深夜三時、私はベッドに入った。ここ数日椅子の上でしか眠っていない。特段に椅子が好きという訳ではないから、スプリングのきしむ音に安堵の息を吐く。
机の上ではコンピューターが巨大なファイルのダウンロードを続けている。微かな機械音のうなりは私の生活の一部だ。俯せに近い横臥の姿勢を取って目を閉じた。
「竜崎」
先に眠らせておいたはずの夜神月が背後で身じろいだ。
「竜崎」
声には僅かな躊躇いが感じられた。しかし彼はベッドを軋ませ、私の腰骨の上に手を置いた。
「なんですか」
もう一方の手が体の下を通って胸の中央に這う。
「……竜崎」
肩の上に、顎らしい堅い感触が乗る。私の背中に胸を合わせて夜神は両腕に力を込めてきた。溜息を吐かずにいられようか。私は顔だけで振り返って夜神を見た。
「なんですか、夜神くん」
「……頼む」
潜るように首筋に唇が張り付く。疎ましく、私は体を揺らした。夜神は慌てたように更に体重を掛けてくる。儚いような音で手錠の鎖が鳴った。
「竜崎、」
「あれだけ嫌がっておいて、今更何をしたいんですか」
「……あの時は……」
「不愉快です。離して下さい」
夜神は深い呼吸を繰り返し、私の上から退かない。
「分かりませんか。私は性交渉などしたくないと言っています」
「あの時僕は、」
「あんな拒否を受けて私が傷つかなかったとでも?」
馬鹿馬鹿しいと思いながら、心情を刺す言い方を選択した。
「……竜崎」
「何も聞きたくありません」
力の抜けた夜神の両手を引き剥がし、私はベッドの端に移動した。夜神は黙り、私は眠ろうとした。が、すぐに目を開けることになった。
「止めて下さい」
子供が親の服を引っ張るように、夜神が手錠の鎖を引いている。腕だけを背後に与えて私はまた溜息を吐く。
「頼む」
なんて厄介な男なのだろう。こんなにも読めない男だとは思わなかった、私が甘かったのか。
「竜崎」
シーツを這う音と共に夜神の腕が再び絡んだ。ベッドの中央に私を引きずり、仰向けに寝かせて圧し掛かってくる。
「したくありません」
「頼むから」
しがみついて夜神は哀れっぽく言った。
「頼まれても困、」
焦れた夜神は口付けで私の言葉を止めた。彼の舌は熱い。
「……本当に、怖かったんだ」
「それがどうだと言うんですか」
私の肩の横に両腕を突っ張って身を起こし、夜神は一度私と視線を合わせてから盛大に顔を歪めた。傷ついているのは自分の方だ、と言いたいように見える。
「どうかしていたんだ、僕は」
「そうですか」
それ以外に何か言うべき言葉があっただろうか。夜神は私の反応をうかがって動かず、私には深夜に殴り合うような青い気力は無かった。緊張というより諦観に近い沈黙が長く続いた。
「……悪かった」
絞り出すように夜神は言った。おそらくは彼のプライドの限界だろう。言ったきり彼は黙って私を見下ろしている。どうしても、許可を得る必要があるらしい。
「……三十分以内に済ませて下さい」
わざとらしい溜息混じりの言葉を聞いた途端、夜神は飛び付くように被さってきた。引き千切るように服を脱がされ、実際袖辺りが裂ける悲鳴のような音を聞きながら、私は考えていた。
どこで、間違ったのだろうか。
私が初めて夜神月を認識したのは写真でのことだろう。記憶には無い。夜神局長の家族構成を確認した時に見たはずだ。
その次からはよく覚えている。例の監視カメラの映像だ。
モニターの中で、夜神月はただただ平凡な高校生だった。大学受験を前にした17歳の日常は面白くもつまらなくも無く、時折彼が見せる際立った論理性や推察力にのみ私は関心を持った。
監視によって私が得た情報は、夜神家は『幸せ』と表現されるべき家庭である、ということだけだった。特殊な職業の父親を持ちながら、家族は平凡かつ穏やかに暮らし、夜神月の履歴には多少突出した部分はあったが常人の範囲を超えるものではなく、数日間の映像を加えても私が気にしなければならないような事柄は見当たらなかった。
しかし、問題はこの時から既に発生していたように思う。
私の頭から、夜神月の存在は離れなかった。
