 青いきらめくいきものを
 だれですか だれですかあ 
 と
   呼ばわって
 案山子は飽かず眺めます 
 鼠を流すこの両手 
 羽虫を潰すこの足を
 初めて悲しく思います
 とてもきれいないきものは 
 遠く沖の白波の
 合間に裂けた背びれを浮かべ 
 どこかに帰ってゆきました





 桃色の苗はどうしてか 崖っぷちへと歌うので 
 案山子は毎日思案顔
 金色の苗はどうしてか 崖っぷちへと伸びるので
 案山子は毎日思案顔
 夜色の苗はどうしてか 崖っぷちへと睨むので
 案山子は毎日思案顔

 ある日案山子は聴きました
 きゅきゅきゅきゅきゅきゅと笑い声
 苗が風に逆らって 
 崖っぷちへと集まって
 きゅきゅきゅきゅきゅきゅと笑い声
 桃金夜の三色が 
 青くきれいないきものに

 先生
 先生
 先生

 と 
 声を揃えて呼ばわりました
 青いきれいないきものは 
 一つ大きく飛び上がり
 おおい 元気でやってるか
 それだけ言って尾を振って 
 沖の波間に消えました

 先生 と いうんだ な

 桃金夜を連れ戻し 
 案山子は今日も守ります
 跳ねるきれいないきものを 
 頭にそうっと思いやり
 青いきれいないきものの 
 たぶんあれは鼻先に
 一筋走った白い傷 
 誰かを庇った傷だろう
 崖っぷちの端の端 
 桃金夜を見守って
 心の中は 先生 と 
 誰にも聞こえぬささやきを
 幾度も幾度も繰り返し

 桃金夜は騒がしく 
 桃金夜は愛しげに
 見守る案山子を振り仰ぎ

 先生
 先生
 先生

 と 
 思い思いに呼ばわりました
 あのいきものはいないのに
 崖っぷちを振り返り 
 案山子は首を傾げます

 先生
 先生
 先生

 と 
 桃金夜の三色は 
 案山子に笑っておりました





 ある晩案山子は一人きり
 白い浜辺に降り立って
 鏡の海を見つめます
 今夜はさっぱり風も無く
 そろそろ桃金夜の三色も
 添い寝はいらぬ逞しさ

 ある晩案山子は一人きり
 白い浜辺は月の色 
 ぴしゃりと静かに音がして
 あのいきものがうつくしく
 月に倣って形を変えて 
 案山子と同じ手足を伸ばし
 浜辺にぽそりと立ちました

   先生
 案山子は呼びました

 だあれ
 それは言いました

 答えを知らぬ畑の案山子
 だあれ と言われて首傾げ
 分かりませんと言いました
 それでは名無しの権平さん
 笑う言葉に頷いて
 そうです 名無しの権平です
 案山子も笑って言いました
 あのうつくしいいきものは
 自分が誰だか知っていた
 夢のようだと案山子は思い
 嬉しいなあ と 言いました

 そのうつくしいいきものは
 月を映した瞳を伏せて
 違いますよ と 言いました
 ゴメンナサイ とも 言いました
 名無しのゴンベ じゃありません
 いいえ 俺は ゴンベです
 喜び笑って手を伸べて

 先生 先生 ありがとう

 愛しく案山子が呼びかけた 
 目の前のものは首を振り
 真っ黒い目に涙を溜めて

 イルカです
 俺は イルカと いうんです

 イルカさん

 うっとり案山子は呼びました
 とてもきれいないきものは 
 持つ名もとてもうつくしい
 うっとり見つめる案山子の目
 映るきれいないきものは
 青い声して 言いました
 涙を零して呼ばわりました


 カカシさん カカシさん カカシさん


 月の光が降り注ぎ
 案山子は はい と 言いました
 誰も与えぬ 大事なものを
 イルカにもらって 頷きました

 ちかちかちか と 両の目は
 闇と炎を揺らめかせ
 それでも未だ 案山子には
 それが己の名と知れず
 温い優しい手のひらが
 頬にするする 滑り寄り
 擦りつくように 縋りつき

 ゴンベをそっと抱き留めて
 イルカが一人 泣きました 
 きゅきゅ と 小さく愛しく鳴いて
 イルカが一人 泣きました






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