五パーセント、いやそれ未満の疑い。たったそれだけで、と口にする者もいた。が、私にとってそれは充分に意味のあるパーセンテージだ。容疑というものはそのレベルから発展してしかるべきものであり、長く警察関係者として働く者達が『その程度』と思うことに私の理解は及ばない。
ともあれ、如何に可能性が少なくとも、推理の全てが帰着する場所に最も近い夜神月をターゲットと設定し、椅子を降りて行動することを私は選択した。
「飽きないんだな……」
「はい」
私の前には幾つかの皿が並んでいる。夜神には手の付けようがない種類の食べ物らしく、彼は眺めているばかりだ。
「見ているだけで胸焼けがする」
呟き、夜神はソファに背中を預けた。私は三つめのケーキにフォークを刺した。
「見終わったようですね、ファイル」
彼に読ませるために持ってきたファイルだ。キラ事件に関わる資料ではない。過去に私が手がけた事件の一つだ。
「どうでした?」
「そうだな……」
夜神は天井辺りに視線を向ける。うるさい程の過度な装飾のシャンデリアが彼の顔に複雑な陰影を描く。重厚な家具が並び、意味も無く花がそこら中に生けてある部屋だ。なぜワタリはこういう部屋ばかりをリザーブするのだろうかと思いながら、私は苺を摘んで口に入れた。
「語弊を恐れずに言えば、面白い」
「面白い」
「ああ」
その事件は、ダイイングメッセージが謎の中心だった。犯人の残したメッセージと被害者が残したメッセージが混ざり合い、それが更に第三者の思惑によって改変されてしまったことで複雑化した。彼に読ませたのは事件の前半部分のみだ。
「その資料の中に犯人の名前があります」
「だろうね」
「もう分かりましたか?」
いや、と夜神は笑って私を見たが、プリンを掬っているのがお気に召さなかったらしくすぐに横を向く。
「犯人特定まではいかない。でも、被害者の親しい人物の中に犯人がいるのは間違いないと思う」
「なぜですか」
「密室だから」
「密室ですね」
「これは簡単に作れる密室だよ」
夜神は鞄からボールペンを出し、ペーパーナプキンに略図を描いていく。
「窓の鍵を掛けておき、扉にこういう仕掛けをしておく。薄い金属片を使えばいい。被害者を殺害し、一旦部屋の外に出て被害者自身の鍵を使って鍵を掛ける。仕掛けがあるから実際には閉まらないので、再びドアを開けて部屋に入り、鍵を被害者のポケットに戻す。それから部屋の外に出て仕掛けを外しながら強めにドアを閉じれば施錠出来る」
「確かに密室の作り方はその通りでした。しかしそれで、親しい人物だと分かりますか?」
夜神は私をちらと見た。私はカラメルをスプーンで掬い、ゆっくりとねぶってやった。
「いい加減に食べ終われよ」
「頭を使うとお腹が減るんです」
「今、使ってるのか? まあいい。この仕掛けは、古い屋敷のドアだから可能だったんだ。古典的なトリックだよ、何かの推理小説にも使われていたと思う。簡単だが準備は必要だ。玄関の扉ならともかく、被害者の寝室の鍵の形状を把握するには何度か家の中に出入りする必要があるだろう」
「直前に電気技師が来ています。壁紙を張る工事も行われていますが」
「だから、犯行日をこの日にしたんだ。業者が複数出入りしたことを知っていた人間だよ。犯人は疑われる者は多い方がいいと思ったんだろう。それは、自分にも疑いがかかると予測していたからだ」
「まだ甘いです」
「続きがある。被害者の残した床の血文字だ」
プリンを片付け最後のケーキに取り掛かった私を夜神は嫌そうに見る。
「おかしい。ダイイングメッセージとそうでないものが混じっていると思う」
「当たりです」
「おい、もう種明かしなのか」
「解きたいんですね?」
「いいよ、もう」
夜神は若干脱力した様子で肘掛に凭れる。
「続けて下さい。夜神くんの推理が聞きたいです」
「……」
「このゼリーを差し上げますから」
「いらない」
仕方なさそうに夜神は顔を上げ、一気に言った。
「メッセージのこの部分は被害者のものだと断定していい。腕の位置からも自然だ。だがこっちは無理だ。この傷の位置と出血量から見て、被害者の意識は長くもたなかっただろう。この広範囲に書き残すことは難しい。もし出来たとしても体を引きずらざるを得ないから、血痕が残るはずだが、無い。筆跡から被害者が書いたものだと鑑定されているけど、僕はこれを書いたのは犯人だと思う。が、あまりにも意味が無いのが引っかかる……。被害者のメッセージに自分を特定する内容があって手を加えた、というのなら分かるが、被害者のものには手を加えず、意味不明の一文を追加した理由が分からないな。まあ何にせよ、出入り業者程度の親しさではこれを残すことは出来ない。この被害者は指にハンディキャップがあるために、サイン以上の肉筆をほとんど残していないからだ。警察でさえまとまった彼の筆跡を手に入れるのに苦労した上に鑑定を誤った――これは僕の推論だけどね――くらいなんだから、真似が出来るくらいの人間はよほど親しい者、この、兄を含む五人くらいだろう。この中に犯人がいるはずだ」
淀みない言葉の最後に、夜神はファイルを指先で叩いて見せた。
「意味はあるんですよ、そっちの血文字」
僅かに眉間に皺を寄せ、夜神は不機嫌そうに私を窺う。随分と気を許してくれているものだ。
「この地方に伝わる子供の遊び歌の一節です。とても古いものなのでほとんど忘れられていました。事件が起こってやっと、高齢の人が思い出してくれました」
「そんなこと、どこにも書いてない」
ファイルを持ち上げて夜神は言う。
「夜神くん」
私はフォークを置いた。どことなくほっとした様子で夜神は私に向き直る。
「私がこのファイルを夜神くんに見せたのは、犯人当てのためではありません」
ゼリーが溶けかかっている。気になるが仕方が無い。予定の内だ。
「じゃあ、どうしてだ」
「純粋に、推理力を試したかったからです。ですから『遊び歌』についての調査部分は省きました」
「それで?」
「非常に満足です。夜神くんがいれば、この事件は三日程早く解決したと思います」
「三日、ね」
「この時、私は完全に一人で行動していたので一週間かかりました」
「ああそう」
興味を無くしたように夜神は再びソファに凭れた。向かいの私の顔を見ようともしない。私は膝を抱えて彼を観察した。さて、引っ掛かってくれるだろうか。
「今日、ここに来てもらって推理力を試させてもらったのには理由があります」
「言わなくてもいい、キラ絡みに決まってる。この間は父さんが倒れたために話があちこちに飛んでしまったからね。父さんの容態も落ち着いたし、今日は流河の気の済むまで付き合うつもりだ」
「そうしていただけると助かります」
「本題は何なんだ」
夜神は膝の間で手を組み、私を見上げた。
「始めに言ったはずですが」
「……ふざけるなよ」
「本気ですよ」
「……僕の記憶では、おまえは『より親睦を深めましょう』と言った」
「そうです」
「で、キラとは無関係の事件について、推理力を確認したと」
「そうですよ」
はあ、と夜神は溜息を吐き、組んだ両手の上に額を落とした。
「流河……」
「なんですか」
「おまえは、どうなんだ」
上目に見上げる夜神はいらついているようだった。
「私、ですか?」
「僕ばかりに手の内を見せさせて、おまえは菓子を食っていた訳だ」
「そう見えましたか?」
「……」
「分かりました」
罠の手前にいるものは獲物ではない。充分な牙を持つ。
「では、親睦らしく共同で推理したいことがあります。それを始めましょう」
「どうぞ」
両手を広げ、夜神は苦笑した。
「ある人物についてです。現在十八歳で、大学に入ったばかりの健康な男性です」
夜神の目が僅かに細まるのを見ながら、私は紅茶のカップを取り上げた。
「彼は非常に優秀な人間ですが、奇異ではありません。ごく当たり前の生活を送ってきました。可能ならば、気が済むまで才能の全てを試してみたかっただろうと思います。しかし彼はそうしなかった。おそらくは、現在の日本においては彼がはみ出すべき枠が多すぎるからでしょう。常識、理性、道徳心、そういった島国的なしがらみに加え、父親が警察関係者であることも影響していると思われます。ただ、正義感が強いという点は同世代の他の人間と明らかに違っているようです」
夜神は睨むように私を見た。
「で?」
「とにかく彼は真面目に生きてきた。そういう人物に、一つ面白い『癖』があります」
「癖、ね」
ええ、と私は紅茶を半分程飲んだ。砂糖が足りない。
「複数の女性と付き合ってしまう、という癖です」
唇を僅かに開け、夜神は固まった。
「現時点で彼が付き合っている女性は三人、ユリさんシホさんエミさん……。ああ、女性の名前はどうでもよいですね」
「……」
固まっている夜神を放置し、私は紅茶の中に砂糖を追加する。
「十八歳で三股、という状況が普通かどうかという点については今は問題にしません」
まだ夜神の反応は無い。
「高校の三年間、彼は厳格と言っていいスケジュールで日々を過ごしていた。平日は学校と塾通いで無駄な時間は無く、休日のおよそ三分の二は模試や自宅での勉強、学校行事。残りはデートや友達との遊びで外出、といったところでしょうか。実に模範的な受験生でした」
「……流河」
「ああ、これは彼の父親から聞き出した範囲からの推測ですから」
「嘘を吐け」
「注目すべきは、彼の帰宅が連絡無しで遅れたことが無い、という点です」
考えている振りで無視し、私は自分の唇を触った。
「高校生というものは親に心配を掛けるものです。特に十七、八歳の健康な男子が複数の女性と付き合っているならば、無断外泊の一回や二回、あってもおかしくはありません。が、彼にはそれが無い」
「待てよ、流河」
夜神はうんざりした様子で眉間を指で摘んでいる。
「父、いや、『彼』の父親の職業を知っているんだろう?」
「ああ、なるほど」
「なるほど、じゃない。警察関係者の家族は、常に神経質でいなければならないんだ。恨みを持つ犯罪者が家族を標的にする可能性があるからだ。連絡も無く帰宅が遅れれば、家人は気をもむ」
「分かります。私にも、黙って姿を消せば全世界に捜索を掛けるだろう者がいます」
「……それとこれとは話が違うと思うけどね」
「それで、彼について私が疑問に思っていることですが」
甘くなった紅茶を飲み干した。夜神は警戒心を露にした顔付きで私を見ている。
「彼は童貞かもしれないんですよ」
口を開け、夜神は再び固まった。私は唇を触りながら、さも重大そうに視線を上げて鼻の付け根に力を入れた。
「時間が無いんです、三人の女性と極めてパーソナルな関係を結ぶには。彼と同じく彼女達も一般の高校生でしたから、皆自宅で親と一緒に住んでいた。関係するにはそれなりの時間と手間を必要としたでしょう。彼は何事にも器用で、最短時間で目的を達成出来る能力がありますが、どう見積もっても絶対的に時間が不足している。一人に絞るなら可能でしょうが、デートの回数は三人の間でほぼ均等、なにより、関係を持った後のフォローに掛かる手間を考慮に入れれば、誰とも関係しない方が彼にとって有利です。次こそは彼を手に入れようと、女性側が張り切る様子を眺めている、というのも楽しそうですし」
見れば、夜神は私から顔を背けてテーブルに置かれた花を凝視している。
「もちろん、童貞かどうかということが最大の疑問ではありません。私が知りたいのは、忙しく過ごしているであろう受験生があえて複数の恋人を持つ理由、です。何だと思いますか。そうですね……。彼は『完璧』と表現して良い人間です。自分に見合う完璧な女性が見つけられず、一人では満足出来ないのか」
夜神は溜息を吐いて目を閉じた。
「いいえ、私はそうではないと思っています。彼は、一対一の深い関係というものを継続出来ないのではないでしょうか。むしろ、他人に興味が無い。おそらくは、女性に付き合ってくれと言われそれを断らなかった結果、三人と同時に付き合うことになっているのだと推測します。断る、という行為はある意味、相手を一個人として認識し、尊重する行為にあたるからです」
「ああそう」
やっと声が出た。私は続ける。
「厳格なスケジュール……それに見合う結果……日本中の親が羨ましがるだろう理想の子供……そして、どこか希薄さを感じさせる人間関係の築き方。彼は、しがらみや親の理想に応えようとするあまりに、本人すら意識しないレベルで自分を押さえ込んで生きてきたのかもしれません。一人の人間と深く付き合えないという性癖は、彼が発する唯一のSOS……」
「流河」
「そう思いませんか?」
「それはLだろう」
「L? 何ですか?」
疲れたように夜神は肩を上げ、薄く笑って私を見た。
「そう、Lという存在。一人の人間が『探偵L』としてこれまで活躍してきたとして、の話だ」
どうぞ、と私は手のひらを見せる。
「僕はキラ事件に興味があるからね、キラに宣戦布告した『探偵L』についても調べた。Lが解決した事件を追っていけば簡単に分かるが、世界でL以上に忙しい人間は少ないと思うよ。さぞや管理された日常を送っているんだろうな」
首を傾げて見せる。夜神は余裕を取り戻した風に笑う。
「そして、Lの素性は全く知られていない。写真一枚出回りもせず、テレビ放送でも合成した声を使っていたくらいに個人情報の流出をシャットアウトしている。Lが個人的に関わることが出来る人間は、犯罪者か警察関係者、事件が終われば会うことも無い者達、そんなところだろう。本来の意味での人間関係の構築、なんてLには許されていないんじゃないか」
「そう見えますか」
「見えるとかじゃなくて、『L』を守るためにはそうせざるを得ないって話だ」
「なるほど」
私は紅茶を注ぎ足して砂糖を入れる。ゼリーは半分程溶けた。夜神はソファに沈んで顎を挙げ、軽蔑したような視線で私を見ている。
「Lに比べたら『彼』なんて平凡過ぎるよ。女性関係にルーズ、というだけだ。その方面で気を抜いているくらいで丁度いいんじゃないか、人間として」
「そうですね。Lが希薄な人間関係の中で生活してきたのは確かでしょう」
私はカップを取り上げ、唇を付けて夜神を見た。夜神もカップに手を伸ばした。
「童貞じゃありませんが」
夜神のカップがソーサーに当たって小さく音を立てた。軽い音は静まった部屋によく響いた。
「流河、何が言いたいんだ」
「男同士のくだらない話です。猥談の一つもあって良いと思いますよ」
何度目か、夜神は固まった。
「長々と言いましたが……。忙しい彼とて、受験が終わって二ヶ月が経っています。その間に済ませることは充分可能ですね。推理にもならない」
「……」
「で、誰が一番良かったですか、夜神くん」
「尋問するような口調で聞くな」
「怒らないで下さい。親睦を深めるには猥談が最適だと思ったんです」
頭を抱える夜神の隣に移動する。食べる物が無くなり、私はカップの縁を噛んだ。
「回りくどいというか……。分からないよ、おまえという人間が」
「すみません、会話は苦手ですので」
指の間から私を見る夜神の視線には、緊張が欠けている。何らかの効果はあったようだ。私は体を傾け、夜神の耳元に顔を寄せた。
「色々、試してみましたか?」
嫌そうに夜神は顔を背けた。
「普通だよ。なんてことない」
「そうは言っても夜神くんは十八歳です。穴があったら入れたい年頃でしょう」
なんだよそれ、と夜神は笑った。
「敢えて話に乗るけど、そういう年頃だから普通で充分だって思わないか」
「頭が良い人間は、セックスにも貪欲ですから」
カップを両手で持ち、私は天井を眺めた。シャンデリアの細かな飾りが空調に揺れている。
「ふうん、じゃあLは相当研究したのかな。寝る間も惜しんでってやつだ」
「どんな形態であろうと、『L』という存在が忙しかろうという夜神くんの推測は正しい。そしてセックスには、手間のかかる恋人という存在が不可欠という訳ではありません」
目の端で窺う夜神は、何気ない顔付きを作って紅茶を注いでいる。
「多少強引であったり残酷であったり……。継続的でない関係だからこそ、出来るセックスもありますから」
夜神は、興味が無いとばかりにカップに集中している。その顔の前に片手を突き出した。
「何」
「知っていますか」
ゆっくりと、小指から順番に指を折り、拳を作った。そして手を開き、今度は親指と人差し指でつぼんだ円を作り、残りの指を軽く握る。怪訝そうに夜神はそれを見つめ、私は唇だけで笑った。
「ヴァギナとアヌスの違いです」
うっ、と夜神は紅茶にむせた。
「なんだよ、それ」
「実体験してみればいいんです。せっかく三人もいるんですから」
「冗談じゃない……」
「最近の女性は性に積極的です。誰か一度くらいなら試させてくれますよ」
「そういうタイプの子はいない」
「こういうことは、見た目では分からないものです」
僕は遠慮しておく、そう夜神が言う前に、私は罠の口を閉じることにした。
「それとも今、やってみますか?」
夜神は、今日最長の硬直で答えた。
DEATH NOTE TOP